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疫病神シャクス 前編

放浪編その3

疫病で全滅した村にマヤ・カリバーたちが到着する

 ノーマは必死に看病を続けていた。両親も妹も皮膚がドス黒くなり、もう虫の息だ。

 突然、村を襲った疫病は三日とかからず村人たちを死に追いやった。近くの街であるラグナスに救援要請に行った者も戻ってこない。

 ノーマは手拭いを水で濡らして額に乗せてやることしか出来ない。

「あっはっは!無駄よ、無駄無駄。先天的に抗体を持ってる、お前のような運の良いやつは助かるが、私のばら蒔く死にはどんな薬も魔法も効かない」

 あばら家の入り口に立つ、黒衣の美女が嘲笑う。

「お願いです!両親と妹を助けてください!」

 相手は魔族だ。常なら怖くて身を縮こまらせていただろう。でも、今は家族を助けるためになりふり構わず懇願した。

「ふむ。魔族に願う。それがどういうことか分かっているのか?」

「私の命を捧げます!だから、どうか家族を助けてください!」

「良かろう。次の街を乗っ取るのに助手が欲しかったのだ。お前は私の手先となって働け」

「はい!何でもします!だから家族を!」

 黒衣の美女がパチンと指を鳴らすと、両親と妹の肌が元通りの肌色に戻った。

「パパ!ママ!イルマ!」

 ノーマはベッドに横たわる三人に抱きついた。

「さて、言う通りにしたぞ。次はお前が私との約束を果たせ」

 ノーマは涙を拭って立ち上がった。

「はい。お供いたします」

「よし、聞き分けの良いやつだ。私はシャクスという。お前の名は?」

「ノーマです」

「よし、ついてこいノーマ。次の街に死をばら蒔きに行くぞ」

 ノーマは一瞬だけ家族のほうを振り向き、シャクスに従って歩きだした。


 馬車の中でマヤ・カリバーは弟で魔導士のビャクヤ、護衛の上級剣士ユキマルとボードゲームに興じていた。

「次の街、ラグナスの手前にジョールという村があるそうだ」

 マヤはサイコロを振ったが、悪い目が出てしまい肩を竦めた。

「ラグナスまでは後二日はかかるでしょう。今夜の宿を貸してもらいましょうか、姫様?」

 そう言ったユキマルの頭に拳骨を落とす。

「姫と呼ぶな!しかし、そうだな。野宿が続いているから久しぶりに柔らかい寝床で寝たいな」

「それに、久しぶりに豪華な食事をしたいです!」

 若干、十歳で魔導士になった天才児ビャクヤが手を上げて意見を述べた。

固有結界エアポケットに新鮮な食材があるだろう?」

「確かに真空状態ですから新鮮ですが、夜営となると作れる料理も限られてきます!」

「それに、スイーツも久しぶりに食べたいですな」

 ユキマルは厳かにのたまうが、威厳は感じられない。

「まあ、村だとスイーツはないだろう。ラグナスまで我慢だな」

 ゴトゴトと動いていた馬車が急に止まった。御者が幌を開いて顔を出した。

「お客さん方、盗賊です!」

「盗賊?北のルートにはいないと聞いてたのだがな」

 ともあれ捨て置けないので、マヤとユキマルは刀を手に馬車を降りた。ビャクヤはすでに杖を構えている。

 馬車の行く手を遮っているのは、痩せ細った男女と子供だった。手に持つ得物も鍬と鎌だった。どう贔屓目に見ても盗賊には見えない。

「お前たちはひょっとしてジョールの村の者か?」

「そ、そうだ!命が惜しかったら荷物を置いてゆけ!」

 ユキマルは次の瞬間には男女の目の前に迫り、刀で鍬を弾き飛ばした。

「あうう・・・」

「お前たちは本来、盗賊ではないんだろう?一体何があったんだ?」

 マヤの問いかけに三人は、気が抜けたようにその場に腰を下ろした。

「む、村が滅んだんだ。だから食い物を求めて盗賊紛いのことをしてしまった・・・」

「なるほど、事情がありそうだな。私たちをお前たちの村まで案内してくれ」

「そ、それは止めたほうが良い!」

 男は必死の形相で訴えかけた。

「何故だ?村が滅んだといっても、建物までが全て破壊されたわけじゃないだろう?」

「え、疫病が!あっという間に広がり村は全滅した。生き残ったのは我々ともう一人の娘、ノーマだけだ」

「疫病か・・・ビャクヤ!」

「はい!全員に対物理的結界を張ります。病原体も侵入出来ません!」

「というわけだ。お前たちの村に案内してくれるな?」

 マヤの再びの問いに男は力なく頷いた。


 正に惨状と言うべき光景が広がっていた。村の至る所に肌が黒くなった死体が転がっている。ビャクヤの張った結界で感染することはないだろうが、全員が手拭いで鼻と口を塞いでいた。

