増殖のマルコシアス 前編
放浪編その5
冒険者見習いとなったノーマをルキノアという街に連れてきたマヤ・カリバーの一行。そこに新たな魔族の影が・・・
馬車がガタゴトとゆっくり進む。中ではマヤ・カリバーとその弟で魔導士のビャクヤ、護衛の上級剣士ユキマル、そしてノーマがボードゲームに興じていた。
バルドーの村で受け入れられたサクとフラヌの夫妻、妹のイルマとはそこでお別れした。
「ユキマルも男前だな。冒険者になりたいという、未来の花嫁を次の街のギルド支部まで送り届けるとは」
「その話は止めてください!姫様も意地が悪い」
ユキマルの頭に拳骨が落ち、間に立つノーマはオロオロしている。
「姫と呼ぶな!まあ、五年もすれば立派な冒険者になってるだろう。その時は迎えに行ってやれ」
「お戯れを。私が仕えるのはマヤ様だけでございます」
「・・・だから、お前は!何でそういう恥ずかしいことを言う!」
素早く抜かれたマヤの刀をユキマルが自分の刀で受け止める。
「もう、喧嘩しないでください、姉上!ユキマルも!下手したら馬車が壊れてしまいます!ノーマも呆れてますよ!」
「あ、いえ、ビャクヤ様。私は仲良く旅をしたいなと思ってるだけですので」
ノーマはわたわたと両手を動かして軽く混乱している。
マヤとユキマルは刀を納める。バルドーの村を出てからずっとこの調子だ。
「次の街はルキノアか。いよいよ、隣国のヘリオン公国に近づいて来たな」
ヘリオン公国の国境まで三日といったところだが、その前にルキノアに立ち寄り、ノーマを冒険者見習いとして、ギルド支部に預けなくてはいけない。
「今のところゴブリンやオークといった魔物だけで、魔族は現れていないが、警戒はしておいたほうが良いな」
「そうですな。マヤ様は勇者として認定されているようですからな」
「迷惑な話だ。そんなもの東の英雄パーティーに譲りたいところだ」
「その英雄パーティーも魔族に付け狙われているようですから、立場は変わらないかと存じます」
ユキマルはサイコロを振って自分の駒を進める。やり飽きたボードゲームだが、長旅には欠かせないアイテムだ。
居たたまれなくなったノーマは御者台に移動して景色を眺めていた。
「あっ、街の城壁が見えて来ました!あれがルキノアですね!」
ノーマの声につられてマヤも幌の窓から外に視線を向ける。城壁に囲まれた中規模都市ルキノアにようやく辿り着いた。
関所ではギルドのIDカードを見せるだけで通れるのだが、マヤとビャクヤ、ユキマルの胸に光る上級のブローチを見ると、警備兵たちは敬礼をして姿勢を正していた。
「うわあ、上級の剣士と魔導士は本当に尊敬されているんですね」
両頬に手を当てたノーマがキラキラした目で振り返っていた。
「そりゃあ、才能と努力がなければ上級にはなれないからね」
若干、十歳の魔導士、ビャクヤはわずかに胸を反らした。
「凄いです!ビャクヤ様は才能に恵まれていたのですね!」
ノーマが尊敬の眼差しでビャクヤを見つめる。
「どれ、ノーマの内蔵してる魔力量を探ってみようか?」
ビャクヤは杖の先をノーマに向けた。しばらくすると、その顔が驚きに変わってゆく。
「姉上、ちょっと良いですか?」
「ん?どうしたんだ、ビャクヤ?」
「ノーマの内蔵する魔力量は、魔術士並です」
「なにっ!本当か?」
魔法使いは大まかに三段階に分けられている。一番下の妖術士から魔術士、そして、上級の魔導士だ。魔導士もいくつか段階があるが、それは今は置いておくとして。
「ノーマ、君は才能がある。僕が一般攻撃魔法と防御魔法を教えてあげるよ。それだけで君はかなり強くなれる」
「え、本当ですか、ビャクヤ様!」
ノーマは両手を合わせてビャクヤに迫る。
「う、うん。ほら、この杖をプレゼントするよ。まずはそれを自分の固有結界に仕舞ったり出したりする練習をしよう」
