疫病神シャクス 後編
放浪編その4
疫病を撒き散らす疫病神のシャクスと、巨人の剣士サブナックとの死闘
マヤが闘気の結界をまとったように、サブナックも暗黒のオーラを全身にまとっていた。
「ふはは!どちらの結界のほうが頑丈かな?」
サブナックの四本の腕に握られた四本の剣がどす黒く染まってゆく。マヤの二本の刀も白い光を放ち始めた。
「行くぞ!万花爆砕!」
「食らえっ!地獄之業火!」
膨大なエネルギーが衝突し、地割れが生じ、周りの建物がガラガラと崩れてゆく。あまりの凄まじさに、成り行きを見守っていた冒険者たちは結界を張り、勝負の行方を傍観するしかなかった。
気がつくとノーマの姿が消えていた。
「しまった!あの子は魔族と契約していたんだった!」
ビャクヤが地上に視線を落とすと、ユキマルと対峙している魔族の腕の中にノーマの姿があった。
「ふはは!魔族の契約は絶対だ!私はいつでもこの娘を呼び寄せることが出来る!」
「貴様!卑怯者が!」
「ふふん、我ら魔族に正々堂々なんて言葉はなんの価値もない!」
「ユ、ユキマル様!・・・」
ノーマが弱々しい声で喘いだ。その細い首はシャクスに握られている。
「この娘は使い魔として使役するつもりだったが、最早事情が変わった。人質として役に立って貰おう」
「貴様・・・!」
ユキマルは刀を握ったまま、その場から動けなくなっていた。
「刀を捨てろ、ユキマル!さもないと、この娘の首の骨を砕くぞ!」
この状態でユキマルが無茶をするわけがない。全く魔族は唾棄すべき連中だ。
ユキマルは闘気を引っ込め、刀を足元に放り投げた。
「さあ、言う通りにしたぞ!その子を解放しろ!」
「ふはは!そういうわけにいくか!こいつとは契約を結んでいる。それは死ぬまで有効な契約だ!」
シャクスはノーマの身体を地面に立たせて、剣を握らせた。
「さあ、ノーマ。あの者を殺すのだ!命令に逆らうことは出来ないぞ!」
剣を握らされたノーマは、よたよたとユキマルに近づいてゆく。
「ユ、ユキマル様!逃げて!逃げてください!」
「そういうわけにはいかん。私が逃げれば君が殺されるだろう。それだけは絶対にさせん!」
その言葉を聞いてノーマは必死に足を止めた。ズルズルと引っ張られるが、何とか懸命に抗おうとする。
「えーい、もどかしい!まあ良い。今は闘気の結界とやらもない。私が直接死をもたらしてやろう!」
シャクスの身体から黒い霧が立ち込めた。それは生き物のように蠢き、ユキマル目掛けて襲いかかる。
「ユキマル様!」
ユキマルは両手を広げ、死を受け入れようとしていた。
「そうはいかないよ!」
ビャクヤは杖を構えて炎熱魔法を繰り出した。
「ラピッドファイア!」
数千度の炎で霧を焼いてゆくが、拡散しているので全てを一瞬にして消すのは不可能だ。そして黒い霧はついにユキマルの身体を捉えた。
「むむっ、ぐはあっ!」
ユキマルはその場に膝をつき、吐血した。
「ユキマル様!」
ノーマが悲痛な声で呼び掛ける。改良された病原体は強力になっていて、感染してすぐに発症するようだ。ビャクヤは絨毯から飛び出して、杖に乗って飛翔した。ユキマルに肉薄したビャクヤは、躊躇うことなく治癒魔法を行使した。
「アンチシック!」
ビャクヤの杖の先から魔方陣が展開し、光がユキマルの全身を包んだ。黒ずみだしていたユキマルの身体から黒い瘴気が抜け出してゆき、肌の色も元に戻ってゆく。
