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翼竜フェルネクス 後編

放浪編その8

エルフを奴隷として帝国に売買していたカルロス辺境伯。そして帝国と国境で繋がっていたハロルド辺境伯。フェルネクスは帝国に亡命を持ちかけるが・・・

 ロウランド王国の最南端に位置するラクナンは、あらゆる魔物が生息する「忘れられた森」に接していた。「忘れられた森」は危険な帝国の侵略を阻むように大陸の真ん中に広大に存在する。

 ラクナンはその「忘れられた森」の途切れる辺りに位置する、防衛の拠点だ。しかし、ロウランド王国の守りの要であるはずのラクナンのハロルド辺境伯は、カルロス辺境伯と手を結びエルフの奴隷売買に手を染めていた。いずれも帝国の強力な兵器を手に入れるのが目的だ。

 しかし、通信水晶でカルロス辺境伯からSOSの発信を受けた。ロウランド王国の守護者、剣聖ラルカスと聖魔導士アンドレアがエルフ王朝の依頼を受けて、事態収拾に乗り出しているという。おまけに勇者パーティーもエルフ絡みの依頼をギルド支部から受けて、動き出しているという。

 どちらも無視出来ない報告だった。勇者パーティーはともかく、守護者たちはロウランド王国の全ての街に空間転移出来る。あまり時間は残されていない。ハロルドは帝国の窓口となっているハクエン卿に連絡を取り、いざという時のため亡命出来ないか打診した。奴隷売買は重罪。ましてそれがエルフとなると死罪は免れない。

