20.下級ポーション
たどり着いた総合生産所は相変わらず混み合っていたが、タイミングよく【調合】の部屋が空いたのでそこにねじ込んでもらい、3時間予約する。今は混雑しているから最大でも3時間しか連続で借りられないようだ。
「これはレイが拠点を買いたがるのも分かる気がする」
レイがよく露天を開いているのも【鍛冶】の部屋が借りられないからかもしれない。【鍛冶】は人気の高いスキルのようだからトッププレイヤーといっても場所取りに苦戦しているのだろう。
街落としの時のように他所のギルド拠点を借りる手もあるけれど、それをするとレシピが盗まれるリスクがある。そうなると安心して生産ができる場所は生産総合所しかない。
「やっぱギルド拠点を買ったほうが良いんだろうけど、それでも一億Gは高いかぁ」
ただの拠点でも高額なのに生産設備を入れるともっと高くなる。他のギルドメンバーも色々作っているようだけれど、どこで生産をしているのか少し気になった。
まあ、そんなことより今は下級ポーションだよね。
せっかく作り方を見られたんだし、実践あるのみ。
教わった訳でもないのに、みんみんの作り方を真似をするのは心苦しい。それでもやっぱり効果の高いポーションを作れるようになりたかった。
まだ眠りから覚めないラテを見えるところに下ろして薬草を取り出す。【空間収納】を使っているので鮮度は良好だ。今回はレイの露天から薬草を購入したので自分で取ってきた時より品質が落ちているけれどそこは目を瞑ろう。
「まずは、【調合】の技を使って薬草を乾燥……。あれ? 乾燥できない?」
【調合】の技を見ても乾燥なんて存在しない。慌ててwokiで情報を調べると、どうやら乾燥はスキルレベル20かららしい。
私は【調合】のスキルレベルが17だからまだ下級ポーションが作れない!?
他のやり方がないかAIに聞いてみたりもしたけれど、どうやら【調合】が20レベルになるまでは下級ポーションを作れないようだ。
仕方がないので購入した薬草全てを初心者用ポーションに変えていく。
「これでもスキルレベル18か……。全然足りない」
失敗も見込んでいたのである程度薬草は多めに買っていた。それでもスキルレベル20には到達しない。そうこうしているうちに3時間も過ぎてしまった。
これはダメだ。
総合生産所を借りられて【調合】スキルを上げることはできたけれど、計画不足だ。もっと簡単に作れると思ったんだけど……。
やはり街落としに向けてポーションを作り続けていたみんみんには勝てない。きっとみんみんのスキルレベルはかなり高いのだろう。
「そうだよね。『もうぼっちとは言わせない』にはみんみんしか【調合】持ちがいないみたいだし、調合部屋も使いたい放題だもんね」
街落としの感じだと、みんみんが使う薬草類を他の人が用意してくれる可能性もある。そんな状態で【調合】をやり続けていたのなら【調合】のトッププレイヤーでもおかしくない。
多少かじっただけの私とは格が違う。
それでも街落としのおかげで私のスキルレベルもかなり上がったし、あと少しで下級ポーションが作れるかな。
下級ポーションが作れるようになれば下級マナポーションも作れるようになるだろう。ポーション類は素材が違うだけで手順が同じだった。下級になっても同じ手順で作れるかは確認が必要だけれど、多分作れるようになるはずだ。
「そうなると必要なのは薬草と魔力草採取かな。鎮静草もあったら欲しいけど」
魔力草は初心者用マナポーション、鎮静草は初心者用痺れ取り薬の材料になる。以前【採取】をした時は初心者用ポーションの作り方しか知らなかったので薬草しか探していなかった。その為、どこに行けば魔力草や鎮静草が効率よく採れるのか分からない。
もう少し周りを見ておけば良かった。
スキル上げには初心者用痺れ取り薬が一番良いようだけれど、鎮静草は生えている場所の情報が載っていない。この状況ではいつも通り薬草を採るしか選択肢がなかった。
多く取れると良いなぁ。
「ぷぅ?」
「スキルレベルを上げるために薬草を取るの」
