6.大量のプレイヤー
仮眠をとり、夕飯も食べてから再度ログインをする。リアルの時間が夕方になったからか、プレイヤーの数はどんどん増えている。
「んー、ラテのご飯を取るか……。いや、その前にラテが食べなかった雑草を売るべきか」
「ぷぅ……」
ラテ用の草が入った初心者用カバンはもうパンパンだ。雑草が売れるのかは分からないけれど試す価値はあるだろう。
早速、調合&錬金組合に戻る。別れたばかりの残念受付嬢イリスと会うのは気が引けるけれど他に売れそうな場所を知らなかった。
売却だとカウンターが違うから会わないかもしれないし。
別にイリスのことも嫌いな訳ではない。変な人だから会うたびにエネルギーを消費しそうなだけだ。
悩ましく思いながら歩いていると露天で色々なものを売っている小さな子どもを見つけた。
恐らく今までも売っていたのだろうけれど気にしていなかったのだろう。
「ここ、何屋さん?」
売っているものに脈略がない。私が売ろうとしている雑草から魚、肉のようなものまで売っている。
「エサ屋だよ。お姉さんも何か買う?」
「買うんじゃなくて売ることってできる?」
見た感じ雑草はいっぱいある。この状態でも買い取ってくれるのだろうか。
じっと少年をみると、少年が頷いた。
「買取もやってるよ。組合より色を付けてる」
「へー、ならこれをお願いできる?」
カバンからラテの蹴り飛ばした白い花の咲いた小さな草と小ネギっぽい雑草を出す。そして、そのまま少年を凝視した。
あれ?
この少年はNPCじゃない?
出来心で確認しただけだけれど、少年のステータスが見れた。ステータスが見れるのはプレイヤーだけなのでこの少年はプレイヤーだ。
「ああ、バレちゃった? 俺、ショタキャラなだけで実年齢はもっと上のプレイヤー。レイって言うんだ。よろしくね」
ぱちんとウィンクをされて思わず私もウィンクを仕返す。けれど、両目を閉じてしまい、ウィンクもどきになった。
「あははは! お姉さん下手だね!」
「そんなに笑わなくても良いじゃん」
膝を叩いて爆笑するレイに口が歪む。つい口がへの字になると更にレイが笑った。
「すっごい分かりやす! おもしろ」
「…………」
何をしても笑われそうなのでもはや無言を貫くしかない。でもその姿まで笑われてしまい、更に口をへの字にするしかなかった。
「ひー、ひー。お姉さん良いね。僕とフレンドになって?」
発作のような笑いが収まったのか、あざとい上目遣いと共にフレンド申請が飛んでくる。可愛らしい少年の姿をしているので実際にやられたら寒気のしそうな上目遣いがとても様になっている。
こんなに笑われるとなんだか癪なんだけど。
反射的に拒否を押しそうになったけれど、雑草を売らなければいけないと思い至って渋々承認する。やり方がとても卑怯だ。
ぶすーっとしながら雑草を突き出すとぶふぅっという吹き出し音がした。
「……流石に失礼じゃない?」
文句を言ってもレイは真に受けていなさそうだ。
「ごめんごめん。俺、すぐに笑うみたいだから許して?」
けらけら笑いながら謝る様子に邪気はない。悪い人ではないのだろう。ただ、すぐに笑い転げるだけで。
若干イラっとしながら更に雑草を突き出すと、レイがようやく笑うのをやめた。
「はー、はー。本当にごめんね。それは雑草だからひと束10Gでいいかな? 組合買取だと8Gだし」
「うん、この量で10Gでいいんだよね?」
「そうそう。雑草はその値段。雑草みたいに見えてもハーブが混じってることがあるんだけど、ハーブならひと束100Gくらいかな。ハーブショップでも80Gくらいで売れるし」
「ふぅん、そんなのがあるのか。覚えておくよ」
私の持っている雑草の中にはなかった。でもこう言われるということはメジャーなのだろう。もしかしたら街の外にはよく生えているのかもしれない。
一人称すら安定してない割に物知りな人だなぁ。商人なのだろうか?