「何っ!?まさか!治療法を編み出したとでもいうのか!」
シャクスが呆然として立ち尽くした。
「天才魔導士の僕に不可能はないんだよ!」
ついさっき、完成したばかりの術式だったが、効果があったようで何よりだった。
「おのれ、ノーマ!早くユキマルを斬り殺せ!」
「それもさせないよ!アーカム!」
ビャクヤはノーマに結界を施して誰にも攻撃出来ず、攻撃されない状態にする。
「ユキマル、回復魔法を施すよ!後はあの疫病神を倒すだけだ!」
「ありがとう・・・ございます、ビャクヤ様」
座り込んでいたユキマルは愛刀を手に立ち上がった。ビャクヤの杖から出る光を浴び、回復したユキマルは刀をシャクスに突きつけた。
「今度こそ討伐してやるぞ、疫病神!」
辺りの建物は崩壊し、廃墟のような様相を呈していた。マヤとサブナックのぶつかり合いで、甚大な被害が出ている。
だが、まだサブナックはその場に立っていた。腕を二本失っているが、まだ自分の足で立ち続けている。
「やれやれ、タフなやつだ。万花爆砕を食らって死ななかった相手は初めてだ」
「ふ、ふはは!カリバー、お前も井の中の蛙よ。魔族には俺様より強いやつはまだまだいるぜ」
口から血を流しながらサブナックは凄惨な笑みを浮かべた。
「ふん、元より私も修行中の身だ。私の師匠ならお前はすでに死んでいる」
「ふはは!人間とは面白いものだ。修行次第で魔族と互角に戦えるようになるのだからな」
サブナックは残った二本の腕に握っている剣を持ち上げた。
「俺様の奥の手も後一回が限度だな。貴様も同様だろう、カリバー?」
煽られて強がりを張れるほど、マヤにも余裕は残っていなかった。廃墟と化した街の中で剣士と魔族が睨み合う。
「そうだな。後一回が限界だろう」
遠くからこの戦いを観戦している冒険者たちの間でも、どちらが勝つか、意見が割れているようだ。
「必ずカリバー殿が勝つさ!」
「しかし、カリバー殿が実戦でここまで手こずってるのは初めてのようだぞ!?」
「それだけ、あの魔族が規格外ということか!」
そういうことになるのだろう。実際、マヤをここまで追い詰めた魔族は初めてだ。
「おい、サブナック!お前は魔王軍の幹部なのだろう?」
「唐突だな。だがそうだ!俺様は六万の軍勢を率いる幹部だ!」
やはり、かなりの実力者だったようだ。
「だが、希望的観測はするなよ。魔王ルキフェル様の下には六百六十六万の幹部軍団がいる。その上には魔王直轄の四天王がいる。まだまだ上には上がいるということだ!」
マヤは気が遠くなりそうになったが、頭を振って意識を覚醒させる。
「私は上級剣士だが、まだCレベルだ。早急にBレベルの試験を受けたほうが良さそうだな」
「ふんっ!お互いまだ発展途上ということか?なら、さっさとこの戦いを終わらせて先に進むぜ」
サブナックの雰囲気が変わった。完全に本気モードになっている。いや、さっきのぶつかり合いも本気だったが、より決死の覚悟を感じる。
そして、最後の戦いが始まる。
ユキマルは闘気を身にまとい、シャクスを追い詰めていた。黒い霧も届かない。だが、シャクス自身も霧状になるので剣撃が届かない。まるでカリバーを相手に戦っているようだ。
(仕方ない、こいつは究極奥義でないと倒せない!)
