22.弓を難しいと言ったのは誰だ!
蔦が巻き付いたような模様の弓を構えてホーンラビットに向けて打つ。狙われたホーンラビットは逃げようと背を向けて走り出したけれど、それさえも見越したように矢が突き刺さった。
「……一撃」
たった1本の矢を放っただけでホーンラビットを倒してしまった。
今までの苦労がなんだったのかと聞きたくなるくらい簡単な戦闘だ。【弓】は命中率が低いと聞いていたのに矢が吸い込まれるようにホーンラビットに当たり、HPバーを全損させる。
「すごい、これが攻撃スキル……」
【解体】でちまちま攻撃をしていた時とは大違いだ。
【弓】も事前に聞いていた情報とかなり違う。
楽しい。
嬉しい。
これなら私でも戦える。
期待を胸に、少し前のことを思い出していた。
*****
新しくスキルを取ってなんでも出来そうな気持ちになったので、そのまま狩りに向かおうとしたけれど、よく考えれば弓も矢もない。このままでは戦えないので同じギルドで【木工】を持っているナツミに連絡を取り、弓と矢を作ってくれるようにお願いした。
『暇人の集い』はハイレベルな生産系のプレイヤーが集まっているため、本来初心者用の武器を作ってくれない。正確に言うと優先順位が下がってしまい、作ってもらえない。頼む方も気が引けて頼めないのだけれど私は同じギルドに入っているからか良心的な価格で請け負ってくれた。
「しかもすぐに作ってくれるとかラッキーだよね」
「ぷぅ」
ナツミはたまたま総合生産所に居るらしく、私用の弓と矢くらいなら依頼と依頼の隙間時間にちゃちゃっと作ってくれるとか。頼もしすぎて泣けそうだ。
とりあえず武器が手に入ったら私に使えるか確認かな。
【弓】は使いこなすのが大変らしいし、モンスターより木かなにかを狙った方が良いかも。
命中を上げるスキルを取らずに【弓】を使うと中々的に当たらないようだ。例外としてドワーフのようなDEXが高い種族を選択すると当たりやすくなるんだとか。
ドッペルゲンガーもDEXは高いのである程度狙いを定められるのではないかと期待している。
「って、ラテ!」
ワクワクしている中、ラテの毛が伸びていく。
どうやらラテの毛が伸びる時期が来たようだ。
弓と矢が出来上がるまでは暇なので今のうちにラテをイリスの元へ連れて行き、トリミングをする。以前、注意されてからラテのブラッシングもしているので取れた毛もツヤツヤだ。
毛が短くなって快適そうなラテとラテの毛が手に入って悦に入るイリス、ラテのトリミング方法を学べて喜ぶ私。三者三様に満足し、イリスと別れたところで弓と矢を手に入れた。
矢は端材で作ってくれたらしく、本当に安かった。
もっと払うと言ってもそこら辺に落ちている木の枝と鳥の羽から作った矢にそんなお金は貰えないと言われ、弓と矢を渡された。
弓は少し高かったけれど、臨時収入のおかげで問題なく払える額だった。
「矢は確かに木を細く削っただけみたいだけど、それでもちゃんと先端が尖ってて刺さりやすそうだね。弓もしっかりしなるし、とても丈夫そう」
街中なので打ってみることはできなかった。弓だけでかるく引いてみたけれど、想像より良い弓な気がする。
「そら、うちが作ったんやから当たり前やろ。【木工】のプロやで」
にやっとしながらサムズアップするナツミは自信満々だ。例え簡単な初心者用の弓と矢でも雑な仕事をしないのだろう。
「頼りになるよ。【弓】を取ったからさ。これからもお願いするかも」
