疫病神シャクス 前編
放浪編その3
疫病で全滅した村にマヤ・カリバーたちが到着する
ノーマは必死に看病を続けていた。両親も妹も皮膚がドス黒くなり、もう虫の息だ。
突然、村を襲った疫病は三日とかからず村人たちを死に追いやった。近くの街であるラグナスに救援要請に行った者も戻ってこない。
ノーマは手拭いを水で濡らして額に乗せてやることしか出来ない。
「あっはっは!無駄よ、無駄無駄。先天的に抗体を持ってる、お前のような運の良いやつは助かるが、私のばら蒔く死にはどんな薬も魔法も効かない」
あばら家の入り口に立つ、黒衣の美女が嘲笑う。
「お願いです!両親と妹を助けてください!」
相手は魔族だ。常なら怖くて身を縮こまらせていただろう。でも、今は家族を助けるためになりふり構わず懇願した。
「ふむ。魔族に願う。それがどういうことか分かっているのか?」
「私の命を捧げます!だから、どうか家族を助けてください!」
「良かろう。次の街を乗っ取るのに助手が欲しかったのだ。お前は私の手先となって働け」
「はい!何でもします!だから家族を!」
黒衣の美女がパチンと指を鳴らすと、両親と妹の肌が元通りの肌色に戻った。
「パパ!ママ!イルマ!」
ノーマはベッドに横たわる三人に抱きついた。
「さて、言う通りにしたぞ。次はお前が私との約束を果たせ」
ノーマは涙を拭って立ち上がった。
「はい。お供いたします」
「よし、聞き分けの良いやつだ。私はシャクスという。お前の名は?」
「ノーマです」
「よし、ついてこいノーマ。次の街に死をばら蒔きに行くぞ」
ノーマは一瞬だけ家族のほうを振り向き、シャクスに従って歩きだした。
馬車の中でマヤ・カリバーは弟で魔導士のビャクヤ、護衛の上級剣士ユキマルとボードゲームに興じていた。
「次の街、ラグナスの手前にジョールという村があるそうだ」
マヤはサイコロを振ったが、悪い目が出てしまい肩を竦めた。
「ラグナスまでは後二日はかかるでしょう。今夜の宿を貸してもらいましょうか、姫様?」
そう言ったユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!しかし、そうだな。野宿が続いているから久しぶりに柔らかい寝床で寝たいな」
「それに、久しぶりに豪華な食事をしたいです!」
若干、十歳で魔導士になった天才児ビャクヤが手を上げて意見を述べた。
「固有結界に新鮮な食材があるだろう?」
「確かに真空状態ですから新鮮ですが、夜営となると作れる料理も限られてきます!」
「それに、スイーツも久しぶりに食べたいですな」
ユキマルは厳かにのたまうが、威厳は感じられない。
「まあ、村だとスイーツはないだろう。ラグナスまで我慢だな」
ゴトゴトと動いていた馬車が急に止まった。御者が幌を開いて顔を出した。
「お客さん方、盗賊です!」
「盗賊?北のルートにはいないと聞いてたのだがな」
ともあれ捨て置けないので、マヤとユキマルは刀を手に馬車を降りた。ビャクヤはすでに杖を構えている。
馬車の行く手を遮っているのは、痩せ細った男女と子供だった。手に持つ得物も鍬と鎌だった。どう贔屓目に見ても盗賊には見えない。
「お前たちはひょっとしてジョールの村の者か?」
「そ、そうだ!命が惜しかったら荷物を置いてゆけ!」
ユキマルは次の瞬間には男女の目の前に迫り、刀で鍬を弾き飛ばした。
「あうう・・・」
「お前たちは本来、盗賊ではないんだろう?一体何があったんだ?」
マヤの問いかけに三人は、気が抜けたようにその場に腰を下ろした。
「む、村が滅んだんだ。だから食い物を求めて盗賊紛いのことをしてしまった・・・」
「なるほど、事情がありそうだな。私たちをお前たちの村まで案内してくれ」
「そ、それは止めたほうが良い!」
男は必死の形相で訴えかけた。
「何故だ?村が滅んだといっても、建物までが全て破壊されたわけじゃないだろう?」