ユキマルは刀を両手で構え、切っ先を揺らし始めた。
「不味い!ノーマをこっちに!」
ビャクヤは気配を感じ、魔法でノーマを手繰り寄せ、最強結界を張った。
「ありがとうございます、ビャクヤ様。これで最大の奥義を打ち込めます!」
ユキマルは振り返ることなく、背後のビャクヤに礼を言う。そして、刀が白い光を放ち始めた。
「何だか嫌な予感がする。このまま逃げさせて貰うぞ!」
「逃がさん!万花爆砕!」
ユキマルは上段に構えた刀を振り下ろした。膨大な闘気の塊が全てを包み込む。黒い霧もシャクスも全てが白い光に飲み込まれて消滅してゆく。地が割れ建物が崩れてエネルギー波は全てを浄化した。
「はあ、やったか・・・」
一瞬とはいえ黒死病になった後遺症があるようで、ユキマルはその場に膝をつき、身体を投げ出すようにして倒れた。
「ユキマル!?やはりまだ解析は完全には終わってなかったか!とにかく、絨毯の上に戻ろう」
ビャクヤが杖を振るうと、三人の姿は地上から消え失せた。
それはギリギリの戦いだった。サブナックもだろうが、マヤの闘気も何とか気力で発している状態だ。
「それでは行くぞ!地獄之業火!」
暗黒の炎が辺りを包むようにして、迫ってくる。そして、マヤにはまだ秘策が残っていた。広範囲攻撃の万花爆砕を一人に絞って打ち出す超究極奥義、一輪殲滅だ。エネルギー波を一人に絞って凝集するのだから、威力は万花爆砕の十倍はあるだろう。
刀を振り下ろした時、凝集された白い光がサブナックに向かった。その顔は驚愕に歪んでいた。そして、その姿は直ぐに見えなくなり、地獄之業火のエネルギーの余波がマヤの周りの地面や建物を破壊してゆく。
そして、サブナックはこの場から姿を消し、完全に消滅した。事の成り行きを見守っていた冒険者たちから歓声が上がった。みんな、マヤの元に駆けつけ握手を求めてくる。
「おい、みんな!浮かれるのはまだ早い。サブナックの相棒で疫病を持ち込んだ魔族、シャクスが、まだいるんだ!」
「でも、そっちはユキマル殿とビャクヤ殿が討伐に向かったのでは?」
「大丈夫だとは思うが、万が一ということがある。直ぐにあちらの様子を見て来よう」
マヤは空中歩行の魔法で宙を駆け上がり、様子見に行くことにした。
道端に転がる感染者たちに治癒魔法を施しながら、ビャクヤたちは医局に向かっていた。黒くなった肌が元に戻り、息を吹き返す様子を見ていた市民たちは、両手を合わせて拝み始めた。
「な、何だか居心地悪いよ」
「病を癒しながら行進するビャクヤ様は、さしずめ医術の神アスクレピオスだと言えるでしょうな」
「そんな大層なことでもないんだけど」
ラグナスの医局に到着すると、衛兵に守られたラグナスのピート市長が避難していた。市長は異国人の二人を見て、声を荒げた。
「おお、貴様らか!街をこんな廃墟にしたのは!衛兵!直ぐに捕らえよ!」
市長の命令で衛兵が辺りを取り囲むが、ビャクヤが杖を一振すると、全員が動けなくなった。
「やれやれ、とにかく、この医局にいる魔法使いを全員集めてくれる?黒死病を治療する魔法術式を教えたい」
その場に居合わせた魔法使いに伝言を頼む。
「分かりました!おい、職員全員を入り口に集めるんだ!」
魔法使いが水晶端末で連絡を取る。
医局の中が慌ただしく動く中、ノーマたちの家族は絨毯に乗せたまま、宙に止まらせていた。ノーマが疫病をばら蒔いたのは事実なので、他人の目に触れさせないほうが良い。
治癒魔法を伝授された回復士たちの半分は、街に出て感染者の治療に向かった。
「取りあえず、一件落着ですな」
ユキマルも壁に背中を預け、座り込んでいた。
「大丈夫、ユキマル?まだ病原体が体内に残ってるのかな?」
「少しダルくて熱っぽいですが、立てないほどではありません」
「ん、念のために自己治癒力を上げる魔法を施しておくよ」
「ありがとうございます、ビャクヤ様」
「お、おい!私たちをいつまで固めてるつもりだ!」
市長が怒りも露に怒鳴った。