「元々取ってたんやなかったんか。【弓】は癖が強いで」
「知ってる。でも詠唱をしたくないんだよね」
理由を告げると、ナツミは爆笑した。
けれど、【弓】を使う人が1人でも増えれば【木工】も収入が増える。不遇職に過ぎない【弓】や【木工】の現状を少しでも変えられれば嬉しいと思いながら新しい弓を握り締めた。
とは言え初っ端からモンスターを相手にする自信がなかったのでまずは街の外の木を狙う。
「弓を引くのなんて学生の時以来だ」
実は弓を引くのは初めてではなかった。
実家の近くに道場があった為、小学生の頃から和弓を習っていたのだ。
ナツミに作ってもらったのは西洋弓だから少し形が違うけれど、和弓と同じように使っても大丈夫だろう。軽く弓を引いてみても変な抵抗を感じなかった。
一度目を閉じ、狙いを定めてから打つ。
この静かな一瞬が好きだった。
打った後の矢の軌跡をラテと共に見守る。
先端が尖っただけの木の矢は狙い通りに木の枝に刺さった。離れていた時期が長かったので少し狙いがぶれたように感じたはずなのに結果は命中だ。
「なんでだろう。枝の真ん中には刺さらない角度だったのに……」
納得がいかなくてもう一度矢を射る。
今度はそれ程集中しなかったので木の枝にかする程度の角度だ。
「……なんで?」
間違いなく外したと思ったのに矢は木の枝の真ん中に刺さる。まるで木の枝に引力が発生しているかのようだ。
近づいて見てみても木の枝に2本とも刺さっている。
ただ、刺さり方は甘いのかすぐに矢が抜けた。
「ナツミの作った弓だからか羽に歪みはないけど……」
一度使った矢なのにそれでも羽が綺麗についている。もう一度使っても問題なさそうだ。
釈然としないまま何回か矢を放ったけれど、全て木の枝に刺さった。
先に射た矢を狙った矢に至っては前に刺さった矢にぶつかり、そのまま下に落下する。
「こんなに上手くなかったはずなんだけど」
「ぷぅ?」
素晴らしい結果に納得がいかず、首をかしげた。ラテは不思議そうにする私が気になるのか同じように首をかしげている。
そんな中、茂みからホーンラビットが出てきたのでホーンラビットに向かった矢を射てみた。あれだけ当たるのなら変な方向へ飛んでいくことはないだろう。
軽く当たれば良いなと思いながら適当に射たはずなのに矢は逃げるホーンラビットを一撃で仕留める。
嬉しいけれど、予想だにしていなかった結果だ。
もしかしたらまぐれかもしれないので、もう一度ホーンラビットを探して弓で射る。【観察】を使えば草むらに隠れているホーンラビットもすぐに見つかった。
もちろん2匹目のホーンラビットも一撃だ。
2匹目のホーンラビットは急に突進してきたのに、矢が当たるように若干軌道を修正した。
補正がかかってる?
命中系のスキルはとってないのに。
どうしてか分からないけれど、多少のズレであれば修正してくれるらしい。
ATKが1しかないのに一撃で倒していることも気にる。
「何が起きてるんだろう?」
当たってくれる分にはうれしいし、倒せないよりも倒せる方が良い。でも理由が分からないのはなんだか気持ち悪かった。
「あー、【弓】はDEXとLUKで命中するかとクリティカルがでるかが決まるんだ。そりゃ当たるよね」
私はDEXもLUKも高い。特にLUKはトップの部類だろう。
矢が当たる理由は情報まとめサイトに載っていた。
ということは、私は【弓】に向いてるってこと?
元々弓は嫌いじゃないし、これだけ当たるのなら戦闘も楽しい。
これは天職かも!