「よし、二人とも準備しろ。もうすぐギルド支部に到着するぞ」
マヤは腰に二本の刀を差し立ち上がる。馬車が止まるとユキマルは勢いよく飛び出した。ユキマルが御者に金を払っている間に、他の三人は荷物を下ろす。
隣街のラグナスよりやや小さいが、それでも都市と言って差し支えない規模だ。全員でギルド支部に向けて歩き出す。どうやら、隣の建物は宿舎のようだ。宿を探す手間が省けた。
ギルド支部の扉を開くと、ここも酒場を兼ねているようで、昼間からビールを煽っている者がいる。
マヤは受付のカウンターにIDカードを置いて尋ねた。
「私はマヤ・カリバーだ。隣の宿舎に空きはあるかな?」
「あ、はい!ございます!二部屋でよろしいですか?」
ほんのり頬を染めた受付嬢は、マヤの顔に見惚れていた。
「ああ、構わない。それと、新たにギルドに登録したい者がいるんだが」
マヤは振り向いてノーマを手招きした。
「冒険者の登録は十二歳から可能だったな?」
「あ、はい。クラスのほうはどうしましょう?」
マヤはビャクヤに視線を送ると、
「魔法使いで頼む」
ビャクヤが頷いたのでクラスは魔法使いにしておく。
とりあえず妖術士、ランクはDからのスタートだ。
「おい、あの黒髪に黒い瞳。二刀流は煙幕のカリバーに間違いないぜ!」
「流石は勇者のパーティーだ。風格すら感じる」
「あの小さな魔導士がビャクヤ殿か!あの歳で魔導士とは、規格外だな!」
酒場にたむろしていた冒険者たちが、マヤたちを見ながら品定めをしている。異国人ということで目立つのは仕方ないが、どこの街でも反抗的な者はいる。
「はっ、勇者様御一行ってか?実際はどれだけ出来るのかね?」
髪の長い大きな剣を腰に差している男が、挑発的な言葉を発する。
「十歳で魔導士って、どれだけのお金を払ったのかしらね?」
杖を持った魔法使いらしい赤毛の女が、これ見よがしな挑発をしてくる。
「上級剣士っていっても、どれだけの腕前か。試してみねーと分からないなあ」
柄の長い斧を肩に引っ掛けた、やたら筋肉質な男が侮るように顎を上げ、見下げるような視線を送ってくる。
ノーマはこのあからさまな挑発にオロオロしているが、ビャクヤはダブダブの袖を持ち上げ、頭を撫でて落ち着かせる。
「心配ないよ、ノーマ。こんなの日常茶飯事だから」
ノーマのIDカードが無事に発行されてから、マヤはゆっくりと挑発してきたパーティーのほうを振り向いた。
「どこの支部でも血の気の多い連中はいる。そんな時は簡単だ。模擬戦をすれば良い」
マヤの言葉に酒場の中は大いに盛り上がった。伝説のパーティーの実力を見たがっている好奇心旺盛な連中か、実力に懐疑的な連中が半々といったところだ。
「おう、上等だ!奥の修練場に行くぜ!」
「化けの皮を剥がしてやるわよ!」
「ちったあ、楽しませてくれよな!」
挑戦してきたのは剣士と戦士、魔法使いとバランスの取れたパーティーのようだ。
「ビ、ビャクヤ様、大丈夫でしょうか?」
ノーマは肩身が狭そうに自分の身体を抱いていた。
「大丈夫だよ。毎度お馴染み、恒例行事だからね」
ビャクヤはノーマの肩を叩いた。
「本物の魔法ってやつを見せてあげるから、しっかり見てるんだよ」
「は、はい!」
全員が修練場に移動すると、剣士と戦士は木剣を手にし、魔法使いは杖を構えて向かい合う。
「中央にある大きな丸が戦闘空間だ。そこから一歩でも出たら負けだぜ!」
筋肉の塊のような戦士が木剣を手に丸の中に入ってゆく。
「さて、それでは軽く肩慣らしと行きますか」
木剣を手にしたユキマルは何の気負いもなく、中央の丸の中に入ってゆく。
「俺は戦士のダンクァン!覚悟しな!身体中の骨をバラバラにしてやるぜ!」
「剣士のユキマルだ。お相手つかまつろう」
ユキマルが丸の中に入ると、ダンクァンは木剣を振りかぶって突進した。だが、突然目標が消え失せた。ユキマルはすでにダンクァンの背後を取っていた。