「ああ、市長と衛兵か。全て解決するまで拘束させて貰うよ」
そうして、拘束魔法でぐるぐる巻きにされたピート市長は、ありったけの呪詛を吐き散らすが、相手をする暇はない。ビャクヤとユキマルも生存者探しに出掛けた。
こうして、疫病の蔓延は防げたが、まだ脅威は残っているのだった。
「はあ、はあ、死ぬところだった!」
魔道具店の奥の部屋で、黒衣の魔族が座り込んでいた。
「あらあら、失敗したのですね。サブナックさんも討伐されたようですし、ルキフェル様はさぞお怒りになるでしょう」
それを聞いてシャクスは、慌てて姿勢を正した。
「ま、まだ大丈夫だ!ノーマはまだ私との契約は切れてない!暗躍させて再び病をばら蒔く!」
「分かっていると思いますが、ルキフェル様の命令に二度目はありませんよ?」
店主のミルファは笑っているが、こんな冷酷な笑みは見たことがない。シャクスも背筋が凍る思いだった。
「わ、分かっている!ユキマルも一度発病しているし、最早戦う力は残ってないだろう。今度こそトドメを刺してくる!」
そう言い残し、シャクスは空間転移で姿を消した。
「やれやれ、あれはもうダメだね。下手に人間にやらせず、最初から自分で疫病を広めていれば、こんな時間がかかることもなかっただろうに」
カウンターの上に寝そべる黒猫のジルが、つまらなそうに吐き捨てた。
「ええ。治癒魔法も完成したようですし、もう後はないでしょう。さて、私たちは次の街に行く準備にかかりましょうか」
最早、趨勢は決まったといわんばかりの二人だった。
絨毯の上で身を寄せあっていたノーマの一家は、突然、空中に現れた魔族に仰天していた。
「ふはは!あの魔導士の小僧、こんなところに匿っていたとはな!」
家族で抱き合っていたが、ノーマは一人立ち上がってシャクスと対峙した。
「シャクス様、私はもう疫病をばら蒔くことはしません!私のことは殺しても構いませんが、家族には手を出さないでください!」
ノーマは微かに震えていたが、その声は凛として辺りに響いた。
「ちっ!あの従順だった小娘が私に楯突くとはな!一つ、お仕置きをしてやろう」
伸ばされたシャクスの腕が、飛んできた剣撃で斬り飛ばされた。
「ぐわあ!」
「千里一刀だ!斬られたら痛かろう?」
その場に現れたのはマヤ・カリバーだった。全身、傷だらけになっているが、未だに膨大な闘気をまとっている。
「貴様がここに来たというこは、サブナック殿は負けたのか!?」
「好敵手だった。疫病をばら蒔いたり、子供を手下にするお前とは比べ物にならない戦士だったよ」
「貴様あっ!」
失った腕は霧状になって、再び凝集すると、元に戻っていた。
「どうやら、貴様を倒すには奥の手を出さないといけないらしいな」
マヤは両手に持った刀を、ギュッと握りしめた。すでに究極奥義を二回も使っているので、疲労困憊しているが、そんなことはお首にも出さずシャクスと向かい合う。
「サブナック殿を倒したのなら、貴様も今は疲れきっているはずだ!私の攻撃に耐えられるか試してやる!」
シャクスの身体が黒い霧になり、マヤに覆い被さって来るが、マヤの身体も煙幕状になり攻撃を無効化する。
「おのれ!私と似たようなスキルを持っているのか!?」
「生憎、私を黒死病にすることは出来んぞ」
再び身体を元に戻した時には、シャクスの目の前に移動していた。
「食らえ、十字連破!」
マヤの刀が上と横から襲いかかる。シャクスも再び霧状になるが、僅かに遅れて胸に十字の傷をつけられる。が、霧状から戻ると傷跡は消えていた。
(こいつも究極奥義でないと倒せんか・・・)
しかし、マヤはすでに奥義を二回も使い、疲労が激しい。使うなら確実に当てなければならない。
そこに杖に乗ったビャクヤとユキマルが現れた。
「姫様!もしかして、究極奥義を二回使いましたか!?」
問いかけるユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!しかし、お前の言う通りだ。正直、立っているだけで精一杯だ」
