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極楽鳥

「生と死のアイダ」のスピンオフですが、これはこれで楽しく執筆出来ました。

 煙幕のカリバーこと、マヤとその弟で魔導士のビャクヤ、護衛のユキマルは二日間馬車に揺られて、聖王国ザルカスの国境に辿り着いた。冒険者や行商人が長い列を作っている。

「うー、国境を前にしてもう二時間は経ってる!もう、お尻が痛いよー」

 ダボダボの魔導士の服を着た長髪の少年、ビャクヤがぼやいた。

「仕方がないだろう。入国には審査があって時間がかかるんだ」

「ビャクヤ様、あなたの番です」

 孤高の剣士という雰囲気を醸し出すユキマルが、マヤとビャクヤ相手に興じているのはボードゲームだ。しかし、ビャクヤは子供らしく落ち着きがなく、さっきからしきりにボヤいている。

「しかし、確かに時間がかかってるな。何か問題でもあったのか?」

 マヤは列の乱れを直している衛兵に声をかけた。

「失礼!随分と時間がかかってるが、何かあったのだろうか?」

 一瞬怪訝な表情を浮かべた衛兵だが、マヤの胸に輝く上級剣士のブローチを見ると、慌てて敬礼した。

「はっ!実は我が国の上空を極楽鳥が飛行しまして、普段より警備が厳しくなっております!しばらくお待ちください。直ぐに戻って参りますので!」

 衛兵は全速力で走っていった。そしてしばらくすると、息を切らして戻って来た。

「お、遅くなりました!どうぞ列を抜けてこちらへ。国賓などが使う特別の門があります」

 衛兵が御者台に乗り込み御者に何やら指示をしている、

「ふー、良かったですね、姉上。特別扱いってやつですね」

 確かにその通りだが、いくら上級剣士だからといって、これは少々手厚すぎる。

「ひょっとすると、予め国王が手配をしていたのでは?異国人の上級剣士など、マヤ様以外にはおりますまい」

 ユキマルは自分のことを棚に上げて、幌の窓から外を眺めた。


 国境の門を抜けて、いよいよ王都に向けて馬車は走ってゆく。マヤは窓から街並みを眺めていたが、人間だけではなくエルフも結構いるようだ。そしてハーフエルフの姿もチラホラ見える。

