25.第二の街は田舎っぽい
ゴブリンは持ち替えた木の矢でも1撃で倒せたので、イエローベア戦以外問題なく第二の街にたどり着いた。
強敵イエローベアも2体しか出てこなかったから、そのおかげもあるだろう。ただ、一番苦戦したイエローベアが2体同時に出てきたのは運が悪かった。ゴブリンは2,3体同時に出てくるのが普通らしいけれど、イエローベアは1体ずつ出現することが多いらしい。
まあ、それでもまだラッキーだったのかな。
ゴブリンとイエローベアが同時に出てくることはなかったし、遠距離攻撃をしてくるゴブリンもいなかった。
たぶんモンスターごとに住処が分かれていたのだろう。出てくるモンスターが場所によって完全に分かれていた。私たちはうまく逃げ切れなかったけれど、モンスターがプレイヤーを追いかける距離も長くないらしい。
ただ、今後は複数の種類が同時に出てくることも想定した方が良い。おそらく第一の街と第二の街をつなぐ道は難易度が低く設定されていた。第二の街と第三の街の間はもっと強くしつこくなるかもしれない。
初心者向けにしては強かったと思いながら第二の街の門をくぐる。門さえくぐってしまえばモンスターに襲われることはない。
私とルリは想像よりも大変な道のりから開放されてほっと息を吐いた。
「あー、疲れたー! 遠いよ第二の街」
ぐーっと伸びをしながらルリが街を見渡す。
疲れも見えるけれど、それよりも嬉しそうだ。
「確かに疲れた……。でも、また歩くことにならないように転移ポータルに登録しておこう?」
そのまま街の探索に行きそうなルリに声をかけて転移ポータルに向かう。
ルリはその間もきょろきょろと街を見渡していた。
本当に元気だなぁ。
私は疲れてヘロヘロなのに……。
これが若さというやつなのかな。
第一の街を出る前はゲームなら2時間ぶっ通しで戦っても問題ないと思っていた。でもVRMMOだと難易度が上がるらしい。現実的な分、本当に2時間街道を歩いていた感じがする。
街落としに参加した人たちは何回もこの道を駆け抜けて、しかも戦ってたのか……。
化物だな。
戦いの最中はアドレナリンが出ていたのかもしれないけれど、すごい精神力だ。
道中もモンスターが出るから私だと第二の街にたどり着けるか分からない。そんな道を走り抜けてキングゴブリンと戦うなんて今の私では難しいだろう。
やっぱり早急に強くならないと街落としに参加するのは厳しそうだなぁ。
また【調合】での参加でも良いけど……。
そこまで考えて首を横に振った。
私もできれば次は戦闘の方で参加してみたい。
せっかく戦う手段も手に入れたのだから最前線にも行ってみたい。
ゲームなんだから全力で楽しまないと!
MMOでやりたいことを我慢する必要なんてない。弱いのがいけないのなら最前線で戦えるくらい強くなればいいだけだ。
最前線にも仕事をしながら遊んでいる人がいるし、一日ゲームができる私ならスキルを戦闘に絞らなくてもなんとかなるはず。
今はどうやったら最前線に立てるか分からないけれど、やりようはある。
『暇人の集い』に入ったおかげで強い武器が手に入るのもアドバンテージだ。たぶん、壁をやってくれる人かモンスターが見つかれば戦闘もぐっと楽になるだろう。
やっぱり新しくモンスターをテイムしないと!
