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7.いざ調合へ

 生産総合所では部屋を3時間借りる。【調合】を色々試すとなると、どれだけかかるか分からないので借りる時間は適当だ。

 受付のNPCに混み合っているから延長はできないかもしれないと言われたけれど、終わらなかったら終わらなかったで問題ない。


「別に全部の薬草を使い切らないといけないわけじゃないしね」


 レイから買った分も含めると薬草は42本ある。キリのいい数字になるよう、購入量を調整したのだ。普通に調合をすれば終わる量だけれど、ラテを放置しておくのも気になる。ラテが飽きてしまうようなら途中で退出するのも致し方ない。


 何かが気になるのか端っこで床を叩くラテを確認してから薬草を3本を水洗いする。幸い、生産総合所の個室には水道が設置されていた。


「ランクの高い調合をするなら水は自分で用意しないといけないかもね」


 ここは【調合】用の部屋だから作業台と水道、簡易コンロがついている。鍛冶だと炉、木工だと電動ノコギリが設置されているらしい。

 私は薬草を丁寧に洗い、根っこを切り落とした。


 この次は乳鉢ですりおろして、水を入れて撹拌?


 まずはチュートリアルでリルモに教わった通り作ってみる。

 記憶を頼りに作業をしてみたけれど特に問題なく品質Dの初心者用ポーションができた。品質はSからEで±がある。レシピ通りだとDになるらしいので、リルモが教えてくれたのはレシピ通りのやり方だったらしい。


 確か、レシピ通りのやり方は一度成功するとスタミナ消費で作業工程がスキップできるんだっけ。品質はDに固定されちゃうみたいだけど時間短縮になるはず……。


 品質がDになるのは痛いけれど、使い勝手の良いシステムだろう。初期なら品質によって買取価格が大きく変わってくることもなさそうだし、やってみても良いかもしれない。

 一応スキップも試しておこうとレシピの最後に書かれているスキップを押す。


「うわっ、まぶし!」


 押した瞬間、目潰しかと思うような光が現れ、鍋に初心者用ポーションが出現する。

 ポーションを入れるガラス瓶を用意していなかったので、手作業で作ったポーション液が入っている鍋にそのまま出現したらしい。

 初心者用の鍋だけど3回分を一気に作れるくらい大きくて良かった。


 2回分のポーション液が混ざってしまったけれど、零れることなく鍋に収まっている。

 どうやらスキップは使う道具を全部出しておかないといけないようだ。忘れそうだからこれからも気を付けないと。スタミナも10消費するみたいだし。


 リルモは生産でスタミナを消費しないと言っていたけれど、さすがにスキップはスキル使用扱いになるらしい。現在私のスタミナは121なので12回スキップで調合するともう限界が来てしまう。連続使用する場合はこちらも気にした方がいいだろう。


 ただ、このスキップでもスキル経験値は入るようだ。手作業の方が少し経験値が多いところが気になるけれど十分に使えるシステムだ。


 生産をメインでやらない人のことも考慮しているのかな?

 想像以上にスタミナの消費が激しいけど。


 思わぬ成功に口元がにやつく。

 でも、そんなことよりポーション瓶を入手しなければならない。今回はスキップも手作業も品質がDだったから混ざっても問題ないけれど、品質の異なるものを混ぜたら平均値化されそうだ。


「生産総合所の部屋は一度出るとお金を払い直さないといけないんだっけ……」


 1時間100Gなので3時間取り直しても激しい出費とは言えない。薬草も買ってしまった私にとっては痛い出費だけれど、金額自体は薬草3本と同じ値段だ。たぶんこれから購入するポーション瓶の方が高いだろう。

 それでも無駄に払いたくなくてどうしたものかと悩んでいると、視界にのんびりしているラテが入る。


 中間材って生産総合所の受付でも買えたよね。

 お使い、できるかな……。


 ウサギがぴょんぴょん跳ねながら買い物をしているのは想像してみてもとても可愛らしい。

 でもラテは話せない。それに買ったポーション瓶もどうやって持ってくるか問題だ。


 袋みたいなアイテムは持ってないしなぁ。やっぱり一度出るしかないか。

 生産総合所の部屋が結構埋まっていて連続では借りられないかもしれないと言われたのを思い出し、心配になりながら片付けを始めると、カラオケボックスの電話みたいなものを発見した。この部屋のものも壁にくっついている。


 こ、これはもしかして!