 こうして、ラクナンで動きがある時に、ルピアのカルロス辺境伯の屋敷に向けてマヤとビャクヤ、ユキマルとジーが空飛ぶ絨毯に乗ってやって来た。

 空には翼竜ワイバーンのフェルネクスが待機し、地上では帝国製の兵器を手にした破落戸ごろつきたちが、屋敷の周りを固めて臨戦態勢に入っていた。

「ビャクヤ!中にエルフの反応はあるか?」

 刀の柄を握ったマヤが問いかける。

「恐らく一人だけです!多分、ジーの妹でしょう」

「ケイは屋敷の中にいるんですか!?」

 ジーは焦った声を上げるが、その肩にユキマルは手を置いた。

「落ち着け。お前の妹は必ず助ける!他のエルフたちもだ!」

 その時、地上にいる破落戸たちが自動小銃ライフルを撃ち始めた。

「アーカム!」

 ビャクヤは一般防御結界を張った。銃弾が火花を残して弾かれる。

「ビャクヤ!私とユキマルに空中歩行の魔法を!」

「はい、姉上!エアウォーキン!」

 マヤとユキマルのブーツが光り、二人は絨毯から飛び出してフェルネクスに接近する。

「食らえ!」

 フェルネクスはドラゴンブレスを放った。マヤとユキマルは闘気を解放する。

「裏奥義、明鏡反水めいきょうはんすい!」

 全身に闘気の結界を張っているので、ドラゴンブレスも散らされる。

「うぬうっ!何故俺のブレスが通らない!?」

「上位のドラゴンのブレスなら我々もビャクヤの最強結界に頼らざるを得ないが、お前のブレス程度なら闘気の結界で防げる!」

「おのれ!自分が下位のドラゴンと思い知らされるとは!」

 その時、爆発音が響いてビャクヤの結界が破壊されていた。

「何だ、あの小型の大砲みたいなのは!?」

 地上の破落戸たちは肩に太いパイプのような武器を乗せていた。

「あれは小型砲弾バズーカだ!結界を破壊するほど強力らしいな!」

 フェルネクスは勝ち誇るが、

「ブァルサイド!」

 ビャクヤは今度は最強結界を張った。小型砲弾が次々に発射され辺りを煙が包むが、それが晴れると、絨毯に乗ったビャクヤとジーは無傷だった。

「今度はこっちから行くよ!ドライドルーバ!」

 拡散攻撃魔法が発射され、地上の破落戸たちは次々に倒されてゆく。

「おのれ!おいっ、連れてこい!」

 フェルネクスが命じると、回転拳銃を持った破落戸が、エルフの少女を連れて現れ、その銃口を頭に突きつける。

「さあ、投降しろ!さもないとあの小娘のエルフの命はないぞ!」

 フェルネクスが勝ち誇った声で命じる。顔を見合わせたマヤとユキマルは、階段を降りるようにして空中から地上に向かった。

「そこで止まれ!武器を捨てろ!」

 破落戸が勝ち誇って命じるが、マヤの姿は既に背後に移動していた。

影縫死斬かげぬいしざん!」

「なっ、ぐはあ!」

 破落戸は背中に峰打ちを食らって地面に倒れた。

「よし、確保したぞ!ユキマル!」

「はっ!」

 再び空中を駆け上がってゆくユキマルは、全身に闘気をまとっていた。刀は白い光を放ち始めている。

「空中なら街を破壊する心配はない!食らえ!万花爆砕ばんかばくさい!」

 恐ろしいほどの破壊のエネルギーの奔流がフェルネクスを飲み込もうとする。

「うおおおおー!」

 翼竜の姿が消えているが、完全に倒したという感じがしない。

「ユキマル!仕留めたか!?」

「すみません、マヤ様。直前に空間転移をしたようです。ほんの少しダメージは与えられましたが」

「そうか。とりあえず人質を取り戻せたので良しとしよう」

 マヤは刀を鞘に納め、絨毯は静かに地上に向けて降下した。

「ケイっ!」

 ジーは地面に倒れた妹の元に向かった。助け起こされたエルフの少女は身体中傷だらけだった。

「それじゃ、回復魔法で治療するよ!」

 ビャクヤが杖をケイに向けて、光のエネルギーを注いでゆく。傷が次々に無くなってゆき、やがてケイは目を覚ました。

「大丈夫か、ケイ!?」

「兄さん?私は死んで幻を見ているの?」

「違う!勇者パーティーの皆さんが助けてくれたんだ!もう俺たちは自由の身だ!」

「ああ、兄さん!」

 エルフの兄弟は抱き合って、ようやく取り戻した自由に感謝していた。

「さて、二人をギルド支部に預けて、我々は商人たちを追うか」

 マヤが今後の方針を発表する。そこにユキマルが報告にやって来る。

「破落戸の一人を締め上げましたが、エルフを乗せた馬車が四台、先行しているようです」

「うむ。フェルネクスもそちらのほうに転移したのだろう。急がねばな」

 マヤたちはギルド支部に向けて絨毯を走らせた。


 大型の馬車には四人のエルフと、数人の破落戸たちが乗っていた。ミルファは黒猫のジルを抱いて背中を撫でていたが、急に大きな魔力が出現した。それを察知したミルファは馬車の幌を捲って、翼竜の姿を確認した。

「あらまあ、随分とダメージを負ってますのね」

 全身の鱗が剥がれかけ、翼もズタズタだ。

「勇者パーティーの剣士だ。あれは上位のドラゴンでもただでは済まないだろう」

「ラクナンのほうは剣聖と聖魔導士、そして背後からは勇者パーティー。これは詰みましたね」

 ミルファは何てことないという、気軽な調子で敗北宣言を言い渡す。

「何を言う?エルフたちはいざとなれば置いてゆけば良い!俺は帝国にゆくぞ!あちらにはあまり上位の魔族はいないと聞く!ならば俺の天下だ!」

「帝国はルキフェル様の管轄外。そこに行くということはルキフェル様を裏切るということになりますよ」

 ミルファはいつもの調子で話しているが、フェルネクスは段々不機嫌になってゆく。

「仕方あるまい!今さら魔王領のセイタンズには戻れん!俺は新天地でやり直す!」

「おやおや。明確な命令違反ですわね。ジル」

 ミルファが黒猫に呼び掛けると、途端に巨大化してフェルネクスに猫パンチをお見舞いした。その身体は激しく回転し、地面に叩きつけられる。

「ミルファ、貴様!」

 流石に下位とはいえドラゴン。普通の魔族なら即死する打撃を食らっても、まだ動けるようだ。

 突然の雇い主同士の争いに、破落戸たちは戸惑って行動を決めかねていた。

「みなさん!フェルネクスさんは最早あなたたちの用心棒ではありません!帝国に亡命する気のない人は逃げなさい!ロウランド王国の聖騎士団がエルフの乗せた馬車を抑えるために動き始めました!捕まったら死罪は免れません!」

