15.初めての醸造
レイと別れたあと、何をするか考えていたけれど、一度も使ったことのない【醸造】のスキルを試してみることにした。【栽培】も使ったことがないけれど、こちらは拠点がないと使えない。
とりあえずレシピが情報まとめサイトに載っていた【醸造】なら間違いないだろう。
果物や茶葉をレイの露天で買って別れ、生産総合所へ向かう。
相変わらず生産総合所は混んでるなぁ。それでも【醸造】はあまり人気がないのかたまたま空いているのか。おかげで3時間ほど部屋を借りることができた。
「【醸造】は醸造って名前だけど発酵させないものもレシピにあるんだよね。もう醸造じゃなくてドリンクとかに改名すれば良いのに」
「……ぷぅ」
私の言っていることが分かっているのかいないのか、ラテが首をかしげる。果物の匂いを嗅いでいるのでもしかしたら食べたいのかもしれない。
「ウサギってオレンジを食べられるんだっけ?」
なんかダメそうな気がする。
一生懸命オレンジを鼻でつついているラテには悪いけれど、オレンジを台の上に置いて遠ざける。
【醸造】初心者のスキル上げはオレンジジュースらしい。大量に買い込んだので剥くのが大変そうだ。
袋に入ったオレンジは10個以上ある。オレンジジュースに使うのは1個なので思う存分作れるだろう。
とりあえず一つを手に取って剥き始める。使っているのは【調合】の初心者セットに含まれていた小さなナイフだけれど、問題なくカットできている。
「この剥く作業って何のスキルが使われてるんだろ。普通に考えたら【醸造】だけど、【醸造】でナイフって変な感じがするなぁ」
これができなければ皮ごとのジュースになるので皮を剥けるのは嬉しい。剥けなければ渋いジュースが出来そうだ。
私に皮ごとブレンドして味を調える技術なんてないし、剥けるのはありがたいのだろう。まあ、剥けなければ【解体】のスキルで剥くけど。
生産はひとつのスキルしか使えない訳じゃない。作業が難しければ他のスキルを使うこともできる。現に武器は【鍛冶】だけでなく【細工】も必要だと聞く。【鍛冶】だけだと刀身しか作れないとか。
「ほんとに生産と戦闘を両立させてくれないゲームだよね」
こんなにスキルの種類を増やすのならスキル枠も簡単に増やせればいいのに。
偶然とラッキーが重なってスキル枠が2つ増えている私でもカツカツなのだ。他の生産プレイヤーはもっとひぃひぃ言っていることだろう。
そんなことを考えているうちにオレンジの皮が全て剥けた。現実ではありえないほど綺麗に薄く剥けているのはスキルの補正なのかもしれない。
出来栄えに満足しながら額を拭っていると、遠くに居るはずのラテの声が足元から聞こえてきた。
「ぷぅ、ぷぅ」
こんなに近くで何をしてるんだろう。
気になって下を確認すると、剥いたオレンジの皮をラテがかじっている。いつの間にかオレンジの皮が床に落ちていたらしい。
「あー! ダメダメ! ぺってして!!」
「ぷぅ?」
私が焦っている理由が分からなかったのか、ラテは首をかしげている。
そんなラテも可愛いけれど、気にする余裕もなくオレンジの皮をラテから遠ざけてステータスを確認する。
「あれ? 大丈夫そう」
ラテのステータスはいつも通りで毒や病気などの異常はかかっていない。よく考えればラテは嫌いなものを自分で食べないようにしていた。オレンジに興味を示していたのは食べれるからだったのかもしれない。
ほっと胸をなでおろして、食べたがっているオレンジの皮をラテにあげる。
ゲームだから食べるものも少し現実と違っているのだろう。
「似ているようで似てないってたちが悪いなぁ」
川に煮干は泳いでいるし、運営はあまり動物のことに詳しくないのかもしれない。ネギっぽい雑草をラテが食べなかったのはだたの偶然でレアな現実とのマッチに違いない。
深く考えないようにしながらオレンジを適度な大きさにしてミキサーに入れる。ミキサーは生産総合所の部屋に元からついていたものだ。
オレンジジュースは水とオレンジを入れるだけなので、失敗することなくすぐに完成する。最大の難関はオレンジの皮むきだった。
完成したオレンジジュースは小瓶に移し替える。ファンタジーな世界観だからかペットボトルは存在しなかった。瓶にオレンジジュースを入れると、光に反射していて綺麗だ。つい見惚れてしまいそうなほど美しい見た目に満足しながら【空間収納】に仕舞う。
今回はスキルのレベル上げだから一個ずつミキサーにかけているけれど、ミキサーの大きさ的にいくつかまとめて作ることもできそうだ。喉の渇きに直結するスキルだからか【調合】よりも簡単にできている。
しかし、手順は簡単でも黒字化を目指すのは難しそうだ。特に今回は入れ物の小瓶もオレンジも購入なので大損している。
ジュースの品質はCだけれど、購入したオレンジの品質がCだったのでこれ以上は上がらない。【調合】で色々調べた結果を元にすると、生産で作ったものは素材の品質以上の品質にはならなそうだ。
「世知辛いよ。生産」
あまりに儲からなすぎて涙が出てきそうだ。レイが生産のギルドに入っているのはこういった事情もあるのだろう。
私もギルドに入ることを真剣に考えた方が良いのかもしれない。