「疫病が流行りだしたのはいつだ?」

 マヤは旦那のほうに声をかけた。

「み、三日前です。黒い霧のようなものが村を覆って」

「何?たった三日で村が全滅したのか?」

「ま、魔族ですわ。恐ろしい疫病神が現れて、村は壊滅状態に!」

 奥方が自分の身体を抱いて震え始めた。

「魔族か!ビャクヤ、この疫病の種類は分かるか?」

 問われてビャクヤは解析魔法で調べ始めた。

「恐らくPESですが、改良されてますね。治癒魔法でも治せるかどうか」

「お姉ちゃんを!お姉ちゃんを助けてください!」

 それまで押し黙っていた娘が必死になって懇願した。

「お姉ちゃん?もう一人家族がいるのか?」

 すると旦那は肩を落として首を振った。

「娘は、ノーマは生まれつき抗体とやらがあったようで、感染しても発病しませんで'した」

「そのノーマはどこに行ったんだ?」

「魔族に連れていかれました!私たち三人の命と引き換えに、お姉ちゃんは魔族の手下にされたんです!」

「うーむ、家族の命と引き換えとは!そんな魔族は直ぐにでも討伐しましょう!」

 ユキマルは怒気も露に宣言する。

「落ち着け、ユキマル。もうすぐ昼だ。腹ごしらえをしよう。お前たちも腹が減っただろう?」

 マヤの問いかけに三人は激しく頷いた。

「周りが死体だらけのところじゃ、食欲も失せるな。道を挟んだ反対側の草原で頂くとしよう」

 ビャクヤが固有結界から出した食材を、マヤとユキマルで調理してゆく。かなり多めに作ったが親子三人は余程腹を減らしていたようで、あっという間に平らげてしまった。

「ありがとうございます!あなた方は命の恩人です!」

 旦那のサクがしきりに頭を下げる。奥方のフラヌも大変恐縮している。娘のイルマは先程と同じ言葉を繰り返した。

「お願いです!お姉ちゃんを助けてください!」

 このような恐ろしい疫病に抗体があるとは信じがたいが、現にノーマはただ一人発病しなかったらしい。

「ビャクヤ、この病はPES、黒死病なんだろう?元々抗体を持っているなんてことがあるのか?」

 マヤが疑問を口にすると、ビャクヤは腕を組んで頭を捻った。

「感染力が高く、致死率も高いのが黒死病ですが、もし本当に抗体を持っているなら、そのノーマの血液を調べれば治療薬を作れるかもしれません」

「いずれにしろ行くしかないか。サク殿、魔族は次の街に行くと言ってたのだな?」

「ええ、はい。一番近いのはラグナスなので、そこに向かったはずです」

「よし、あんたたちも同行してくれ。いずれにしろ、もうこの村は遺棄するしかあるまい」

 人数が増えたし、急ぎということで、ビャクヤは空飛ぶ絨毯を広げた。

「あんたは馬車でゆっくり来てくれ。魔族がいたら戦闘になるだろうからな」

 マヤは金貨を御者に握らせて絨毯の上に乗った。

「さあ、行きますよ!」

 絨毯はすーっと宙に舞い上がり、ラグナスに向けて飛翔した。


 やがて、眼下に高い塀で囲まれた街が見えてきた。しかし、門の前に衛兵と旅人たちの死体が転がっているのが見えた。

「むう、魔族のやつめ!すでに感染が広がってるな!」

 絨毯は門を越えて街全体を見渡せる場所で滞空する。

「ん?あの建物はギルド支部か?戦闘音が聞こえる!ビャクヤ!」

「はい、直ぐに向かいます!」

 絨毯は空中で方向転換すると、地上に向けて飛ばした。ドス黒い死体も多く転がっているが、ギルドの冒険者たちは生き残って魔族と戦っているようだ。良く見ると不恰好だが、鼻と口を覆う疫病用のマスクを付けている。流石に冒険者は危機意識が高い。