 ミルファは魔力探知で情勢を把握していた。その突然の発表に、破落戸たちは慌てふためいた。

「ミルファ!貴様、裏切るつもりか!?」

 むっくりと起き上がったフェルネクスは、ドラゴンブレスを馬車に向けて放った。いよいよパニック状態になるが、炎の帯も巨大化したジルが猫パンチで跳ね返してしまう。

「ただの使い魔と思っていたが、この膨大な魔力量、魔王軍の幹部に匹敵する!貴様ら、最初から俺を謀っていたのか!」

「私の仕事はあくまで魔族のサポート。裏切り者にかける温情はありませんよ」

「おのれ!」

 フェルネクスはドラゴンブレスを連発するが、殺到する巨大な黒猫は魔力結界を張って、エネルギーを弾き飛ばす。

「ちっ!貴様ら!覚えていろ!」

 唐突にフェルネクスの姿が消えた。空間転移で逃亡したようだ。

「あらまあ、逃げられましたか。まあ良いでしょう。さて、みなさんはカルロス辺境伯と一緒にラクナンを目指してください。運が良ければ匿ってもらえるでしょう」

「あ、姐さん!あんたは行かないのか!?」

「フェルネクスさんが裏切ったので私の仕事は終わりました。勇者パーティーとは会いたくないので、この辺で失礼させてもらいますわ」

 すると、破落戸たちは一斉に銃口をミルファに向けた。

「聖騎士団が来るなら戦力は多いほうが良い。あんたの使い魔はフェルネクスの旦那も退けた。その力を貸してもらう!」

「やれやれ。使い魔でそれなら、主人のほうが手強いとは思わないのですかね?」

 ミルファはパチリと指を鳴らした。すると、破落戸たちの銃が突然、暴発した。

「ぐああ!」

 手と顔がミンチになり、破落戸たちは全て倒れた。

「相変わらず容赦ないね、ミルファ」

 ジルは普通サイズに戻り、ミルファの腕の中に収まった。

「あ、あの!わたしゃどうすれば良いんで?」

 馬車を操縦する御者が、恐る恐る申し出る。

「この馬車にはエルフが乗っている。騎士団に捕まりたくなければ逃げなさい。運が良ければ逃げきれるでしょう」

 その台詞を聞いて、御者は慌てて馬車を降り、一目散に走り出した。

「あ、あの!私たちは助かったのでしょうか?」

 縄で拘束されているエルフの一人が、思いきったように尋ねてきた。

「ええ、もうすぐ勇者パーティーが来ますわ。全てのエルフが助かるかは分かりませんがね。それじゃあ私は彼らと顔を会わせたくないので、これで失礼しますわ」

 言下にミルファの姿は消え去った。空間転移で逃げたのだろう。後には拘束されたエルフたちだけが残された。


「あ、姉上!また馬車が見えて来ました!」

 エルフの兄妹をギルド支部に預けたマヤたちは、絨毯に乗ってエルフたちを乗せた馬車を追い始めた。さっきも一台の馬車を見つけ、護衛の破落戸たちを全員無力化して、エルフたちを聖騎士団に引き渡したところだった。

「おかしいですね。あの馬車は止まったままです。護衛たちの姿も見当たりません!」

「いや、外に一人倒れている。ビャクヤ、降下してくれ!」

 絨毯が地面に着地すると、明らかに異変が起こっている。馬車の中にいる破落戸たちは銃が暴発したのか、全員血塗れで倒れている。

 拘束されているエルフたちを自由にして、マヤは質問を投げ掛ける。

「この馬車で何が起こったんだ?」

「わ、私たちも詳しくは分からないのですが、仲間割れをしたようです」

「ふむ。外には何者かが戦った形跡がある。魔族だったのか?」

「は、はい!一人は私たちをさらった翼竜で、もう一人は女の魔法使いのようです」

「フェルネクスと互角に戦えるなら相当な実力者だな。そいつはどこに行った?」

「わ、分かりません。空間転移で消えてしまったので」

「そいつの名前は分かるか?」

「えっと、確かミルファと」

「何っ!?あの魔道具店店主が!?」

「以前から怪しいとは思ってましたが、これで決定的ですな。ミルファは魔族です」

「ああ、それにエルフたちの言うことを信じるなら、その強さはフェルネクスを凌駕している。それほどの魔力を気取られないようにしていたとは、魔王軍の幹部並み。いや、それ以上の存在かもしれない」

