13.動く石
長い時間解体をしていたので少しログアウトをする。長時間の解体は少し疲れてしまった。
リアルで十分に休んだ後はなんとなく薬草の採取を行う。私のご飯や水は調合&錬金組合でもらったので、ラテのご飯を集めつつのんびりとした採取だ。
街中の川沿いでも採取できることが分かったから今回は川沿いでちまちまと採取する。ここは穴場なのか外よりもたくさん薬草が生えていた。
「なんか色の付いた石もあるよね。これも拾ったら売れるのかな」
私は石を扱うスキルを取っていない。なので使い方は分からないけれど、【観察】を使うと翡翠の原石や水晶が混じっていた。こういう原石の加工も専用のスキルがあるのだろう。
価値のなさそうなものでも【観察】スキルを使いながら【採取】をしていくと全てが意味のあるものに見えてくる。ただの石が多いけれど、これも使うスキルが存在するのかもしれない。
とりあえず水晶や翡翠の原石はまとめてバケツに入れていく。こうすると【空間収納】が1枠で済むのだ。
「ぷぅ、ぷぅ」
蝶を鼻にとまらせてヒクヒクしていたラテが飽きたのか水を飲みに川へ向かう。
特に変わったところのない光景を眺めていると、急に胸元の卵が震えだした。
ついに来た! リルモからもらった卵が孵るかも!
期待を胸に巾着から卵を取り出すと、少し発光しているようだ。
「ぷぅ?」
いつの間にか近くにいたラテも興味深く覗き込んでいる。けれど卵の変化はそれだけで、震えもおさまってしまった。
「残念。まだ孵らないのか。抱えてるだけじゃなくてなにかした方が良いのかな。温めるとか」
リルモからは肌身離さず持っていると孵るとしか言われていない。
言われたとおりリルモからもらった小さな巾着に入れて持ち歩いているからある程度温かいとは思うけど、もっと温かく……。いや、他にも何かリルモが言っていたような。
リアルの時間経過だとつい昨日のことのはずなのにゲーム内だと数日経っているので思い出しにくい。
「なんだっけ。肌身離さず持っていると何かを吸って孵るとか言われたような……」
胸から吸うなんて変態臭い。けれど変なことはではなかった。そもそも別に巾着を首から下げなくても肌身離さず持ち歩くことはできる。たまたまリルモが巾着をくれたし、一番楽なのが首から下げることだっただけだ。
「あっ、そうか。MPを吸うんだ。魔力がどうとか言ってた気がする!」
魔力とMPが同じものなのか分からないけれど、MPなら与えられそうだ。
卵に触れている手に集中して力を込めてみる。
「むむむ。むむっ」
結構力んでみたけれど何かが手から伝わっていく感覚なんてない。ラノベだとこんな感じで魔力を出してた気がするんだけどなぁ。
だめそうなので他の方法を考えなければいけない。一番可能性がありそうなものはスキルだ。
丁度スキル枠が余っているのでそこからスキルの一覧を調べてみると、それっぽいスキルがあった。
「【魔力操作の心得】ってスキルがある……。どんな場面で使うのか分からないけど、MP操作には多分これが要るのかな」
限りなく使い道が限定されそうなスキルだけれど、これがないからMPを動かせないのだろう。今ならスキル枠が空いているので取ろうと思ったらこのスキルを取れる。
でも、取りたくないなぁ。他に使い道がないスキルを取得しても勿体無い。使いこなせないのなら自然と孵るのを待つべきだろう。
私はため息を付いて立ち上がった。
恐らく【魔力操作の心得】を取れば孵化が早まる。けれどそこまでして早く孵さないといけない訳ではない。
そもそも孵化や孵ると言っているけれど、卵というよりただの石なのだ。どのようにして生まれるのか想像もつかない。
「これで実は封印された凶悪なモンスターとかだったら嫌なんだけど」
渡してきた時のリルモも様子がおかしかった。システム的にぎりぎりの判断という意味だと思っていたけれど、もしかしたら何かのイベントのレイドボスの可能性もある。
