28.トッププレイヤーはぶっ飛んでいる
テイマー組合で出来ることも終わったので、落ちていた本を片付けてラテと岩凪を抱える。
2匹に歩いてもらっても良いけれど、どちらも歩みが私より遅い。
「さて、アシュラとの待ち合わせ場所に向かおう!」
アシュラと会うのは久しぶりなので楽しみだ。もちろんみんみんと会えるのも嬉しい。
大手ギルマスがこんなことで会ってくれるとは感激だ。
そう思いながら歩みを進めた時、急に映像が流れ始めた。
***
「おめでとう! 異邦人の諸君。君たちは全てのサーバーにおいて第2の街を攻略した。それを祝して私からささやかなプレゼントを渡そう」
言葉と共に暗闇から仮面の男が現れる。歩いている様子もないのにふらふらと宙を舞う様子はまるで人外のようだ。
体が揺れる度にタキシードが翻り、ステッキについた大粒のルビーが怪しく光っている。
仮面の男が手に持つステッキを大きく振った瞬間、無数の鴉が羽ばたき、空へと向かっていく。それはただのマジックのようでありながら、なんだか得体が知れない。
「きたる○○月✕✕日に第2の異邦人達が召喚される。貴殿らの努力は認めるが、まだモンスターの壊滅には至らないようだ。是非これからも鍛錬を積んでくれたまえ。…………」
聞こえるか聞こえないかの声で最後に何かを告げると、そのまま仮面の男は暗闇へ消えていく。
運営からのお知らせと言うよりは新種のモンスターのようだった。
***
「なんか過去一で変なムービーだね。おめでとうと言うのならもっと明るい演出にすれば良いのに」
釈然としないまま首を捻っていると、ラテが私の胸を叩く。
「ぷぅ。ぷぅーう」
ぺちぺちと胸を叩きながら、何かを訴えているようだ。そんなラテを宥める為に撫でようと手を上げ、岩凪を落としかける。
慌てて体勢を整えて岩凪を見ると、岩凪はゆっくりと首を持ち上げただけだった。
「すごいな。なんで岩凪はこんなに落ち着いているんだろう?」
落としそうになった私の方が慌てている。ラテも私にしがみついて抗議するように鳴いていた。
「ぶぅぅー!! ぶぅぅー!!」
「ごめんごめん」
この運び方だといつか落としそうなので、岩凪を肩に乗せる。
岩凪は手のひらにすっぽり収まるサイズだから肩の上でも問題なかった。
安定したところで今度こそラテを撫で、『もうぼっちとは言わせない』の拠点へ向かう。短そうに見えて意外とムービーが長かったのか、結構時間がやばかった。
もしかしてラテはその事を伝えようとしてくれてたのかな。
助けてくれることが多いし。
ラテは戦わないだけで、とても優秀だ。
第2の街に来る時も索敵をしてくれていた。私が戦わなくて良いと言ってテイムしたモンスターだけれど、戦ってくれたら本当に心強い相棒だろう。
「わがままを言っちゃいけないのは分かってるんだけど……」
それでも我儘を言いたくなるくらい才能に溢れている。
ただ、こちらから戦わなくていいと言ってテイムしたのだ。それを曲げるのは良くない。
ラテが戦いたくないのなら尊重するべきだ。
頬をつねって気持ちを入れ替え、目の前にある『もうぼっちとは言わせない』の拠点を見上げる。
約束の時間には何とか間に合いそうで良かった。みんみんに到着をしたことをチャットすると、みんみんはすぐに現れる。
「シオン、久しぶりですぅ」
「うん、みんみんも久しぶり。元気だった?」
みんみんに会うのは街落としが終わった後のパーティ以来だ。フレンド申請をしたことすら忘れていたけれど、機嫌が良さそうに見える。
アシュラに会えるからだろうか。
「元気です。アシュラが待ってるから早く行きますよ~!」
みんみんは気持ちが高揚しているからか、少し早口だ。
やはり、早くアシュラに会いたいらしい。幹部でもなかなか会えないくらい大手ギルドのギルマスは忙しいのだろう。
待ち遠しいと笑うみんみんは久しぶりに会ったはずなのに昨日も会ったかのように感じる。
確かにリアルの時間だとそれほど経っていないけれど、フレンドリーなのか距離感が近いのか。どちらにせよ話しやすいのは良いことだ。
私はみんみんに腕を掴まれて拠点の中を進む。
『もうぼっちとは言わせない』の人たちは私のことを覚えていてくれたようで、すれ違いざまに挨拶をしてくれる人が多い。それだけでホッコリした気持ちになる。
そのままそこそこ歩いて、みんみんが綺麗な模様のある木のドアを開け放つ。手で促されたので不審に思いながら踏み出すと、目の前にアシュラがいた。
「久しぶり、シオン。待ってた」
待ち構えるにしても距離がおかしい。ドアにぶつからなかったのが奇跡なくらい近くにアシュラが居る。
「ちょ……!!? 近っ!!」
勢い余ってぶつかりそうになり、つま先に力を込めてなんとか止まる。
まさかドアを開けてすぐの場所に立っているとは思わなかった。
「ごめん、久しぶりだったから」
「ええ?」
嬉しいことを言ってくれるけれど、アシュラとそれ程話した記憶がない。どうしてアシュラはそんなに友好的なんだろう。
疑問に感じてつい目が丸くなってしまう。
街落としパーティで話したけど、特に親しくなるような会話もしてないよね?