「なるほど、聖王国か」

 馬車は城の前にある馬車乗り場に到着した。

「あー、お尻が痛かったー」

 ビャクヤは軽く体操をして身体をほぐしていた。マヤとユキマルも馬車を降りた。流石に大国。ロウランド王国に負けないほど、巨大な城がそびえ立っていた。

「それでは姉上、行きましょう」

 ビャクヤはしばらく聖王国にいたらしいから、慣れているようだ。城門の前に到着すると、衛兵たちが槍を交差させて門を守っている。

「失礼ですが、城に用事がおありですか?」

 衛兵の一人が尋ねてきた。

「国王陛下に謁見をお願いしていたカリバーだ。後の二人は私のパーティーメンバーだ」

 マヤがロウランドの印が捺された封筒を見せると、すぐに槍を下げた。

「どうぞ、お通りください!」

 すでに話が通っていたからか、衛兵たちはあっさりと城門の立ち入りを許可した。しかし、城門から城までかなりの距離がある。

「よーし、城まで競争しようよ、ユキマル!」

「お、良いのですか?私はこれでも瞬足ですぞ?」

「いいよー、よーい、どん!」

 ビャクヤは勝手に合図を出して駆け出した。

「むう、策士ですな、ビャクヤ様。負けませぬぞ!」

 そんな二人を微笑ましく見ていたマヤは、ゆっくりと城内を散策しながら歩いた。

 城の扉に到着すると、座り込んで息の荒いビャクヤと、息の全く乱れていないユキマルが待っていた。

「はあっはあっ!手加減してよ、ユキマル!」

「獅子はウサギを仕留めるにも全力を尽くすと申します。勝負となれば手加減は出来ません」

「大人げないな、ユキマル。勝ちを譲っても損はないだろう?」

 マヤが冷やかすが、ユキマルは勝ちを譲る気はなさそうだ。

 その時、城の扉が重々しく開いて、五十路くらいのピシリとスーツを着込んだ者が現れた。

「ようこそいらっしゃいました、皆様。私は執事のロイドと申します。以後、お見知りおきを」

 完璧な角度で礼をする執事。流石にこんな大きな城の管理をしてるだけあって、礼儀作法は完璧だ。

「さ、どうぞ、中にお入りください。応接室にご案内いたします」

 執事は先に立って案内を始めた。ロウランド王国の城内もなかなかの広さだったが、この城も豪華絢爛だった。

 通された応接室も兵士の修練場並みの広さだった。

「それでは主を呼んで参りますので、こちらでおくつろぎください」

 執事と入れ替わりにメイドたちがお茶やお菓子を運んできた。

「わーい!お菓子お菓子!」

 ビャクヤは早速お菓子に食いついた。

「品を落とすような真似はするなよ、ビャクヤ」

「はい、分かってます、姉上!」

 それほど待たされることなく、城の主がやって来た。ラルカスが千年歳を重ねたらこんな感じなのかという、逞しいが洗練された雰囲気の国王だった。

「良く来られたな、お客人!」

 マヤとユキマルは片膝を立てて腰を落とした。

「初めまして、ザルカス陛下!今回はこちらの無理を通していただき、感謝しております!」

「あー、良い良い。そう堅くなるな。カリバーよ、アンドレアとラルカスの友だと聞いたぞ。そのように気安くすれば良い」

「いえ、流石にそれは・・・」

「わーい、ザルカス様!」

 ビャクヤは何の緊張感もなく、ザルカスに飛び付いていた。

「おう、ビャクヤ、久しいな!少し背が伸びたか?魔法の研鑽はしっかりしておるか?」

「はい、今は魔導士です!」

「ほう、僅か二年でか?これは将来が楽しみだ。ほれ、そなたたちも椅子に座ってくつろぐが良い」

「はっ、ありがとうございます!」

 椅子に座り直したが、マヤはビャクヤが将来大物になることを確信していた。


 ザルカスも席に着き、いよいよ対談が始まった。

「そうか、そなたはビャクヤの姉であったか。言われてみれば似ておるな」

「本当ですか、ザルカス様!?」

「うむ、同郷だということもあるのだろうがな」

「陛下、ヤマト、ヤマの国と貿易をされているのですね?」

「うむ、異国でなければ手に入らぬ物も多いからな。しかし、その貿易船に潜り込んでビャクヤが来た時には驚いたぞ」

「その時、罪にも問わず受け入れたのは何故ですか?」

「はっはっは!帝国や西方連邦の者なら死罪になるが、互いに貿易をしてる相手国の子供では罪に問えん。何よりビャクヤは当時八歳だったが、すでに相当の魔力量を持っていた。そんな逸材を死罪になど出来ん!」

 豪快に笑うザルカスは、確かに一国を納める王に相応しいお方のようだ。

「それにしても、ヤマの国は優秀な人材に恵まれておるのか?ビャクヤといい、そなたたちといい、武や魔法の才に恵まれた者が多いようだな」

「魔法はともかく、ヤマトはサムライという武人が治める国でありますゆえ」

「ほう、一度訪れてみたいものだな」

 それは不可能だろうとマヤは思う。鎖国をしている国に、他国の王が気軽に訪問など出来ようはずがない。

「ふむ、ところでそなたたちに頼みがあるのだが構わんか?」

「我らに出来ることならなんなりと」

「実はここ最近、極楽鳥の目撃が相次いでおってな」

「極楽鳥?」

 マヤとユキマルは顔を見合わす。さっき衛兵がそんな名前を口にしていた。

「我が国だけに現れる魔物・・・いや、魔族かもしれんが、こやつが姿を現した時は必ず悪いことが起きる」

 詳しく聞くと極楽鳥というのは数年に一度、或いは年に数回現れたりする魔物らしい。西のアリアル山に巣があるとも言われている。

「過去に何度か冒険者のパーティーがその巣を探しに出たが、いずれも結果は芳しくなかった。戻らなかったパーティーもいたしな」

「実際に何か被害があったのですか?」

「うむ・・・極楽鳥が現れた前後に子供が行方不明になる事件があった。過去数回に渡ってな」

「しかし、極楽鳥の巣は愚か、子供たちも見つからなかったと?」

「そうだ。宮廷魔法使いに探らせたが、さっぱりだ。そこで暗部に探らせたところ、厄介なことに西方連邦が絡んでいることが分かった」

「連邦ですか。それでは下手に手を出すと外交問題になるかもしれませんね」

 西方連邦は大陸の一番西の、さらに南にある、小国が集まった連合国だ。聖王国ザルカスと多少の交易はあるが、大陸で最も信仰されているアトラス教を異端視しており、主要国であるラシアンでは違う神を信仰している。