「え、疫病が!あっという間に広がり村は全滅した。生き残ったのは我々ともう一人の娘、ノーマだけだ」
「疫病か・・・ビャクヤ!」
「はい!全員に対物理的結界を張ります。病原体も侵入出来ません!」
「というわけだ。お前たちの村に案内してくれるな?」
マヤの再びの問いに男は力なく頷いた。
正に惨状と言うべき光景が広がっていた。村の至る所に肌が黒くなった死体が転がっている。ビャクヤの張った結界で感染することはないだろうが、全員が手拭いで鼻と口を塞いでいた。
「疫病が流行りだしたのはいつだ?」
マヤは旦那のほうに声をかけた。
「み、三日前です。黒い霧のようなものが村を覆って」
「何?たった三日で村が全滅したのか?」
「ま、魔族ですわ。恐ろしい疫病神が現れて、村は壊滅状態に!」
奥方が自分の身体を抱いて震え始めた。
「魔族か!ビャクヤ、この疫病の種類は分かるか?」
問われてビャクヤは解析魔法で調べ始めた。
「恐らくPESですが、改良されてますね。治癒魔法でも治せるかどうか」
「お姉ちゃんを!お姉ちゃんを助けてください!」
それまで押し黙っていた娘が必死になって懇願した。
「お姉ちゃん?もう一人家族がいるのか?」
すると旦那は肩を落として首を振った。
「娘は、ノーマは生まれつき抗体とやらがあったようで、感染しても発病しませんで'した」
「そのノーマはどこに行ったんだ?」
「魔族に連れていかれました!私たち三人の命と引き換えに、お姉ちゃんは魔族の手下にされたんです!」
「うーむ、家族の命と引き換えとは!そんな魔族は直ぐにでも討伐しましょう!」
ユキマルは怒気も露に宣言する。
「落ち着け、ユキマル。もうすぐ昼だ。腹ごしらえをしよう。お前たちも腹が減っただろう?」
マヤの問いかけに三人は激しく頷いた。
「周りが死体だらけのところじゃ、食欲も失せるな。道を挟んだ反対側の草原で頂くとしよう」
ビャクヤが固有結界から出した食材を、マヤとユキマルで調理してゆく。かなり多めに作ったが親子三人は余程腹を減らしていたようで、あっという間に平らげてしまった。
「ありがとうございます!あなた方は命の恩人です!」
旦那のサクがしきりに頭を下げる。奥方のフラヌも大変恐縮している。娘のイルマは先程と同じ言葉を繰り返した。
「お願いです!お姉ちゃんを助けてください!」
このような恐ろしい疫病に抗体があるとは信じがたいが、現にノーマはただ一人発病しなかったらしい。
「ビャクヤ、この病はPES、黒死病なんだろう?元々抗体を持っているなんてことがあるのか?」
マヤが疑問を口にすると、ビャクヤは腕を組んで頭を捻った。
「感染力が高く、致死率も高いのが黒死病ですが、もし本当に抗体を持っているなら、そのノーマの血液を調べれば治療薬を作れるかもしれません」
「いずれにしろ行くしかないか。サク殿、魔族は次の街に行くと言ってたのだな?」
「ええ、はい。一番近いのはラグナスなので、そこに向かったはずです」
「よし、あんたたちも同行してくれ。いずれにしろ、もうこの村は遺棄するしかあるまい」
人数が増えたし、急ぎということで、ビャクヤは空飛ぶ絨毯を広げた。
「あんたは馬車でゆっくり来てくれ。魔族がいたら戦闘になるだろうからな」
マヤは金貨を御者に握らせて絨毯の上に乗った。
「さあ、行きますよ!」
絨毯はすーっと宙に舞い上がり、ラグナスに向けて飛翔した。
やがて、眼下に高い塀で囲まれた街が見えてきた。しかし、門の前に衛兵と旅人たちの死体が転がっているのが見えた。
「むう、魔族のやつめ!すでに感染が広がってるな!」
絨毯は門を越えて街全体を見渡せる場所で滞空する。
「ん?あの建物はギルド支部か?戦闘音が聞こえる!ビャクヤ!」
「はい、直ぐに向かいます!」