「では、シャクスの討伐は私に一任くださいますか?」
「ああ、だが周りに被害が出るので一輪殲滅を使え」
「御意!」
ユキマルは再びシャクスと合間見えることになった。
「ふん、ユキマル!お前の究極奥義とやらも私を倒せなかったのを忘れたか?」
「エアシェルト!」
その時、ビャクヤは最強結界の広範囲版でユキマルとシャクスを包んだ。
「さあ、これで空間転移で逃げるのも不可能になったよ!」
先程、素早く空間転移で逃走したのはバレていた。こうなるとシャクスも背水の陣で臨まざるを得なくなる。
ユキマルは闘気を解放した。
「裏奥義、明鏡反水!」
「おのれ!ならばあらゆる病原体をばら蒔いてやる!」
「マヤ様!こう言ってるので万花爆砕で構いませんね?」
「・・・ああ、病原体ごと全てを焼き尽くせ!」
ユキマルの上段に構えられた刀が、白い光を放ち始める。シャクスは、身体を黒い霧状にするが結界に囚われているので逃げ場はない。
「滅せよ!万花爆砕!」
ユキマルの刀が振り下ろされて結界内に暴虐の嵐が吹き荒れた。黒い霧もさらに細かい粒子になり消えてゆく。
全てが消え、魔力が感じられなくなると、ビャクヤは直ぐに結界を解除した。ユキマルは刀を納めると、そのまま地面に身体を投げ出した。
「ユキマル!」
「一度、黒死病に感染し、二度も究極奥義を使ったので、かなり衰弱してるようです」
ビャクヤは杖を向けて回復魔法を施すが、流石にしばらくは動けないだろう。
「姉上、ギルド本部に行きましょう!そこでユキマルを休ませます!」
「ん?医局では不味いのか?」
「それが・・・万花爆砕が何度も炸裂して街が廃墟のようになってしまい、市長殿が激おこなのです」
「ああ、そうか。ここは一つ、奥の手を使わねばな」
マヤはビャクヤに向けて、不敵な笑みを漏らした。
ギルドのラグナス支部では大歓迎を受けた。マヤとサブナックの戦いは末代までの語り草になるだろうと、大いに盛り上がった。
「ユキマルとこの家族の面倒を見ててくれないか?」
マヤの頼みを断る者などいなかった。
「しかし、こちらの家族はどうしたのです?ひょっとしてジョールの村の・・・」
「ああ、生き残りだ。おまけにこのノーマは家族を助けるために魔族と契約させられ、疫病を広げる手伝いをさせられた」
支部長のレイナはノーマに近づきそっと抱き締めた。
「そうだったのですね。可哀想に。心配は要りません。私が責任を持ってお預かりします」
「マヤ様、私はまだ動けますぞ」
立ち上がろうとして、ユキマルは刀を握ったまま、崩れ落ちた。
「無理をするな、ユキマル。ここで休んでいろ。戦後処理は私がやっておく」
「すみません、姫様」
マヤは反射的に拳骨を作っていたが、その手をそっと下ろした。
「流石に今のお前は殴れん。後で覚悟していろ」
マヤはビャクヤを伴い、医局へと向かった。
担ぎ込まれていた病人は全て回復し、その家族たちと共に街の再建のために働いていた。
医局に到着するとピート市長が、待っていたと言わんばかりの勢いで罵り始めた。
「あれは市長か?何をあんなに怒っている?」
「姉上とユキマルが万花爆砕で街を破壊したことに、強い不満があるようです」
「ああ、なるほど。だが究極奥義でなければ倒せない相手だったからな」
「悪を倒すという名目があれば何をしても良いのか!?それじゃ魔族と変わらんではないか!ええい!いい加減この拘束を解け!」
ビャクヤが目配せしてきたので、軽く頷いて見せた。すると、市長と衛兵たちの拘束が解けた。
「ふう。おのれ、調子に乗りおって!衛兵どもよ!あの三人の異国人を引っ捕らえろ!」
市長が口から泡を飛ばす勢いで喚きたてるが、衛兵たちは街の入り口の門のほうに気を取られ、市長の命令に従う者はいなかった。
「貴様ら!何をグズグズしておる!引っ捕らえろと言ってるのが分からんのか?」
「何故、彼らを捕らえようというのかな、ピート市長?」
