16.ギルド暇人の集い
レイからの個チャはすぐに返事が返ってきた。
ギルドへの勧誘はレイからしてきたこともあってギルメンとの顔合わせも問題なさそうだ。みんなを集めるからリアル時間で1時間後にとのことだったので、少し時間が空いてしまった。
それなら一度ログアウトするかな。流石にずっとログインしっぱなしで疲れたし。レイとの約束の時間まではログアウトしていても大丈夫なはずだ。よく考えたらご飯も食べずにゲームをしていたのだ。一度家のこともやった方が良いだろう。
家事を行いゲーム内の時刻が夕方になるのを待ってログインすると、ムービーは流れなかった。まだ第二の街は攻略途中のようだ。
「これなら様子を見に行っても良かったかな」
行ったところで何ができるわけではないけれど、モンスターに占領された街を取り返すのも面白そうだ。
まぁ、レイとの約束があるから行けてもとんぼ返りだっただろうけど。
そう考えると家事をしていたのも悪い選択ではない。空腹になりすぎると強制ログアウトの危険もある。妥当な判断といったところだろう。
街落としに参加しなかったことを正当化しながらレイの露天に向かうと既にギルドメンバーらしき人たちが集まっていた。
「やっほー、シオン! お願いされた通りギルメンを集めといたよ。悪いんだけど、シルバーウルフのお金はもうちょっと待って欲しいな」
「了解! 急なお願いだったのに、ありがとう。思ったより人数が少ないね」
初期のギルドは上限が60人なのにレイの周りにいるのはどう見ても5人しかいない。レイを含めても6人だ。どこのギルドも満員というのは誤情報だったのかな。
「このギルドは身内だけで固めてるからね。ここみたいなギルドも多いと思うよ。満員なのは誰でも入れるところかな」
「そうなんだ。そんなところにお邪魔しても大丈夫? 別に無理してまでギルドに入りたいとは思ってないけど……」
街落としのムービーを見てギルドに入ったほうが良さそうだと思っただけだから、さほどギルドに固執している訳ではない。レイのギルドも会ってみて合わないようならお断りしようと考えていたくらいだ。
けれど、予想外にレイのギルドはフレンドリーなようで及び腰になっている私とは対照的に親しみやすく話しかけてきてくれた。
「この人なら、うちは全然オッケー! ちゃんと会話できる子みたいやし。レイから聞いた話だと【調合】持ちなんでしょ?」
「俺も別に構わない。【細工】の邪魔をしないでくれたら、それで」
ノコギリを背負ったツインテールの女の子と大柄な男性は不満もなさそうに頷いている。大柄な男性の方は不満がないというよりは興味がないだけな気がするけど。
他の3人は思い思いの表情で私を見ている。
ローブをかぶっていて表情の見えない人と胡散臭い笑顔の人が気になるけれど、何かやらかしただろうか。
残る1人はにこやかなので表情が多種多様だ。
「はじめまして。シオンです。メインはテイマーで生産は【調合】と【醸造】を使ってます。【解体】もあるので何かあれば捌きます。相棒はアンゴラウサギィのラテです」
「これはこれは、ご丁寧にどうもぉ。私は明日はきっとくる。みんなはアズキって呼ぶねぇ。スキルは【錬金】をメインで【細工】もやってるよぉ。よろしくぅ。くふふふ」
おっと、その人から来るか。
予想外の自己紹介一番乗りは胡散臭い笑顔を浮かべていた人だった。男性が女性か分からない声色で不思議な話し方だ。どことなく不気味なのは個性なのかな……。
若干引き気味にお辞儀をするとにこやかに手を振り返される。とても掴みにくい人のようだ。
その次に自己紹介をしてくれたのは10代後半くらいの見た目をした人だった。3人の中では唯一にこやかに笑っていた人でもある。
「俺はジローだ。【裁縫】と【細工】をもってる。【細工】は主に革製品を作ったりするのに使ってるから一般的な【細工】はあてにしないでくれ」
どうやら【細工】を特化した方向に進化させようとしているらしい。分かりやすい自己紹介にお辞儀をすると普通にお辞儀が返された。
そんなやりとりからしばらく間を置いて、最後の一人が口を開く。
「………………ハルカ」
ローブを被った小さな人はそれだけ言って口を閉ざしてしまう。
嫌われたのかとも思ったが、そういう訳でもなさそうだ。太陽が嫌いなのか厚手のローブのフードを直している。
「最初に話しかけたちっこいのがナツミ。次に話しかけたエルフがザオだよ。ちょっと個性的なメンバーが揃ってるけど、何かがやばいとかはないから安心して。ちなみにギルマスは僕だよ」
軽い紹介と共にウィンクが飛んできた。相変わらず10歳くらいにしか見えない見た目を活かしまくっている。
いや、ちっとも安心できないんだけど。最初の2人とジローは良いとしても明日はきっとくる……アズキさんは名前からして結構おかしいでしょ! ハルカも消え入りそうな声で名前を言っただけなんだけど!?
