33.5.ラテの想い
ラテ視点です。
私のご主人はバカだ。
出会った時からバカだと思っていたけれど、最近は特にひどい。
でも、もしかしたら私が気づかなかっただけで最初からこうだったのかもしれない。そんなことを考えながら私は紅葉のお化けに噛みついた。
「ぷぅ、ぷぷぅ!!」
さらに威嚇をするとトレントが私の方を向く。鋭いボスの視線が私に来たことに安心しながら、意識はご主人との出会いを思い出していた。
***
ご主人は出会った時から変わっていた。
異邦人に会ったのはご主人が初めてではなかったけれど、アンゴラウサギィを【捕獲】しようとしたのはご主人が初めてだ。
なにしろ私の種族、アンゴラウサギィはとても弱い。ホーンラビットのような角もなければ鋭い牙も持っていない。爪はあるけれど、それも尖っているとは言い難い。
こんな種族を捕まえたいと思う異邦人はご主人を除いていなかった。
たまに興味を持つ異邦人もいたが、案内人のAIに弱いと説明をされるとみんな離れていく。異邦人が求めていたのは愛でる対象というよりも戦える相棒だったのだろう。
そんな当たり前のことにさえ気づかないほど、当時の私は自我が薄かった。
草原でのほほんと草を食べ、外が危険なことも考えない。ハッキリ言って生きる人形だった。
周りもよく見えていない中、唯一私に話しかけたのがご主人だ。
アンゴラウサギィがノンアクティブだからか無遠慮に撫でまわし、顔を背中に埋め、初撃から【テイム】をする。
【テイム】は攻撃判定なので反射的に攻撃をしようとし、何故か私は踏みとどまった。
何も考えていない虚無の中でただ動きを止める。
次に何をするのかと見つめると、ご主人はなぜか見つめ返してくる。次の言葉はおかしな事にするりと耳に入ってきた。
「あなたを戦わせるつもりはない。ただモフらせて欲しいだけなんだけど……」
……は?
まず、そこら辺のモンスターに話しかける時点で変わっている。
【捕獲】した後に話しかける異邦人もいるらしいけれど、私まだ野生のモンスターだ。声をかける間に攻撃されてもおかしくない。
なんだこの異邦人は!
あまりの異常さに蹴ることも噛みつくことも忘れてしまった。
きっとこの時、私に自我が生まれたのだろう。
それと同時にこの異邦人をバカだと認識した。
頭が良かったら戦わなくて良いから【テイム】させてくれなんて言わなかったはずだ。
でも、縋るような目に一緒に行ってやるかという気も湧いてくる。
本当に戦わなくて良いのならこの異邦人に着いて行ってもいいかもしれない。この異邦人は諦めが悪そうだし、しばらく睨みあうくらいならこの異邦人を信じてみるのも手だ。
この異邦人が信じられるのか分からなかったけれど、裏切られたら裏切られたでどうとでもなる。
突然回り出した頭でそう結論付けた。
戦えと言われたら【テイム】の契約を切ればいいのだ。
戦わせないという約束なのだから、反故にされたら逃げることができる。
とても自分本位な考えだけれど、この弱っちい異邦人からなら逃げ切れる。そんな自信も湧いてきた。
実際外に出てみると、ご主人は私を戦わせようとしない。
自分も弱いのになぜかナイフを持って突っ込んでいく。シルバーウルフに解体用ナイフで突撃した時は死んだものだと思った。
そんなご主人に甘え続けているのはとても楽だった。
何しろご主人は律儀に戦わせないという約束を守るのだ。
絶対すぐに戦えと言われるものだと思っていたのに裏切られた。戦えと言われたら逃げてやろうとまで考えていたのに、何も言わない。
そんな環境で私はのんびりとすごしていた。
何もしなくてもご飯が出てくる環境は快適で、長く居た草原よりも刺激が多い。
オレンジの皮を食べようとした時に邪魔をされたのはムカついたけれど、基本的にご主人は私のやることを邪魔しない。
お礼がてら索敵の真似事をすれば褒めてくれる。びっくりするほど穏やかで楽しい日々だった。
そんな中でもご主人はたまに無理をして死にかけたりしていたが、助けようとは思わない。大きな敵の前に飛び出すのは怖いし、そもそもそんなモンスターと戦おうとするご主人に呆れていた。
弱いんだから後ろに下がっていればいいのに。
ご主人が無理をする度にそう思っていた。
なぜ無理をするのか分からない。【弓】まで手にしてモンスターを狩る側に周るのだろうか。生産職の才能があるのなら生産をしていれば良いのに。
おかしいと思いつつも、ころころと感情の変わるご主人を眺めているのは楽しい。
本人は真面目なつもりなんだろうけれど、やることが外れている。
まあ、まともだったらアンゴラウサギィなんて【テイム】しない。戦わなくていいなんて口が裂けても言わないだろう。
そんなご主人に徐々に愛着が沸いていた。