 見ると三メートルは越す馬鹿デカイ魔族が、冒険者たちを圧倒していた。四本の腕は全て剣を握っており、近づく者は全て吹き飛ばしていた。

「ビャクヤ!私とユキマルに空中歩行の魔法を!サク殿たちを守りながら空中から魔法で援護してくれ!」

「分かりました、姉上!」

 マヤとユキマルは空中を駆け下りてデカブツの魔族の前に立った。

「私は煙幕のカリバー!義があって加勢させてもらう!」

 マヤが名乗ると冒険者たちの間で歓声が上がった。

「煙幕のカリバーだって?大陸に名を馳せた剣豪だ!」

「一緒にいるのは上級剣士のユキマル殿だ!助かったぞ!」

 冒険者たちが沸き立っているのを尻目に、デカブツの魔族は不快な笑い声を上げた。

「ふはは!カリバーだと?賞金首のカリバーだと?俺様は暴虐のサブナック!その首を貰い受けるぞ!」

「出来るものならな!」

 マヤは腰に差した二本の刀を抜いた。

「ユキマル!ここは私が引き受ける!疫病を広めた疫病神を討伐して来てくれ!」

御意ぎょい!」

 ユキマルは再び宙を駆け上がり、空から捜索を開始した。

「煙幕のカリバー!一騎討ちで勝負だ!」

 サブナックの4本の腕が剣を構える。

「行くぞ!」

 サブナックの激しい剣撃が襲ってくるが、マヤは身体を煙幕状にして攻撃を無効化する。

「ちいっ!」

影縫死斬かげぬいしざん!」

「はっ!?」

 マヤの身体はすでにサブナックの背後にあった。そして二刀流で斬りかかるが、4本の剣の半分が素早く反応して斬撃を受け止めた。

「なかなか面白い術を使う!他にも見せてもらおうか!」

「良かろう!どこまで持ちこたえられるかな?」

 マヤとサブナックは剣と刀を構えて真っ向から対峙した。


「ユキマル!乗って良いよ!」

 空を駆けるユキマルに絨毯に乗ったビャクヤが声を掛けた。

「はっ!それでは相乗りさせて頂きます!」

「今、魔力探知で探してる!この辺は黒くなった死体が多いから、元凶は近くにいるかも?」

 すると、突然宙に黒い霧のようなものが広がった。生き物のように動き、地上にいる生き残りの人間を見つけると、動きを早めて地上に広がる。

「えーい、ドライドルーバ!」

 ビャクヤは拡散攻撃魔法で黒い霧を攻撃するが、霧なのであまり効果がない。その上、黒い霧は集まると明らかな意思を持ってこちらに向かってくる。

「仕方ない!みんなマスクをしててよ!」

 ビャクヤが杖を振ると全員の顔に、ガスマスクのような物が装着された。

「行くよー、ラピッドファイア!」

 ビャクヤの杖の先から数千度の炎が発射され、黒い霧はジリジリと焼かれて面積が狭くなってゆく。

「いっそのこと、私の究極奥義で消してしまいましょうか?」

「考え方が乱暴だなあ、ユキマルは。それじゃあ街の至る所が廃墟になっちゃうよ。それに、ノーマって子が人質にされてるんだよ。まずは魔族を見つけないと!」

「そうですね、失礼しました。ではビャクヤ様、私は地上から魔族を探します」

「うん、くれぐれも広範囲攻撃は無しで頼むよ?」

「御意」

 ユキマルは空中を駆け下りて街の探索を開始した。


 サブナックは巨体ながら動きは素早かった。すでに数合打ち合っているが、マヤに引けを取らないほどの早さだ。

「なら、これでどうだ!千手孔刺せんじゅこうし!」

 人体の百八ある経絡秘孔を素早く突く技だが、サブナックは4本の剣と運足で全てをかわした。

「むう、この奥義も通じぬか!」

「流石に大陸に名を馳せたカリバーだな!久しぶりに好敵手に出会えて嬉しいぞ!」

「そうか、それは重畳」

 マヤはここに至って対人用の奥義では倒せないと悟った。

「ならば、これでどうだ!百花爆裂ひゃっかばくれつ!」

 一の太刀が百になる広範囲攻撃だ。百の敵を倒す奥義をサブナックは4本の剣を、凄まじい早さで回転させ、全て弾き飛ばした。

死之竜巻デストルネードだ!俺様にこの技を使わせるとは、流石はカリバー!ふはは!楽しい、楽しいぞ!」

 カリバーは口角を上げるが、戦慄していた。技の範囲外に逃げたのならともかく、マトモに受けて無効化したのだ。コイツは大陸剣術協会の顧問を勤める、剣聖ラルカスを彷彿とさせる強さだ。もはや残されたのは究極奥義のみ。マヤは凄惨な笑みを顔に貼り付け、究極奥義を繰り出す隙を伺った。