「どちらにせよ、先に進みますか。馬車は後二台あるはずです」

「ああ、出発しよう!」

 絨毯に乗り込んだ三人は、スピードを上げて次の馬車を追った。


 「忘れられた森」のラクナン領の近くに、自動小銃で武装した兵士たちが展開していた。ずんぐりした自動走行車には、長いパイプを丸く束ねた最新の兵器が搭載されていた。

「ハロルド辺境伯。本当に我が帝国に亡命したいのかね?」

 顔を横断する傷を持つ、軍服に身を包んだ壮年が尋ねた。

「え、ええ!エルフの奴隷売買は重罪。最早私も、カルロス辺境伯も貴国に亡命するしか手がありません!」

 ハロルド辺境伯は従者やメイドに命じて、荷物をまとめて馬車に乗り込んでいた。

 帝国の使者であるハクエン卿は、軽く頭を振った。

「やれやれ。それには後、十人のエルフが必要だ。用意出来るのかね?」

「昨日のうちに十二人のエルフを馬車に乗せて出発しています。そろそろ着くはずなんですが・・・」

 そこに、最初の馬車が姿を見せた。

「ほら、あの通りエルフを乗せた馬車が続々とやって来ます!」

 その馬車から現れたフェルネクスは、ドラゴン姿のままボロボロになっていた。

「フェルネクス様!その姿は一体!?」

「忌々しい勇者パーティーの邪魔が入った。後の馬車は全て抑えられた!」

「エルフの数は?」

 ハクエン卿は魔族相手でも、その不遜な態度を崩さない。

「この馬車に乗ってる四人だけだ!だが、今までそれなりの数を引き渡してきただろう?亡命させてくれ!」

「やれやれ。大陸の魔族は随分と弱いのだな。しかも下位ドラゴンである翼竜ともあろう者が」

「なにいっ!」

 フェルネクスは怒気も露に凄んで見せるが、ハクエン卿は歯牙にもかけない。

「我々、帝国の皇族は元は偉大なドラゴンであったという。混血が進んで見た目は人間と変わらないが、実際は竜人間ドラゴニュートだ。この私も含めてな」

 衝撃的な事実であった。ハクエン卿がフェルネクスに恐れを見せないのは、そもそもの実力が翼竜を上回っているからだろう。

「そして、民も優秀だ。魔法と科学を組み合わせ、非常に強力な武器を生み出す。兵士たちもドラゴンに連なる民として、非常に優秀で勇敢だ。その上で尋ねるが、貴公たちを亡命させるメリットが我々にあるのかね?」

