5.調合組合は錬金組合と共同
チュートリアルを再開するとたどり着いたのは調合組合だった。
ただの調合組合ではなく調合&錬金組合となっているので調合をする人と錬金をする人が対象の組合だろう。戦闘系の組合も似通った組合は共同らしい。
テイマー組合は特異性が強いから単独だったのかな。
他の街に行くとまた変わるらしいけど。
「よし、行くぞアンゴラウサギィ!」
呼びかけるとラテにジト目で見られる。
「あ、ごめん……ラテ」
「プゥ」
ついテンションが上がって種族名を呼んでしまったけれど、嫌だったようだ。私も人間とかドッペルゲンガーと呼びかけられたら変な感じがする。
そう考えるとずっとアンゴラウサギィ呼びだったのは悪かったなぁ。
ラテを撫でてご機嫌をとりながら登録カウンターに並ぶ。
登録は調合と錬金で分かれていないらしい。誰がどちらのスキルを取っているのか分からないけれど列ができているカウンターはひとつだけだ。
「ここに登録して軽く依頼をこなしたらチュートリアル終了だっけ。思ったより時間がかかったな」
原因は間違いなく釣りのせいだけれどあれは必要な時間だった。チュートリアルだけだと飽きるしプレイヤーのフレンドが出来たのだ。もうぼっちとは言わせない。
フレがAIだけとか悲しいし、友達ができて良かった。
他人に聞かれたら生暖かい目で見られそうなことを考えながら並んでいると、テイマー組合より短い時間で受付までたどり着いた。こちらも別のフィールドに飛ばされる仕様のようだ。
切り替わった瞬間、メガネをかけた知的美女がにこりと微笑む。
「ようこそ調合&錬金組合へ。登録で間違いないかしら?」
「はい、お願いしま……「あ、そのモンスはアンゴラウサギィ!! 貴重な錬金素材ぃぃ!」」
一瞬でも知的美女とか思った自分を殴りたい。今にもラテに飛びつかんばかりにカウンターから身を乗り出しているメガネ女性は完全に変質者の目をしている。
「……プゥ」
「ああ、活きの良い採れたての毛。ただのウサギの毛ではなくアンゴラウサギィの毛。素晴らしい! 裁縫組合になんて渡すものか!」
「えっと?」
「ああ、失礼。つい興奮しちゃったの。その腕に抱えているモンスターは貴方のテイムモンス?」
別に垂れていないヨダレを拭う動作をしながら受付NPCはメガネを直す。
これ、本当にNPC!?
なんかヤバめの変人になってるんだけど!
関わると大変そうなNPCを前にラテは私の腕の中に隠れようともがき始める。少しでも体を隠したいらしく腕の中に潜り込もうとキュートなお尻を振っている。
「テイムモンスだけどあげないよ。毛を剃るのも断固拒否するから」
「そ、そんな! でもアンゴラウサギィは毛の伸びる速度が早いからトリミングをしないといけないわ。ぜひその役目を私に!」
再びサムズアップしてきた受付嬢にどうするか戸惑う。
本当に毛が伸びるならトリミングが必要になるだろう。でもこのNPCは信用できない。
不審者を見る目で受付嬢を見ると流石にやりすぎたと思ったのか受付嬢が顔の前で手を振った。
「べっ、べつに変なことはしないわ。ただそのアンゴラウサギィの毛が欲しいと言うか……毛が、毛が……け、けけけ」
「毛しか言えなくなってるんだけど!」
何なんだこのNPCは!
これがこのゲームの普通?
NPCってこんな感じなの!?