そもそもアシュラはフレンドですらないはず……。
一応フレンドリストを確認するも、やはりアシュラはいない。
一体何がアシュラの琴線に刺さったのかな。
特別なことは何もしてないはずだけど。
首を傾げるとアシュラも首を傾げる。
私よりも背の低いアシュラが首を傾げる様子はとても可愛らしい。頭の上の耳もぴくぴくしている。
「かわっ……、じゃなくて、そんなに待たれるような事がありました? 光栄ではありますけど」
よく分からない事態ほど困惑するものはない。
なぜアシュラがこんなに好意的なのか分からなかった。
「シオンには街落としでお世話になったから。それに、とてもポーションが欲しい」
「ポーション?」
切実な響につい繰り返してしまう。一瞬理解できなかったけれど、よく考えたら『もうぼっちとは言わせない』の【調合】持ちはみんみんだけだ。
攻略をしていく上で数が足りていないのだろう。
「ポーションくらいなら構わないです。初心者用ポーションと初心者用マナポーション、痺れ取り薬しかないですが」
アシュラたちが最前線にいるのなら初心者用ポーションでは物足りない。きっと下級ポーションが要る。
「持ってるなら初心者用ポーションでも欲しい。本当に数が足りない」
「ヒーラーがいるのでは?」
ポーションはあくまでもアイテムだ。最前線に行けるようなパーティなら当然ヒーラーもいるだろう。
その場合、ポーションはサポート程度の役割だ。
「居るけど、ヒーラーも少ない。タンクも少ないから大変」
「そういえば『もうぼっちとは言わせない』は『暁の光』から分裂してできたギルドだ……」
ギルド『暁の光』は非常に脳筋のギルドになっている。トップ争いをしているギルドの中では最も生産職が少ないギルドだったはずだ。
近接だからかタンクは多かった気がするけれど、遠距離は数が少なめで、生産職に至っては壊滅的だ。
火力こそ全てというギルドなので、ヒーラーはあまり集まらないのだろう。
火力がない中でもタンクは人気があるけれど、攻撃に耐えられる俺TUEEEE!!という考えからだとか。
噂を聞くだけでも相当癖が強い。
その流れを汲んでいる『もうぼっちとは言わせない』もヒーラーが不足しているのだろう。
「なんか、失礼なことを考えている気がする」
アシュラがむっと口を尖らせる。
察しが良いのは黒猫だからだろうか。
「……何も考えていませんよ。それより、私がポーションをお渡しして、最前線の【解体】可能なモンスターを頂けるという認識で間違いないですか?」
「…………口調」
「えっ?」
「口調が気持ち悪い」
アシュラに取引の確認をしただけなのに暴言を吐かれた。
聞き返してもやはり罵られている。
「敬語なのに?」
「それが気持ち悪い。普通に話して良い。私も敬語なんて使ってない」
大手ギルドのギルドマスターということで敬語を使っていたけれど、それがアシュラには違和感としてうつったようだ。ナチュラルに本音がこぼれている辺りはとてもアシュラらしい。
「分かった。私もゲームだとあまり敬語を使わないから助かる。ちょっとため口が出ちゃってたし」
気をつけているつもりでも驚いた瞬間にぽろっとため口になっていた。本人が良いというのなら敬語をやめよう。
そっちの方が楽だ。
「ん」
アシュラも満足そうに頷いている。気持ちを表しているのか、尻尾もゆらゆらと揺れていて微笑ましい。
アシュラは大手ギルドのギルドマスターだからもっと話しにくいものだと思っていた。でも、大手ギルドのギルドマスターもゲームを楽しむプレイヤーの一人ということだろう。
結構信者も多いみたいなのに気さくだよね。
そこも魅力なのかもしれないけど、すごくアシュラっぽい。
私も嬉しくなってにこりと微笑むと、今まで黙っていたみんみんが割り込んできた。
「ため口で構わないというのはシオンさんだからですよぉ。下手な人がため口で話したらボコられます! ボクだちも許しません~」
私と同じようににこにこしているはずなのに、みんみんの笑顔は何だか冷たく響く。ボクたちも許しませんという言葉も怖い。
「シオンなら問題ない。とても助かってる。最前線の素材が欲しいという提案も面白かった」
「面白いと言ってくれるなら私も助かる。私だと『暇人の集い』のみんなの役に立てなくて」
誰かに言うのは恥ずかしいけれど、私は何かに特化しているわけではない。『暇人の集い』は生産スキルの何か一つが突出している人しかいないので、申し訳ない気がしていた。