 これにはフェルネクスもハロルド辺境伯も口を閉ざすしかなかった。だが馬車から降りてきたカルロス辺境伯は、両手にたっぷり金貨を詰めた袋を持って前に出た。

「そ、それでは金貨ならどうです?まだ荷台にはたっぷり積んである!」

 ハクエン卿は肩を震わせて笑った。

「金自体は確かに値打ちがあるが、そもそも帝国は独自の貨幣を使っている。西側で流通している金貨には価値がない」

 カルロスもハロルドも、最早メリットを提示することは出来なかった。

「それなら戦力だ!俺は魔族の幹部だった。それなりの値打ちはあると思うが?」

 フェルネクスは徐々に回復してゆく身体の胸を叩き、メリットを提示する。

「それなら、もう答えは出ている。貴公が剣聖や聖魔導士を倒せるほどの戦力になるとは思えん」

 ハクエン卿の頑なな態度に痺れを切らしたフェルネクスは、い並ぶ兵士たちを指差して吠えた。

「ならばここにいる兵士たちを一人残らず殺して見せよう!」

 フェルネクスの身体が巨大化し、背中の翼を広げて宙に舞った。そして口を大きく開けてブレスを発射しようとする。

「やれやれ。仕方ない。少尉!機関銃マシンガンで集中攻撃しろ!」

 展開している自動走行車に搭載された機関銃が、全てフェルネクスに照準を合わせる。

「撃てー!」

 まるで雷が落ちたかのような轟音が鳴り響き、機関銃が火を吐いた。鉄より硬い鱗もなす術がなく、フェルネクスの身体はズタズタになってゆく。

「ぐ、ああー!」

 フェルネクスは最後に複数のブレスを発射して対抗するが、ハクエン卿が張った結界で全て弾かれた。フェルネクスは力尽き地面に落ちた。その目には、帝国の兵士たちの背後に立つ、上位のドラゴンの姿が映った。

「バ、バカな!リンドブルム様・・・」

 フェルネクスよりも遥かにデカイ、体長二十メートル以上のドラゴンが控えていた。

「ん?翼竜か?「忘れられた森」にも群れが生息しているが、大して強くはない種族だ。亡命は許さんが森の中で慎ましく暮らすが良い」

 リンドブルムは地上にいる竜の中でも、最強クラスのドラゴンだ。かつての千年戦争で人類とエルフ、魔族にも与せず帝国が独立国家を樹立出来たのは、このリンドブルムの加護があったからだ。

「くそうっ!今さら野に生きられるか!」

 フェルネクスは残された力を喉に集中させて、ブレスを吐いた。リンドブルムは軽く結界を作り、ブレスを無効化する。

「仕方ない。誇りある竜種らしく、我が直々に手を下してやろう」

 リンドブルムの長い首がフェルネクスに向けられ、ブレス攻撃の体勢に入る。機関銃の一斉掃射で虫の息のフェルネクスは覚悟を決めたように目蓋を閉じた。

「フェルネクス!」

 その時、絨毯に乗った勇者パーティーが現れた。


「あれはドラゴンだ!しかもかなり上位の存在だぞ!」

 マヤは無意識に刀の柄を握っていた。

「森の中に展開しているのは帝国の兵士でしょうな。しかも見たこともない武器を所持しています!」

 ユキマルも刀の柄を握って、敵の攻撃力がどの程度のものか、吟味している。

「貴様らが勇者パーティーとかいう輩か?」

 帝国の幹部とおぼしき壮年が疑問を呈した。

「世間ではそう呼ばれているようだな。私は煙幕のカリバー!」

「護衛のユキマル!」

「魔導士のビャクヤだよ!」

 名乗りながらも、マヤたちは兵士たちの後ろに存在するドラゴンの魔力に圧倒されていた。

「私は帝国軍の参謀、ハクエン卿だ。ここにいるカルロスとハロルドは連れていけば良い。だがエルフは置いてゆけ」

 顔を横断する傷を持つハクエン卿が厳かにのたまう。絨毯は地上に降りてゆき、マヤは護衛の破落戸どもを峰打ちで倒してゆき、馬車の中を改めた。そこには拘束されたエルフたちと、回転拳銃を持ったカルロス辺境伯がいた。

「何をしている?大方、亡命に失敗して見限られたのだろう?これ以上無駄な足掻きは止めろ」

「う、うるさい!捕まってたまるか!」

 だがすでにマヤの姿は背後にあった。

「影縫死斬!」

「は!?ぐぶっ!」

 カルロスは峰打ちを食らって気を失った。エルフたちの拘束を解いて馬車を降りると、ユキマルが同様にハロルド辺境伯を打ち倒したところだった。

「良し、エルフたちを引き渡してもらおうか?」

 腕を組んで成り行きを見ていたハクエン卿が、当然とばかりに声を掛けてきた。

.「奴隷売買など、恥ずかしくはないのか!このエルフたちは絶対に渡さん!」

 ビャクヤは絨毯の上にエルフたちを乗せ、空中に舞い上がった。その時、森のなかにいたリンドブルムが顔を出した。

「従わんなら、我が貴様らを滅ぼすまで!」

 リンドブルムの口が開き、ブレス攻撃の体勢に入った。

「ヴァルサイド!」

 ビャクヤは最強結界を張った。そこに炎の帯が勢いよく飛んでくる。ブレス攻撃に結界が耐えきれなくなり、空間転移で地上に移動した。

「信じられない!最強結界が壊されそうになったのは初めてです!」

 一方、地上でも帝国軍の兵士たちと破落戸が戦闘を始めていた。自動小銃だけでなく、機関銃までもが火を吹き、完全に戦争状態だ。マヤとユキマルは闘気を解放し、結界とすることで銃による攻撃を無効化し、兵士たちを峰打ちで沈めてゆく。