突っ込みどころの多い自己紹介にどこから反応していいか困る。初対面なので聞かなかったことにするのが正解なのだろうか。ギルマスがレイということも不安を煽る。
「よ、よろしくお願いします」
「「「「「よろしくー」」」」」
「…………」
なんと話して良いか分からなかったのでとりあえずスルーしてお辞儀をすると、ハルカ以外が返事を返してくれた。恐らく悪くない掴みだったのだろう。
ラテは知らない人がいっぱい居て嫌だったのか私の腕に顔を隠してしまったけれど、このギルドの人たちはラテよりも生産スキルの方に興味があるようだ。
「まぁ、メンバー紹介はこんな感じでいいかな。詳しく聞きたいこととかあったら言ってね。ギルド名は『暇人の集い』。みんな生産メインで遊んでるのが特徴かな。シオンの【調合】は取ってる人がいないからちょうどいいと思って誘っちゃった!」
「生産メインなんだね。私はメインと言う程生産ばっかりしてる訳じゃないけど大丈夫?」
「余りに作れるものが少ないとか最先端から離れてるとかじゃなければ大丈夫だよ。シオンには素材集めも期待してるし、みんなもNPCに弟子入りしてたり夜の活動がメインだったり色々だから」
「やっぱり弟子入りしてる人もいるのかぁ」
夜の活動というのは仕事をしてるから日中はログイン出来ないという意味かな?
流石にゲーム内の夜の時間だけしか動けないという訳ではないだろう。ゲーム内が夕方の今、動いている訳だし。
「弟子入りは気になるけど時間を取られるからねー。教えてもらった通りに作らないといけないから自由度も下がるし」
レイは弟子入りしない派なのか渋い顔で口を尖らせている。
「種族で拒否られたりするからうちも嫌。入ってるのはザオとアズキくらいやんな? アズキはなんか怪しいのに弟子入りしてたけど」
「くふふ、師弟というのも中々面白いものだよぉ。趣味が合わないと辛いかもだけどねぇ」
この人と波長の合う師匠がいるのか。どんなNPCなのか見てみたくなってきた。
一番弟子入りの難しそうなアズキさんが弟子入りしているといのは意外だったけれど、ラテの毛をトリミングしてくれたイリスも【錬金】だったはずだ。もしかしたら【錬金】自体変わった人が多いのかもしれない。
「そうなんですね。でも、私はまだ自由に遊びたいと思います。どうしようもない壁にぶつかったら弟子入りしても良いかもしれないけど」
面白いと言われても、あまり積極的に弟子入りをしたいとは思わない。今後、モンスターに占領された街が解放されていくのなら師匠と違う街に行くことだってあるだろう。そういった時に不便そうだ。
「まぁ、遊び方は人それぞれだしねぇ。ギルドに入るも入らないも、弟子入りするもしないも好きにすればいいと思うよぉ」
黒いローブの袖口で口元を押さえたアズキさんがくふふと笑う。話し方や見た目は変わっているけれど、話しにくい人ではないらしい。
アズキさんの言葉に私もひとつ頷いた。
「他に何か聞きたいこととかある? シオンだけじゃなくてみんなの方からでも良いよ」
「シルバーウルフの希少な素材を売ってくれると聞いている。ありがとう」
先陣を切ったのはまさかのザオだった。
あまりフレンドリーなタイプではないと感じたのにお礼を言われて少し照れる。私に興味を持っていないと思っていたので、話かけられたことにもびっくりだ。
「いえ、あれはたまたま解体の仕方が分かっただけなので」
慌てて手を振ると、ナツミがバシっと自分の手を叩いた。