「影縫死斬!」
「なっ!?」
振り向いたダンクァンの左の鎖骨に、ユキマルは木剣を打ち込んだ。骨の砕ける音が響く。
「ぐあー!くそったれ!」
ダンクァンはそれでも、残った右手に握った木剣を振り上げた。
「タフなのは認めるが、動きが大きすぎてスピードが遅い」
ユキマルはダンクァンの木剣を弾き飛ばし、身体中の急所に剣撃を打ち込んで倒した。
「なっ・・・んだと!?」
剣士の顔が呆然としていた。
気を失ったダンクァンは他の冒険者たちが引きずって丸の外に出す。
「心配しないで、キール。あたしの炎熱魔法であの坊やに火傷させてやるから!」
赤髪の魔法使いが円の中に入ってゆく。
「ノーマ、僕の戦いを良く見てるんだよ」
「は、はい!」
ビャクヤは何の気負いもなく丸の中に入った。
「このライナさんが家庭教師してあげるわよ、坊や」
「僕は魔導士のビャクヤ!行くよ!」
次の瞬間にはライナの身体が吹っ飛んで、石の壁に叩きつけられた。
「なっ・・・無詠唱でこんなに速く魔法を・・・」
ずるずると地面に倒れてライナは気を失った。
「どんな魔法でも速さが命だ。ちなみに今のは一般攻撃魔法のドライドだよ」
ビャクヤは意気揚々と丸の外に出て、ノーマに近づいた。
「ちゃんと見てた、ノーマ?」
「・・・速すぎて、見えませんでした」
ノーマは尊敬の眼差しでビャクヤを見つめていた。
「さて、最後は私か」
マヤは両手に木剣を握って丸の中に入ってゆく。
「どうした?お前も早く中に入れ」
呆然としていたキールは、ハッとして丸の中に入る。
「な、なあ!これは模擬戦なんだから、寸止めでやらないか?」
「何を寝ぼけている?駆け出しのDランクならともかく、Aランク以上はどちらかが戦闘不能になるか、降参するまで続ける。常識だろう?」
周りの冒険者たちも口々に揶揄する。もはや逃げ場はない。
「分かったよ!剣士のキール!相討ち覚悟で行かせてもらうぜ!」
「私にお前の攻撃が当たると思ってるのか?」
キールは激昂して木剣で斬りかかる。しかし、マヤの身体が煙幕状になり、攻撃はすり抜けられる。
「ちっ、スキルかよ!これは剣士同士の戦いだ!魔法やスキルは使うな!」
「ふう、まあお説ごもっともだな。剣だけで勝負してやろう」
マヤは改めて両手の木剣を構える。
「行くぜ!」
キールはAランクらしく、それなりに鋭い剣筋をしている。それを全てかわし、マヤの木剣はキールの顔面目掛けて連続突きを放つ。注意が上に逸れた瞬間、胴に二本の木剣が叩きつけられた。
「胡蝶剣!」
「ぐふっ!」
「オマケだ!」
マヤは首に一撃を加えてキールを沈めた。一分とかかっていない。修練場は歓声に包まれた。
「スゲー、圧倒的な強さだ!」
「やはり上級のブローチは伊達じゃないんだな!」
「おーい!ビールを持ってきてくれ!勇者一行に奢るぜ!」
ギルド支部内はすでにお祭りモードだが、ビャクヤはノーマに魔法の講義をしていた。手にした杖を壁の標的に向けて、必死に力を込めるノーマ。
「おいおい、ビャクヤ。いきなり攻撃魔法を教えても・・・」
マヤが言いかけた時、ノーマの杖の先に魔方陣が現れ、白い光の束が発射された。壁に設置されている板状の標的は粉々に砕け散った。
「・・・おいおい、本当に才能があったんだな。いきなり成功するとは」
「よし、ノーマ!次は防御魔法だ!強力な結界が張れたら勝てなくても、命を守ることが出来る!」
「は、はい!頑張ります!」
ビャクヤも久しぶりの弟子が出来て、嬉しそうに魔法講座を開いていた。何人かの魔法使いも、熱心に耳を傾けていた。
「まあ、いいか。ビャクヤ!一通り終わったら酒場に来るんだぞ!」
マヤはひと声かけてから酒場に戻った。すると、そこには僅かに耳の先が尖った痩身の男が立っていた。
(ハーフエルフか?)