リルモや釣りを教えてくれたおじいさんは普通のNPCだと思ったのにとんだ伏兵だ。
「そもそも毛なんて何に使うの? 【調合】には使わないよね」
「【調合】? 私が使いたいのは【錬金術】の素材としてよ。まあ、アンゴラウサギィの毛は儲からないから使う人も少ないけど」
NPCもみんなスキルをもっているのだろうか。スキルの情報は助かるけど気になる。
でも【調合】じゃなくて【錬金術】か。
【錬金術】なら【調合】より素材が幅広そうだ。
でも儲からないのに興奮しているとか意味がわからない。
「何でテンションが高いのか理解できないんだけど……」
思わず口から疑問が溢れる。てっきり高額の素材だから興奮しているのだと思っていた。
「金額的にはマイナスだけど経験値稼ぎに最高なのよ。スキルが進化する時に使ってない素材群はプラス補正を得られる選択先が無くなっちゃうし」
「NPCなのに経験値を稼ぐんだ。しかもさらっと重要そうな情報が出てきた」
「NPC? 誰のことを言っているのか分からないけれど私はイリスよ。美人受付嬢と呼んでくれて構わないわ」
「残念受付嬢じゃなくて?」
どう見ても残念な要素しかない。これほど見た目とのギャップが激しいNPCも珍しいんじゃないだろうか。
黙っていれば眼鏡美女なのに。
「みんな失礼ね! 私は残念でも変人でもないわよ。せっかく良い事を教えてあげようと思ったのに」
「教えてください、美人受付嬢のイリスさん!」
「なんていうか……貴方もなかなかに変わってるわね」
残念受付嬢の目が据わる。
変人に変わってると言われた……。
でも正式版のやり込み要素が増えていそうだから情報はいくらでも欲しい。特にNPCの持つ情報は重要なことが多そうだ。
「まあ、アンゴラウサギィのトリミングをさせてくれるなら今までの失礼に目を瞑ってあげるわ。どのみちアンゴラウサギィは4日に1度カットしないと前が見えなくなるくらい毛が伸びるし」
「4日に1度!?」
ゲーム内の4日に1度はリアルの1日に1回だ。学生や社会人に配慮したのかもしれないけれどそれにしても早い。
本物のアンゴラウサギって確か半年に1度毛刈りだよね。素材が手に入るのは嬉しいけど凄いな。
未だにぷるぷる震えているラテを撫でた感じそこまで毛が伸びている気がしない。今後伸びてくるのだろうか。
「私もただでとは言わないわ。ちゃんとお金を払うから売って頂戴。アンゴラウサギィの農家がホープタウンにはないのよ」
「トリミングは本当にできるの……?」
【錬金術】を使う人が不器用だとは思えないけれどイリスには不安しかない。興奮して円形脱毛症みたいなカットをされそうだ。
「任せて! これでも手先は器用なの。連絡を取るためにフレンド申請をするから受理して欲しいわ」
「すごく不安だし、一ミリも信用できないけど貴方しか頼れる人がいないから妥協する……。でも一回でも変なことをしてみなよ。貴方の髪の毛も同じ目にあわせてやるんだから」
悪役のようなセリフを吐きながらフレンドを承認する。3人しかいないフレンドのうち2人がNPCなのは考えちゃいけない。
べ、別にコミュ障な訳じゃないんだからね!
他に誰かがいる訳ではないけれど急に言い訳したくなった。
「承認ありがとう。それじゃあ情報を出すわね。生産は全てレシピを忠実に再現すると最低品質になるわ。レシピから工程を変えたり別の素材を入れてみた方が良いの。是非色々試してみて」
「チュートリアルで作った初心者用ポーションが飲みにくそうなのもそのせいか……」
腰に下げていた自作ポーションを取り出すと薬草が沈殿している。このゲームのポーションとはそういうものなのかと思ったけれど違ったらしい。
「最低品質だとそうなるみたいね。品質の高いものほど効果が高くなって飲みやすくなるはずよ。私は【調合】スキルを持っていないから詳細まで分からないけど」
「それでも良い情報だと思う。ありがとう」
「どういたしまして。高品質のレシピは門外不出になっていたりするから誰かに弟子入りするのも良いと思うわ。なんなら紹介するけど」
イリスが何気ない雰囲気で重要そうなことを提案してくる。恐らくNPCからの紹介で弟子入りするのが生産メインのプレイヤーの上達ルートなのだろう。
でも弟子入りだと時間が取られそうだ。
やる内容も強制されそうだし……。
早くスキルを上げるには弟子入りした方が良いのかもしれない。けれどイリスがラテの毛を欲しがった時に言っていた使った素材によって進化先が変わるというのも気になる。それが本当だとしたら弟子入りは不味い可能性がある。
「うーん。スキルが進化する時って使った素材群によって選べる進化先が変わるんだよね?」
「そうよ。使った素材群だけじゃなくて作ったものによっても進化先が変わるわ。基本的に特化するほどプラス補正がかかるけど、対象外のものにマイナス補正がついちゃうから最初は色々作って進化先を増やした方が良いかもしれないわね」
「弟子入りしたら扱える素材や作れるものって増える?」
