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異国人の冒険者

18禁の「生と死のアイダ」のスピンオフです。今作品は全年齢ですので、是非とも多くの方に読んで頂けたらと思います

 大陸でもっとも繁栄しているロウランド王国。ここには剣聖ラルカス、聖魔導士アンドレアがそれぞれ、大陸魔法協会と大陸剣術協会の最高顧問に就いている。エルフは基本的に人間社会には不干渉なので、魔族や魔物の討伐は冒険者ギルドが行っている。

 煙幕のカリバーこと、マヤは護衛の剣士ユキマルを連れて馬車に揺られている。

「もうすぐロウランド王国の王都パウロスに到着するな」

 長い髪を両側にお下げにしている美少女が口を開く。黒髪に黒い瞳。遥か東にある故郷、ヤマの国の出身であることはすぐに知られてしまうが、上級剣士のブローチを見ると、誰もが口を噤む。

「姫様、本当に聖王国ザルカスに行くのですか?」

 護衛のユキマルは長い髪を後ろで束ねている。その頭に拳骨が落ちる。

「姫様などと呼ぶなと言ったであろう、ユキマル」

「失礼しました、マヤ様。して、ザルカスには何をしに行かれるのですか?」

「なあに、剣術と魔法を極め、尚且つ国王の座に就いているザルカス殿に会ってみたいだけだ」

「しかし、マヤ様。聖王国ザルカスは西方連邦とロード帝国に国境を挟んで睨みを効かせる大国ですぞ。そうおいそれとは入国出来ますまい」

「だからこそ、こうしてロウランド王国を目指しているのではないか。ラルカスとアンドレアは同じエルフとして、ザルカスと親交があると聞いた。だから聖王国ザルカスに入国出来るように取り計らってもらおうと頼むつもりだ」

 ユキマルは腕を組んでため息を漏らした。

「姫・・・マヤ様。好奇心は猫をも殺すと申します。興味本位でエルフの王に会おうなど、危険ではありますまいか?」

「そう言ってる間にほれ、もうパウロスに到着するぞ」

 マヤは幌の窓からロウランド王国の王都パウロスを眺めていた。


 馬車乗り場に到着して、マヤは馬車から降り立った。ユキマルがその後に続く。マヤは腰に二振りの刀を差している。二刀流の使い手だ。王都の住人たちは一目で異国人と分かる二人組に、何とも言えない視線を送ってくる。

「やれやれ、ロウランド王国という大国でも異国人は白い目で見られるようですな」

「気にするな、ユキマル。上級剣士に喧嘩を売るような輩は、王都パウロスにはいないだろう」

 マヤがそう言った時、行く手を遮る五人組がいた。

「よう、お姉さん。変わった髪と目をしてるな」

 全員、帯刀しており、皆、年若く血気盛んな連中のようだ。

 ユキマルが前に出ようとするが、マヤはそれを手で制した。

「私に何か用か?」

 「ああん?上級剣士のブローチをしてるからって、いい気になってんじゃねえか?」

「お前たちのような破落戸ごろつきには用はない。道を開けろ」

 凛としたマヤの言葉に、連中は容易く激昂した。

「てめえ!舐めてんじゃねえぞ!