「最前線の素材なら『暇人の集い』が最も欲しいもの。その考えは正しい。『もうぼっちとは言わせない』はポーションが欲しいからみんなWin-Win。これほど良い取引はない」
私的には『もうぼっちとは言わせない』が一番わりに合っていない気がする。けれど、本当にポーションが足りていないのか、アシュラはとても満足そうだ。
私も最前線の素材を購入し続けられるほどお金がないので、ポーションと交換してくれるならそっちの方が嬉しい。
「解体用ナイフを刺したモンスターはアシュラが取ってきてくれるんです~。感謝してください」
「そうなの!?」
驚いてアシュラを見ると、アシュラが頷いた。
「『もうぼっちとは言わせない』で最前線の素材を提供できるパーティは2つしかない。中でも【解体】持ちは私のパーティにいる一人だけだから」
確かに【解体】を持っていないと解体用ナイフが刺せない。倒してすぐに解体用ナイフを刺さないとドロップ品に変わってしまうので、【解体】がしたいのなら【解体】持ちにモンスターを倒してもらう必要がある。
「負担にならない? 大丈夫?」
複数のパーティが少しずつモンスターを渡してくれるものだと思っていたので、予想を裏切られた。無理を強いるようでは長く続かないだろう。
心配になったけれど、アシュラは不思議そうに首をかしげる。
「いつもやってることだから渡す相手が変わるだけ。ただ、ギルド内でも使いたいから全部は渡せない」
「それは当然だよ。私に渡しても問題ない分だけ頂戴。ポーションの対価としてふさわしいくらいの量で良いよ」
最新のポーションを渡せないから大した量をもらえないかもしれない。
それでも自分では手に入れられない最前線の素材がもらえるのは魅力的だ。
少量でも手に入ればギルドのみんなが喜んでくれるだろう。
あまりギルドに貢献ができていない私にとって、ギルドメンバーが喜んでくれるのは嬉しい。次回からは下級ポーションも渡せるはずだ。
「どんなモンスターが欲しいか希望はある?」
「んー、おススメでお願い。こんなに良い条件で取引をしてくれると思ってなかったから、何も調べてなかったよ」
そもそも『暇人の集い』は色々な生産職がいる。どんな素材でも誰かしらが欲しがるだろう。
「分かった。先にシオンがポーションを出して。それに対応するものを出す」
部屋の机を示すアシュラに、それもそうだと頷いて机に向かう。長々と話していたけれど、ずっとドアの近くだった。
大きな机にポーションを並べていき、乗り切らなかった分はみんみんに渡す。【調合】のレベリングの為に作り続けたポーションは思っていたよりも数があった。
「これは嬉しい。こんなに持っていると思わなかった」
アシュラの尻尾は一度ピンと立ったあと、ゆらゆらと揺れる。上機嫌になっているらしい。
「私もこんなに持ってると思わなかったよ」
しびれ取り薬や初心者用マナポーションもすべて出し、代わりにモンスターをもらう。解体用ナイフは次に会った時に返せば良いと言ってくれた。解体用ナイフはそれほど持っていないので有難い。
それにしてもどんどんモンスターの素材が出てくる。
「いやいや!! 多すぎるから!!」
買いたたかれることはあったとしても、多くもらえると思っていなかった。
アシュラも【空間収納】を持っているのか、次々と最前線のモンスターの素材が出てくる。明らかに私の貰いすぎだ。
慌ててアシュラを止めると、アシュラが不思議そうに見つめ返してきた。
「モンスターならいくらでも取れる。気にしなくていい」
「いやいや! 値段を考えて!?」
ぶっ飛んだことを言うアシュラを止めて、適正量と思われる量のモンスターを貰う。
残念ながら私も最前線の素材の正確な値段は分からないので、多少アシュラに押し切られてしまった。おそらく、うまく【解体】をすれば、私が渡したポーションを軽く上回る金額になるだろう。
それくらい最前線の素材は高値で取引がされているのだ。
もっと渡そうとしてくるアシュラをなだめ、なんとかモンスターの素材を仕舞わせる。なぜか不機嫌そうなアシュラとフレンド交換をし、何を考えているのか分からないみんみんの顔を見た。
みんみんも頷いているので、多分問題がないだろう。
あとは【解体】のやり方をしっかり調べるだけだ。
私はアシュラにお礼を言って、『もうぼっちとは言わせない』の拠点を後にした。