「そこまでだ!」

 凛とした声が戦場に行き渡り、マヤたちも帝国軍も動きを止めた。

「これ以上不毛な争いは止めるんだ!」

 剣聖ラルカスは剣の柄を握り、場を静めようとする。

「これ以上やると、本格的な国家間の戦争に発展する!それは帝国も望んではいまい」

 聖魔導士のアンドレアが辺りに清浄なオーラをばら蒔き、兵士たちの戦意を削ごうとする。

「さて、それはどうかな?我々にはリンドブルム様の加護がある。大陸全てを我らの領土にしても良いのだぞ!」

 ハクエン卿は強気な態度を崩さないが、その場に新たな存在が現れて顔をひきつらせた。

 新たに現れたのは聖王国ザルカスの王にして、剣と魔法を極めた生きる伝説、エルフのザルカス国王陛下だった。

「リンドブルムよ。ここは退くが良い。そして、ハクエン卿。全てのエルフを解放するのだ。エルフは平和の象徴。その自由を奪うことは許されん」

 ザルカスは流石の貫禄だったが、伝説のドラゴン、リンドブルムは大人しく引くはずもなかった。

「ふん、ザルカスよ。また戦を始めるか?新たな千年戦争を始めるのも面白い!」

「いや、それはあり得んよ、ワシが預かっている竜皇女がいる限りな」

「貴様っ!」

 リンドブルムは怒気も露に、ズシンと一歩踏み出したが、それ以上の動きは見せなかった。

「ふんっ!食えぬ男よ、ザルカス!」

 リンドブルムは背中の翼をはためかせ、宙に浮いた。

「ハクエン!今まで仕入れたエルフたちを引き渡せ!そして兵を撤退させるのだ!」

「リンドブルム様!それは皇帝の意思に反します!」

「我はお前たちの神だ。その言うことが聞けんのか?」

 ギョロリとドラゴンの目がハクエンを射貫く。

「分かりました!仰せのままに!」

 ハクエンは膝をついて頭を垂れた。

「ソウラン!今まで捕らえたエルフを直ぐに運んで来い!皇帝には私が報告しておく!」

「はっ、ただ今!」

 小隊を残して帝国軍は全て撤退した。リンドブルムも宙を飛んで去っていった。やがて、自動走行車が数台やって来てエルフたちを解放する。

「今まで買い取ったエルフ、百二十八人だ。確認するが良い」

「ふむ、リストにも百二十八人の名前がある」

 アンドレアとラルカスはエルフたちを馬車に乗せてゆく。マヤはザルカスに近づき、疑問を口にする。

「リンドブルムはドラゴンの中でも好戦的なドラゴンと聞いてます。それを言葉だけで退けるとは。竜皇女とはいったい何ですか?」

 ザルカスはマヤを見下ろして肩を竦めた。

「生憎、国家機密なものでな。勇者パーティーと呼ばれるお前たちにも明かすことは出来ん。もし、本当にまた千年戦争が起これば話は別だが」

 何となく察したマヤは、それ以上の質問を控えた。

 その時、ドラゴンブレスが飛んできてマヤは煙幕状になることでかわした。まだ息のあったフェルネクスが最後の力を振り絞って放った攻撃だ。しかし、ユキマルに首を斬り落とされ、翼竜はようやく動きを止めた。