 全員が抜刀した。今度こそ前に出ようとするユキマルを、再び制す。

「上級剣士とはどんなものか、身体で分からせてやろう」

 マヤは二本の刀を抜いた。身体から闘気が溢れて来るが、愚か者たちは気付かない。

「覚悟しやがれ!」

 リーダー格の男が剣を振り上げ、斬りかかってくるが、マヤの身体が煙状になってかわされる。

「んなっ!?」

 そして背後から峰打ちを食らって、その場に倒れた。

「野郎ー!」

 残った四人が一斉に斬りかかってくるが、その攻撃は全て煙幕になってかわされ、全員が峰打ちを食らって地面に転がった。

 その時、パチパチと拍手をする者がいた。その特徴的な耳を見るまでもなく、聖魔導士アンドレアだと分かっていた。

「わざわざ、こんな連中を雇って、私の腕前が落ちたとでも、お思いか?」

 刀を納めたマヤは懐かしい顔に、鋭い視線を送る。

「まあ、そう怒るな。ちょっとした余興だよ」

 聖魔導士アンドレアは広角を上げて、二人の剣士を出迎えた。

「久しぶりですね、アンドレア殿。ラルカス殿は・・・」

 そう言いかけた時、背後で金属音が鳴り響いた。ユキマルが背後で斬撃を防いでいた。攻撃をしてきた者は・・・。

「ラルカス殿。背後からの攻撃は剣士として・・・」

「いや、そなたの護衛の腕前を見たくてな」

 あっさりと引いたラルカスは剣を鞘に納めた。ユキマルはまだ剣を構えている。

「もう良い、ユキマル。この二人の性格は上級試験の時に思い知ってるだろう?」

 ユキマルはようやく構えを解き、刀を納めた。

「さて、カリバーと・・・ユキマルだったか?夕食はまだだろう。とりあえず食堂に行こう」

 先に立って歩いてゆくエルフたちの後を追い、マヤとユキマルは離宮に案内された。


 離宮と言っても他の国の城並みの規模を誇る。そこの食堂に案内され、メイドたちが料理を配膳する間、皆、無言だった。ユキマルは鋭い視線をラルカスに送っている。

「さあ、遠慮せずに食べてくれ。腹が減っているだろう?」

 アンドレアの言葉でマヤは料理に手をつけたが、ユキマルは未だに腕を組んでラルカスに視線を送っている。とりあえず、マヤはユキマルの頭に拳骨を落とした。

「無礼であろう?お前もさっさと食べろ」

 マヤの命令で、ようやくユキマルは料理に手をつけた。

「わざわざ箸を用意してくれたことに感謝します、アンドレア殿」

「君たちの故郷であるヤマの国では、フォークとナイフの代わりに、箸という食器を使うと聞いていたのでね」

 アンドレアは口許に笑みを貼り付けたまま、そう説明した。見ればアンドレアもラルカスも箸を使っている。

「この箸というのは使い勝手が良くてね。我々も愛用している」

 確かに、器用に使いこなしている。シュゲン連峰の麓にあるアラハタ村を思い出した。鎖国しているヤマの国こと、ヤマトから脱国した連中が集まる懐かしの村。

 そうして、豪勢な食事が終わり、食後のお茶が淹れられた。

「さて、本題に入ろうか?カリバーが聖王国の国王ザルカスに会いたいということだか、その理由は?」

 茶を一口飲むとマヤは口を開いた。

「魔法のみならず剣術すら極め、その上、国王の座に就いているザルカス殿と一度会ってみたいと思いましてね」

「君たちはギルドメンバーで共に上級剣士だ。会う資格はあるが、それなりの理由がなければ難しいな」

 アンドレアは口許に笑みを刻んだまま、至極全うな事実を口にする。しかし、マヤは諦める気はない。

「だからこそ、貴殿らにお願いしている。同じエルフのあなた方の紹介状があれば会えるのでは?」

「紹介状か。書くのはやぶさかではないが、交換条件としてあることをお願いしたい」

「交換条件とは?」

「西方連邦に面するギルド監視支部から依頼された、あるクエストを遂行してもらいたい」

「クエスト?」

「西方連邦にちょっかいをかける、魔法使いを何とかして欲しい。出来ればこの城に連れてきてもらいたい」

 アンドレアの言葉を手で制するマヤ。

「どうした?」

「そんな簡単なことなら貴殿らがこなせば良いのでは?」

 マヤは露骨に怪訝な顔をした。

「ふっ、まあね。ただ私たちエルフはあまり人間社会に関与出来ないんだよ。その魔法使いもわけありでね、魔物の討伐にかこつけて、西方連邦にちょっかいを出すんだ。放っておいたら戦争になるかもしれない」