少しずつご主人をパートナーとして見始めた頃、良く分からない卵が孵った。
異邦人を案内していたやつが渡した卵だ。
たまに取り出してご主人が変なことをしていたけれど、孵ってみるととても生意気な奴だった。
初めての仲間なので仲良くしようと近づいたのに、戦わなくていいと言われたからご主人の側にいると言ったら軽蔑した目で見られた。
生まれたてのくせにやたらと威圧感があるのもなんか嫌だ。
ご主人もなんだかこいつが生まれて戸惑っている。
一体何の種族なのだろうか。
ちゃっかり名前にまで拘っているし。
ご主人のネーミングセンスがないのは通過儀礼なのだから諦めろよ。
自分も拘ったけれど、こいつが拘るのを見るとなんだかムカつく。仲良くできる気がしなかった。
そうこうしている間にご主人の肩がこいつの定位置になる。
私の居る腕の中が侵害されなかったので、そこは認めてやろう。でも、どう見てもしがみつくのに向いていないのに何故か肩から落ちない。本当に変なモンスターだ。
ムカムカしているうちに変な薬草も仲間に加わった。こいつは私をバカにしないので認めてやる。
初っ端から先輩をバカにするのなんて生意気な蛇と亀だけだ。
絶対に仲良くなんてしてやるものか。
この時の私はあまりにイライラしていたので、ご主人が危ない場所へ向かっているということも気づいていなかった。普段ならもっと前に警告をするのに自分のことで手いっぱいだ。気を抜くと八つ当たりをしてしまいそうになる。
新しく加わった仲間は薬草丸という名前を貰っていた。
薬草丸は気さくなモンスターで私のこともしっかり敬ってくれる。
そうだよ。
これが普通だよ。
やっぱり蛇と亀が生意気なだけだ。
そう思いながらご主人の足に頭をこすりつけると、ご主人が抱え上げてくれた。
やはりご主人には私のもふもふの毛が一番なのだ!
最近ではブラッシングもしっかりしてくれるし、トリミングも忘れたことがない。私が食べるご飯がないことも一度もなかった。
それらを思い出して少しだけ気分が浮上する。気分が晴れてくるとようやく周りが見えるようになり、自分がダンジョンにいることを把握した。
このままだと不味い。
このダンジョンはご主人が自由に歩けるほど弱くない。
慌ててとめようとしたけれど、私が止めるよりも早くご主人が何かを叫んで紅葉のお化けに向かっていく。
なぜこんなことになっているのか分からなかった。
見るからに紅葉のお化けは強い。戦う手段を得たご主人でも倒せるか分からない。きっと犠牲がでるだろう。
そこまで瞬時に理解し、足がすくんでしまう。
こんな強敵が居る中で自在に動けるほど、私は強くなかった。
しかし、私をバカにしていた生意気な蛇亀やろうは私をバカにしただけあって、臆せずに紅葉のお化けへ向かっていく。ただ、サイズがどう見ても違った。
これはヤバい。
どうしてご主人はこんなのに挑もうと思ったんだ!
どう見てもご主人が敵う敵じゃない。
私は呆然としながら攻撃のこない壁際に避難した。
自分の安全を確保している間もどんどんとご主人は劣勢になっていく。
生意気な蛇と亀も諦めていないけれど、このままだと紅葉のお化けより先に蛇と亀が倒されるだろう。そんな戦いを眺めながら私はモヤモヤしていた。
早く助けてと言えばいい。
言われたらしぶしぶでも動いてやるのに!
私は自分に状況を変えられるだけの力があると己惚れるつもりはない。それでも猫の手くらいにはなるだろう。
こんな状態では戦うモンスターが少しでも多い方が良い。
例えHPをほとんど削れないとしても邪魔をすることはできるはずだ。
元々、戦わないなんてテイマーとしてもテイムモンスターとしてもあり得ない約束だった。なのにご主人は私に戦えと言わない。
どれだけピンチになっても私に命令しないのだ。
ポーションを持っていくのもひ弱な薬草丸にお願いをして私には何も頼まない。そんなご主人にじれったい思いがたまっていく。
ひとこと。
そう、助けてとひとこと言ってくれればいいのだ。
その一言で助けにいくのに。
焦燥を感じながらいつしかそう思っていたのに、ご主人は助けを求めるよりも覚悟を決めた顔をした。
あの顔はいけない。ご主人ひとりが痛い思いをするのは間違っている。
約束を守っている場合じゃないのに!
どれだけおバカなご主人だとしても私にとっては大切なご主人なのだ。こんな木のお化けに倒されて良いわけがない。
もし倒されたとしても、その時に私が何もしていないなんて嫌だ。
戦うのは怖いしできれば戦いたくなかったけれど、それよりもご主人が死ぬ方が見たくない。ずっと戦いたくないと思っていたのに、いつの間にかそう考えるようになっていた。
もう、ぬくぬくとした時間は終わりだ。
今は私が活躍するべき時になる。
私も覚悟を決めて紅葉のお化けに突っ込んだ。