あまり気が進まないと思っていると急にムービーが始まった。
◇
モンスターに占拠された街に向かい、人々が剣を向ける。円卓を囲む5人のプレイヤーが白熱した討論をかわし、その5人を映し出すかのようにムービーが切り替わっていく。
「第二の街はβでも攻略できた都市だ! 俺たちが負けるわけがない!」
皮の鎧に身を包んだプレイヤーが腕を振り上げて後方のプレイヤーを鼓舞する。それを追うかのように後ろのプレイヤーたちが拳を上げて雄叫びを上げた。お揃いの銀に輝く革鎧は日に照らされて輝いている。
そこでムービーが切り替わり、次に現れたローブを身にまとった女性のプレイヤーはにこやかにポーションの山を見せた。周りにいるプレイヤーの職もバラバラで魔法職や近接、盾職までいそうだ。テイマーもいるのか狼の遠吠えも聞こえる。
「気合は良いわね! 物資もβの時より豊富よ。心配しないで私について来なさい!」
その声に応えるかのように狼が再度遠吠えをし、ムービーが切り替わった。
「行くぞ! ギルド『暁の光』は今回も一位だ!!」
大剣を背負った戦士が街を睨み、拳を打ち据える。その声に呼応するプレイヤーたちも闘士を漲らせ、ナックルを赤く光らせる。
次に現れた獣人の少女はギルドメンバーを鼓舞することもなく、ただ好戦的に笑った。
「楽しみだなぁ」
そんな少女の後ろに続くプレイヤーたちも待ちきれなさそうに武器に手をかけている。言葉はなくとも全員ヤル気のようだ。高揚が抑えきれないとでも言うかのように街を見据え、突撃の瞬間を待ち構えている。
4人に続いて最後に映ったのはメガネをかけたプレイヤーだった。5つの中では最も規律に富んだギルドらしく、綺麗に整列し、パーティごとにまとまっている。パーティの構成もきちんと盾とヒーラーが含まれるように考えられているようだ。
「いざ、進撃」
メガネのプレイヤーの声が響き、すらりと剣を抜くと、全プレイヤーがモンスターに向かって攻撃をし始めた。
◇
「これは、第二の街の攻略が始まったってことかな?」
次のオレンジジュースを作るためにミキサーに水とオレンジを入れながら考える。まだゲームが始まってから一日しか経っていないのに随分と早いものだ。
ムービーの感じからしてβの時も第二の街は攻略されてたのかな。
一度経験があるからこその早さなのだろう。
でも、あれがギルドか……。
ムービーに映っていた5人は全員大手ギルドのギルマスだった。実際に顔を知っているわけではないけれど、一部の人は情報まとめサイトに載っていたし、情報通りの出で立ちだ。
「ギルドに入るとそういう情報の共有もあるってことか。確かに魅力的だなぁ」
絶対にモンスターが占領した街を取り戻す街落としに参加したいとは思わないけれど、知っていて参加しないのと知らなくて参加できないのでは大きく違う。
なぜリアルタイムが昼過ぎの今、攻略を始めたのか分からないけれど、随分とプレイヤーが集まっていた。
「あ、そっか。今日は土曜だ」
土曜なら昼間でも多くの人が集まるだろう。昨日のシルバーウルフも追い風になったみたいだし。プレイヤーの装備もシルバーウルフを使ったものが多かった。
「私も第二の街に向かうべきかな?」
相変わらずオレンジの皮をかじるラテに聞くとラテが呼んだ?とでも言うように見上げてくる。
「でも第二の街ってそこそこ離れてるから今から行っても間に合うかどうか……」
街落としにどれだけ時間がかかるか分からない。それに向かったところで役に立てるかは微妙なところだろう。戦うためにはまず戦えるスキルを選ばなければいけない。スキルの選択にも時間がかかりそうだ。
まぁ、街落としなら今回がダメでも何回もあるよね。むしろ次は参加できるように用意しておいた方が良い。今は戦うスキルがないけれど、空いているスキル枠は攻撃スキルにするつもりだし。そうなれば街落としイベントも楽しめるだろう。
私はオレンジジュースを小瓶に詰めながら再度ギルド加入について考える。
ギルドに加入するデメリットは人間関係の煩雑さと協力体制だけれど、メリットも大きそうだ。人間関係が煩わしいのなら関係の軽薄なギルドに入るという手もある。けれど余り会話のないギルドだと情報共有が少ない可能性もある。
「悩ましいな……」
私は一人の方が好きだけれど、人と話が出来ないほどコミュニケーションが取れないわけじゃない。せっかくレイがギルドに誘ってくれたのだから前向きに検討するべきだろうか。
生産オンリーのギルドというところが気になるけれど、それでも拠点を買うか考えられる程潤っているのだ。そもそも満員のギルドが多い中で誘ってくれるだけで有難い。ほかのメンバーがどんな人か見てから決断しても遅くないだろう。
私は完成したオレンジジュースを【空間収納】に詰め込み、一度レイのギルドメンバーと会ってみることにした。
例えギルドに入らないとしても生産職の知り合いは増やしたい。様々なところで生産のスキルは繋がっている。情報の共有もしたいし、物の購入もしやすくなるだろう。協力しろと言われるとめんどくさいが、余裕のある時なら協力できるはずだ。
私はひとつ頷いてレイに個チャを送った。