「そんな危険人物を姫様に会わせるわけにいかん!」

 ユキマルは立ち上がり、テープルを叩いた。が、次の瞬間にはマヤの裏拳が炸裂した。

「姫と呼ぶなと言ってるだろう。大人しく座っていろ」

 マヤはこめかみを押さえて質問した。

「それで?その魔法使いはどんなやつなんだ?」

「年齢は十歳で髪が長くて・・・」

「ちょっと待て!十歳だと?からかってるのか!?」

 今度はマヤが立ち上がって声を上げた。

「秘めた魔力量は魔導士を超える。魔法使いに年齢はあまり関係ない。むしろ柔軟な考えをするので、新しい魔法を産み出したりもするんだよ」

「確かに冒険者に年齢はあまり関係ないが、それにしても十歳とは・・・」

「今は魔族が現れたとの報せが入って早速、討伐に出掛けてるそうだ」

「なに?魔族相手に単身でか?」

「問題児でね。一緒にパーティーを組んでくれる相手がいないんだ」

「バカな!いくらなんでも無謀だろう!その魔法使いはどこに向かったんだ?」

「西方連邦に面したギルド東監視支部だ。ちなみにどんな顔をしてるか知りたいだろう?」

 アンドレアはテーブルに置いてあった水晶球に手をかざして、映像を映し出す。

「ん?これは・・・」

 映像を観て、マヤは驚きの声を漏らした。

「ちなみにこの魔法使いの名前だがね・・・ビャクヤというんだ」


「典型的なヤマト人の顔をしてましたね」

 馬車に揺られながらユキマルは先ほど見た映像について感想を述べた。

「黒髪に黒い瞳、何より顔立ちが決定的でした」

「ああ、ヤマト人に間違いない。問題なのは・・・何故ロウランド王国のギルドで働いているかだ」

 ただでさえ目立つ容貌のヤマト人が、西で最も繁栄しているロウランド王国のギルドに所属している理由。

「姫・・・マヤ様。私の見解を述べてもよろしいですか?」

「?言ってみろ」

「ビャクヤという少年、ひょっとして奴隷として売られたのではないですか?」

 奴隷。一昔前ではごく当たり前に使役させられていた存在。そして、影では未だに奴隷商人が一定数存在する。まだまだ法や倫理が整っていないこの時代。可能性は多いにある。

「いや、ロウランド王国が奴隷を買うわけないだろう?」

「かもしれません。或いは幼くして売られていた少年を、引き取ったとも考えられます」

 それは考えられる話だ。ロウランド王国の国王、ヨハンは賢王として名高い。それでも奴隷商人たちを撲滅出来ないのだから、まだまだ人の世の闇は深い。

「!見えてきましたよ、マヤ様」

 ユキマルの声でマヤも幌の窓から外を見た。堅牢そうな二階建てのピルと、隣に一階が飯屋になってる宿舎が見えた。

 馬車を降りた二人はギルド監視支部のビルに向かう。ユキマルがドアを開いてマヤは中に足を踏み入れた。中には沢山のテーブルとイスが並んでおり、冒険者たちが寛いでいた。

 好奇な視線には慣れてるので一切を無視して、マヤは受け付けカウンターに冒険者のIDカードを置いた。

「王宮から連絡が入っていると思うのだが、支部長はおられるか?」

 可愛らしい受付嬢は、やや頬を上気させて対応した。

「し、しばらくお待ちください!ただ今支部長を呼んで来ます!」

「何だ?今の受付嬢は何を慌てているんだ?」

「ふう、罪なお方ですな」

 ユキマルが呟いた時、がっしりした体格の銀髪の男が現れた。歳は三十代に見受けられた。

「お待たせしてすまない。君が煙幕のカリバーだね?私は支部長のアルドーだ」

 それを聞いた冒険者たちがざわめいた。

「おい、煙幕のカリバーだと!?」

「ロウランド王国が危機に瀕した時、旧支配者の討伐に参加した、あの!?」

「一体、こんな所に何をしに来たんだ?」

 ざわめきを完全にスルーしたマヤは、端的に用向きを伝えた。

「この支部にビャクヤという魔法使いがいると思うのだが、今、どこにいるのだろうか?」

 その言葉を聞くと冒険者たちは一転して口を閉ざした。

「あいつのことか。アンドレア殿に話は聞いていると思うが、なかなかの問題児でね」

「私はその魔法使いを連れ帰るように頼まれたのだが」

「連れ帰る・・・か。それは難しいと思うよ」

「何故だ?」