私は嬉しくなってホーンラビットを見つけ次第倒していく。もちろん解体用ナイフで突き刺すことも忘れない。
「解体用ナイフで刺さないとドロップに変わっちゃうもんね」
最初の1体は感動のあまり震えている間に魔石になってしまった。ホーンラビットだと解体をしても買取は安い。
それでも最初の狩りの成果だし、少しでも高く売りたい。
解体用ナイフで刺したホーンラビットはそのまま【空間収納】に仕舞う。
「これならイノノムを狙っても大丈夫かな」
「ぷぷぅ」
イノノムは猪のようなモンスターで主な攻撃は突進だ。ホーンラビットと同じような攻撃だけれど、体格が大きい分イノノムはぶつかった時のダメージが大きい。皮が厚いので攻撃も通りにくいらしい。
私の矢が刺さるかも気になる。
ホーンラビットを倒したときもそれほど深く矢が刺さっていなかった。イノノムはホーンラビットより貫通しにくいので不安が残る。
「先に【魔法素養の心得】を使ってみるか」
どのみち【魔弓】を目指すのなら【魔法素養の心得】を使えるようにならなければならない。調べてみた感じだと【魔法素養の心得】は全属性の魔法の玉を生み出せる代わりにそれ以上のことができないらしい。
ゴミスキルと書かれてたけど、リルモが勧めてきたってことは使い道があるはず。
とりあえず【魔法素養の心得】を使って火の玉を出してみると、MPの消費は1だった。
「普通に玉だね」
「ぷぅ」
ラテが火の玉に顔を近づけようとしていたので遠くに投げ捨てる。【火魔法の心得】であればできるはずのことだったけれど、【魔法素養の心得】ではそれもできなかった。
「……なんていうか、ゴミスキルと言われる所以が分かった気がする」
「ぷぅぅ」
火の玉はどう頑張っても動かすことができない。もしや技名を言えば動くのではと思い、ファイヤーボールと唱えてみたけれど、やはり動かない。
そもそも【魔法素養の心得】にまだ技が出てないからこれで動いたらびっくりなんだけどね。
それでももう少し何かできても良いじゃん。
意地になって火の玉の出た右手を振り回す。
そうして分かったのは火の玉を振り回すと危険ということだけだった。
「危な! もう少しで髪が燃えるところだったよ」
前髪が焦げたような臭いを感じたのは勘違いではないだろう。
鏡がないのでどうなっているか分からないけれど、本当に燃えていたら困る。
「でも、これを上手く使うと【魔弓】が覚えられるんでしょ?」
リルモの推測が間違っていなければ【弓】と【魔法素養の心得】で【魔弓】が派生するはずだ。
そういえば本当は【魔法素養の心得】じゃなくて【魔力操作】が要るんだっけ。
リルモとの会話を思い出し、【魔力操作】について調べてみる。
【魔力操作】は魔法攻撃の補助的な役割のようだ。なくても攻撃はできるけれど【魔力操作】を覚えると汎用性が広がると書かれている。
「名前からしても魔力を動かすようなスキルっぽいよね」
これと【魔法素養の心得】の使い方が分からない。
【魔法素養の心得】で作った玉を【魔力操作】で動かす?
でも玉を動かしても意味がないよね。
まさか玉のまま弓で射る訳が無い。
いや、弓を飛ばすための目安とするのなら可能性があるのかも。
私は顎に手を当てて考え込んだ。
玉を飛ばすのならパチンコや銃を使った方が良い。
ファンタジーな世界観なので銃はないかもしれないけれど、パチンコはあるかもしれない。
きっとそういうスキルの方が【魔法素養の心得】と相性が良いだろう。
そう思って探したけれど、パチンコも銃もスキル一覧に存在しなかった。
もしかしたら何かのスキルの派生で出てくるかもしれないけど……。
【魔弓】もスキル一覧に存在しないのだ。未確認のスキルもまだまだある。
ただ、リルモが【魔弓】をオススメしたあたり、もしかしたら本当にそういうスキルが存在しないのかもしれない。
「どちらにしろ私が目指すのは【魔弓】だから」
例え銃が見つかっても私は選択しないだろう。
【弓】を使ってホーンラビットを倒した時の感動はとても強かった。
それに、とりあえず【魔法素養の心得】は問題なく使えそうだ。
使い方が分からないだけで……。
せめて手のひらから離れてくれれば弓の先端に玉を付けられるのに、それさえできないとは本当にどうしていいか分からない。
唯一確認できたのは全属性の玉を出せることくらいだ。
これは情報まとめサイトに載っていたので、スキルの情報が正しかったことが分かっただけだ。
「ほんとに使い方が分からないなぁ。これは新しいスキル枠を狙った方が良いかも」
教えてくれたリルモには悪いけれど、どうしたら【魔弓】に派生するのか想像もつかない。
【魔力操作】があれば玉を動かせるようになるのだろうか。動かせれば使い道はありそうだ。
私はとりあえず【弓】を使い、ホーンラビットやイノノムを倒していった。