「まあ、どの神を信仰しようと自由なのだが、子供をさらっているとなると、放置は出来ん。そこでそなたたちに頼みたいのだ。ギルドの仕事であれば連邦も無下には出来ん。何とかして極楽鳥の謎を解いてもらい、連邦とのいざこざを回避したい」

 ふむ、とマヤは顎に手をかけた。バックに連邦がいるかどうかは兎も角、その極楽鳥が子供をさらう魔物である可能性は高い。やはり巣であるというアリアル山に、一度行ったほうが良いだろう。

「陛下、そのアリアル山というのは・・・」

「うむ。この王都より西。ロウランド王国のギルド監視支部が近くにある。時間がかかるようならそこを利用してくれ。連絡は入れておこう」

「ありがとうございます!それで極楽鳥とはどのような姿をしているのですか?」

「うむ。以前目撃情報から姿絵を描かせたことがある」

 ザルカスは固有結界エアポケットから一枚の紙を取り出した。えらく派手な極彩色の鳥だ。体長は二メートルはあるという。

「とりあえず、調査は明日から行うとして、今夜は城に泊まるが良い。細やかだが宴にしよう」

 ザルカスは豪快に笑いながら、魅力的な提案をした。


 マヤはいつもの黒尽くめの格好から、白いドレスに着替えさせられた。ユキマルも白いスーツを着せられ居心地が悪そうだ。そして、どういうわけか、ビャクヤはドレスを着せられ、長い髪はカールをかけられ、可愛くドレスアップさせられていた。

「姉上!どうして僕は女の服を着せられてるのですか!?」

「お前が可愛いから、女の子に間違われたんだろう。それにしても我が弟ながら似合うな。妹にならないか?」

「なりません!」

 ビャクヤは激おこのようだが、豪華な料理を見ると目を輝かせて討伐に向かった。

「姫様、何だか居心地が悪いですね」

 とりあえず、ユキマルの頭に拳骨を落とす。

「姫と呼ぶな!それにしてもスカートは何だかスースーするな」

「普段は袴を穿いておりますからな」

「戦闘のある日常では、まず着ない服だな。まあ今夜限りだ。我慢するしかない」

「姉上!このチキン、美味しいですよ!」

 周りに取り巻きがいて、みんなビャクヤに食べさせようとしている。

「ビャクヤはちゃんと教育しないといかんな。将来、女たらしになりそうだ」

「まず、マヤ様が自覚しないといけませんな」

 ユキマルの呟きは、周りを取り囲んだお嬢様がたの、黄色い声にかき消された。


 ビャクヤの髪を元に戻してやり、ベッドに寝かせた。そして、二振りの刀を腰に差して部屋を出た。隣の部屋の扉も開き、いつもの黒い装束に着替えたユキマルと合流する。

「感じたか?」

「はい、強力な魔力反応があります」

 ユキマルは天井を見上げた。

「おそらく屋上だな。行くぞ!」

「はっ!」

 黒装束に身を包んだ二人の剣士は、音も立てずに走り始めた。階段を駆け上がり屋上に至ると、そこに極彩色の巨大な鳥が羽を休めていた。

「これが極楽鳥か」

 マヤは刀の柄に手を置いて油断なく距離を詰める。

「おい、言葉は分かるのか?」

 マヤが小声で話しかけるが、極楽鳥は首を振って、答える様子はない。

「どうしたものかな?」

「このまま討伐するのは気が引けますな」

 ユキマルも刀は抜かず、躊躇していた。その時、背後から魔力反応があった。振り替えると寝たはずのビャクヤがブカブカの魔導士服を着て階段を上がってきた。

「ビャクヤ、危険だ!来るな!」

 マヤの制止も聞かず、ビャクヤは前に出た。そして奇妙な声で何事か話した。というより、鳥の鳴き声に聞こえた。すると、極楽鳥もピヨピヨと鳴き始めた。

(ひょっとして、会話しているのか?)

