30.拠点の部屋は謎に包まれている
まず、ドアの登録をした方が良いだろう。私は室内にラテと岩凪を下ろし、ドアへ向かった。
「どうやって登録をしたらいいのかな。この青く光ってるところが怪しいけど」
普通の家で言う表札の下辺りが青く光っている。登録のやり方も対象の場所も分からないので、とりあえず光っている部分に手のひらを合わせてみた。
キュィーン
「登録しました」
謎の機械音の後に自動音声のような声が流れる。
これで良いのかな?
指紋認証の手のひらバージョンみたい。
剣と魔法の世界だから魔法判定だと思っていた。
想像よりアナログなシステムに笑いがこぼれる。よく見ると、ドアの下の部分も違和感があった。
「こっちはなんだろう」
とりあえず手を突っ込むとドアに吸い込まれていく。ドアを開けた状態で試してもドアの反対側に貫通しない。
「ま、まさか!」
【空間収納】からラテのご飯を一本取り出して違和感を感じる部分に入れる。すると草は全く見えなくなった。
宅配ボックスだー!!
どれくらいの容量があるのか分からないけど、めっちゃ便利!
どういう仕組みなのか、外から瓶を投げ入れても割れた音がしない。たぶん【空間収納】と同じような設計なのだろう。
ただ、どこから取り出すのか分からない。
「うーん、手を突っ込んでも取れない……」
草を入れた辺りを探っても、それらしきものがない。
こうなったら顔を突っ込むべきだろうか。
大きく息を吸い込んでから呼吸を止め、宅配ボックスに頭を突っ込む。すると、虹色の空間が広がっていた。
なんか、すごく適温。
それに、眠くなるくらい心地良い。
そのまま眠りかけて慌てて顔を抜く。このまま寝ると良くない気がした。
「そもそも【空間収納】と同じような設計なら生き物は入れられないんじゃない!?」
確かそんなルールを見た気がする。頭を入れると眠くなったのはそのせいだろうか。
生き物を入れちゃいけない理由って死んじゃうからってこと?
それともはじかれて入れないの?
気になって【空間収納】の中に手を入れてみる。こちらもアイテムに触れることはない。中に入れた手をまわしてみても、適温の空間が広がっているだけだ。
意を決して【空間収納】に頭を入れてみると、宅配ボックスと同じく虹色の世界が広がっている。
「宅配ボックスと【空間収納】って同じような作りなんだ!」
取り出し方は分からないけれど、【空間収納】に生き物を入れられることが分かった。多分入れると死んでしまうから生き物は入れられないと知られているのだろう。
うまく使ったら攻撃になるかもしれない。
私はにっこりと微笑んだ。
「でも、今はそれより宅配ボックスの取り出し方を見つけなきゃ。入れたもの自体はなくなっても問題ないけど、今後使いそうだし」
ドアを半開きにしたままうんうん悩む。どれだけ調べてもドアにはこれ以上の仕掛けがなさそうだった。
「ぷぅ?」
「…………」
いつの間にか部屋から出てきたラテが私を見上げて不思議そうにしている。
足の遅い岩凪も近くにいるので、思ったよりも長い時間悩んでいたようだ。
「あ、ラテと岩凪もドアの登録をしておこうか」
このドアにはテイムモンスター用の出入り口が見当たらない。
ドア自体は中型のモンスターも入れられるように大きめだけれど、下部分のほとんどが宅配ボックスの入口だ。
それでも何か魔法的なもので入れるかもしれないし、登録をしておくのはただだよね。
岩凪やラテが大きくなって自分でドアを開けるかもしれないし。
そこまで考えて、大きくなった岩凪がドアの枠に詰まっているところが浮かぶ。
岩凪は亀の部分が横に広いので、自力でドアを開けられるほど大きくなったらドアの枠に詰まりそうだ。入れなくてジタバタしているところが思い浮かぶ。
かわいいとは思うけれど、少しかわいそうな気がした。
少し憐れんだ目で岩凪を見てしまうと、蛇の頭が首をかしげる。
「…………シャ?」
ただ首を傾けているだけでなく、チロチロと舌が出ていて可愛らしい。
「なんでもないよ」
よく考えれば岩凪は蛇の頭でドアを開けられそうだ。まだ小さいので無理だが、3倍くらい大きくなればきっと届くだろう。
3倍も大きくなるのにどれくらいかかるか分からないけど。
私はこれ以上、考えることをやめた。
不審がられる前にラテを抱えて手のひらを青く光る部分につける。すると、自動音声が流れた。
「所有者様も手のひらを当ててください」
「……なるほど」
誰でも簡単に登録できてしまうのではないかと思ったけれど、一度所有者を登録するとその人の許可が要るらしい。意外と考えられている。
私もラテに続いて手のひらをくっつけた。
キュィーン
「登録しました」
今度はしっかり登録できたようで、再び自動音声が流れる。続けて岩凪も登録し、とりあえず全員部屋に入れるようになった。
岩凪は亀と蛇で別々に登録をしようとして、既に登録されていると自動音声に言われるというひと悶着があったけれど、登録自体は問題なさそうだ。本当に2匹で1体のモンスターとして扱われているのだろう。
「よし、これでみんな自由に入れるよ」
ドアノブに手が届かない件は今後考えなければいけない。ただ緊急性はないので、のんびりやればいいだろう。
全員の手をドアノブにかけて鍵が解除されることは確認できたので、最悪、他のギルドメンバーに連れてきてもらうことができるはずだ。
となると残りの問題は宅配ボックスからアイテムを取り出すためのシステムだ。
ラテと岩凪を室内の広いスペースに戻し、もう一度ドアの前に足を向ける。その途中で怪しげなタッチパネルを発見した。
「何これ、すごく怪しい」
一瞬モニター付きインターフォンかと思ったけれど、それにしては大きい気がする。全身を映すと言われればそうなのかもしれないが、本当にそんな機能だろうか。
試しにタッチをしてみると、すぐに宅配ボックスの中身一覧が表示される。
よく確認すると、タブが宅配ボックスの中身となっており、私が入れた草と瓶の項目が存在した。もうひとつのタブはモニター付きインターフォンのようだ。
「おお。インターフォンも正解か。こんなところに付いてると思わなかったよ」
きっと、このタッチパネルがあるからこちら側に何もなかったのだろう。生産で使う設備とだだっ広い空間がドアから見て左右に分かれていた。
そのままタッチパネルを操作すると隣の床に魔法陣が浮かび、その上に瓶が出てくる。投げ入れたのに割れている様子はなかった。
「わー、ファンタジー!」
最高だね!