背後から掛けられた言葉に、ピートはビクッと身体を震わせ、恐る恐る後方を確かめた。
そこにはロウランド王国の守護者であるエルフの剣聖ラルカスと、聖魔導士アンドレアが立っていた。
「ラ、ラルカス様!アンドレア様!こ、これには訳がありまして・・・!」
「ふむ。聞くまでもないよ。街の状況を見れば大体の察しはつく。それに、近くのジョール村が強力な疫病でわずか三日で全滅した。ここラグナスでも感染者が出たと聞いている」
アンドレアが話す毎に、ピート市長は顔を伏せ始める。
「暗部の報告では疫病を操る魔族と、強力な戦士の魔族が現れたらしいな。これは衛兵だけで何とか出来る問題ではない。たまたま、煙幕のカリバー一行がいたから事態は終息した。なのにピート市長。そのカリバーたちをなぜ捕らえようとしている?」
アンドレアの問いに市長は答えられず、しきりにハンカチで汗を拭っていた。
「す、すみません!ですが街をこうも破壊されては、市長としては賠償して頂けないかと考えて・・・その」
「街の復興なら王都から支援金を出す。本来ならカリバー殿に支払う報酬だったのだがな」
そこでアンドレアはさりげなくマヤに視線を送ってきた。その口許には皮肉な笑みが刻まれていた。
(やれやれ。アンドレア殿も食えないお方だ)
「ふ、復興の資金さえ頂ければ、我々に不満はありません!」
「なら、カリバー殿たちに言うべきことがあるのではないか?」
この言葉に、市長や職員、衛兵たちが土下座して非礼を詫びた。
「それにしてもタイミングが良すぎるな。アンドレア殿。最初から傍観していたのではないか?」
「まあ、カリバーたちがいれば何とかなるとは思っていたがね」
やはり確信犯だった。永き時を生きるエルフたちは、本当にこういう冗談が好きだ。
「迎賓館の辺りは無事なようだな。市長、今夜はカリバー一行の活躍を祝して宴を開こうではないか」
「ははーっ!早急に準備にかかります!」
居たたまれなくなったのか、市長は市庁舎のほうに向かって去っていった。
「イジメが過ぎるのではないですかな?」
マヤは一応、苦言を呈しておいた。
「はっはっは!勇者様御一行に不敬を働く者が悪いのだよ」
「・・・アンドレア殿。私は勇者になる気などないのだが?」
「魔王ルキフェルがそう認定したともっぱらの噂だ。この噂は大陸中に轟いている」
「いや、今日戦った魔族は幹部の一人でありながら、超究極奥義でないと倒せなかった。勇者など、買い被り過ぎだ」
すると、剣聖のラルカスが肩を震わせて笑った。
「より強くなれば良いだけの話だ。私はいつでも胸を貸すぞ」
「・・・いや、ラルカス殿。今は趣味の旅の途中だ。新たな修行をする気はない」
「そうか。待っているぞ」
このラルカスもどこまで本気なのか分からない。長命種のエルフの考えなど一生分からないかもしれないが。
その夜は無事だった市庁舎近辺に出店が集まり、盛大な宴が催された。ユキマルも復調し、ワインのカップ片手に地元の冒険者たちと談笑していた。サクとフラヌ、イルマの家族も細やかに参加していた。ノーマは帽子を被り男装して参加していた。
「明日、我々は出発するが途中まで同行すると良い。良い感じの村や街があれば移り住めば良いからな」
ユキマルは簡単に言ってるが、それがどれだけ大変か想像はつく。さりとてこの街に置いては行けない。ノーマは多くの市民に見られたからだ。
「アンドレア殿。せめてノーマに加護を与えてくれないだろうか?」
「ん?ああ、魔族に使い魔にされていた子か」
白いローブを着たアンドレアはノーマの前に立った。
「あ、あなたは聖魔導士アンドレア様!」
ノーマの頭に手を置いてアンドレアは口を開く。
「天上の神々よ。大気の中の精霊たちよ。この娘をあらゆる災いから護り、困難を乗り切る力を与えたまえ」
アンドレアの手の平が光り、ノーマの身体に流れ込んでゆく。
「よし。これで君は加護によって護られる。だが、自分自身の努力も忘れてはいけない」
「は、はい!ありがとうございます、アンドレア様!」