 やり取りを終えるとビャクヤは振り返った。

「姉上、この者に敵意はありません。刀は抜かないでください」

「ビャクヤ、お前は鳥の言葉が分かるのか?」

「声はある程度分かりますが、それより記憶を共有出来るんです。それによれば、この鳥は子供を人質にされて、嫌々ながら子供の拉致を行っていたようです」

 マヤは弟の意外な特技を知って驚いたが、何より子供を人質にして悪事を強要する者に、激しい怒りを覚えた。

「極楽鳥に伝えてくれ。我々を巣に連れていって欲しいと。子供は必ず助け出す!」

 ビャクヤは再び鳥の声で呼び掛け、会話が続く。

「話はつきました。巣に帰るから付いてきて欲しいとのことです」

「ん?困ったな。我々は飛行魔法など使えんぞ」

「お任せください!フライヤード!」

 ビャクヤの杖から光が生じて、大きな絨毯が現れた。

「さ、姉上、乗ってください、ユキマルも!」

 絨毯に足を踏み入れるとフカフカで快適そうだ。

「さ、極楽鳥!案内して!」

 ビャクヤが呼び掛けると、極楽鳥は一声鳴いて、空に向けて羽ばたいた。なるほど極楽鳥は確かに極彩色だ。そして、絨毯も舞い上がり、その後を追う。


 二時間ほど飛行してアリアル山に到着した。麓の森の一際大きな木の上に極楽鳥の巣があるようだ。近づくと再びビャクヤは極楽鳥と会話をかわす。

「姉上、夜明けには子供を人質にした奴隷商人がやってくるそうです!」

「やはり奴隷商人か。子供ばかりさらうのは何故かと思っていたが、こうして極楽鳥が連れてきた子供を自国で働かせたり、他国に売ったりしてるのだろうな」

「許せませんな。そのような下道、全員斬首にすべきです!」

 ユキマルは義憤にかられて刀の柄に手をかけた。

「姉上!僕が囮になります。極楽鳥の子供を助けないといけませんし、奴隷商人のアジトも突き止めねば!」

「うーん、普通ならそんな真似はさせたくないが、お前は魔導士だ。滅多なことで殺されることもなかろう。よし、その作戦でいこう」

 話しているうちに夜が明けて馬車の音が近づいてきた。

「ユキマル、インビジブルのスキルは使えるか?」

「はっ!初歩的なスキルは全て体得しております!」

 その間にビャクヤは魔導士の服を脱いで、エアポケットから普通の子供服を取り出して身につける。

 極楽鳥はビャクヤの服を咥えて、地上に降り立った。程なくして到着した馬車から、如何にも荒くれ者といった風情の者たちが降りてくる。

「何だよ、昨夜は一人しか捕まえられなかったのか?まさか、手を抜いてんじゃねーだろうな、ああん?」

「ノルマは三人だ。守らねえと・・・」

 男の一人が鳥かごを取り出した。中にはサイズが小さい極楽鳥が入っている。その鳥かごに剣を突きつけて男は口許を歪めた。

「テメーの子供は死ぬことになるぞ!」

 かごの中の小鳥が羽をバタつかせてピイピイ鳴いた。極楽鳥も悲痛な鳴き声を上げる。

(あの者たちを全員斬りたくなってきましたな)

(落ち着け。こいつらは小物だ。奴隷商人と、取引してる大物がいるはずだ。それを突き止める)