絨毯は空中で方向転換すると、地上に向けて飛ばした。ドス黒い死体も多く転がっているが、ギルドの冒険者たちは生き残って魔族と戦っているようだ。良く見ると不恰好だが、鼻と口を覆う疫病用のマスクを付けている。流石に冒険者は危機意識が高い。
見ると三メートルは越す馬鹿デカイ魔族が、冒険者たちを圧倒していた。四本の腕は全て剣を握っており、近づく者は全て吹き飛ばしていた。
「ビャクヤ!私とユキマルに空中歩行の魔法を!サク殿たちを守りながら空中から魔法で援護してくれ!」
「分かりました、姉上!」
マヤとユキマルは空中を駆け下りてデカブツの魔族の前に立った。
「私は煙幕のカリバー!義があって加勢させてもらう!」
マヤが名乗ると冒険者たちの間で歓声が上がった。
「煙幕のカリバーだって?大陸に名を馳せた剣豪だ!」
「一緒にいるのは上級剣士のユキマル殿だ!助かったぞ!」
冒険者たちが沸き立っているのを尻目に、デカブツの魔族は不快な笑い声を上げた。
「ふはは!カリバーだと?賞金首のカリバーだと?俺様は暴虐のサブナック!その首を貰い受けるぞ!」
「出来るものならな!」
マヤは腰に差した二本の刀を抜いた。
「ユキマル!ここは私が引き受ける!疫病を広めた疫病神を討伐して来てくれ!」
「御意!」
ユキマルは再び宙を駆け上がり、空から捜索を開始した。
「煙幕のカリバー!一騎討ちで勝負だ!」
サブナックの4本の腕が剣を構える。
「行くぞ!」
サブナックの激しい剣撃が襲ってくるが、マヤは身体を煙幕状にして攻撃を無効化する。
「ちいっ!」
「影縫死斬!」
「はっ!?」
マヤの身体はすでにサブナックの背後にあった。そして二刀流で斬りかかるが、4本の剣の半分が素早く反応して斬撃を受け止めた。
「なかなか面白い術を使う!他にも見せてもらおうか!」
「良かろう!どこまで持ちこたえられるかな?」
マヤとサブナックは剣と刀を構えて真っ向から対峙した。
「ユキマル!乗って良いよ!」
空を駆けるユキマルに絨毯に乗ったビャクヤが声を掛けた。
「はっ!それでは相乗りさせて頂きます!」
「今、魔力探知で探してる!この辺は黒くなった死体が多いから、元凶は近くにいるかも?」
すると、突然宙に黒い霧のようなものが広がった。生き物のように動き、地上にいる生き残りの人間を見つけると、動きを早めて地上に広がる。
「えーい、ドライドルーバ!」
ビャクヤは拡散攻撃魔法で黒い霧を攻撃するが、霧なのであまり効果がない。その上、黒い霧は集まると明らかな意思を持ってこちらに向かってくる。
「仕方ない!みんなマスクをしててよ!」
ビャクヤが杖を振ると全員の顔に、ガスマスクのような物が装着された。
「行くよー、ラピッドファイア!」
ビャクヤの杖の先から数千度の炎が発射され、黒い霧はジリジリと焼かれて面積が狭くなってゆく。
「いっそのこと、私の究極奥義で消してしまいましょうか?」
「考え方が乱暴だなあ、ユキマルは。それじゃあ街の至る所が廃墟になっちゃうよ。それに、ノーマって子が人質にされてるんだよ。まずは魔族を見つけないと!」
「そうですね、失礼しました。ではビャクヤ様、私は地上から魔族を探します」
「うん、くれぐれも広範囲攻撃は無しで頼むよ?」
「御意」
ユキマルは空中を駆け下りて街の探索を開始した。
サブナックは巨体ながら動きは素早かった。すでに数合打ち合っているが、マヤに引けを取らないほどの早さだ。
「なら、これでどうだ!千手孔刺!」
人体の百八ある経絡秘孔を素早く突く技だが、サブナックは4本の剣と運足で全てをかわした。
「むう、この奥義も通じぬか!」
「流石に大陸に名を馳せたカリバーだな!久しぶりに好敵手に出会えて嬉しいぞ!」
「そうか、それは重畳」
マヤはここに至って対人用の奥義では倒せないと悟った。
「ならば、これでどうだ!百花爆裂!」
一の太刀が百になる広範囲攻撃だ。百の敵を倒す奥義をサブナックは4本の剣を、凄まじい早さで回転させ、全て弾き飛ばした。