「ぷぅぷぅ」
私の言葉を理解しているのかしていないのか。ラテがうんうんと頷く。
ずっと寝ていたので何だか元気そうだ。
「ぷぅぅ、ぷぷ」
あまり人の居ない川沿いにラテを下ろし、薬草を探す。まだここで【採取】ができると知られていないのか薬草を採っているのは私くらいだ。
ラテは川の水を飲んだり蝶を追いかけたりと忙しそうだし、私もテイムモンスを遊ばせているだけに見えるのかもしれない。
「あまり遠くに行かないでね!」
あっちへフラフラこっちへフラフラしているラテに若干不安を感じながらも薬草採取を行う。
思ったより魔力草が生えていてラッキーだ。
鎮静草は見当たらないけれど、以前レイに売れた原石も気づいたら採取する。前回と同じようにバケツに入れていけば【空間収納】を圧迫しないので効率的だ。
「これは、新しくバケツを買うことも考えた方が良いかも」
薬草もバケツに入れれば1枠扱いになる。MPは1枠で1消費なのでまとめられた方が良い。
いくら私のMPが多いといっても節約できるところで無駄遣いをするのは勿体無い。
黙々と【観察】を使って【採取】を行い、先ほどレイから買った薬草よりも多く薬草を採った頃、川からドボンという音が響いた。
「えっ、何?」
音のした方を見ると、見覚えのあるウサギのフォルムが水に沈んでいく。
「ラテ!?」
慌てて川に入ってラテを掬い上げると、ラテが水を吐いた。
目を離していた隙に川に落ちたらしい。
「だ、大丈夫?」
何をしたいいのか分からなかったので、とりあえずラテの濡れた毛を布で拭く。助けられた当人は水を吐いた以外普段と変わらなさそうだ。
「こういう時、病院に連れて行った方が良いんだっけ!? ウサギって泳げないよね?」
「ぷぷぅ?」
完全に乾いていない毛が嫌だったのかラテが身震いをして水滴を飛ばす。さっきまで溺れていたのに余裕すら感じられる。
「えっと、えーっと」
私の方がパニックになってしまい、冷静な対応ができない。心臓マッサージをしようとしてラテに後ろ足で蹴られたくらいだ。
「待って、もし悪い状態になってたら状態異常が付いてるはずだよね?」
急に天啓のようなものが降りてきて、ラテのステータスを確認する。
リアルだとウサギをお風呂に入れるのはダメだけれど、これはゲームだ。敵の攻撃で水浸しになることもあるだろう。何らかの異変があるのならバッドステータスとして載っているはずだ。
隅から隅まで3回確認して異変がないことを確かめる。
多少HPが減っているけれど瀕死になっていないし、状態異常もついていない。ケロッとしているラテの様子からしても問題なさそうだ。
「良かったぁ」
「ぷぅ?」
その場にへたり込む私が不思議だったのかラテが私の膝に前足をかける。ラテは私がなぜパニックになっていたのか分からないのかもしれない。
「泳げないなら川に入っちゃダメでしょ!」
ラテの鼻先に人差し指を当てて注意をすると、ラテの垂れ耳がさらに垂れた。
「ぷぅ」
川に落ちたことはラテも良くなかったと理解しているのだろう。大人しく怒られるままになっている。
でも、そんなしょんぼりした雰囲気を出されるともうこれ以上怒れない。私はダメなテイマーかもしれない。
私の方がしょんぼりすると、ラテが慌てたように鼻をピスピスさせる。
何かを訴えようとしているのだろうけれど、私には何が言いたいのか分からなかった。
「あれ、シオンとアンゴラウサギィなの。どうしたのなの?」
「リルモ!」
チュートリアルが終わってから会っていなかったので懐かしい。まだそんなに期間が経っていないはずなのに声を聞くとなんだかホッとした。
「あれ? リルモはチュートリアル担当じゃなかった? どうしてここに居るの?」
スキルを決めたり、慣れるために使ったりするチュートリアルはこことは別の空間で行っていた。今私が居るのは普通のゲーム内のサーバーなのにリルモがいるのはおかしい。
「リルモはチュートリアル担当をクビになったの。やっぱりシオンに卵を渡したのが良くなかったみたいなの」