プレイヤーでも良いけど、ログイン時間を合わせる必要があるからできればテイムモンスが良い。
自分の中で答えが出た頃、ようやく転移ポータルにたどり着いた。
転移ポータルは街の中心部に存在する為、入口からはそこそこ距離がある。
「一次産業系のダンジョンが多いだけあって長閑な街だね。日本というよりは西洋の田舎町みたいだけど」
ルリが転移ポータルに登録しながらにこにこと話しかけてくる。
道中もしっかり街を観察していたのだろう。
「確かに、田舎町と言ってもあまり見たことがない景色かも。田んぼもないし」
「小麦畑と畜産っぽいよね。和食を作りたい人は大変だ」
ルリが私の言葉に頷いた。
ルリは私と同じで和食も食べたいタイプらしい。
ダンジョンにも走る小麦がいるみたいだけど、走る稲はいるのかな。
このゲームの運営はそこまで魚の名前にもこだわってなかったし、西洋風の世界観でも和風の食材が現れるかもしれない。
「ルリはこの後どうする? 私はとりあえず武器と防具を直してもらうつもりだけど」
「あー、ナックルのメンテは私もやらなきゃ……。装備はまだ大丈夫そうだけど、武器の耐久がかなり落ちちゃったんだよね」
言いながらルリが装着中のナックルを撫でる。
ひしゃげたり破損はしていないようだけれど、耐久度がレッドゾーンのようだ。
「知り合いの【鍛冶】持ちに聞いてみようか?」
レイが他人の作ったナックルを整備してくれるか分からないけれど、聞いてみるだけならタダだ。どのみち今回手に入れた素材の売却をするのだからついでに聞けばいい。
「ホント! 今、メンテをやってくれる【鍛冶】の人を見つけるの大変だからうれし…………いや、シオンの知り合いの【鍛冶】ってレイさんじゃ……」
ルリが急に言いよどむ。なんだか顔色も悪くなっている気がする。
「何かあった? 体調が悪いならログアウトして休んだ方が良いよ。ちょうどレイも第二の街についたみたいだし、ナックルの修理は聞いておくから」
さっきナツミに私の弓のメンテナンスをお願いしたら丁度レイとこの街についたと教えてくれたのだ。
もうすぐこの転移ポータルへ来るらしい。
様子のおかしなルリを心配していると、遠くから聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「だーかーらー! 絶対第三の街がいいと思うよ。鉱石が取れるから防具や罠も作りやすくなるでしょ!」
「いやや!! うちは【罠】より【木工】専門や! 第二の街が良い! 聞いてへんの!?」
「聞いてるけど、ザオも第三の街だよ!」
「そないなこと言うたらハルカは第二の街が良い言うてんねん!」
状況が良く分からないけれど、ナツミとレイがもめている。2人と一緒にいるハルカは普段から薄い気配をさらに薄くして少し距離もおいているようだ。
私もできれば関わりたくない。
けれど、弓を直してもらわなければならないので隠れるわけにもいかない。
言い争いをしている2人の前に姿を現すと、2人の瞳が輝いた。
「「シオン!!」」
見事にシンクロした2人の声が重なる。
元々迷惑そうに近くを通っていたプレイヤーたちが更に嫌そうな顔をしていた。
「何の話か分からないけど、ちょっと落ち着いて。声が大きくなってるから」
「あ、ごめん」
「夢中になってたわ。ハルカもごめん」
普通に謝ったレイと照れ臭そうに頬をかくナツミが顔を見合わせる。2人とも子供のような見た目だからなんだか微笑ましかった。
「…………恥ずかしかった」
声が小さくて2人を止めきれなかったハルカが俯きながら唇を尖らせる。
この騒ぎを起こしながら歩いてきたのならもっと距離を置きたかっただろう。私も一緒に歩きたくない。
「ごめんな、ハルカ。レイが第三の街まで拠点は待てとか言うから」
「えー、僕のせい? 拠点を第三の街に置きたいのは【鍛冶】として当然じゃん。転移ポータルで移動できるとはいえ面倒じゃん」
「うちは【木工】やから第二の街がええんやけど。ハルカの【料理】とも相性の良い街やし」
「…………どっちでも良いけど、はやく拠点が欲しい」
どうやらナツミとレイはどの街に拠点を作るかで言い争っているらしい。第二の街は食料や木材が採れるのでナツミとハルカの推し。第三の街は鉱石が採れるのでレイの推しということだろう。
ハルカは食料目当てというより早く拠点を作って生産できる場所が欲しいというのが本音なのかもしれないけど。
「シオンはどっちの街が良い?」
期待を込めた目でレイが私を見つめてくる。
でも、残念ながら私も早く拠点が欲しい。
「私は第二の街かな。生産総合所がすごく混んでるし」
時間制限があっては思うように生産できない。部屋が空いていないと断られることもある。