「死之竜巻だ!俺様にこの技を使わせるとは、流石はカリバー!ふはは!楽しい、楽しいぞ!」
カリバーは口角を上げるが、戦慄していた。技の範囲外に逃げたのならともかく、マトモに受けて無効化したのだ。コイツは大陸剣術協会の顧問を勤める、剣聖ラルカスを彷彿とさせる強さだ。もはや残されたのは究極奥義のみ。マヤは凄惨な笑みを顔に貼り付け、究極奥義を繰り出す隙を伺った。
「厄介なやつらがやって来た!まあ、賞金首だから、千載一遇のチャンスかもしれんが」
ラグナスの魔道具店の中で、疫病神のシャクスが忌々しげに吐き捨てた。先程、黒い霧で様子見をしたが、疫病にとって大敵の高温の炎で焼かれそうになり、慌てて戦線を離脱したばかりだ。
「これはカリバーさんですね。剣士のユキマルさんと魔導士のビャクヤさんも一緒のようです」
魔道具店の店主、ミルファが水晶球に映る映像を見て、懐かしそうに呟く。
「東の英雄パーティー同様、我ら魔族の天敵のようなやつらだ。サブナックも協力してくれているし、この機会に討ち取るか」
「勝算はあるのですか?」
「下手に抵抗したら疫病をばら蒔くと脅す。まあ、実際ノーマのやつに、すでにやらせてるがな」
「あらあら。そのノーマさんはユキマルさんと接触しそうですわよ?」
「よし、そろそろ私も出るか。ノーマには病原菌の球を渡してあるが、やつらならすでに対策を講じてるだろう。ミルファ。いざとなったらノーマはここに転送するかもしれん。その時は面倒を見てくれ」
「あらまあ。冷酷非情なあなたが、どういう風の吹きまわしですか?」
「ふん!手駒を大事にしてるだけだ!それじゃあ頼んだぞ」
シャクスは店を出て行き、会話を聞いていた黒猫のジルがあくびをした。
「やれやれ。魔族でも数日一緒に過ごすと情が移るのかね?」
「さあ、どうでしょう?本来なら同じ魔族同士でも牽制し合うものですが」
ミルファは店の扉を開くと、『本日休業』の札を下げた。
「さあ、この街も全体が戦場になりますわ」
ミルファは夢見るような表情でそう呟いた。
「待てっ!この魔女め!」
「ギルド支部に引き立ててやる!」
市民たちが追ってるのはまだ十二歳ほどの少女だ。肩から下げたカバンには、病原菌を納めたガラス球がたっぷり入っている。ノーマはガラス球を取り出すと後方に投げつけた。
「危ない!」
「みんな、気を付けろ!鼻や口だけじゃなくて、液体に触れただけで感染するぞ!」
「この魔女め!絶対に捕まえてやる!」
市民たちは恐ろしい形相で追いかけてくる。ノーマは恐怖のあまり涙を流した。しかし、あのシャクスの命令に従わないと家族が皆殺しにされる。必死に逃げていると、曲がり角で誰かにぶつかりノーマはその場に尻餅をついた。
「しめた!おい、あんた!そいつを捕まえててくれ!」
殺到してくる市民たちに向けて歩きだし、ノーマを背中に隠した。
「落ち着け!こんな幼い少女に、いったいなにをする気だ!?」
ノーマは尻餅をついたまま、その人物を見上げた。黒髪に異国風の服を着ている。
「そいつが、この街に疫病を持ち込んだんだ!」
「もう何人も倒れて医局に担ぎ込まれている!その魔女の仕業だ!こっちに引き渡してもらおうか!」
その台詞を聞いて異国の者は、一瞬だけ背後に目をやった。
「君はノーマか?」
「な、何故あたしの名前を?」
「君の家族と会ったからだ。見つけたら保護してくれと頼まれている」
「で、でも、あたしはもう何人も感染させてしまった!償いはしないと!」
「ふむ。その答えを聞いたら、ますます君を守らないといかんな」
初対面の剣士に守られるいわれはないが、ノーマも死にたくはない。何よりもう立ち上がる気力もなかった。
「みんな、聞け!この子は魔族に家族を殺され掛けた。そして協力しないと家族を殺すと脅された。悪いのは全て魔族だ!この少女には罪はない!」
だが、異国の剣士の言うことに耳を貸す者はいない。