「これも聞いてると思うが、討伐の最中、わざと攻撃魔法を西方連邦に向けて撃つ、過激なやつなんだ」

 ふと、周りを見ると冒険者たちが皆、頭を振って頷いている。

「私には目的がある、それを叶えるには、その魔法使いが必要なんだ。今、どこにいる?」

「ふむ、何だか知らないが決意は固いわけか」

 アルドー支部長は西方連邦に面した村の居場所を教えてくれた。


 村の村長は丁寧に客人を迎えた。異国人であるマヤたちのことを気にもしてないようだ。

「あの魔法使い様なら、魔族の討伐に向かわれました。西方連邦との国境に当たる森の中に入っていかれたのです」


「さっきの支部長の態度からして、ろくなやつではありませんよ」

 ユキマルはマヤに付き従って背後で護衛をしている。

「その魔法使いがどんなやつでも構わん。私の目的を果たすための道具に過ぎん」

「それにしても、魔族討伐を一人でとか、あり得ませんな」

「それだけ優秀なのか、バカなのか、出来れば前者であれば良いのだが」

 森に入ると光が入り乱れ、爆発音が響いた。

「これは、攻撃魔法か!?」

 走り出すマヤとユキマル。茂みに分けいると、ダボダボの魔導士の服を着た少年が、杖を付き出して攻撃を繰り出していた。

「ドライド!」

 魔方陣が展開し光の束が飛んで行く。しかし、その先に立っている人物は結界を張って攻撃を無効化する。

「ふん、小僧。なかなかの魔力量だが、その程度でこのモロクを倒せると思ったか!」

「ふんっ、手加減してあげたんだよ。次は本気で行くよ!」

「おいっ!ビャクヤだな?」

 割り込んだマヤを不機嫌そうに眺める少年。

「んー、何?剣士の手助けなんて要らないよ。この獲物は僕のものだ!」

「ふん、ビャクヤという小僧。一人で我ら魔族に挑む向こう見ずと聞いたが、仲間がいたのか?」

「仲間なんかじゃない!おいっ!お前たちは何だ?邪魔するな!」

 ずいっと一歩進んだだけで、マヤはビャクヤの背後に迫った。

「うおっ、ビックリした!何だよ、邪魔するなってば!」

「ふんっ、まとめて吹き飛ばしてやる!」

 モロクと名乗った魔族は、力を溜めて、頭上に魔力弾を打ち上げた。それが宙でバラけて雨あられと降り注ぐ。

「アーカム!」

 ビャクヤは結界を張り、降り注ぐ魔力弾を防いだ。そして、モロクの後ろにはユキマルの姿があった。

影縫死斬かげぬいしざん!」

「なあっ!?」

 突然の背後からの斬撃に、モロクは左腕を斬り飛ばされた。

「うおおー!」

 そして、マヤは駆けた。

胡蝶剣こちょうけん!」

 目にも止まらぬ連続突きに、モロクはのけ反ってかわすが、続く胴への横薙ぎはかわせず、上半身が宙に舞った。

「バ、バカな!」

 地上に落ちた頭に、ユキマルが刀を突き刺しトドメを刺す。その身体が塵のように崩れてゆく。

「あー、もう!何で獲物を横取りするんだよ!」

 ダルンダルンの袖を振り回して、ビャクヤは猛然と抗議した。マヤは落ちている魂石こんせきを拾い、ビャクヤに投げた。

「わー、とっとっと!」

 それを器用に受けとるビャクヤ。

「それは、お前の獲物だ。ギルド支部で報酬をもらえば良い」

「・・・んで」

「うん?」

「何で邪魔するんだよ!あれは僕の獲物だったのに!」

「別に誰が仕留めても関係ないだろ?ユキマル!」

「はっ、マヤ様!」

 ちびっこい身体をマヤとユキマルが両側で持ち上げて、森の出口に向かう。

「何なんだよ、お前ら!僕は魔導士なんだぞ!子供扱いするな!」

「いや、子供だろ」

 ユキマルの素早いツッコミに、マヤは思わず吹き出した。

「わ、笑うな!お前ら最強魔法でぶっ飛ばすぞ!」

「模擬戦以外では、冒険者同士の戦いは禁じられてるぞ」

「そんなの関係あるか!下ろせ、このー!」

 元気一杯の少年を、マヤとユキマルはギルド支部まで連行した。


「ほら、報酬の金貨百枚だ」

 ギルド支部のテーブルに着いたビャクヤは、不機嫌そうに顔を反らした。

「要らない。あんたらが仕留めたんだ。あんたらが山分けすれば良い」

「おい、小僧!姫様に対して口の聞き方に気を付けろ!」

 次の瞬間、ユキマルの頭に拳骨が落ちた。

「姫と呼ぶなと言ってるだろ、ユキマル」

