14.拠点は高い
総合受付は結構混み合っていた。並んでいるのはプレイヤーだけでなくNPCもいる。そこに並んで順番を待ち、拠点が見たいと伝えると、受付のNPCに少し困った顔をされてしまった。
「確認を致しますので少々お待ちください」
お辞儀をしてから受付のNPCが裏の扉へと消えていく。
「こっちも忙しそうだね。受付に並んでるNPCの人数も増えてるし」
「全体的に忙しくなってるんだ。やっぱり何か始まるのかな」
受付NPCの入っていった扉を見ながら呟くレイに私も頷いた。
もしかしたら商人組合の忙しさが落ち着くまで拠点見学は不可能なのかもしれない。
私も諦めが強くなっていると、受付にいたNPCが入口でぶつかった青年を連れて戻ってきた。
「彼が案内致します。どのような物件を考えているかは彼にご相談ください」
ぺこりと受付NPCは頭を下げ、次の人の対応に移ってしまう。この青年が拠点の担当なのだろうか。
私とレイは青年に向き直った。
「初めまして。私はシオンで隣はレイ。アンゴラウサギィは私のテイムモンスのラテ」
「これはご親切にありがとうございます。私はダンです。拠点の見学がしたいとのことですが、ご予算や条件を教えて頂けますか?」
先ほどぶつかった時とは打って変わって落ち着いた様子でダンが自己紹介をしてくれる。改めて見ると落ち着いた雰囲気なので、もしかしたら想像よりも歳上なのかもしれない。
「予算はまだ決めてなくて……。安い物件から割高な物件まで幅広く見たいかな」
忙しい中、買う気がないと言うのは中々言葉にしにくかった。けれどダンはにこやかに笑うと頷いた。
「承知致しました。テイマー向けの物件のご紹介でよろしいですか?」
「はい。今はラテだけだけど増えた時に対応できるようにしたくて」
「それでしたら土地だけを買うということもできますが、家付きの物件をお求めで?」
物件数が多いのか、ダンは細かいところまで聞いてくる。けれど正直細かいことは何も決めていなかった。どれくらいの家がいくらくらいになるのかを確認したいだけで予算すら確保できていないのだ。
ダンの質問に困っていると、レイが突然手を上げた。
「シオン用には家なしの土地をひとつと小さめの家を紹介してもらえる? 僕もギルドの拠点になる場所を探しているから、広い物件はそっちで参考にする形で。広めの物件は生産者の多いギルドが拠点にできる広さが欲しいな」
「かしこまりました。差支えがなければ生産の職業を教えてください」
「外せないのは鍛冶と木工、錬金。細工師と料理人もいるから、厨房は広い方がいいね」
するすると答えるレイはギルドメンバーを思い浮かべているのだろう。上がった職は生産の主要なものを揃えていた。中々人数の多いギルドなのかもしれない。
「承知致しました。それでは物件の紹介に入りたいと思います。こちらへどうぞ」
ダンに連れられて向かった場所は実際に販売している土地ではなかった。机の真ん中に光る球体のようなものが置いてある部屋に入り、勧められた椅子に座る。
中々見かけない大掛かりな仕組みだ。何が起きるのだろう。
わくわくしながら見ていると、ダンが座るなり光る球体が形を変えた。
「まずは土地のみの説明をさせてください。土地だけで広さが100平方メートルの物件です。一般的な家と同じ広さと考えて頂ければ問題ありません。場所もランダムと指定が選べます。費用は1千万G。場所を指定しますと、場所によって値段は上がります」
ダンの説明に合わせて真ん中の光る玉が形を変える。面白い光景だけれど平ぺったい茶色のホログラムを見てもあまり想像がつかなかった。とりあえず手が出ない費用だ。土地だけでこの値段ということが怖い。
「続きまして、先ほどの土地に一般的な家を建てた物件となります」
再び形の変わった球体は綺麗な一軒家を投影する。ファンタジーな町並みに溶け込むようなレンガ造りの家だ。
「こちらの物件は庭がありません。一軒家としては小さめのものになります」
「1階にリビングとキッチン、他1部屋あって、2階が3部屋。これで小さいんだ……」
テイムモンスターと暮らすだけならそれほど部屋が必要ない。むしろ大きな部屋がひと部屋の方が住みやすそうだ。ひと部屋欲しがるテイムモンスターをテイムしたら話が変わるけれど、そうでないのなら各階にひと部屋でも良いかもしれない。