「自分たちだけが助かったらそれで良いと言うのか!?」
「重体で今にも死にそうな人間が医局に溢れているんだぞ!」
「その小娘だけは絶対に許さん!」
「そうか・・・」
異国の剣士は刀を抜いた。
「や、止めて!そんなことしたら、あなたまでみんなに殺される!」
「ノーマ。君の家族は無事に保護してある。君もそんな病原体は捨てるんだ。この街では無理だが、違う土地で一からやり直せば良い」
「け、剣士様!あなたのお名前を聞かせてください!」
ノーマは肩に下げていたカバンを、地面を滑らすようにして遠ざけた。
「私の名前はユキマル。煙幕のカリバー様の護衛だ」
「えっ!?あの勇者様の護衛?」
「少し待っていろ。直ぐに片付けて君に罪を擦り付けた魔族を討伐するぞ!」
ノーマの頬には涙がいく筋も流れた。
「あなたはやはり勇者様です!あたしにとっての勇者様!」
ユキマルは一度だけ振り返り、ニコッと笑顔を見せた。
「魔女を庇い立てするのか!?」
「さては、お前も魔族の手先だな!」
「みんな!構わないから二人とも引き立てろ!」
市民たちは手に手に武器を持ち、ジリジリと距離を詰めてくる。
「ふん!素人が百人いたところで私に攻撃を当てられる者はいまい」
ユキマルは一歩踏み出し、暴徒と化した市民たちに向けて歩きだした。
「あちゃー。ユキマルの性格からしてそうなると思ったけど」
ビャクヤは絨毯の上で頭を抱えていた。
「とにかく、あのノーマって子を保護しておこう」
ビャクヤが杖を振ると地面からノーマの姿が消え失せ、絨毯の上に移動してきた。
「「ノーマ!」」
「パパ!ママ!」
「お姉ちゃん!」
「イルマ!」
家族四人は無事に再会を果たした。抱き合ってすすり泣いている。
「さて、問題はこれからだよね。経緯はともかくノーマが疫病を撒き散らした事実は消えない」
その言葉を聞き、ノーマはビャクヤに向き直った。
「あたしを突き出してください。自分のしたことの責任はとります!」
「まあ、本来ならそうすべきなんだろうけど」
ビャクヤはがしがしと頭をかいていたが、
「そうだ!ノーマ、君の血を少し分けてくれないかな?」
「あたしの血、ですか?」
「君は黒死病にかかっても、発症しなかった。君の身体にある抗体から治療薬を作れば、疫病の犠牲者を助けることが出来る!」
「分かりました!あたしの血を全部使って構いません!」
「それじゃあ死んじゃうよ。ユキマルが折角助けてくれた命なんだから、粗末にしちゃダメだよ」
「あ、はい。分かりました」
空中にガラスの小瓶が現れた。その中に赤い液体が溜まってゆく。
「これは、あたしの血なんですか?」
「うん。普通の医官なら刃物でも使うんだろうけど、痛いのは嫌でしょ?」
ノーマは反射的に瓶から顔を遠ざけ、コクコクと頷いた。
「よし、これだけあれば良いか。後は解析魔法を施して待つだけだよ」
ノーマたち家族は、ようやく肩の荷を下ろしたかのように、絨毯の上で足を伸ばした。
と、その時。瓶は消失し、絨毯が斜め上に移動した。
空中に死神のような、デスサイズをもった黒衣の女が、邪悪な笑みを浮かべていた。
「魔導士のビャクヤか!大方、ノーマの血を調べて抗体の作り方を探るつもりだな!」
「へえ、なかなか冴えてるね。流石に自分の手を汚さない悪党だよ」
その台詞は気に入らなかったようで、憤怒の形相で睨み付けてくる。
「私は疫病神のシャクス!ビャクヤ!お前にあらゆる病原体を植え付けてやる!」
「へえ、それは面白い!やれるものなら、どうぞご自由に」
余裕のビャクヤにシャクスは遂に声を荒げた。
「調子に乗るな、ガキめ!身体を生きたまま腐らせてやる!」
シャクスの手には何本ものフラスコが握られていた。
「凶悪な病原菌のカクテルだ!苦しみ抜いて死ね!」
フラスコが飛んで来るがビャクヤの張った結界にぶつかり、粉々になって中身が飛散した、
「ははは!地上に地獄が展開するぞ!」