 わずかな望みを託しながら受話器を取ると、電話のコール音が聞こえた。


「……本物の電話かい!」


「えっ? お客様? トラブルですか?」


 タイミング悪く受話器を取ったらしいNPCの困惑した声が聞こえる。こんなところまでカラオケみたいだ。


「すみません。何でもないです。ポーション用のガラス瓶を買うことってできますか?」


「もちろん可能です。いくつ必要ですか?」


「14……いや、15本お願いします」


 薬草の本数と合わせるなら14本で足りる。けれど、ポーション瓶が割れやすいことも考えて15本にした。値段が高ければ本数を減らせばいいだろう。


「15本ですね。1本120Gなので、1800Gになります」


「はい……」


 ポーション瓶はやっぱり高かった。

 無駄にお金を使うことにならなくてよかったと思いつつも、どうやってお金を渡すんだろうと考えていると、電話の下にある小さな台がピカピカ光る。恐らく此処にお金を置けということだろう。


 財布から1800Gを取り出して台に置くと、チャリーンという音がしてポーション瓶が現れた。

 本数を数えると16本ある。


「ご購入ありがとうございました。お客様がお電話サービスの最初のお客様でしたので1本おまけしております。またのご利用をお待ちしております」


 慣れたようにそう告げられると、そのまま電話が切れた。

 え、1本おまけってまじか。


 ありがたいけれどそれなら14本で良かった。

 微妙に損をした気持ちになりながらポーション瓶にポーションの液を移していく。丁度2瓶分だったので、スキップも手作業も同じ分量になったようだ。中身の入ったポーション瓶は【空間収納】にしまう。


 【空間収納】は取って良かったスキルのナンバーワンだろう。

 普通ならキツく感じるMPの消費もドッペルゲンガーの私にとっては怖くない。HPがありえないほど低い代わりにMPならいっぱいあるのだ。


 るんるん気分でもう一度スキップを使って作業をした。

 必要なものが全部揃っていたからか、今度はポーション瓶の中にしっかりとおさまった状態で完成している。


 これが正しいスキップの姿かぁ。

 スタミナを消費することは痛いけれど、道具を出しておけば何回も作れるのは良いかもしれない。品質は度外視にはなるけれど非常に楽だ。

 私は完成したポーションを持ち上げて揺らした。品質は何もしていないのでDだ。


 ここから品質の上げ方を探っていかないとね。

 既に薬草は9本使ってしまったのでのこりは33本だ。スタミナを自然回復させて全部スキップで作ることもできるけれど、それよりは品質を上げたい。


 まずは、この沈殿している薬草を取り除いてみるか。

 スキップで作ったものなのでどういう判定になるのか分からない。手作業のものを使おうかとも思ったけれど、最初の失敗でスキップ品と混ざってしまっている。それならどれを使っても同じだろう。


「あー、しまった。フィルターもないじゃん」


 ペーパーフィルターなんて売っているのかと思いながら受付に電話をする。ダメ元だったけれど、初心者用漏斗に使えるペーパーフィルターは売っていた。駆け出し用の必要なものまでは全て揃っているという話だった。


 至れり尽くせりだなぁ。薬草は売り切れだって言ってたから頼りすぎるのは危ないけど、ピンチの時には使えそうだ。

 出来心で聞いてみた薬草はレイが言っていた通り売り切れていたが、メジャーなもの以外は売れ残っているのかもしれない。


 ポーションの液を鍋に戻して漏斗にペーパーフィルターをつける。このフィルターを通すだけでもかなり沈殿物が取り除けた。


 簡易作業のつもりだったけど、これは良いな。品質もBまで上がってるみたいだし、効果が大きい。


 Sランクまで持っていくには足りないようだけれど、たったこれだけの作業で品質を上げることができたのだ。ほんの一手間でかなり変わるのが品質なのかもしれない。

 作った3つのポーションは全てペーパーフィルターを通す。3本目は品質がB-になってしまったので、ペーパーフィルターはこまめに変える必要があるのかもしれない。


 再度受付に電話をしてペーパーフィルターを5枚買った後、煮詰める時間を変えてみたり、煮詰めたものを薄めてみたりしてみた。けれどこれらは逆に品質を下げる結果となってしまった。


「煮詰めてはダメ、薄めてもダメ。全工程を丁寧に作業したものは品質がA。Sに至らないのは材料が悪いから?」


 材料にも品質がある。私が採ってきた薬草は直ぐに【空間収納】に入れたからか品質がSだった。ただ、水道の水が品質Cなのでそちらに引っ張られているのかもしれない。

 煮沸した品質B+の水を使ったものが品質Aになったので、これ以上品質を上げるには水をどうにかする必要があるのだろう。


「そうなると今これ以上、品質を上げるのは無理か」


 受付に聞いても蒸留水は存在しなかったから、蒸留水を使うなら自分で作る必要がある。

 蒸留水を作るには専用の道具が必要だけど、それを作るためのスキルは【ガラス細工】だ。【ガラス細工】は【細工】を特殊進化させたスキルだってリルモが言っていたはず……。


