8.釣り人2号
「こんにちは、おじいさん。釣果はどう?」
川辺でのんびりと釣りをしていたおじいさんに話しかける。おじいさんは前に会った時と同じようににこにこしていた。
「ほっほっほ。ぼちぼちじゃ」
ぼちぼちと言う割におじいさんのバケツの中は魚でいっぱいだ。
【観察】を使ってみると全て煮干だったらしい。香ばしい匂いを発しながら煮干が優雅に泳いでいる。
「これでぼちぼち……。私も【釣り】がしたくて、練り餌が欲しいんだけどもらえるかな? もちろんお金は払う」
釣りなら無料でできるというのは夢物語だった。よく考えれば魚を釣るための餌が要る。
おじいさんからもらった練り餌はまだ少し残っているけれど、長く釣るにはむかない量しか残っていなかった。
「そうじゃのう……。金は要らない。代わりにアンゴラウサギィを少し触らせてもらえるかの?」
「もちろん! でもラテに触るのにお金なんて取らないよ?」
ただでさえお世話になっているおじいさんだ。動物好きのようだし、ラテの触り方も慣れている。練り餌をもらえないなら撫でさせないなんて言うつもりはない。
「優しいお嬢さんだ。練り餌もほとんどお金がかかってないのでお相子じゃ」
なんだか貰い過ぎな気がしたけれどおじいさんは幸せそうな顔でラテをなでている。
ラテの方も気持ちがいいのか目を細めていた。
まあ、本人が良いって言うならいいか。
所持金にも余裕がないから、練り餌をタダでくれるというのなら助かる。
私は気持ちを切り替えてラテを地面に下ろした。
前回と同じようにおじいさんにラテのご飯を渡すと、それだけのことなのにおじいさんは本当に嬉しそうにしゃがみこんだ。
「寿命が延びるのう。アンゴラウサギィも可愛いし、お嬢さんも気が利く」
「アンゴラウサギィはラテって名前にしたの。私はシオン。自己紹介が遅れちゃったけど、よろしくね」
確か前回会った時はまだラテの名前を決めていなかった。おじいさんに名前を紹介するのは初めてになる。釣りのやり方を教えてもらった割に自己紹介すらしていなかった。
「これはこれはご丁寧に。わしはオンス。よくオン爺と呼ばれておる」
「オン爺ね。私とラテはそのまま呼んで」
「そうじゃの。そうさせて貰うわい」
オン爺と同じ文字数だけれど私の名前は上手く省略できない。慣れてもいないから呼ばれても分からなくなりそうだ。
でも、歳をとったらシオン婆って呼ばれるのかな。なんだか複雑な気分。
まだギリギリ20代なので慣れない響きだ。何となく嫌な感じもするので、呼び方にこだわる人の気持ちが少し分かった気がする。
ただ、おばあさんより前におばさん呼ばわりされるのだろう。おばさんならおばあさんの方が良いなと思いながら自分もご飯を食べる。現実のように朝昼晩食べる必要はないみたいだけれど、空腹や乾きのゲージがあるから意識して食事を取る必要があった。
しばらくラテを撫でるオン爺を眺めていると、満足したのかオン爺が練り餌を分けてくれた。前回よりも心なしか量が多い。
「釣りをするのじゃろ? 多い分には無駄にならんしな」
「ありがとう! 大切に使うから」
「ほっほっほ」
にこにこしているオン爺はご機嫌だ。普段からにこやかなNPCだけれど、目に見えない友好度でもあるのだろうか。本当に細部までこだわっているゲームだ。もしかしたらテイムモンスの種類によっても好感度に差があるのかもしれない。
まぁ、ラテとオン爺の相性が良いだけかもしれないけどね。ラテものんびりした性格をしているし。
今のところ攻撃的なテイムモンスは見ていないけれど、ラテは群を抜いてマイペースだ。AIが搭載されているということもあり、今後が非常に楽しみである。
ラテを現実に存在するペットのように思い始めていることに苦笑しながらオン爺の横に座る。静かに釣りを始めてもオン爺は何も言わなかった。
ラテは川から水を飲んだり、気ままに雑草を食べたりしている。
こういう時間はやっぱり良いな。
川のせせらぎを聞きながらたまにピクピク震える釣竿を引き上げる。魚に逃げられることさえ微笑ましかった。
隣にいるオン爺も話しかけてくることなく、ぼうっと釣りをしている。
そういえばここも雑草が生えているのか。街中だけど【採取】できるのかな。
釣竿から手を離さないようにしながら近くの雑草を抜く。【観察】してみると、ちゃんと雑草だった。
「ラテ、食べる?」
ラテの好きなミツバのようなものだったのでラテに差し出したけれど、ラテはそっぽを向いてしまった。自分でも食べていたのでお腹がいっぱいなのかもしれない。
草は食べないけれどラテが近づいてきてくれたので、撫でながら釣りを続ける。
7,8匹釣り上げ、このあとどうするか考えていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
「…………ン……ん! ……シオンさーん!」
どこか聞き慣れた声に振り返る。するとゴマフアザラシの赤ちゃんのどアップが映った。
「えっと、ルリだっけ?」
若干名前が怪しい。プレイヤーとの一人目のフレンドだったことは覚えているけれど、知らない人と多く知り合ったので自信がない。
座っているせいで視界がルリの抱えるゴマフアザラシの赤ちゃんに埋め尽くされていることも原因のひとつだろう。
視線を上にずらすと、やはり見たことのある顔があった。
「そう! ルリです! 違った、ルリよ! …………ルリよ?」
「そんなに無理して敬語を外さなくても……」
確かに敬語を外して欲しいと言ったような気がする。でも、ここまで不自然な話し方になるとは想定外だった。
前はもう少し自然に敬語が取れていたと思うけれど、やっぱり敬語の方が話しやすいのかもしれない。
「大丈夫! 敬語の方が使い慣れてないから多分変に取れちゃうし。シオンが落ち着いてるから何となく緊張しちゃって」
ルリがてへっと舌を出す。普通にそれをされたら寒気がするけれど、ルリには愛嬌があった。
「まあ、好きなようにしていいけど。それで、何か用事が?」
あれだけ叫びながら走ってきたのだ。何か用事があるのだろう。
また魚を売って欲しいかな?