「厄介なやつらがやって来た!まあ、賞金首だから、千載一遇のチャンスかもしれんが」

 ラグナスの魔道具店の中で、疫病神のシャクスが忌々しげに吐き捨てた。先程、黒い霧で様子見をしたが、疫病にとって大敵の高温の炎で焼かれそうになり、慌てて戦線を離脱したばかりだ。

「これはカリバーさんですね。剣士のユキマルさんと魔導士のビャクヤさんも一緒のようです」

 魔道具店の店主、ミルファが水晶球に映る映像を見て、懐かしそうに呟く。

「東の英雄パーティー同様、我ら魔族の天敵のようなやつらだ。サブナックも協力してくれているし、この機会に討ち取るか」

「勝算はあるのですか?」

「下手に抵抗したら疫病をばら蒔くと脅す。まあ、実際ノーマのやつに、すでにやらせてるがな」

「あらあら。そのノーマさんはユキマルさんと接触しそうですわよ?」

「よし、そろそろ私も出るか。ノーマには病原菌の球を渡してあるが、やつらならすでに対策を講じてるだろう。ミルファ。いざとなったらノーマはここに転送するかもしれん。その時は面倒を見てくれ」

「あらまあ。冷酷非情なあなたが、どういう風の吹きまわしですか?」

「ふん!手駒を大事にしてるだけだ!それじゃあ頼んだぞ」

 シャクスは店を出て行き、会話を聞いていた黒猫のジルがあくびをした。

「やれやれ。魔族でも数日一緒に過ごすと情が移るのかね?」

「さあ、どうでしょう?本来なら同じ魔族同士でも牽制し合うものですが」

 ミルファは店の扉を開くと、『本日休業』の札を下げた。

「さあ、この街も全体が戦場になりますわ」

 ミルファは夢見るような表情でそう呟いた。


「待てっ!この魔女め!」

「ギルド支部に引き立ててやる!」

 市民たちが追ってるのはまだ十二歳ほどの少女だ。肩から下げたカバンには、病原菌を納めたガラス球がたっぷり入っている。ノーマはガラス球を取り出すと後方に投げつけた。

「危ない!」

「みんな、気を付けろ!鼻や口だけじゃなくて、液体に触れただけで感染するぞ!」

「この魔女め!絶対に捕まえてやる!」

 市民たちは恐ろしい形相で追いかけてくる。ノーマは恐怖のあまり涙を流した。しかし、あのシャクスの命令に従わないと家族が皆殺しにされる。必死に逃げていると、曲がり角で誰かにぶつかりノーマはその場に尻餅をついた。