「レシピがあるから作れるものは増えるかもしれないけれど師になれるほどの人は大体何かに特化しているわ」
「やっぱりそうだよね……」
イリスは手広くやっていそうだし、イリスが師匠に選べるのなら弟子入りしたかった。でも特化している誰かに弟子入りするのなら自分で開拓していくのも面白そうだ。
「気持ちは嬉しいけど、私は私のやり方でやってみる」
「分かった。私と似たようなやり方ね。組合の資料室にもポーションの作り方があるから参考にすると良いわ。購入には組合ランクが必要だけど最低品質のレシピなら販売もしてるから一定ランク以上になったら見てみて」
「ありがと。参考にしてみる」
和やかな雰囲気になったところで元のフィールドに戻ろうと思ったけれど、よく考えたらやることをやっていない。ここへは組合に登録する為に来たのだ。
イリスもワンテンポ遅れてハッとした顔になる。
「そういえばシオンの組合登録をしないといけなかったわ。名前はシオン。スキルは【調合】ね。アンゴラウサギィ特権をつけたいけれど、そんな権限がないから見習いスタートになるわ。これから頑張ってね」
イリスがそう言うとテイマー組合の銅のブレスレットの上にもうひとつ銅のブレスレットが現れる。テイマー組合のブレスレットには鳥のマークが書かれていたけれど調合組合のものはポーションだ。
雑談が長引いたけれど登録自体は一瞬だった。普通ならこのスピードで終わるのだろう。
「ありがとう。ラテの毛が伸びたら連絡するから」
「よろしくね!!」
ちゃんとクールな受付になっていたのに一瞬で崩壊するイリスが凄い。
とても個性的なNPCだったけれど、かなりためになる出会いだった。
元のフィールドに戻ると列に並んでいるプレイヤーの顔ぶれが変わっている。やはりそこそこ長い時間話し込んでいたのだろう。チュートリアルはあと少しで終わるはずだからさくさくと掲示板へ向かう。
「生産総合所へ向かう?」
次は生産総合所へ行くクエストらしい。何かを作れとか納品しろとなっていないのは戦闘特化のプレイヤーの為だろうか。
「生産総合所かぁ」
攻略サイトが間違っていないのなら生産を行う為の施設だ。入ると生産を行う為の個室が借りられるらしいけど果たしてどうなることか。
イリスが個性的だったので生産と名のつく場所にいるNPCに不安しかない。調合&錬金組合のすぐ近くにあった生産総合所の扉を恐る恐る開けると白衣を着たひょろひょろの男性が居た。
「初めまして。調合&錬金組合の方ですね。生産総合所の説明は必要ですか?」
「あ、お願いします」
イリスの次に会ったNPCなので、普通の対応に感動する。
白衣なんて着てるからやばい人かと思った。
身構えていた分ホッとして肩から力が抜ける。やはりイリスみたいな性格は生産特化と言えど珍しいらしい。
私の反応に若干首をかしげてから男性が話し出す。
「生産総合所では主に生産を行う為の場所を貸出しております。生産活動は騒音や異臭、建物崩壊の原因になることが多々ありますので街中での活動はお控えください。場所によっては許可されていることもありますが、場合によっては罰金や慈善活動への参加といった罰則が下ることがあります」
「宿屋でも禁止?」
「宿屋も一般的には禁止です。ただし、消臭や防音、結界などの設備が整った高級な宿屋でしたら可能な場合があります」
「なるほど」
確かに爆発したり変な臭いがするなんて嫌だ。巻き込む側は自業自得だけれど巻き込まれた側はたまったもんじゃない。
「一部を除く料理や手芸以外の生産活動はこちらでお願いいたします」
「はーい」
私は【調合】と【醸造】だからここに来る必要がある訳か。
でもこの施設ってそこそこ高かったような……。
続きを促すように白衣の男性を見ると男性が口を開いた。
「当館は一日の使用料が1,000G、1時間ですと100Gになります。設備の貸出や素材の販売も行っておりますが、別途料金が発生しますのでご了承ください」
「た、高い……」
1,000Gは私の所持金の3分の1だ。簡単に払える額じゃない。そもそも材料となる薬草もほとんどないので一度採取してから来た方が良さそうだ。
「消音、消臭、防御結界の張られている施設にしては格安なのですが。またのご利用をお待ちしております」
私に使う気がないと判断したのか男性がぺこりと頭を下げる。それを見て私も外へ出た。
「これは確かに生産の最初の難関……」
とりあえず此処まででチュートリアルが終了したらしい。報酬として5,000Gが手に入った。5,000Gあれば生産を最初からやることもできそうだ。
これも生産のみをやりたいプレイヤーの為の改善措置?
それなら生産総合所の利用料金をもっと安くして欲しかったけど……。
今後のインフレを考えてなのか利用料金自体は安くしなかったようだ。このまま生産を行うこともできるけれど一旦ログアウトした方が良いかな。
高いVR機だけあってマッサージ機能や勝手に寝返りをうってくれる機能があるけれど、食事やトイレは起きる必要がある。
私は一旦ログアウトしてVR機から出ることにした。