「でも、あれのおかげで第二の街の攻略に乗り出せたんよ! そうじゃなかったら挑戦なんてまだ先だったんやないかな?」
「そーそー。シルバーウルフの素材を売るだけじゃなくて解体のレシピのある場所も教えてくれたから、素材も集まりやすくなるだろうしね」
「やっぱ、防具と武器が揃わないとキツいもんなぁ。うちは罠を少し作っただけだけど、ザオとジローはかなり助かったんやない? スキルレベルもあがったっしょ」
興奮したようにナツミがザオの背中を叩く。
やはり解体のやり方が分かったのはとても大きな進展だったらしい。【細工】持ちのザオとジローはもちろんのこと、他のギルドメンバーたちも嬉しそうに頷いている。
まぁ、やり方が分かったのはたまたまだけどね。
イリスにラテのトリミングをお願いしていなかったら未だにシルバーウルフは【空間収納】の中だったはずだ。本当にタイミング良くイリスに教われて良かった。
ラテのブラッシングとかも聞けたしブラシも貰えた。おかげでラテの毛もサラサラで指触りがとても良い。前よりも動きやすくなったのかラテもご機嫌な気がする。
今度テイムモンス用のシャンプーを探してみようかな。
ラテの毛をすきながらまだ見ぬお手入れグッズに思いを馳せていると、目の前でナツミがぴょんぴょん跳ね始めた。
「シオーン! 聴いてる? 見えてるー?」
「えっ? ごめん、何かあった?」
そんなに長い間ぼーっとしていたつもりはないけど、重要な話でもあったのかな?
話を聞いていなかったのは事実なので軽く謝罪をしながら全員の方を向くと、ギルマスのレイが頬を膨らませていた。
「もお! うちとしてはシオンは大歓迎だよって言ったのに聞いてなかったでしょ」
ぷんぷんと副音声が聞こえてきそうなレイは頭を撫でたくなる可愛さだ。
「ご、ごめん。ちょっと別のことを考えてた」
「くふふ、このギルドの入団試験中に意識を飛ばすとはすごいねぇ。拒否されて魂が抜けてそうな人ならいたけど」
「まぁ、このギルドはちょっと特殊だからね。誰でも歓迎とはならないよ」
「生産メインでも変な人はおるやん。ギルド内の揉め事とか嫌すぎる」
アズキさんの話に出てきた入団を拒否された人の話は聞いてみたかったけれど、次々と話が進んでいく。
変な人にアズキさんは含まれないのかなぁ。中々に個性が強そうだけど。
ぽんぽん交わされる会話に入れなくなったので、暇人の集いの面々を観察する。
ハルカやジロー、ザオは会話に加わっていない。ジローに至っては別のことを考えていそうだ。でも、きっとこれがこのギルドの普通なのだろう。
思わずくすりと笑うと、レイ達の会話が止まった。一斉に私に向いた視線にたじろいだけれど、これはいい機会だ。
「お話中すみません。是非とも『暇人の集い』に入らせてください。みなさんに興味が湧きました」
このギルドがストーリーの攻略にどこまで関わっているのか分からない。情報もどこまで持っているのか分からない。ただでさえ少人数のギルドだ。今後ゲームのシナリオに関わってくる可能性も低い。
それでもこの個性豊かな人たちと関わるのは楽しそうだ。
そう思って加入をお願いすると、その申請はすんなりと通った。
「大歓迎だよ。いらっしゃい、ギルド『暇人の集い』へ」
「入ったからには敬語はなくすんやで? よろしゅうなー!」
「よろしく」
「よろしく頼む」
「…………よろ」
「くふふ、念願の【調合】をゲットだねぇ。末永くよろしく頼むよぉ」
「よろしくお願いし……よろしく!」
この出会いがよりゲームを楽しくすることを祈って私は右手を突き上げた。