「おお、これはカリバー殿。早速の活躍ですな」
口調とは裏腹に何か含みがありそうな雰囲気だ。
「私は支部長のクレイン。見ての通りハーフエルフだ」
(やはりそうか)
マヤはゆっくりとクレインに近づいた。
「何やら支部長殿は気に入らないことがありそうだが?」
「実は街の北側で魔族らしい者が現れたと報告があってね。一度、パーティーを送って調べさせようと思っていたのだが」
そこで、クレインは並んだ椅子の上に寝かされている、キールたちに視線を移した。
「これはすまない。この連中がその任務を請け負っていたのか?」
マヤは一応詫びを入れたが、クレインは首を左右に振った。
「聞けば、喧嘩を売ったのはこの連中らしいし、通常の模擬戦で負けたのなら仕方ない」
そして、クレインは改めてマヤに視線を戻した。
「君たちも冒険者だろう?仕事を依頼したい」
「その魔族らしき者の特定と討伐か。他に適当なパーティーがいないなら、引き受けるのはやぶさかじゃないが」
「流石は煙幕のカリバー。話が早くて助かる」
「実際の被害は出ているのか?」
マヤの問いにクレインはため息をついて、長い金髪をかきあげた。
「警備兵の何人かが、被害に遭ってる。何でも相手は分身体を操る厄介なやつらしい」
「分身体か・・・」
それ自体は大した魔法ではない。マヤもスキルで三体の分身を操ることが出来る。
「報告では、まるで石鹸の泡のように次々と分身体が現れたそうだ。どうも普通の分身体とは訳が違うらしい」
どうやら実際に見たほうが早そうだ。
「ビャクヤ!講義が終わったらさっきの三人に回復魔法をかけてくれないか?」
「分かりました、姉上!」
ノーマたちは修練場で魔法の練習をしているようで、ビャクヤだけが戻ってきた。
「じゃあ、いくよ。モアヒール!」
ビャクヤの詠唱でキール、ライナ、ダンクァンの怪我はみるみる回復してゆく。
「流石は魔導士殿だな。最低限の詠唱だけで魔法が発動するのか」
回復した三人はバツの悪そうな顔で非礼を詫びた。
「すまなかった。ちょっと実力を見せて欲しかっただけなんだ」
「そ、そうよ!ビャクヤ様!どうかあたしを弟子にしてください!」
「ユキマルさん!どうか俺に稽古をつけてくれ!」
現金なもので、三人はすっかり心を入れ替えていた。
「よし、それじゃあ魔族が現れた場所まで案内してくれ」
「わ、分かったぜ!俺たちが案内する!」
キールたち三人はこぞって酒場から出ていった。
「よし、それじゃあ我々も行くか。ノーマは連れて行かないほうが良いな。支部長、しばらく預かっててもらえないだろうか?」
「ああ、今日冒険者の登録をした子か。問題ない。他の冒険者も沢山いるしね」
「恩に着る。それではビャクヤ、ユキマル、行くぞ!」
マヤは腰に差した二本の刀に手をかけ、ギルド支部から出発したのだった。
両側に露店が立ち並ぶ、賑やかな街道を北上してゆく。子供たちの楽しそうな声が飛び交い、とても魔族が出現しているようには見えない。
「いや、カリバーさん。この先は採掘場になっててね。最低限の店しかない、寂しい場所になっているんだ」
キールが歩きながら説明する。
「つまり、あまり建物も多くないんだな?それは有り難い」
「そうですな。我々の究極奥義が炸裂すれば、街も廃墟になりますからな」
マヤとユキマルのやり取りを聞いていたキールたちは、何とも複雑な顔をしていた。確かに上級剣士は強いが、まさか街を破壊するほどとは思っていないのだろう。