ノーマは身体の向きを変えると、今度はユキマルの前まで移動した。
「うん?どうかしたのか、ノーマ」
「ユキマル様がいなければ、私も私の家族も今頃死んでいたでしょう。ユキマル様には感謝してもしきれません!」
「なあに、当然のことをしたまでだ。気にすることはない」
「そ、その、ユキマル様!私はこれから自分を磨いて、あなたに相応しい女性になります!その時は私を娶ってはくださいませんか!」
ユキマルは口からワインを吹き出し、慌てふためいていた。
「な、何をバカなことを言ってるんだ!いつか君に相応しい男が現れる!それを楽しみに待つと良い!」
「いいえ、私の純潔はユキマル様のものです!いつか迎えに来てください!来ないならこちらから探しに行きます!」
ノーマは両手を握りしめ、真剣な表情で訴え掛ける。
「は、ははは。モテモテじゃないか、ユキマル。ノーマは良い子だ。良かったな、許嫁が見つかって!」
こめかみをピクピクと震わせながら、マヤは意地の悪い笑みを浮かべていた。
「マヤ様、ご冗談を!私が仕えるのはマヤ様だけです!」
「だから、そういうことを気軽に言うな!」
いつもの三倍増しの力でユキマルの頭に拳骨を落とした。
「なるほど。つまり、マヤ・カリバー様は私のライバルなのですね?」
「わあっ!勘違いするな、ノーマ!ユキマルは・・・」
「今日からは恋のライバル!正々堂々と戦いましょう!」
曇りのない綺麗な瞳で見つめられて、マヤも観念するしかなかった。
「ああ、精々自分磨きに励むことだな」
差し出された手を握ると、何故か拍手が巻き起こり、非常に居心地の悪い気分を味わった。
マヤはテーブルに並んでいるワインのカップを、次々と飲み干してゆく。
「そんなに飲むと二日酔いになりますぞ、姫様!」
「姫様と呼ぶな!」
マヤはダンッと床を踏み鳴らし、発勁を打ち込んだ。ユキマルの身体が五メートルも吹っ飛び、次々と人が将棋倒しになり、ちょっとした騒ぎになる。
「姉上、やり過ぎです」
ビャクヤは呆れ顔で苦言を呈したが、マヤはすっかり悪酔いしてしまった。
こうして、ラグナスの夜は更けてゆく。
翌日、二日酔い気味のマヤとビャクヤ、ユキマルはノーマの家族たちと共に馬車に乗り込んだ。
「また、しばしのお別れだな。だが別れの言葉は言わん。また会うだろうからな」
聖魔導士アンドレアは、街の門に並んだ冒険者たちや市民に見送られて出発することになった、マヤたち一行にそう言葉をかけた。
「あなた方エルフのスパンで考えられたら、年寄りになってそうだ」
マヤは苦笑を浮かべて、馬車の幌越しに手を振った。
「また会うことになるとも。悪魔領セイタンズはロウランド王国の港から数百キロの距離しかないからな。これからも魔族の幹部が続々とやって来るだろう」
「嫌な予言は止めてくれ、ラルカス殿」
だが、マヤも分かっていた。このところ、襲ってくる魔族がどんどん強敵になってきている。魔王ルキフェルは本当にマヤたちを勇者に認定したのだろうか?
馬車の中に目を戻すと、居眠りを始めたユキマルの片腕に、ノーマが嬉しそうに抱きついていた。
「・・・・・・」
「あ、姉上!落ち着いてください!ノーマはユキマルを兄のように慕っているだけです!」
ビャクヤが珍しくフォローに回っている。
「ビャクヤ、私は今どんな顔をしている?」
「え!?そ、そうですね。ドラゴンのように見えます」
「そんなに恐ろしい形相をしてるのか?」
マヤは馬車の床に座り、両手で顔を揉みほぐした。とにかく、次の村か街までの付き合いだ。マヤは二本の刀を床に置き、背中を幌に預けた。次の次の街を抜ければ隣国、ヘリオン公国に入る。マヤはこれからの旅の道程に想いを馳せるのだった。
放浪編その4でした。疫病は目に見えないだけにたちの悪い存在です。そして、今のマヤでも苦戦する四本腕の剣士サブナックと、今回は強敵です。マヤたちも新たな境地に至る必要があるでしょう。そんなわけで次回もお楽しみに!