レイドボスを育てるとか洒落にならないよ。真っ先に餌食にされそうだし。
私は卵を巾着に戻して首から下げた。
「でも、そうか……。他にもテイムモンスが増えるのなら拠点があった方が良いかな。事前情報によると高額らしいけど、テイムモンスを置いていけるらしいし」
薬草の採取は何となく行っていただけなので、さっそく拠点が買えるという場所へ向かう。
でも拠点を売ってくれる人なんて知らなかった。
「それで、僕のところに来たんだ?」
「うん。レイが拠点を売ってないのは知ってるけど、売ってる場所は知ってるでしょ?」
私が知っていたのは拠点が高いというだけだ。どこで誰に話しかければ良いのか分からない。だから、まずは知っていそうなレイに聞きに行くことにしたのだ。
「まあ、知ってるけど……買えるの?」
「多分買えないと思う。でもどんな感じなのか見ておこうと思って」
「なるほど」
私も今すぐに拠点が買えるとは思っていない。情報まとめサイトに載っていた拠点の購入費は私の所持金よりゼロが3つ多い。序盤で買うことを想定していないのだろう。
でもやっぱり欲しいよなぁ。連れて行けるテイムモンスはパーティ上限の5体までだから。
まだラテしかテイムモンスターがいないのであと4体余裕がある。それでもどんな感じなのか確認がしたい。
いくらかかるのかも調べておいた方が安心だろう。
そこまで言わなかったけれどレイは何となく察したようだ。
「いいと思うよ。生産をするにも拠点はあった方が良いからね。ギルドで購入することもできるけど、ギルドは入らないの?」
レイは既にギルドに入っているらしい。ステータスのところにギルド名が載っていた。
「ギルドに入ると言っても戦えないからなぁ。生産特化に近いけど自由に遊びたいし」
「ギルドに入ったからって束縛されることはそんなにないと思うけど……」
レイはイマイチ腑に落ちなさそうだ。ギルドと言っても色々あるので、レイが入っているところは自由なのかもしれない。廃人なみにログインしているレイだから自由の捉え方が違うだけかもしれないけど。
「まあ、いいや。ギルドに入りたくなったら教えて。うちを紹介するから」
「紹介って、そんなに入りにくいところなの?」
特にギルドに入りたいと思っていなかったのでなにも調べていない。風の噂で満員のギルドが多いとは聞いているけれど、どこも面接を課しているのだろうか。まさかレイのところが異様に入りにくい訳ではないだろう。
「いや、うちはちょっと特殊だからね。シオンなら大歓迎だよ」
「それは嬉しいけど、特殊?」
「そう、特殊。生産オンリーなんだよね。前ゲーから一緒のメンツだからあんまり親しくない人を入れたくなくて」
レイが言いにくそうに頭をかいた。別に照れることでもないと思うけれど、レイはずっと一緒のメンバーで遊んでいることが恥ずかしいらしい。口早にそう言うと、拠点について教えてくれた。
「拠点を売ってくれるNPCは商人組合に要るよ。窓口で拠点について聞きたいと言えば教えてくれると思う。見学までさせてくれるかは分からないけどね」
「ありがとう。今度お礼に何か買いに来るよ」
今までレイの露店では薬草しか買っていなかった。けれどたまにはラテのご飯を購入するのも良いかもしれない。
私はレイと別れようと手を振った。
「待って! 分かりにくいだろうから僕も行くよ。拠点に関してはギルドで購入することも考えてるから」
「良いの?」
レイは露店を開いている最中だ。それほど客入りの良い店ではないようだけれど、邪魔をするのは悪い。
「商人組合ってすごくわかりにくいんだよ。それに、この時間はプレイヤーがあまり多くないからね」
「ああ、リアルだと昼間だから。レイはこの時間からログインしてて大丈夫なの?」
ブーメランになりそうなことを聞くとレイがにやっと笑った。
「実は定年退職後のおじいちゃんだって行ったらどうする?」
「…………ありそうかも」