テイムモンスが食べるらしいし。
この街で魚を売っている場所は少ない。レイの露店でも売っていたはずだから後で紹介しても良いかもしれない。
あそこはエサ屋を自称するだけあってテイムモンス用のご飯が豊富に揃っていた。
「えっと、その……釣りを、教えて欲しいの」
「釣りを?」
ルリの相談は想像の斜め上をいっている。ルリは【釣り】スキルを持っていないと言っていたけれど、違ったのだろうか。
疑問に思いながら首をかしげると、ルリが恥ずかしそうに頬をかいた。
「スキルを取り直したの。雪のご飯が取れないのが嫌だったから」
「そうなんだ。良い決断だと思う。購入に頼りきると不安だし」
今後テイムモンを増やすなら購入も視野に入れた方が良い。けれど物流が安定していない今は自力で手に入れた方が安心だ。
私はルリの言葉に力強く同意した。
「ほう、お主も釣りをやるのかのう?」
今まで会話に加わっていなかったオン爺がゴマフアザラシの赤ちゃんをみて顔を綻ばせる。
突然NPCに話しかけられたルリは目を白黒させていたけれど、にこやかに雪を見つめるオン爺に頷いた。
「……まだやったことがないですけど、【釣り】は覚えてます」
「それは良いことだの。シオンの友達かい?」
「はい、フレンドのルリです」
手短に紹介をすると、オン爺の視線が雪に移る。
どうやら雪が気になって仕方がないようだ。
「あっ、この子はゴマントアザラシの赤ちゃんの雪です」
「ほうほう、凛々しい顔の子じゃな。なでても良いかのう?」
ルリの紹介にオン爺が手をわきわきさせる。やはりオン爺はテイムモンス好きだったようだ。
全然我慢できていないオン爺に笑いが溢れる。
オン爺はわかりやすいなぁ。でも、ゴマフアザラシじゃなくてゴマントアザラシの赤ちゃんだったんだ。モンスは微妙に名前が変わるのかな。
アンゴラウサギに見えるラテがアンゴラウサギィという種族で驚いたことをふと思い出す。雪の種族に関しても以前紹介された気がするけれど、記憶が怪しい。
これが歳を取るということか、くっ。
歳のせいにしてみたけれど、昔からあまり記憶力は良くなかったので多分地頭だろう。でも地味に精神ダメージを負いながらオン爺とルリを見る。
ルリはそんな私とオン爺を見比べていたけれど、意を決したように雪を突き出した。
「どうぞ!!」
「…………くぉぉ」
前に突き出された雪が掠れた声で鳴く。ゴマフアザラシの鳴き声なんてしらないけれど、中々個性的な鳴き声だ。
「ほうほう、ふわふわじゃ。幸せだのう」
オン爺はラテを撫でている時とおなじようにニコニコしている。どうやらテイムモンスなら差がないようだ。
べ、別にうちの子を特別扱いして欲しかった訳じゃないし。
何となく残念に思いながらご機嫌なオン爺を見る。オン爺はしばらく雪を撫でたあと、ルリに釣りセットを渡していた。
「これは礼じゃ。釣り方も教えても良いが……。シオンと仲良しならシオンに聞いたほうがいいじゃろ」
先ほど私が釣り上げた煮干がバケツの中を泳いでいるのを見ながらオン爺が頷く。もう免許皆伝されたようだ。
「シオン、釣りを教えてください!」
「もちろん。私もそんなに詳しくないけど」
バケツに水を汲んで足元に置く。べつに水は入れなくても良いけど、雪はグルメのようだから少しでも魚を長生きさたい。
私も釣竿を構えながら練り餌のつけ方やリールの巻き方を教える。釣っている最中に練り餌をばら撒いたり、竿を揺らすようなテクニックもあるらしいが、それは私も良く分からなかった。
「ふんふん、投げ入れるのは手首のスナップだけで良いんだ。何ていうかこう、振りかぶるんだと思ってた」
言いながらルリが大きく釣竿を振りかぶる。その瞬間、釣り針がルリの背中に引っかかった。取ろうともがいているけれど、簡単には取れないようだ。むしろどんどん深く引っかかっていっている。
この子、もしかしてちょっとおバカ?