「え、それはごめん! 卵を返すよ」
リルモから貰った卵はまだ孵っていない。何が生まれるのか楽しみにしていたけれど、これのせいでリルモが嫌な思いをするのなら返したい。
「要らないの。その卵はきっとシオンの役に立つのなの。どういう子になるかは分からないけど、シオンなら多分大丈夫なの」
「そんなことを言わずに受け取ってよ」
「受け取ったところでチュートリアル担当に戻ることはないのなの。今は新しくゲームを始める人が落ち着いているからチュートリアル担当のAIを減らす必要があるの。シオンが気にすることはないのなの」
言われてみれば確かにチュートリアルをやっていそうな人がほとんどいない。やりたい人はもうほとんどゲームを始めたということだろうか。
今後の過疎化に不安を感じていると、リルモが首を横に振った。
「このゲームをやりたい人はまだまだいっぱいいるの。でもこれ以上受け入れると狩場が今より混雑しちゃうし生産も本当にできなくなるの。だから全サーバーでもう少し先の街が解放されたら新規さんをいれるのなの」
「あー、今より人が増えるのは困る。その配慮は助かるなぁ」
「そうなの! それにリルモは今、マップのあっちこっちへ行ってバグが発生してないか調べてるの。こっちの方が楽しいから戻りたくないのなの~」
「そうなんだ」
色々なところへ行けるのは楽しそうだ。詳しく聞くとバグを直すのは別のAIが担当しているらしい。なのでリルモは本当にゲーム内を移動しているだけのようだ。
リルモも明るい顔で妖精のような羽を羽ばたいている。
「あ、リルモに質問があるんだけど大丈夫?」
もし一箇所に留まっていると怒られるのなら今話していること自体が迷惑だろう。少し心配になったけれど、リルモは不思議そうに首をかしげた。
「シオンはそんなことを聞かないでリルモに質問していいのなの。フレンド登録もしてあるから好きに聞くと良いの」
「ありがとう! さっきラテが川に落ちちゃったんだけど、大丈夫かな? 状態異常はついてないみたいだけど……」
見やすいようにラテをリルモに向かって突き出す。突然抱えられたラテは興味なさそうに足をぷらぷらさせていた。
「状態異常がついてないのなら問題ないのなの。継続するようなバッドステータスがあったら状態異常の欄に載るの」
「……ぷぅ」
よく見る為かリルモがラテに顔を近づけ、ラテはリルモから顔を背けている。
リルモがラテのステータスを見ているのかとも思ったけれど、リルモとラテにしか分からないやり取りがあるらしい。1人と1匹で上下左右に顔を動かしている。
「なんか阿吽の呼吸だね」
少し疎外感を感じて目尻が下がる。
仲良さそうな様子に嫉妬までは覚えないけれど、もの寂しい。
「……ぷぷぅ」
「むしろ嫌われているのなの」
ラテと目を合わせるのを諦めたリルモがふいに川原に降りてくる。もうラテから興味が薄れたようだ。
ラテよりも周りを見てクスクス笑う。
「シオンは相変わらず薬草をぶちまけているの~」
「えっ!」
言われて辺りを確認すると、確かに薬草や魔力草が散らばっている。ラテを川から救い上げる時にバケツをひっくり返してしまったようだ。
慌てて拾い集めたけれど少し数が減ってしまった。
「せっかく集めたのに……」
「どんまいなの。なくなった薬草の代わりにリルモが踊ってあげるの。だから元気を出すのなの!」
「あ、ありがとう?」
妖精の羽を使って空中を回転したりクネクネ体をひねらせるリルモは面白い。踊っているリルモ自身も楽しそうだ。
「るんるんるーん。どうだったの~?」
「すっごい良かったよ! 元気が出た!」
踊り終わっても明るく空中を跳ねるリルモのおかげで私の気分も明るくなる。やはりリルモはラテと違った系統の癒し系キャラだろう。
しっかりとバケツを【空間収納】にしまってからリルモに向き合う。
実はリルモに聞きたいことがもう一つあった。
「リルモ、もし良かったら私のスキルについて相談に乗ってくれない?」
少し緊張しながらリルモを見ると、リルモは気負いもなく頷いた。