第二の街が解放されたので、もしかしたら生産しやすくなるかもしれないけれど毎回お金がかかるのもネックだ。
「確かにそれも一理あるよねぇ。第三の街の方が魅力的だけど、拠点が早くほしいのは事実だ」
「ほな、第二の街でええやん。どうせ転移ポータルを使うやろ?」
「使うけどさー。転移ポータルでの移動も面倒じゃん? 第三の街の方が鉱石を多く買い取れそうだし」
「あー、そこまで考えてたのか」
露店をするレイからするとふらーっと店を開ける第三の街が良いのは理解できる。材料の買い取りも行うのなら材料のとれるダンジョンが近くにあった方が良い。
買い物にくるプレイヤーも目的のものを多く取り扱っている街に買いに来るはずだ。
「うちやハルカは第二の街の方がよさそうやけどな。そもそも拠点に店を作ったらそこで自動で売買できるんやし、魅力的なものを常に店に置いておけばええんやない?」
「街を散策するついでじゃなくてうちのギルドをメインに来てもらうってこと? それはそれで良いかもしれないけど……」
レイが悩ましそうにうなった。
現在、『暇人の集い』はトッププレイヤーへの販売がメインになっている。露店や店舗販売というよりは個人で販売しているメンバーがほとんどなので、常に良いアイテムを置いておけるか微妙なところだろう。
露店をやっているレイが売買を仲介することも多いけれど、それも一般プレイヤーへの販売はほとんどない。ランクの低いアイテムやレベル上げの為に作った品が売られることはあっても、普段は買い取りがメインなようだ。
「……私は常設できると思う」
一度に作れる数の多いハルカがコクリと頷く。
どれだけ売れるかによっては私も常にポーションを置いておけるだろう。でも、そもそも……。
「どっちの街にも拠点を作ることってできないの? こっちの街にはナツミやハルカ。第三の街にレイみたいな感じで」
別に拠点をひとつしか作れない決まりはない。お金がかかるし人が分散するからやらないだけだ。2つに分けるメリットがあってお金も用意できるのなら分けてしまっても良い。
「ああ! それは名案だね。お金はあるし、第三の街がいつ攻略されるか分からないからとりあえず第二の街に拠点を作るの有り! というか売買するだけなら店舗を第三の街に作ればいいだけだもんね。さすがシオン」
キラキラした目を向けられたじろぐ。
そんなに大した提案はしていないはずだ。でも、解決したのなら良かった。
「そうと決まれば早速拠点を探しに行かなきゃ!」
にこにこしながらレイが踵を返そうとしたので、慌てて引き留める。
「転移ポータルに登録してからの方が良いよ。あと、できればルリのナックルを修理して欲しいんだけど」
このまま拠点を探しに行っては何のためにここまで来たのか分からない。
けれど、レイは不思議そうに首をかしげた。
「ナックルの修理は別にいいけど、転移ポータルに登録……? ああ! 僕はもう登録してあるから大丈夫。今回は第二の街に来てないハルカとナツミを連れてきただけだから。2人がギルメンで第二の街に来れてない最後だったんだ」
「えっ、そうなの?」
驚いてナツミを見るとナツミが頷いた。
「せや。うちとハルカは自力で第二の街に来れてなかったんや。シオンも誘おうと思ったんやけど、フレンドと既に向かっとると聞いたさかい。声をかけなかったんや」
「…………強くてうらやましい」
「基本的にみんな護衛をしてもらって第二の街に来てるからね。一応僕は戦えるけど、誰かを守れるほど強くないから」
「そうだったんだ」
護衛をしてもらえるのならそっちの方が楽だったかもしれない。
私たちよりかなり遅く出発したらしいのに、ほぼ同時に街へ到着しているし。
「まあ、良いレベリングになったかな。ギリギリ辿りつけてよかったよ」
これでたどり着けていなかったら私だけ第一の街に取り残されていた。いつかは行けただろうけれど、遅くなりすぎると護衛されて連れてこられていたかもしれない。
「うん。これで無事にみんな第二の街に来れたね。じゃ、僕は拠点を見に行きたいから早くナックルを渡して。ゲーム時間の今日中に修理できてればいいよね?」
すでに拠点のことしか考えていなさそうなレイが両手を突き出す。
それを見て、私は振り返ってルリを確認した。けれどルリはなんだか様子がおかしい。
「なななな、ナックルは使いませんけど、ほほほ本当にレイ様が修理してくださるんですか!?」
「うん。その皮鎧も必要ならギルメンに修理依頼出そうか? うちのシオンを第二の街に連れてきてくれたお礼に」
「はひゅ、お、おねがいします」
顔を真っ赤にして震えながらルリがレイに装備とナックルを渡す。
こんなに緊張しているルリを見るのは初めてだ。
私もナツミに弓の修理をお願いし、パチンコの威力について軽く話してからその場は解散した。