「テイマーの方ですと、部屋数を少なくして広くされる方が多いです。そういった工事は事前におっしゃっていただければ無料にて承っております。なお、こちらの物件の費用は2千万Gです」
「田舎なら新築の一軒家が建ちそう……」
ゲームの中なのにやたら現実に近い価格設定だ。家にトイレや風呂がないところはゲームっぽいけれど、簡単に手が出ない。もう少し抑えてくれたら買いやすいんだけどなぁ。
ため息をつくと、ダンが不思議そうに首をかしげる。
「何かお気に触るところがありましたか? ご要望があれば庭付きの物件も紹介いたしますが」
「ううん、庭は大丈夫。それより、アパートのようなものはないかな? 今のところそんなに大きな部屋が必要なほど大きなテイムモンスターがいないし」
「ああ、それは気が利かず申し訳ありません。アパートはないのですが、マンションですと、ひと部屋で15畳ほどの広さがテイマーの方に人気です。費用は500万Gになります」
「……安い、のか?」
今まで紹介された中では一番安い。桁がひとつ下がったので一瞬騙されかけたけれど、それでも手持ちのお金では買えない。ぶっちゃけ高嶺の花だ。
「保留……。保留で!」
買えないことは分かっていたけれど、想像以上に高い。それによく考えたら【調合】用の部屋も欲しい。理想を叶えるなら一軒家分の費用が溜まってから家を購入した方が良いだろう。
白旗を上げた私にダンも頷いた。
「どの物件でも大きな買い物になりますので妥協しない方がよろしいですよ。欲しい物件が明確に決まったら是非お買い上げください」
「はい」
購入されないことに慣れているのかダンはあっさり引き下がってくれた。それにほっとしていると、ダンが冗談交じりにすごい物件を提示してきた。
「ちなみにテイマーの方の理想を追求した家がこちらになります。外に竜種のような大型モンスター用の小屋がありまして、家も中型モンスターまで居住可能なほど天井が高くなっております。部屋数は少なく、一階がひと部屋。二階が二部屋となっております」
示されたホログラムは大きな庭付きの広い家が載っていた。確かにこれならどんなテイムモンスターでも快適に暮らせるだろう。こんなものを見せられては欲しくなってしまう。
「テイマーにとってはすごく良さそう。費用も凄そうだけど……」
「はい。ざっと10億Gになります。もっと金額を増やして生産塔を作ることも可能ですので、何なりとお申し付けください」
「……すごいなゲーム」
いろんな意味で驚きが深い。現実でできないことを実現できそうだ。……お金さえあれば。
「ゲーム内マネーだけでここまでできるのって凄いよね。いくら月額制とは言え、もうちょっと集金しても良いはずなのに」
レイは10億Gの家を見ながら楽しそうに目を輝かせている。
様々なゲームをやっているだけあってそういったことに詳しいのだろう。続いて始まったレイのギルド拠点は1億Gを超える金額になっていた。
それでもレイは面白そうに笑っている。
「流石に1億Gは出せないよねー。もうちょっと金策が楽なら考えるけど」
「流れ的に1億G払うのかと思ってたよ。ノリノリで注文をつけてたし」
「それは気になるじゃん? でも実際に5千万Gくらいだったら即決したかも。僕たちみんなβ勢で所持金は引き継いでるから」
「うわっ、羨ましすぎる」
金欠すぎて500万Gのアパートすら買えない私とは大違いだ。レイなんてあんな売れてなさそうな露天をやっているのになぜお金があるのだろうか。
「ところで、どうして私もレイと一緒に? お礼に買って欲しいものでもあるの?」
商業組合を出た私とレイは何故かレイが露天をやっていた場所へ向かっている。レイについて来て欲しいと言われたのだ。
「いや、買って欲しいものはないよ。むしろシオンが売りたいものがあるんじゃない?」
そう言われて、ようやくシルバーウルフを解体していたことを思い出した。他にも川辺で拾った石もある。まだポーション類は無料配布があるから出さない方が良さそうだけれど、結構【空間収納】の中が増えてきていた。
「え、エスパー……」
自分でさえ忘れていたことなに何故レイが知っているのだろうか。察しが良いとは思っていたけれど流石にびっくりだ。