ステータスを見た限りだと、ハンマー使いの鍛冶師としか分からない。ただ、露店を開いているということは【露店】というスキルを持っているはずだ。
考え込んでいるうちにレイを凝視していたらしい。レイがあざとく首をかしげる。
「僕の顔に何かついてる?」
「目と鼻と口がついてる」
真面目に答えるのも馬鹿らしくて適当に答えると、案の定レイは爆笑した。この様子だとしばらく笑っていそうだけれど、目的は果たしたので良しとしよう。
私は笑いの収まらないレイにひらりと手を振って門を目指した。
「すっごい変な人だったね」
レイと話している間、腕の中で大人しくしていたラテに話しかける。すると、ラテは呼んだ?とでも言うかのように鼻をヒクヒクさせた。
「かわいい! やっぱりラテは世界一可愛い!」
「…………ぴぷぅ」
ラテが初めて聞く変な音を発したけれど、それさえ可愛く感じる。これが親バカへの第一歩なのだろうか。
自重しないとそのうち鼻血でも吹きそうだ。せっかく美人のアバターで遊んでいるのだから変な行動は慎みたい。変なあだ名を付けられたら目も当てられないし、レイみたいになっても嫌だ。
悶々としているうちにテイマー組合からすぐの門にたどり着いたようだ。
「2度目の外。いざ!」
外に出ても今度は何もない。ムービーは1度目だけらしい。
まあ、何回も同じムービーなんてみたくないしね。
過去のムービーはゲーム入室前の待機スペースで見れる。ログインしていない間に進行したストーリーに関してはログイン直後に流れるらしい。なのでログインは安全な場所でしないとムービーが流れた時に死ぬ。ログアウト後もすぐにキャラが消える訳ではなく10秒ほど残像が残るらしいので、危険地帯だとその隙に死ぬこともあるようだ。
その割にテイムモンスターは一緒に消えるって言うから良く分からないなぁ。毎回どこかに預けるってなったらテイマーが不遇職になるからかもしれないけど。
今でさえテイマーはぼっちの代名詞らしい。エンドコンテンツ疑惑も流れているようで、初期からやる人はあまり多くなさそうな印象だ。
「貴方たちはログアウトしている間どこに居るのかな」
つんつんとラテの鼻の頭をつつくと嫌そうにラテが顔を背ける。聞いたところでラテにも分からないだろう。
「さて、気を取り直して採取をせねば」
初めてしっかりと外に出たけれど、凄いプレイヤーの数だ。モンスターがポップするたびに奪い合いの様相を見せている。
戦闘メインにしなくて良かった。
この中でレベル上げとか嫌になる未来しか見えないよ。
私はモンスターの取り合いをする人たちを横目に、草が生えていてプレイヤーの少ない辺りに向かった。この辺りには草を採取している他のプレイヤーがいる。
邪魔にならないように注意しながらラテを地面に下ろした。
「戦ってる人には近づかないこと。遠くに行かないこと。葉っぱを取っている人の邪魔をしないこと」
「ぷぅ」
ラテの鼻先を人差し指で触りながら禁止事項を告げると、ラテが頷くように鼻を鳴らした。言葉がわかっているのかは分からないけれど、ラテなら変なことはしないだろう。
イタズラをするようならもっと人のいないところへ行かないとだけど、この子はそんなことをするより寝てそうだよね。
しばらく採取をしないでラテを見ていても他のプレイヤーを邪魔する素振りはない。たまに草を食べてぴょんぴょん跳ねている。
何となく身体が重そうなんだけど、ゲーム内でも食事制限って要るのかな……?
ふわふわの毛で覆われているからラテのお腹がでぷっとしているのか分からない。抱き上げた感じは今のところ大丈夫そうだけれど、気にしたほうが良いのかもしれない。
何かを感じ取ったのかラテが身震いしたのを見て、周りに生えている雑草に視線を移す。
「見渡す限り雑草だ……」
ハーブが生えているのではと期待したけれど、雑草ばかりだ。ただ、ラテが好んで食べていたミツバのようなものも生えているようなのでそれを重点的に採っていく。
あ、薬草みっけ。こっちのはローズマリー?
これはハーブかな?