 インビジブルで透明になったマヤとユキマルは、ビャクヤが乗せられた馬車に乗り込む。猿ぐつわを噛まされ、縄で縛られたビャクヤが痛々しいが、今は我慢するしかない。


 四時間ほど経って、馬車はようやく目的地に辿り着いたようだ、二階建ての豪奢な屋敷だった。馬車はそのまま門を潜り馬車置き場で止まった。

「よーし、降りろ、小僧」

 男の一人が腰縄を引っ張ってビャクヤを歩かせた。屋敷の本邸でなく離れの小屋に向かう。小屋の扉が開かれると、他にも何人かの子供たちが牢の中に入れられていた。

「よし、ここに入ってろ」

 男はビャクヤの戒めを解き、牢の一つに放り込み、鍵を閉めた。

「逃げ出そうなんて考えるなよ。命が惜しかったらな」

 男は口許を醜く歪めて小屋を出ていった。

 そこで、ようやくマヤとユキマルはインビジブルを解いた。

 いきなり現れた二人組に、子供たちが怯えるが、マヤは目線を下げ優しく言い聞かせた。

「心配はいらない。私たちは君たちを助けにやってきた。すぐに出して上げるから、しばらく大人しくしててくれ」

 子供たちは最初は戸惑っていたが、マヤたちに悪意がないことが分かると笑顔を浮かべた。

「さて、それじゃあビャクヤ・・・って、もう牢を破ったのか?」

「こんなの朝飯前ですよ、姉上!」

 元通り、ダブダブの魔導士の服を着たビャクヤが歯を見せて笑った。


 本邸に近づき、再びインビジブルで透明になった三人は、屋敷の中に入り込んだ。さっきの男たちは応接室に入っていった。そっと近づき僅かに扉を開いた。

「何?昨夜は一人だけだと?」

「スミマセン、旦那。何分魔物ですんで、コミュニケーションが上手く取れなくて」

「先代から続けている方法だぞ!お前たちの締め付けが甘いのではないか?」

「いや、伯爵。俺たちは言われた通りやってますぜ。ただ、相手は魔物なんでなかなか言う通りにならんのですよ」

「もういい。もうすぐ商人が引き取りに来る。子供は何人集まったんだ?」

「昨夜のを入れて十人ばかりですね」

「金貨百枚か。少ないが仕方あるまい」

 その時、扉をノックする者がいた。

「入れ」

 入ってきたのはこの屋敷の執事のようだ。

「商人のライ様がお見えです」

「こっちに通せ」

「はい」

 執事が去るとしばらくして、恭しく頭を下げた商人が現れた。

「サロメ伯爵。商品を受け取りに来ました」

「うむ、今日は数が少ない。十人だ。しかし、ハーフエルフも混ざってるから、高値がつくだろう?」

「そうですな。では、一人につき金貨十枚ですが、特別に金貨百十枚です」

「机の上に置いてくれ」

 商人が代金を払ったところまでを水晶端末に記録して、マヤたちはインビジブルを解いた。突然現れた三人組にその場にいた者は全員凍りついた。

「奴隷売買の記録は撮らせてもらったぞ!」

「にひひ、残念でした」

 ビャクヤが得意気に胸を反らした。

「あっ、テメー、さっきのガキじゃねーか!くそっ冒険者だったのか!?」

「ちょっと待て!貴様らはロウランド王国かザルカスの冒険者か!?越権行為だ!ここはエトラだ!西方連邦の管轄だぞ!」

「ザラカスの子供を不法に拐っておいて、そんな言い訳が通じると思うのか?」

 最早、爆発寸前のユキマルが刀に手をかけた。

「伯爵!ご安心を!俺たちがこいつらを始末します」

「やれるものならやってみろ!」

 遂にユキマルは剣を抜いた。男たちも剣を抜くが、その実力は探索スキルを使うまでもない。

「死ねっ!」

 男は目標を見失った。すでにユキマルは背後に移動していた。

影縫死斬かげぬいしざん!」

「ぐはあっ!」

 男は峰打ちを食らってその場に倒れた。戸惑う男たちにマヤは一瞬で距離を詰めた。

十字連破じゅうじれんぱ!」

「ぐわあっ!」

 一人、また一人と悪党どもが倒れ、残りは商人と伯爵だけだ。その伯爵は机の引き出しから回転拳銃リボルバーを取り出して、銃口をこちらに向けた。

「近づくな!撃つぞ!」

「アーカム!」

 ビャクヤが防御結界を張った。マヤはゆっくりと近づいて行く。

「くそうっ、死ね!」

 伯爵は続け様に発砲するが、結界に弾かれ弾丸は床に落ちる。

「天誅!」

 マヤは伯爵の首に峰打ちを食らわせ、無力化した。手下たちと商人は、ビャクヤの拘束魔法で縛られた。

「ビャクヤ、伯爵も拘束してくれ」

「はい、姉上!」

 マヤは水晶端末を取り出して、ザルカスに報告をした。

「思った通り、奴隷商人が関わってました。バックにいたのが伯爵ですが、如何いたしますか?」

『うむ。貴族となるとワシが直接交渉しよう。証拠の映像は撮れたのだな?』

「はい、それは抜かりなく」

『それにしても、よもやこんな早く事件が解決するとは。流石は煙幕のカリバーだな!』

「それもこれも、我が弟の手柄です。頼もしいというか、末恐ろしいというか」