「しめた!おい、あんた!そいつを捕まえててくれ!」

 殺到してくる市民たちに向けて歩きだし、ノーマを背中に隠した。

「落ち着け!こんな幼い少女に、いったいなにをする気だ!?」

 ノーマは尻餅をついたまま、その人物を見上げた。黒髪に異国風の服を着ている。

「そいつが、この街に疫病を持ち込んだんだ!」

「もう何人も倒れて医局に担ぎ込まれている!その魔女の仕業だ!こっちに引き渡してもらおうか!」

 その台詞を聞いて異国の者は、一瞬だけ背後に目をやった。

「君はノーマか?」

「な、何故あたしの名前を?」

「君の家族と会ったからだ。見つけたら保護してくれと頼まれている」

「で、でも、あたしはもう何人も感染させてしまった!償いはしないと!」

「ふむ。その答えを聞いたら、ますます君を守らないといかんな」

 初対面の剣士に守られるいわれはないが、ノーマも死にたくはない。何よりもう立ち上がる気力もなかった。

「みんな、聞け!この子は魔族に家族を殺され掛けた。そして協力しないと家族を殺すと脅された。悪いのは全て魔族だ!この少女には罪はない!」

 だが、異国の剣士の言うことに耳を貸す者はいない。

「自分たちだけが助かったらそれで良いと言うのか!?」

「重体で今にも死にそうな人間が医局に溢れているんだぞ!」

「その小娘だけは絶対に許さん!」

「そうか・・・」

 異国の剣士は刀を抜いた。

「や、止めて!そんなことしたら、あなたまでみんなに殺される!」

「ノーマ。君の家族は無事に保護してある。君もそんな病原体は捨てるんだ。この街では無理だが、違う土地で一からやり直せば良い」

「け、剣士様!あなたのお名前を聞かせてください!」

 ノーマは肩に下げていたカバンを、地面を滑らすようにして遠ざけた。

「私の名前はユキマル。煙幕のカリバー様の護衛だ」

「えっ!?あの勇者様の護衛?」

「少し待っていろ。直ぐに片付けて君に罪を擦り付けた魔族を討伐するぞ!」

 ノーマの頬には涙がいく筋も流れた。

「あなたはやはり勇者様です!あたしにとっての勇者様!」

 ユキマルは一度だけ振り返り、ニコッと笑顔を見せた。

「魔女を庇い立てするのか!?」

「さては、お前も魔族の手先だな!」

「みんな!構わないから二人とも引き立てろ!」

 市民たちは手に手に武器を持ち、ジリジリと距離を詰めてくる。

「ふん!素人が百人いたところで私に攻撃を当てられる者はいまい」

 ユキマルは一歩踏み出し、暴徒と化した市民たちに向けて歩きだした。


「あちゃー。ユキマルの性格からしてそうなると思ったけど」

 ビャクヤは絨毯の上で頭を抱えていた。

「とにかく、あのノーマって子を保護しておこう」

 ビャクヤが杖を振ると地面からノーマの姿が消え失せ、絨毯の上に移動してきた。

「「ノーマ!」」

「パパ!ママ!」

「お姉ちゃん!」

「イルマ!」

 家族四人は無事に再会を果たした。抱き合ってすすり泣いている。

「さて、問題はこれからだよね。経緯はともかくノーマが疫病を撒き散らした事実は消えない」

 その言葉を聞き、ノーマはビャクヤに向き直った。

「あたしを突き出してください。自分のしたことの責任はとります!」

「まあ、本来ならそうすべきなんだろうけど」

 ビャクヤはがしがしと頭をかいていたが、

「そうだ!ノーマ、君の血を少し分けてくれないかな?」

「あたしの血、ですか?」

「君は黒死病にかかっても、発症しなかった。君の身体にある抗体から治療薬を作れば、疫病の犠牲者を助けることが出来る!」

「分かりました!あたしの血を全部使って構いません!」

「それじゃあ死んじゃうよ。ユキマルが折角助けてくれた命なんだから、粗末にしちゃダメだよ」

「あ、はい。分かりました」

 空中にガラスの小瓶が現れた。その中に赤い液体が溜まってゆく。

「これは、あたしの血なんですか?」

「うん。普通の医官なら刃物でも使うんだろうけど、痛いのは嫌でしょ?」

 ノーマは反射的に瓶から顔を遠ざけ、コクコクと頷いた。

「よし、これだけあれば良いか。後は解析魔法を施して待つだけだよ」

 ノーマたち家族は、ようやく肩の荷を下ろしたかのように、絨毯の上で足を伸ばした。

 と、その時。瓶は消失し、絨毯が斜め上に移動した。

 空中に死神のような、デスサイズをもった黒衣の女が、邪悪な笑みを浮かべていた。

「魔導士のビャクヤか!大方、ノーマの血を調べて抗体の作り方を探るつもりだな!」

「へえ、なかなか冴えてるね。流石に自分の手を汚さない悪党だよ」

 その台詞は気に入らなかったようで、憤怒の形相で睨み付けてくる。