わざわざ実践して釣り針を背中に引っ掛けるなんて中々できない。特に今回は振りかぶるとどこかに引っかけやすいと教えた直後の出来事だ。
助けを求めるようなルリの表情につい笑ってしまった。
「動かないで。釣り針を取るから」
動かれると釣り針が取りにくい。ルリにお願いをすると、前を向いて動きを止めてくれた。
止まってしまえば釣り針は簡単に取れる。するりと釣り針を服から取ると、ルリが笑顔で振り返ってきた。
「ありがとう!」
屈託のない笑顔にまあ良いかと思い直す。一度失敗したのだからもうやらないだろう。
私は前を向くようルリに促した。
その直後、ラテの聞いたことのない鳴き声が聞こえてくる。
「ぶぅぅぅ! ぶぅ」
今度はなんだと思いながらラテの方を見ると、雪が私のバケツから煮干を食べているところだった。
「あぁぁぁぁ! 雪、なんてことを!」
ルリが釣竿を放り出して雪をバケツから引き剥がす。どうやらお腹が空き過ぎての行動らしい。
バケツの中身を確認すると、煮干が半分位に減っていた。
「すみません!! 弁償、弁償しますので!」
慌てたルリが1000G押し付けてくる。
「いや……そんなに要らないんだけど」
食べられてしまったのはせいぜい4尾程度だ。いくら魚が貴重とは言え、そこまで高くない。1尾200Gもすれば高額な方だろう。
ぐいぐい押し付けてくるお金を押し返そうとすると、ルリが半泣きになった。
「わ、私のお金が受け取れないというのですか!」
「……そういう訳じゃないけど」
べつにルリのお金だから受け取らないわけじゃない。
高すぎるだけだ。でも、受け取った方が良いのかな?
必死にお金を押し付けてくるルリを見ていると返却は難しそうだ。雪が許可なく煮干を食べてしまったのは事実なので、ありがたくお金は頂戴することにした。
「次から気をつけてね」
何となく釣りをしていただけの私だったから構わないけれど、目的があって釣りをしている人ならブチギレるかもしれない。
雪の為に釣りを覚えようとしているルリだからこその反応だったのだろう。
私はルリを慰めながら釣りの練習を再開するように促す。
様々なハプニングがあったけれど、釣り自体は問題なく出来ていそうだった。
「あっ、釣れた! 見て見て! なんだか分からないけど魚!」
「これはメダカだね」
【観察】スキルは取らなかったらしいルリに教えながら私も釣りを再開する。そんな私を見てルリも釣りを続けた。
ルリの初釣果が煮干でなかったことは残念だなぁ。次は是非煮干を釣ってみて欲しい。どんな反応をするんだろう。
ルリは既に煮干の存在を知っているという事実を忘れたまま、私は煮干を釣り上げていく。釣り初心者のルリより魚が多く釣れているので先輩としての威厳は保てただろう。
雪に食べられてしまった以上に魚を増やしながらルリと競うように魚を釣っていく。
オン爺はもう何処かへ行ってしまったようだ。
いつまで魚釣りを続けるか考えていると、突如ムービーが始まった。何やらイベントの幕開けのようだ。
私は少しわくわくしながらムービーに集中した。
シオン Lv.4 ドッペルゲンガー
所属:テイマーギルド
非公開称号:『NPCとのフレンド1号』
HP:18 → 19(133)
MP:224+5 → 247+10(133)
STR:121 → 133(133)
ATK:1 → 1(11)
DEF:5→ 5(11)
MDEF:8 → 9(11)
AGI:6 → 6(11)
INT: 19+1 → 20+1(9)
DEX: 20+2 → 21+3(10)
LUK:18+5 → 19+6(3)
スキル:メイン【テイム Lv.1】 サブ【観察 Lv.8】 生産【調合 Lv.4】
【解体 Lv.1】、【採取 Lv.10】、【栽培 Lv.1】、【釣り Lv.10】、【醸造 Lv.1】、【歌 Lv.1】、【MP微強化 Lv.3】、【INT微強化 Lv.3】、【DEX強化 Lv.1】、【LUK超強化 Lv.1】、【空間収納 Lv.1】
テイムモンスター:ラテ(アンゴラウサギィ♀)(非戦闘要員)【威嚇】、【逃走】