ハーブも雑草も表記が雑草なので分かりにくい。でもリアルと同じならローズマリーはハーブか花のはずだ。
ところどころに混じる薬草もきちんと摘んでいく。
合間に周りの人を確認するとほかの人たちは薬草だけを採取しているようだ。
なるほど。
雑草は使わないから無視しているのか。
でも雑草を引き抜いた下から薬草が出てきたりしている。リポップには少し時間がかかるみたいだけれど雑草も採取した方が薬草も生えてきそうだ。
とは言え指摘するようなことでもないので、ちまちまと雑草を採取していき、ミツバ20本をまとめてひと束にする。ひと束にすると【空間収納】に1枠として入れられるのだ。ほとんど見つからない薬草も18本ほど採取できた。
初心者用ポーションには薬草を3本使うのでまだ6回分に過ぎないけれど、これ以上はやく見つけるのは大変そうだ。
「ぷぅ、ぷぅ」
もう少し集めても良かったけれど、ラテがもう飽きてしまったらしく先程からぷぅぷぅ鳴いている。
仕方がないので顔を上げて辺りを見ると、近くで戦闘をしている人が見えた。
「ぷぅ、ぷぅ」
鼻先でぐいぐい私を押すラテは飽きたのではなく、危険を告げていたらしい。
「ありがとう! なんていい子なんだ!」
ラテをぎゅっと抱きしめると、ラテが嫌そうにもがく。どうやらラテはツンデレのようだ。
もお、本当に可愛いんだから。
だらしなく緩んだ顔のまま安全そうな辺りへ移動する。最初はラテを自分で移動させていたけれど、想像以上にラテの歩みが遅く、持ち上げてしまった。
ラテは野生で生きていたと思えないんだけど。
ゲームだからなのかもしれないが、何となくラテの個性な気がした。
安全な場所に再びラテを下ろすと少し離れた場所でウトウトし始める。身体は起こしているので完全に寝ている訳ではないのだろう。……多分。でも、どう見ても野生を捨てているラテに締まりのない顔が治らない。
結局周りのプレイヤーに二度見されまくりながら採取を続け、薬草を30本集めた。
「あれ? さっきの面白いお姉さんじゃん」
何だかんだ採取したハーブと思わしきものが2束できたので、採取前と同じ場所で露天を開いていたレイにつき出す。
「私はシオン。面白いお姉さんはやめて。どうせ年齢だってそう変わらないでしょ」
研究職だったせいか歳の割には子供っぽいと言われる私だけれど、レイは私と同じ臭いを感じる。ショタキャラだから分かりにくいだけで下手をしたら中の人は3,40代ではないだろうか。
じとっとレイを見るとレイがつまらなそうに口を尖らせた。
「ゲームなんだから好きに遊んで良いじゃん。僕、可愛いんだし」
「そう造っただけじゃん」
アバターは自分好みに変えられる。けれどレイの言うことにも一理あると感じていた。
私もせっかく10代のアバターなんだし、少しくらい羽目を外しても問題ないか。誰の目があるわけでもないし。
本人が可愛いと言い張る通り、レイのアバターも天使のように可愛らしい。種族は隠されていて分からないけれど、レアなものを引いたのかもしれない。
「シオンお姉さんは夢がないなー。ハーブ2束で200Gね」
レイが200Gを手渡してくる。ついでに沢山とった雑草も一部を売却した。
「そういえば薬草って売ってる?」
エサ屋を名乗っていたから売っていないかもしれない。シートの上にある雑草を鑑定してみてもやはり雑草だった。
「少しだけあるよ。でもお姉さんなら自分で採ってきた方が安いんじゃない?」
「まあそうなんだけど、【調合】したいから数が欲しくて」
この後は生産総合所へ行って調合をする予定だ。ポーション一つにしても奥が深そうだったから色々試してみたい。
「あー、お姉さん調合持ちなんだ。それなら確かに薬草が要るよね。了解。1本100Gで今あるのは13本だよ」
「結構するんだね。それ、組合価格?」
「組合価格より少し高いかな。不満なら組合で買って。もう売り切れてるみたいだけど」
売り切れているものって買えるもの?どう考えても買える気がしないんだけど。
ジト目でレイを見るけれど、レイはどこか楽しそうだ。
一瞬の攻防の後、私は無言で財布を出した。
「毎度有りー!」
元気の良いレイの声に敗北を感じながら軽くなった財布を仕舞う。今だけは重量まで無駄にリアルなこのゲームが憎い。この感じで薬草を購入していたら直ぐに破産しそうだ。
ホクホク顔のレイに歯ぎしりをしたくなりながら生産総合所へ向かう。
途中ラテを抱える腕に力が入ってしまい、ラテにしばらくそっぽを向かれてしまうという大事件があったが、生産総合所へは無事に辿り付いた。
シオン Lv.3 ドッペルゲンガー
所属:テイマーギルド
非公開称号:『NPCとのフレンド1号』 NPCの好感度+10
HP:16 → 18(121)レベル上昇で1.1倍
MP:204+5 → 224+5(121) ー7(空間収納)
STR:110 → 121(121)
ATK:1 → 1(11)
DEF:5 → 5(11)
MDEF:8 → 8(11)
AGI:6 → 6(11)
INT:18+1 → 19+1(8)
DEX:19+2 → 20+2(9)
LUK:17+4 → 18+5(3)
スキル:メイン【テイム Lv.1】 サブ【観察 Lv.7】 生産【調合 Lv.2】
【解体 Lv.1】、【採取 Lv.10】、【栽培 Lv.1】、【釣り Lv.8】、【醸造 Lv.1】、【歌 Lv.1】、【MP微強化 Lv.2】、【INT微強化 Lv.2】、【DEX強化 Lv.1】、【LUK超強化 Lv.1】、【空間収納 Lv.1】
テイムモンスター:ラテ(アンゴラウサギィ♀)(非戦闘要員)【威嚇】、【逃走】