『はっはっは!違いない!』

 通信を終えてカリバーたちは小屋にいる子供たちを牢から解放した。

「ビャクヤ、人数が増えたが、お前の飛行魔法で連れていけるか?」

「心配はありません、姉上!絨毯を広げればそれで大丈夫です!」

「よし、それじゃあ行くか」

 マヤたちは広がった絨毯に全員乗り込み、アリアル山に向けて出発した。馬車から取り返した鳥かごを、子供たちが眺めている。

「わー、極楽鳥の子供だ!可愛いです、姉上!」

「ああ、これで極楽鳥が人を拐うことは無くなるだろう」

 アリアル山の麓に辿り着くと、極楽鳥が翼を広げて喜んでいるように見えた。だが、子供たちは怯えている。

「先に子供を返した方が良いか。ビャクヤ!」

「はいっ、姉上!」

 馬車を降りたマヤとビャクヤは極楽鳥の近くまで歩み寄った。

「さあ、極楽鳥。子供は取り返したぞ。今後は人間に見つからないところに巣を作った方が良い」

 ビャクヤが通訳して説明すると、極楽鳥は人間みたいに頭を下げた。

「よし、それ!」

 鳥かごの扉を開くと、子鳥が極楽鳥の周りを飛び回り、喜びを表した。極楽鳥は一声鳴くと空高く舞い上がった。その姿はとても美しかった。

「さて、我々も帰るとするか。出発だ、ビャクヤ!」

「はいっ!」

 ビャクヤが杖を振ると絨毯が舞い上がり、一路、聖王国ザルカスに向けて飛行した。


「はっはっは!流石は煙幕のカリバー!まさか、こんなに早く解決するとは思ってなかったぞ!」

 城の食堂で救いだした子供たちと共に、遅い朝食を摂っていた。

「ビャクヤがまさか、鳥と話せるとは思いませんでした。でなければ、事件の解決はもう少し遅くなっていたかもしれません」

「ふむふむ。やはりお前はワシが見込んだだけはあるな、ビャクヤ!」

「犯人たちを捕まえたのは姉上たちですから、僕は囮になっただけです」

 この歳で謙虚な姿勢は大したものだ、マヤも鼻が高くなる。

「それで、奴隷狩りをしていた輩はどうなったのですか?」

 マヤが問うと、ザルカスはニッコリと笑った。

「西方連邦の主要国であるラシアンに連絡を取り、隣国のエトラにエージェントを派遣したそうだ。連邦でも奴隷売買は禁止されておるからな。あの証拠映像も届けてあるし、首謀者の伯爵は爵位を剥奪されて追放。奴隷商人は他の同業者を炙り出すため拘束され、手下どもは地下牢行きだ。ま、万事解決だな」

「それは何よりです」

 マヤは一仕事終えて、眠かった。何より、ビャクヤはとうに食事を終えて、マヤの膝枕で眠っている。

(私も少し仮眠を取るか)

「ところで、カリバー。しばらくギルドザルカス支部で働く気はないか?」

「えっ?それはどういう・・・」

「我が国の冒険者はAランクの者が少ない。上級剣士や魔導士となると、さらに少なくなる。しばらくの間我が国に滞在し、冒険者たちを指導してくれんか?報酬は月に金貨百枚でどうかな?」

 随分と破格な待遇だ。すると、やはり訳ありのようだ。

「実を言うと、最近魔物たちの活動が活発になっている。「忘れられた森」から魔物が侵入したり、魔族が関わってる事件も起きておる。庶民の暮らしを守るためにも、冒険者のレベル上げをしたいのだ」

 マヤは考えた。すでにAランクの冒険者で上級剣士である自分には相応しいかもしれない。元々、根無し草のように当てのない旅をしていた身だ。しばらく定職に就くのも一興だ。

「分かりました。いつまでとは言いませんが、しばらくの間厄介になります」

「そうか、やってくれるか!ワシは国王ゆえ忙しいので中々指導までは行えなかったが、そなたたちなら安心して任せられる!」

「とりあえず、今日のところは休んでよろしいですか?徹夜をしておりますゆえ」

「おう、そうであったな!ゆっくりと身体を休めてくれ!」

 お許しが出たところで、マヤは眠っているビャクヤを抱き上げ、宛がわれている客室に向かった。

「良いのですか?冒険者の指導など私は経験ありません・・・いや、一人だけ指導したことがありますが、相手も上級剣士だったゆえ、教えるのは容易かったのですが、ギルドの冒険者となると実力はピンキリだと思いますが」

「まあ、そう言うなユキマル。人を指導すると自分自身のレベルも上がる。それに、この国の冒険者がどれほどのものか、興味があるからな」

「分かりました、姫様の思いのままに」

 頭を下げたユキマルに拳骨を落とす。

「姫と呼ぶなと言っておるだろう。ギルドでは絶対に言うなよ」

「御意」

 さあ、まずは身体を休めよう。明日からは新しい仕事が始まる。

スピンオフではありますが、東の異国出身のカリバーこと、マヤ。その弟で魔導士のビャクヤ。そして上級剣士でマヤの護衛のユキマル。三人の冒険はこれから始まります

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