ワクワクする。
瓶を取り出した時に浮かんだ魔法陣は一瞬で消える。このシステムなら割れ物が壊れる心配もないだろう。ただ、この周辺にものを置くのはやめた方がいいかもしれない。宅配ボックスのアイテムと上のものが合体したり、ぶつかって壊れたりしたら目も当てられない。
私は空きスペースの一部にものを置くことを諦めた。
「とりあえず変わったシステムはこれくらいかな? お腹が空いたからご飯でも食べよ」
本当はすぐに【調合】や【解体】を始めたい。
でも、空腹ゲージがかなり減っていて危険だ。食料も持っているし、先にご飯を食べた方が良いだろう。
【料理】や【醸造】を死にスキルにしない為だろうけど、不便だなぁ。
ゲームでご飯を食べてもリアルでは食べたことにならないし。
ぶすっとしながらハルカに作ってもらったサンドウィッチを齧る。飲み物は昔作ったオレンジジュースだ。
うーん、適当に食べ始めたのにサンドウィッチが美味しい。
これならもっと食べたい。
仕方なく始めた食事だったけれど、ハルカの作った卵サンドに笑みがこぼれる。どこか懐かしい味がして、いっぱい食べたくなるのだ。
一体どういう味付けなのだろうか。リアルでも真似をしてみたい。
無料配布のパンと水もあるけれど、【空間収納】の中に溜まっていた。
「ぷぅぷぅ」
「…………」
ラテと岩凪も物欲しそうな目で近寄ってきたので、ご飯と水をあげる。
ラテには草。岩凪にはお肉とお魚だ。
「岩凪は亀が魚で蛇が肉なんだね」
薄々そうではないかと思っていたけれど、予想が当たった。
どちらも首を伸ばして黙々とご飯を食べている。離れることができないせいか、とても食べにくそうだ。蛇もお肉に巻き付くことなく、大人しい。普通の蛇とは違ってチマチマ齧っている。
不思議だなぁ。
どうやって噛み砕いてるんだろ。
何の種族かも全然分からないや。
蛇と亀が融合しているわけでもなく、ただ巻き付いている。無理やり離したら分かれそうだ。
「それでも分かれることなく1匹のモンスターなんだもんね」
「…………」
「ぷぅ」
岩凪ばかりを見ていたら、ラテが鼻をスリスリしてきた。かまって欲しいようなので撫でながらオレンジジュースを飲む。
まだオレンジジュースしか作れないけれど、いつかコーヒーが飲みたい。どこかにコーヒー豆が売っていないだろうか。
このゲームならそのうち出てきそうな気がするんだけど……。
その場合はコーヒーミルやコーヒーフィルターも要りそうなので、何か考えておいた方が良いだろう。
飲み終わったオレンジジュースの瓶はそのまま消える。
私はいつかコーヒーを作るという野心を胸に休憩を終えた。
そのままアシュラから貰った最前線のモンスターを空いているスペースに取り出す。
貰ったのはポイズンスネークとブルーモンキー、パラライズバタフライだ。ポイズンスネークが2匹、ブルーモンキーが1匹、パラライズバタフライが4匹となっている。
「パラライズバタフライも大きいな。60センチはありそう」
ポイズンスネークは1メートルくらいありそうだし、ブルーモンキーも70センチメートルくらいはありそうだ。
全部出してしまったので部屋が小さく感じる。
すごいなぁ。
どうやって倒してるんだろう。
やっぱりアシュラの大鎌なのかな。
森の中で大鎌は扱いにくそうだ。大きいモンスターばかりとは言え、振り回すには木が邪魔だ。
さらにポイズンスネークは毒、パラライズバタフライは麻痺を使ってくる。今の私では到底倒せないだろう。
広げたモンスターを前に感嘆の息を吐いた。
「これだけでも多いのに、もっとブルーモンキーを渡そうとしてくるんだもんなぁ」
それだけで良いのかと言いたげなアシュラを思い出してため息をつく。
アシュラにとってこれらのモンスターは珍しくないのかもしれない。ただ、引き換えに渡したものが初心者用ポーションと初心者用マナポーション、痺れ取り薬では本当に釣り合っていない気がした。
「まぁ、気をとりなおして【解体】するか!」
せっかくこんな良いモンスターをくれたのだ。ウダウダ言っていても仕方がない。気になるのならさっさと【調合】を上げれば良い。
私は頬を叩いて気合を入れた。
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