「はっ、スミマセン、マヤ様!」

「姫様?」

 ビャクヤの顔がマヤの方向に向けられる。

「あ、あんた、ヤマトの将軍の娘なのか!?」

「そうだが、それがどうかしたのか?」

「あ・・・姉上ー!」

 長い黒髪を翻してビャクヤはマヤに抱きついた。

「「あ、姉上!?」」


「一体どういうことなんだ?」

 涙を流して抱きつくビャクヤの頭を撫でながら、マヤは優しく問いただした。

「ヤマトでは僕の居場所がなかったんです。世継ぎはムネタカ兄上に決まってるし、その下のツネマサ兄上は何かと謀を企んで険悪だし、サナ姉上と入婿のジュウエモンも何か企んでるし」

「ちょっと待て。確か私は末子のはずだ。弟がいるなんて初耳だぞ?」

「あー、僕は側室の子ですから。僕の下にも妹がいるはずだけど、会ったことないし」

「じゃあ、お前は私の腹違いの弟なのか?」

「はい。母上からマヤ姉上は脱国して西の国へ行ったと聞かされてたから、貿易船に潜り込んで聖王国ザルカスに辿り着いたんです」

「ヤマトが唯一貿易を行っていたナンバン国とはザルカスのことだったのか?しかし、ビャクヤ。何故そんな危険を冒してまで脱国したんだ?」

「将軍家の血筋でも傍系の僕たちは立場が弱かったんです。僕の母上は上屋敷にいたんだけど、身体が弱くて僕が六歳の時に亡くなった。その後僕はたらい回しにされて、ある呪術士に引き取られて術を学んだ。僕はずっとマヤ姉上に憧れてたんです。将軍家の直系なのに自由を求めて脱国した姉上に」

 そこまで一気に喋ると、ビャクヤはマヤの身体に抱きついたまま、すすり泣いた。

「お前は呪術士に引き取られたと言ったな?その術を使って貿易船に潜り込んだのか?」

「はい、見ててください!」

 マヤの身体から離れたビャクヤは、すーっと身体を透明にしてしまった。

「インビジブルか!見事なものだな」

「聖王国のザルカス様は僕の才能に気づいて、ロウランド王国のアンドレア様のところに預けた。魔法の修行は楽しかったですよ。それであっという間に魔導士になりました!」

 マヤは感心してビャクヤの頭を撫でた。

「まさか、私に弟や妹がいたとはな」

「姉上、僕はこれからずっと姉上と一緒にいられるのですか?」

 つぶらな瞳で見つめられたら、断れるわけもない。何より魔法使いの上級職である魔導士がいてくれれば、これからの旅は心強くなる。

「ああ、一緒だ。私たちは姉弟なんだからな!」

 その時、刀を置いたユキマルが土下座していた。

「マヤ様の弟君とは露知らず、無礼の数々、平にお許し願います」

「姉上、この者は従者なのですか?」

 ビャクヤはマヤとユキマルを交互に見て戸惑っている。

「従者というか護衛だな。ユキマルはサナダ流の免許皆伝だからな」

「サナダ流!?かつてヤマトで最強と言われた流派ですね?」

 ビャクヤはマヤから離れるとユキマルに近づいた。

「ユキマルはとても強いんだね!良かったら僕にも剣術教えてよ!」

「ははっ、勿体ないお言葉!私で良ければいつでもご教授させていただきます!」

 こうして、煙幕のカリバーを中心にした冒険者パーティーが誕生したのだった。


 ロウランド王国に帰参した時、アンドレアは明らかに戸惑っていた。

「同じヤマの国の出身だとは思ったが、まさか姉弟とはな」

「アンドレア様!僕はこれから姉上と行動を共にします!よろしいですか?」

 広い応接室にアンドレアとラルカス、マヤとユキマル、そしてビャクヤが集まった。

「それはもちろん構わないさ。我々は君の人生に干渉する気もないし、すべきでもないだろう」

 紅茶に口をつけたアンドレアは懐から印の捺された封筒を取り出した。

「一応、紹介状は書いたが、ビャクヤが君の弟なら、問題なく会ってくれるだろう」

 封筒を受け取りつつ、マヤは口角を上げた。

「いや、やはりあなた方の紹介状があったほうが確実だ。ありがとう、礼を言わせてもらう」

 普段は無口なラルカスが珍しく口を開いた。

「用心することだな。聖王国ザルカスはザルカスがいての聖王国だ。西に西方連邦、東にロード帝国と国境を接しているから、いつも火種が燻っているような状況だ。ザルカスがいなくなれば三日と保たず崩壊するだろう」