「最後まで戦いを諦めなかったか。敵ながら天晴れだ」

「マヤよ。リンドブルムはあの翼竜など食い殺すほど凶悪で絶対的な存在だ。帝国と事を構える真似はするなよ。切り札はあるが、お前たちだけでは勝てん」

「元より帝国と事を構える気はありませんよ。今回は例外的な事件です」

「帝国が着々と軍備を増強している。後は口実だな。今回のような事件で因縁をつけ攻め込む可能性はある。我が聖王国ザルカスは帝国に対して抑止力があるが、他の国にはない。だからラルカスもアンドレアも十分注意しろ。今まで「忘れられた森」が天然の国境線になり、帝国も他国に攻め込むことはなかったが、噂では空を飛ぶ船を建造しているらしい。もしそれが完成したら、森を超えて他国に攻めることが可能になる」

 ザルカスはとんでもない情報をもたらした。確かにそんなものが造られたら、ロウランド王国は元より、隣のヘリオン公国、ユータス王国は脅威にさらされることになる。

 しかし、散々脅かすようなことを言っていたザルカスは、顔を綻ばせて笑い出した。

「はっはっは!あくまで噂だ!そう深刻になるな!」

 そう言われても、すでに最悪なシナリオを聞かされたマヤたちは笑う気にはならなかった。

「さて、帰るとするか。お前たちも十分用心するのだぞ」

 ザルカスは背を向けて空間の歪みの中に姿を消した。


 空飛ぶ絨毯でルピアに戻ったマヤたちは、ギルド支部に顔を出した。

「マヤ様!」

 エルフの兄妹、ジーとケイは満面の笑顔で出迎えた。

「何だ、二人ともまだエルフ王朝に戻ってなかったのか?」

「あなた方に改めてお礼を言いたくて、ここに残っていました」

「それは気を使わせたな。良し、ここは酒場もあることだし、夜は宴にしよう!」

 マヤの提案にその場に居合わせた冒険者たちが歓声を上げた。

「噂の勇者パーティーたちと宴だー!」

「今夜は呑むぞー!」

「マヤ殿、ユキマル殿、その前に模擬戦で手合わせをお願いします!」

 十人十色の反応が帰ってきて、苦笑するマヤたちだった。


 夜になり酒が入ると、ギルド酒場もこれ以上ないほど盛り上がった。

 昼間、木剣で模擬戦を行った者たちは、包帯だらけの痛々しい姿で、カップの酒をあおっていた。

「しかし、今日は参りましたな、姫様。まさか帝国と戦うことになろうとは」

 ユキマルの頭に拳骨が落ちる。

「姫と呼ぶな!しかし、確かにな。帝国の最新兵器は目を見張るものがあったな」

「ええ、銃とやらは魔法を使えない者でも、それに近い攻撃力を手に入れられる。兵士でなく一般市民でも戦うことが出来るのが脅威ですな」

「本当に空を飛ぶ船が建造されているのか気になるな。そんな物が完成したら、今まで「忘れられた森」で遮られて攻められなかった国にも攻め込める」

「我々のこれからの旅にも緊張感が出てきましたな」

「とりあえず、ロウランド王国とは明日でお別れだな。いよいよ、ヘリオン公国に入る。小国だから横断に時間はかからないが」

「また、魔族の襲撃があるでしょうな」

「今日はドラゴンの凄さを思い知らされました!僕の魔法が破られそうになったのは初めてです」

 ビャクヤは魔法に絶対の自信を持っていただけに、ショックも大きかったようだ。

「安心しろ、ビャクヤ。リンドブルム級のドラゴンはこの大陸にはあまりいない。つまり帝国が攻めてこない限り戦うことはあるまい」

「帝国が攻めてこない根拠はありませんよ。今のうちに対策を考えておかないと」

 ビャクヤの言う通り、帝国が攻めてこないというのは希望的観測だ。マヤもふむと考えこみ、

「それでは、ラルカス殿とアンドレア殿に指導してもらうか?上級の資格にもレベルがあるらしいからな。ここらでレベルアップをしても良いかもしれない」

 マヤたち勇者パーティーの旅は、しばらく中断することになるのだった。

放浪編その8でした。エルフを奴隷にして売買する悪党たちは、フェルネクスと共に南の軍事大国である帝国に亡命しようと画策する。駆けつけたマヤたちと戦闘になりますが、帝国の守護神であるドラゴン、リンドブルムの判断で戦争は回避されました。帝国との戦争はいずれ書く予定なのでお楽しみに。それでは、次回でまたお会いしましょう。



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