「あ、見えてきましたよ。あそこが採掘場です」
指で指し示すキールの歩みが止まった。いや、全員の足が止まってしまった。指の先に黒い鎧を着た銀髪の男が立っていたからだ。
「どうやら、あいつが魔族らしいな!」
キールとダンクァンが前に出て、ライナが杖を手に後方支援に回った。流石にAランクのパーティーらしく、無駄のない動きだった。そして、マヤとユキマルも前に出て、ビャクヤが杖を構える。
「これはこれは、冒険者の方々。お初にお目にかかる。私はマルコシアスという。以後、お見知りおきを」
「覚える必要はないぜ!お前はここでたった今から討伐されるからな!」
「これは冷たい言葉ですな。だが良いでしょう。私は増殖のマルコシアス。今からゾッとしてもらいましょう!」
目を離したわけではない。誰もがマルコシアスを凝視していた。だが、気付いた時には辺り一面にマルコシアスの分身がひしめいていた。
「これは!?」
「結界を張れ!すぐ隣に敵が増殖しているぞ!」
マヤとユキマルは闘気を解放して結界を作る。
「裏奥義、明鏡反水!」
「ヴァルサイド!」
この異常な数に危険を感じ、ビャクヤは最強結界を張った。
キールたちも、ライナの作った結界に避難していた。溢れかえったマルコシアスは剣を抜いて、結界に攻撃を加え始める。
「百花爆裂!」
一太刀が百の剣撃になる奥義でマヤとユキマルは大群を削るが、焼け石に水の状態だ。
「ドライドルーバ!」
ビャクヤの拡散攻撃魔法が炸裂するが、分身体はあっという間に増殖する。
「仕方ない、究極奥義を使うぞ、ユキマル!」
「確かにそれしか他に思い付きませんな!」
闘気の結界に守られた状態で、上段に振り上げられた刀が白い光を放ち始める。
「「万花爆砕!」」
二人が刀を振り下ろすと、凄まじいエネルギーの奔流で、何百といる分身体は全て消滅した。
「す、すげー。これが噂に聞く究極奥義か!」
キールの呟きが他の二人の思いを代弁していた。しかし、数百は消えたはずの分身体が、また徐々に増え始めた。
「バカな!これだけの魔力の持ち主となると魔王並みだぞ!」
マヤが辺りを見渡すと、すでに分身が溢れかえっていた。
「た、助けて!ビャクヤ様!」
結界に避難していたライナたちだが、その結界にヒビが入り始めた。
「仕方ない、フライヤード!」
ビャクヤは空飛ぶ絨毯を出し、マヤとユキマルは素早く絨毯に乗り込んだ。絨毯は猛スピードで飛び、分身体を次々に撥ね飛ばした。そして結界ごと三人をピックアップして、宙に上昇した。
「はー、助かったぜ、ビャクヤさん!」
「ありがとう、ビャクヤ様!」
ライナに抱きつかれて苦しそうにビャクヤは叫んだ。
「落ち着いて!まだマルコシアスは倒してないよ!」
その言葉で全員が絨毯の上から地面を見下ろす。
「な、なんてこった!あの分身どもが増殖しながら南下し始めたぞ!」
「とりあえず、ギルド支部に連絡を入れて結界を張らせるんだ!魔法使い総出でな!」
「わ、分かったぜ!」
キールは水晶端末を取り出し、支部に連絡を入れた。
「さて、どうするかだな。どれか一体は本体のはずだ!そいつを倒せば増殖は止まるはずだ」
マヤはビャクヤに視線で問いかけるが、ビャクヤは首を振った。
「全ての分身体が相応の魔力を持ってます!解析魔法で演算してますが、本体を見つけるにはかなり時間がかかりそうです!」
「やれやれ。剣で武装してるだけの魔族に、ここまで追い詰められるとはな」