 普段、無口なラルカスが言うということは、それが真実だということだ。嫌でも緊張感が高まってくる。

「出発は明朝だろう?今夜は離宮でゆっくり休むと良い」

「心遣い感謝する、アンドレア殿、ラルカス殿」


 離宮では一人に一部屋が宛がわれていたが、ビャクヤがマヤと同室にしてくれと駄々をこねた。弟とはこういうものなのかとマヤは微笑ましくなった。

 そして、仲良くお風呂に入った。ビャクヤは男の子なのに、その長髪はサラサラだった。マヤが自分の髪を先に洗い、ビャクヤの頭を洗ってやる。さらに身体の洗いっこになると、ビャクヤは年相応に無邪気にはしゃいでいた。

 湯船に浸かると、背中を浴槽に預けたマヤの前にビャクヤは陣取り、背中をマヤの豊かな胸に預けて甘えてきた。

「ねえ、姉上。ザルカス様にどうして会いたいのですか?」

「うん?そうだな・・・別に深い理由はない。だが剣術と魔法を極めて、さらに国王になるような人物がどんなものか、一度見ておきたかったんだ」

「ふうん。でも、大丈夫ですよ!ザルカス様は民草にも心を配る優しいお方だから!」

(強さと優しさを併せ持つ王・・・か)

 そう聞くと尚更会いたくなってきた。

 気付くとビャクヤはこっくりこっくりと舟を漕いでいた。

「ふっ、やっぱりまだまだ子供なのだな」

 マヤは脱衣場でビャクヤの身体を拭き、寝間着を着せた。そして、寝室まで運びベッドに寝かせた。明日はいよいよ聖王国ザルカスに向かう。マヤはワクワクして今夜はなかなか眠れそうにないなと思いながら、ベッドに潜り込んだ。


 翌朝、目を覚ますとビャクヤがマヤに抱きついたまま、涎を垂らしていた。

(まったく、仕方ないな)

 マヤはビャクヤの頬にキスをして、優しく身体を揺すった。

「おい、起きろビャクヤ。朝だぞ」

 ようやく目蓋を開けたビャクヤは、

「おはようございます、姉上」

 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった。

「ん、おはよう。さあ、着替えて朝食を食べに行こう」

 マヤは素早くベッドを滑り降り、寝間着を脱いで服に着替えた。銅鏡を見ながら髪をブラシで梳き、左右におさげを結う。ダルダルの魔導士の服を着たビャクヤはまだ眠そうだ。

「ビャクヤ、こっちに来い。髪を梳いてあげよう」

「はーい」

 大人しく鏡の前に座ったビャクヤの長い髪を櫛で梳いてゆく。

「ビャクヤは髪を括らないのか?その方がビシッとするぞ」

「うーん、でも別に邪魔じゃないから良いです」

「そうか」

 長いこと忘れていた感覚が蘇ってくる。家族とはこういうものなのだなと、マヤは優しい気持ちになった。


 朝食を終え、荷物の用意が出来るとみんな、馬車乗り場に集まった。

「アンドレア殿、ラルカス殿、世話になった。礼を言うよ、ビャクヤの分もね」

「うん、こうして見るといかにも仲の良さそうな姉弟に見えるな。良かったな、ビャクヤ。姉と出会えて」

「はい、アンドレア様!今までお世話になりました!」

 ペコリと頭を下げるビャクヤを見て、二人のエルフは口角を上げた。

「ははは、これが手がつけられなかった問題児のビャクヤか。まるで別人だ」

「うー、笑わないでよ、アンドレア様!姉上が見てるんだから!」

「悪い悪い。では、サラバだ、ビャクヤ。これからも精進するように」

「はいっ!」

「馬車が到着しました、マヤ様、ビャクヤ様」

 ユキマルが馬車の手配を済ませてやって来た。

「それではまた会おう、お二方!」

「じゃーねー!」

 馬車の幌から身を乗り出してビャクヤが手を振る。新たな冒険が三人を待っている。










「生と死のアイダ」のスピンオフ作品、いかがでしたでしょうか?西洋中世ファンタジーに日本情緒も合わせた作品にしたいと思います。よろしくねー!

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