「生憎、そうはならないよ」
ビャクヤは次元断層を作り出し、その中に全てを吸い込ませた。
「ちいっ!味な真似を!なら、これでどうだ!」
シャクスの背後から黒い霧が出現し、大きく膨れ上がる。
「あの黒い霧は黒死病の病原体で出来ている!あれで村や街を滅ぼしてきたのか!」
シャクスは両手に剣を持ち、霧と共に襲いかかって来た。
「病原体と一緒に始末してやるよ!ラピッドファイア!」
数千度の炎が吹き出し黒い霧はジリジリと焼かれて消えてゆく。シャクスも堪らず空中を移動して炎を避ける。
「ドライド!」
ビャクヤは間髪いれず攻撃魔法を打ち込んだ。直撃を食らったシャクスは地面に落ちてゆく。
ユキマルは刀を返し、峰打ちで群衆たちを片付けていた。峰打ちと言っても鉄の棒で殴られるのだから、打たれた者は骨の一本や二本は折れてるだろう。
ユキマルの流れる水のごとき動きを群衆たちは捉えられず、次々に地面に倒れてゆく。そこに、空中から黒衣の女が落ちてきた。
「この魔力!貴様が病原体を撒き散らした魔族か!?」
ユキマルは刀を突きつけて詰問する。
「ははは!上級剣士のユキマルか!そうとも!私が疫病神のシャクスだ!」
シャクスの背後から黒い霧が立ち込めて、周りの全てを飲み込もうとする。
「なっ!?こいつが病原体を撒き散らした魔族だと!?」
「剣士殿の言ってたことは事実だったのか!」
群衆たちがようやく真実に気づいたことは僥倖だが、同時に危険度が跳ね上がった、
「みんな、下がれ!この黒い霧に触れたら黒死病に感染するぞ!」
ユキマルの警告で群衆たちは慌てて距離を取り始めた。
「今度は剣士のユキマルか!ふはは!お前では私の霧を防ぐ手はあるまい!」
黒い霧が唸りを上げて近づいて来る。
「裏奥義、明鏡反水!」
ユキマルは闘気を解放し、自分の周りに結界を作った。黒い霧は闘気の結界に触れると消え失せる。
「おのれ!剣士の癖に結界が張れるのか!?」
「魔法使いのように魔力ではなく、闘気を使ったものだがな!」
「ちっ!なら作戦変更だ!街の住人どもを残らず感染させてやる!」
「そうはいくか!斬り殺してやる!」
一気に距離を詰めたユキマルがシャクスを袈裟斬りにするが、その身体はたちまち黒い霧になり、遠巻きに眺めていた群衆のほうに向かった。
「しまった!みんな、逃げるんだ!」
ユキマルの警告に群衆は尻に火が点いたように逃げだした。すでにユキマルに打ち倒された者はそのまま黒い霧に飲まれる。
「しまった!おい、シャクス!私との戦いに集中しろ!」
「ふはは!構わんが、すでに感染者が山ほどいるぞ!」
「おのれ!疫病神め!」
ユキマルは刀を手に距離を詰めた。
「幻影慚鬼!」
マヤの身体が四体に分かれて、四方向からサブナックに攻撃を加える。
「分身体か!面白い!面白いぞ!」
前後左右から斬り掛かってくるマヤを、四本の腕が動いて攻撃を捌く。本体である正面のマヤは舌を巻いていた。ただのデカブツではない。実戦で鍛え上げた確かな実力がある。分身体は全て斬られて、マヤは改めてサブナックと対峙する。
「どうした?奥義も底をついたか?」
四本の腕に剣を持った巨人は、もはや究極奥義でなければ倒せないようだ。
「みんな!下がって私の後ろに回ってくれ!こいつは究極奥義でしか倒せないようだ!」
マヤの呼び掛けに、観戦していた冒険者たちが慌てて行動に移る。
「ふはは!最後の手段というわけか?面白い、試すが良い!」
サブナックは挑発する。マヤは呼吸を落ち着け、闘気を解放した。
「裏奥義、明鏡反水!」
一気に膨らんだ闘気を見て、サブナックも腰を落として本気で迎え撃つ構えを取る。
そして、最後の時が迫る。
放浪編その3です。疫病神の魔族によって村や街が蹂躙されます。そして、マヤの奥義をことごとく無効化する実力を持つ魔族も登場。戦いは佳境を迎えます。次回でまたお会いしましょう。