その時、杖に乗った魔法使いたちが集まって来た。
「みんな、無事だったか!守りはどうなってる!?」
「ギルド支部は支部長と三人の魔法使いで守ってます!市庁舎にも連絡を入れてあるので、魔導士と魔法使いたちが結界を張っているはずです!後、緊急放送で街の住人にも避難するよう促してます!」
「そうか。とりあえず最悪は免れたようだな。ビャクヤ、とりあえず結界で分身たちを閉じ込められないか?」
「広範囲最強結界のエアシェルトでも、この数の魔族を全て閉じ込めるのは無理です!」
「仕方ない。ビャクヤ!出来る範囲でエアシェルトで閉じ込めてくれ!少しだけ出口を作り、そこから出てくる分身を片っ端から斬り捨てるしかない!」
「やってみます!」
ビャクヤが広範囲最強結界を張った。街の三分の一は封じ込められた。
「よし、後は出口から出てくる分身を片付けるぞ!」
絨毯は地面に降りてゆき、マヤとユキマルは刀を抜いて結界の出口から出てくる分身を、片っ端から斬り捨ててゆく。
「よーし!俺たちもいくぞ!」
「おうっ!」
キールとダンクァンは、剣と斧を振るってわらわらと湧き出してくる分身を、片付けてゆく。
出てくる数が多い場合は百花爆裂で吹き飛ばす。こうして、終わりの見えない戦いが始まった。
ルキノアの商店街にある、アンティークな魔道具店の中で、店主のミルファと向かい合って椅子に座り、水晶球に手をかざした銀髪のマルコシアスが口角を上げていた。
「ふふふ。煙幕のカリバーも守りに徹するしかないようだな。Aランクパーティーのほうは無視して良いレベルだ」
「便利な魔法ですね。あらかじめ血を垂らしていた場所に、分身を増殖させるなんて。しかも百%あなたの分子を宿しているから、どれが本物か分からない」
「はっはっは!本物の俺はこうして遠隔操作するだけだからな。やつらは増殖する俺の分身相手に翻弄され、最後には討たれるだけだ」
「用心されたほうが良いですよ。カリバーさんたちは歴戦の猛者。本物のあなたがここにいることに感づかれるかもしれません」
「ふん!今だかつてそれに気付いた者はいない。あのビャクヤという魔導士は確かに驚異的な魔力を持ってるが、実戦の体験は俺のほうが上だ!」
「確かに、あなたは千年戦争でも生き残った猛者ですが、人間は魔法を解析し強化することに長けています。油断は命取りになりますよ」
ミルファはそういうと、席を立った。
「さて、まだ戦いは序盤。お茶でも淹れてきますわ」
ミルファは店の奥に姿を消した。
「ふんっ、変わったやつだ。人間に肩入れするとは、魔王ルキフェル様の耳に入ったらどうなることか」
マルコシアスは肘をついて一人ごちる。
「まあ、良い。すでに街の至るところに俺の血を垂らしている。カリバーは俺を封じ込めたつもりになっているが、そこを背後から襲わせる。いかにカリバーといえど、挟み撃ちにされたら、一溜りもあるまい」
マルコシアスの口角は上がり、耳まで口が裂ける。
「さあっ!地獄を見せてやる!」
増殖のマルコシアスは、沸き上がる歓喜に肩を震わせて笑った。
放浪編その5でした。増殖のマルコシアスは凄まじい速度で細胞分裂して、分身体をガン細胞のようにあっという間に増殖させる。究極奥義でも全てを滅することが出来ない強敵に、マヤとビャクヤ、ユキマルは翻弄されることになる。有効な対策は見つかるのか?それではまた次回でお会いしましょう!