「私は疫病神のシャクス!ビャクヤ!お前にあらゆる病原体を植え付けてやる!」

「へえ、それは面白い!やれるものなら、どうぞご自由に」

 余裕のビャクヤにシャクスは遂に声を荒げた。

「調子に乗るな、ガキめ!身体を生きたまま腐らせてやる!」

 シャクスの手には何本ものフラスコが握られていた。

「凶悪な病原菌のカクテルだ!苦しみ抜いて死ね!」

 フラスコが飛んで来るがビャクヤの張った結界にぶつかり、粉々になって中身が飛散した、

「ははは!地上に地獄が展開するぞ!」

「生憎、そうはならないよ」

 ビャクヤは次元断層を作り出し、その中に全てを吸い込ませた。

「ちいっ!味な真似を!なら、これでどうだ!」

 シャクスの背後から黒い霧が出現し、大きく膨れ上がる。

「あの黒い霧は黒死病の病原体で出来ている!あれで村や街を滅ぼしてきたのか!」

 シャクスは両手に剣を持ち、霧と共に襲いかかって来た。

「病原体と一緒に始末してやるよ!ラピッドファイア!」

 数千度の炎が吹き出し黒い霧はジリジリと焼かれて消えてゆく。シャクスも堪らず空中を移動して炎を避ける。

「ドライド!」

 ビャクヤは間髪いれず攻撃魔法を打ち込んだ。直撃を食らったシャクスは地面に落ちてゆく。


 ユキマルは刀を返し、峰打ちで群衆たちを片付けていた。峰打ちと言っても鉄の棒で殴られるのだから、打たれた者は骨の一本や二本は折れてるだろう。

 ユキマルの流れる水のごとき動きを群衆たちは捉えられず、次々に地面に倒れてゆく。そこに、空中から黒衣の女が落ちてきた。

「この魔力!貴様が病原体を撒き散らした魔族か!?」

 ユキマルは刀を突きつけて詰問する。

「ははは!上級剣士のユキマルか!そうとも!私が疫病神のシャクスだ!」

 シャクスの背後から黒い霧が立ち込めて、周りの全てを飲み込もうとする。

「なっ!?こいつが病原体を撒き散らした魔族だと!?」

「剣士殿の言ってたことは事実だったのか!」

 群衆たちがようやく真実に気づいたことは僥倖だが、同時に危険度が跳ね上がった、

「みんな、下がれ!この黒い霧に触れたら黒死病に感染するぞ!」

 ユキマルの警告で群衆たちは慌てて距離を取り始めた。

「今度は剣士のユキマルか!ふはは!お前では私の霧を防ぐ手はあるまい!」

 黒い霧が唸りを上げて近づいて来る。

「裏奥義、明鏡反水めいきょうはんすい!」

 ユキマルは闘気を解放し、自分の周りに結界を作った。黒い霧は闘気の結界に触れると消え失せる。

「おのれ!剣士の癖に結界が張れるのか!?」

「魔法使いのように魔力ではなく、闘気を使ったものだがな!」

「ちっ!なら作戦変更だ!街の住人どもを残らず感染させてやる!」

「そうはいくか!斬り殺してやる!」

 一気に距離を詰めたユキマルがシャクスを袈裟斬りにするが、その身体はたちまち黒い霧になり、遠巻きに眺めていた群衆のほうに向かった。

「しまった!みんな、逃げるんだ!」

 ユキマルの警告に群衆は尻に火が点いたように逃げだした。すでにユキマルに打ち倒された者はそのまま黒い霧に飲まれる。

「しまった!おい、シャクス!私との戦いに集中しろ!」

「ふはは!構わんが、すでに感染者が山ほどいるぞ!」

「おのれ!疫病神め!」

 ユキマルは刀を手に距離を詰めた。


幻影慚鬼げんえいざんき!」

 マヤの身体が四体に分かれて、四方向からサブナックに攻撃を加える。

「分身体か!面白い!面白いぞ!」

 前後左右から斬り掛かってくるマヤを、四本の腕が動いて攻撃を捌く。本体である正面のマヤは舌を巻いていた。ただのデカブツではない。実戦で鍛え上げた確かな実力がある。分身体は全て斬られて、マヤは改めてサブナックと対峙する。

「どうした?奥義も底をついたか?」

 四本の腕に剣を持った巨人は、もはや究極奥義でなければ倒せないようだ。

「みんな!下がって私の後ろに回ってくれ!こいつは究極奥義でしか倒せないようだ!」

 マヤの呼び掛けに、観戦していた冒険者たちが慌てて行動に移る。

「ふはは!最後の手段というわけか?面白い、試すが良い!」

 サブナックは挑発する。マヤは呼吸を落ち着け、闘気を解放した。

「裏奥義、明鏡反水!」

 一気に膨らんだ闘気を見て、サブナックも腰を落として本気で迎え撃つ構えを取る。

 そして、最後の時が迫る。


 

放浪編その3です。疫病神の魔族によって村や街が蹂躙されます。そして、マヤの奥義をことごとく無効化する実力を持つ魔族も登場。戦いは佳境を迎えます。次回でまたお会いしましょう。


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