 自分で取ることも考えたけれど、新しいスキルの取得は非常に難しい。スキル変更チケットを1枚もらっているけれどそれを使っても【ガラス細工】は使いこなせるか分からない。

 【ガラス細工】単体を使えたとしても黒字化するには原材料を調達するスキルが必要だ。今のスキル構成からはかなり変えないと厳しいだろう。


 悶々としながら残りの薬草を品質Aの初心者用ポーションに変える。そのうち必要なスキルではあるけれど、できれば持っている人とフレンドになりたかった。


 うんうん唸りながら生産総合所から出る。明らかに変人だったせいか誰も寄ってこなかった。


「レイ! このポーションって買い取ってくれる?」


 エサ屋だと言われていたけれど、レイはかなり幅広い製品を取り扱っていそうだ。もしかしたら買い取ってくれるかもしれない。


「へぇ、品質Aの初心者ポーション? 初心者ポーションは品質Dで150Gだっけ? Aなら200Gでどう?」


「200Gだと買った分が赤字なんだけど」


 ポーション瓶が120G、薬草が1本100Gだから大赤字だ。これにペーパーフィルターの150Gも乗ってくる。ペーパーフィルターが2回しか使えないことを考えると儲けどころかマイナス額が嵩む。


「初期の生産ってそんなものだよね。後半になっても赤字のものは赤字だし。200Gだと組合より高額買取なんだけどなぁ」


 やるせなさそうにレイがため息をついた。この様子からして、彼も生産をやっているのかもしれない。


「レイも生産をやってるの?」


 レイのため息が余りにリアルだったので思わず聞いてしまう。するとレイが頷いた。


「僕は鍛冶師だよ。生産特化。販売はついでのつもりだったけど、この露店の方がもうかってるのが現状かな」


「鍛冶ってことは初心者用の剣でも作ってる?」


「そう、今は初心者用の剣や大剣しか打てない。でもそれらってチュートリアルで渡されるからさ。作っただけ赤字だよ」


 世知辛そうにレイが口を尖らせた。鉱物を取り扱っていないのはレイが全て使っているからかもしれない。


 生産特化って思いのほか儲からない……。

 生産の方が儲かっているゲームがあると聞いていただけに驚きだ。


 でも考えてみれば元手ほぼゼロでモンスターを倒してドロップを稼ぐ方がお金になるのだろう。ここまでリアルだとひとつの物を作るのに必要な材料も多そうだ。


「もし持ち歩けるなら後で売ったらどうかな? 7日は無料配布があるけど、それを過ぎればポーションは無料配布がなくなるはずだし。少しは高くなるかもよ」


「そういえばそんなシステムがあったね」


 レイに言われてチュートリアルでリルモに7日はポーションや水、食料を無料配布すると言われたことを思い出した。7日を過ぎれば確かに値が上がるのかもしれない。


「今は無料配布分を使い切ったプレイヤーの購入しか需要がないけど、7日を過ぎたプレイヤーが同じようにポーションを使うなら売れるはずでしょ?」


「……確かに」


「なら後で売った方がポーションは値上がりすると思うな。7日で次のランクのポーションが出たり、作りすぎにならなければ」


 レイが少し考えるように話し続ける。


 あー、そっか。次のランクのポーションが出たり、過剰になる可能性があるのか。

 どんな選択にもリスクは存在する。この7日というのがリアルの7日なら次のランクのポーションが出る可能性があるけれど、ゲーム内の7日ならリアルの2日もないので初心者用ポーションのままだろう。


 私は顎に手を当てた。


 今売っても赤字だけど、新しいランクのポーションが出たらさらに赤字になる可能性があるんだよね……。


 今売るのも嫌だけれど、これ以上赤字になるのも嫌だ。

 しばらく考えた末、今回はポーションを売らないことにした。


 情報をくれたレイにお礼を言ってその場を離れる。かなりお金を使ってしまったので稼ぐ必要があった。


「どーしようかな」


 戦えないので儲ける手段が分からない。悩ましく思っていると、川で魚を釣るおじいさんが見えた。


 あー、魚釣りなら無料でできるか。

 こんなにお金がかかると思っていなかった私はとぼとぼと川に向かった。

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