つかめないキャラといい、ワンチャンあるかもと考えていると、レイが吹き出した。
「信じないでよ。ショック受けたらいいのか笑ったらいいのか分からないじゃん」
「既に笑ってるけど」
もう置いていこうかな。よく笑うのは知っているけれど、大爆笑している人と歩きたくない。連れて歩いたら間違いなく目立ってしまう。
先に進もうと歩き出すと、いつの間にか露天を閉めたレイが追いかけてきた。
「怒らないで。からかったのは悪かったから。でもリアルのことを聞くのはマナー違反だよ」
目の前でぴょんぴょん跳ねながらアピールするレイはそれでもどこか楽しそうだ。人生が楽しそうでとても羨ましい。
「マナー違反なんだ……。こういうゲーム自体初めてだから分からなくて。気分を害したならごめんね」
言われるまで気付かなかったけれど、確かに詮索とも取れてしまう。レイがあまり気にしてなさそうで良かった。
「別に良いよー。僕はそこまで気にするタイプじゃないからね。でもVRMMOが初めてなんだ。慣れてそうに見えたからびっくり。言われてみれば、慣れてるなら最初から組合に向かうかまとめサイトを見るよね。ほー、ふーん」
聴く人によってはおちょくってると感じそうなのにレイが言うと特になんとも思わない。ショタキャラだからなのか言い方が上手いのか、なんとも不思議な人だ。
「それより、こっちであってるの?」
もうそこそこ歩いているのに商人組合が見当たらない。行ったことがない場所はマップが黒く塗りつぶされているせいでこっちに商人組合があるのかすら分からない。一応レイが先導しているからあると思うんだけど……。
不安になりながら聞くと、レイが頷いた。
「うん、そろそろ見えるはずだよ。あっ、ほらあれ!」
指を指された場所を見ても一瞬商人組合だと分からない。よく見てみると、荷馬車と馬のような看板が出ている。何ていうか、非常にわかりにくい組合だ。
「商人組合なのに分かりにくい……」
普通商人って言ったら分かりやすくするはずだ。その裏をかいたような組合に驚きつつも扉を開く。すると、予想以上に慌ただしく人が行き交っている。
「……ぷぅ?」
ラテも驚いたのか目をまん丸にしながら辺りを伺っている。短い首を伸ばしてきょろきょろするラテは非常に可愛らしい。
「ちょっとごめんよ!」
「その荷物はあっちだからね!」
「あんた、ぼぅっとつったってるんじゃないよ!! これを運んどくれ!」
よく見ると忙しそうに動き回っているのはNPCだ。プレイヤーは慣れた様子で窓口に並んでいる。
何かが起きたんじゃなくてこれが普通?
不思議な光景にラテと顔を見合わせていると、一人のNPCがぶつかってきた。
「ごめん! 怪我はない?」
「私は大丈夫。入口で立ち止まっててごめんね」
尻餅を付いてしまったNPCに手を差し出す。けれどそのNPCは自分で立ち上がると走り去っていってしまった。
「何だか忙しそう」
「商人組合だからね。何でだか知らないけど、イベント後からこんな感じなんだよね」
「イベント後から……」
商人組合は何かイベントに関わっていたっけ? あまり記憶にない。闇商人のことはあったけれど、それだけで忙しくなるものなのだろうか。
「何かのイベントの伏線かもって言われてるよ。もしくは次のイベントに繋がる何か、かね」
「次のイベント……」
昨日の今日でイベントが来るとは運営も頑張っている。本当にイベントがあるのか分からないけれど、何だか楽しそうだ。
「やっぱりワクワクするよね! ゲームはこうでなくちゃ!」
にこにこと笑うレイは根っからのゲーマーなのだろう。嬉しそうな様子が私にまで伝わってくる。
「そうだね。生産職でも参加できるイベントだといいね」
前回のイベントは戦闘職のイベントだった。生産オンリーのプレイヤーは珍しいかもしれないけれど、そういう人向けのイベントも開催して欲しい。そうすれば私も気兼ねなく参加できる。
次のイベントに心を躍らせながら、私とレイは総合受付へ向かった。