驚いてレイを見ると、レイはにやっと笑った。
「おめでとう。イベント貢献度ランキング2位さん」
「ぐはっ!」
そういえばイベントのランキングはムービーでみんなが見れた。当然レイも見ていたのだろう。イタズラが成功したとでも言うようにレイが楽しそうに笑う。
「いい表情! 僕もあのイベントでシルバーウルフを倒してたんだよ。でもやっぱり戦闘職には勝てないじゃん? ちょっともやってたら貢献度ランキングの2位がシオンで吹いたよね」
「……た、楽しんでくれたようで、ヨカッタデス」
いつ寝ているのか分からないくらいログインしているレイだから、当然イベントにも参加していたらしい。隠し玉をモロに食らって衝撃を受けていると、レイが前に回り込んでくる。
「シオンってあんま戦闘得意じゃないでしょ? それなのに貢献度2位ってことは僕もやさぐれてないで何かできたんじゃないかなって思って。すかっとしたよ。戦闘職だけのイベントじゃないって分かって」
「まぁ、あれはたまたまだけどね。でも、気が晴れたなら良かったよ」
「うん、だからシルバーウルフは高く買い取るよ。今安値だけど、僕も【空間収納】取ってるし」
そう言うレイはどこか晴れやかだ。最初のイベントが戦闘職メインだったことが余程嫌だったのだろう。
「あー、私も【空間収納】持ってるから無理しなくていいよ。原石も拾ったから値崩れしてないやつだけ買って」
需要が有るかは分からないけれど、シルバーウルフの肉は解体しないと取れない。変わっているものだと骨まである。ドロップ品として出ないものなら値崩れしていないかもしれない。
レイの露店の場所についたので、売りたいものを一種類ずつ並べる。それだけでお店が開けそうなほど数があった。
「うわー、色々集めたね。まず、この雑草類は買い取るよ。値段は前と同じくひと束10G。こっちの原石は……水晶と琥珀と翡翠かな。小さいものが多いけど、これはひとつ100G。黒曜石は50Gね」
原石は形も色々で、色の入り方もひとつひとつ違う。けれど、買取は全て同額らしい。
「大丈夫? 高く買取り過ぎてない?」
いくら原石があまり取れないと言っても結構高額買取だ。組合の買取価格よりも高い。無理をしているのではないかと思ったけれど、レイに否定されてしまった。
「今、生産アイテムは値段が高いから。組合で売ってる人なんてよほどのコミュ障くらいじゃないかな」
「えっ、そうなんだ」
言われてみれば薬草の値段も跳ね上がっていた。同じことが全ての生産アイテムで起きているのだろう。
買う側としては厳しいけれど、売る身としては嬉しい話だった。雑草と原石は全てレイに渡してお金を受け取る。これだけでも結構な額を稼ぐことができた。
「それで、このレアなものが大量にあるシルバーウルフの素材は何? 【解体】の仕方が分かったの?」
わざと後回しにされていたらしいシルバーウルフの素材を前にレイが詰め寄ってくる。【解体】のレシピは未だに解明されていないらしい。
「私は【解体】を持ってるから。レシピも生産総合所にあるみたい。今回はイリス……フレンドのNPCに教えてもらったけど」
「えっ、レシピがあるの!? それにNPCに教わったって……」
初耳だと言わんばかりにレイが食いつく。師弟関係を結んでいないNPCに教わることも珍しいようだ。聞けば教えてくれる人が多そうな印象だけれど、もしかしたら称号のおかげだったのかもしれない。
「ちょっとこれは今すぐに値段が付けられないから預かっても良い? 代わりにお金になりそうなものを渡すから」
そう言いながらレイが青銅でできた剣を出してくる。現在は粗銅でできた初心者の剣が一般的だからかなり高額なものだと分かる。
「いや、大丈夫だよ! レイのことは信用してるから、何もいらない! 剣なんて預かっても困るし」
解体用ナイフなら欲しいけれど、剣なんて渡されても困る。預かるだけだから使うことすらできないし、【空間収納】に入れておくだけになるだろう。
「そこまでいうなら預かっちゃうけど……。ゲーム時間で明日、ここで露店してるから絶対に来て!」
「分かった。明日の夕方くらいに行くようにする」
特に予定が決まっているわけでもないので、それくらいならお安い御用だ。
私はシルバーウルフの素材を全てレイに預け、私は次にやることを考えた。