10.シルバーウルフ危機一髪
悲鳴のようなルリの叫びと共にシルバーウルフが私に噛み付こうとしてくる。
それを何とか避けてかわりに解体用ナイフを握った。武器になりそうなものはこれしか持っていない。
私はルリと雪のバフを切らさないようにしながらシルバーウルフと向かい合った。
「がるるるる」
牙をむき出しにして威嚇するシルバーウルフ。そのヘイトは、完全に私に向いていた。
やばいやばい!
咄嗟に構えた解体用ナイフだったけれど、これはただの道具だ。攻撃判定になるのか分からない。
それでも今頼れるものは解体用ナイフしかなかった。
「ガウ!」
直進で突っ込んでくるシルバーウルフを必死でかわし、すれ違いざまに解体用ナイフを突き立てる。
少しでもHPが削れれば嬉しいと考えての行動だったけれど、解体用ナイフはシルバーウルフに刺さったまま抜けなくなってしまった。
「ええっ!?」
まさか刺さると思わず、シルバーウルフに刺さったままの解体用ナイフを見る。この状態は出血扱いになっているようでシルバーウルフのHPがじわじわと減っていた。
このまま逃げ続ければ勝てる?
まだシルバーウルフのHPは4分の1程度残っている。私のATKが1しかないとは言え、解体用ナイフを刺したことで少し削れたらしい。
私はシルバーウルフとにらみ合いながら予備の解体用ナイフを【空間収納】から取り出す。
もしものことを考えて解体用ナイフは3本ほど買ってあった。
「ガルゥ!!」
解体用ナイフを構えてシルバーウルフを睨むと、しびれを切らしたシルバーウルフが突っ込んでくる。牙を剥き出しにして襲いかかってくる様子はとても怖い。
けれどシルバーウルフの突進は一直線だった。慣れればAGIの低い私でも避けることが出来る。
近づきすぎないように気をつけながらすれ違いざまの攻撃で少しずつシルバーウルフのHPを削る。
これが私のできる最善の戦闘だった。
「何とか……なりそう?」
横目でルリを見るとルリの方は問題なくシルバーウルフと戦っている。
あの様子ならすぐにでも倒せそうだ。
ルリを狙うシルバーウルフの方がHPを残しているが、あちらは雪も戦っている。戦闘スキルをもたない私とは安定感が違った。でも、私だって!
狂ったように突進を繰り返すシルバーウルフをかわし、思い切り解体用ナイフを突き立てる。
たまたまそれが心臓に刺さり、クリティカルヒット扱いになってシルバーウルフのHPバーが消えた。
「良かったぁ」
へなへなと崩れ落ちると、少ししてからルリが近づいてきた。
ルリも丁度シルバーウルフを倒し終わったらしい。
「ごめんね。大丈夫?」
心配そうな表情と共に手の平が差し出された。その手を握り、なんとか立ち上がる。
「大丈夫。危なかったけど倒せたみたい」
あまり傷のないルリのシルバーウルフと違い、私が倒したシルバーウルフは満身創痍だ。ここまで差がつくものなのかと思いながら、シルバーウルフを収納するために近寄る。
私が倒した方は解体用ナイフが刺さっているけれど、これで大丈夫なのか分からない。不安要素をなくす為、もう一度シルバーウルフを解体用ナイフで刺してから【空間収納】にしまう。ルリの倒したシルバーウルフも足先を解体用ナイフで刺してからしまった。
「【解体】って戦闘にも使えたんだね。びっくりした」
「私も知らなかったよ。でも戦闘スキルみたいに固有の技は使えないみたい」
戦闘スキルは戦いに使える技がある。【歌】のアタックソングがそれだ。ルリのジャブは恐らく【素手】のパンチという技だろう。流石に技まで使えたらチートだもんね。
【解体】はあくまでモンスターの剥ぎ取りをするスキル。戦闘には使えても補助程度ということだろう。
シルバーウルフに突き立てた解体用ナイフも曲がってしまっていた。
ルリがそれを確認して何とも言えない顔をする。
戦闘にアタッカーとして参加して欲しかったのかもしれない。
「まぁ、でも倒せて良かったよ」
このゲームでは死に戻りをすると持ち物の何かひとつをロストする。街落としなどの特殊なイベント以外ではスキルレベルもランダムで10ほどダウンするらしいので種族レベルも1レベ下がってしまう。
まだ序盤だからスキルレベルは上げるのに苦労しないけれど、初心者用調合セットや釣りセットを失ってしまったら非常にキツイ。
無事に生き残ることができてほっと胸をなでおろした。
「どうする? 【歌】だけじゃなくて【解体】でも戦闘に参加する?」
もし私が戦うことが出来ればルリも無理をしなくて済む。【解体】のスキルレベルも上がるかもしれない。良いこと尽くめだと分かっているけれど、即答しかねた。
「うーん……」
実際、【解体】を使ってアタッカーの役割を担うのは厳しいだろう。私のATKでは圧倒的に火力が足りないし、解体用ナイフが曲がっているのも気になる。
けれどアタッカー補助くらいならできそうだった。もしかしたら【採取】のナイフも戦闘に使えるのかもしれない。
色々とやってみるべきか。事前に仕入れていたゲームの情報にこれらの情報はない。検証班がこの程度のことを検証していないとは思えないから、意図的に隠されていたのだろう。
私は少し曲がってしまった解体用ナイフを握り締めた。
「サポート程度で良ければやってみるよ」
出来ることが増えるのは嬉しい。テイマーとしての理想から離れてしまっているけれど、それは今更だった。
最初にラテをテイムした時点で王道から外れちゃってるしね。
少し離れた場所まで逃げていたラテを見て苦笑する。危険になる前までは私の足元にいたはずなのに、行動が早い。恐らく【逃走】のスキルを使ったのだろう。
「よし! そう来なくっちゃ! シオンがサポートしてくれるなら2体現れても大丈夫そうだし」
「いや、2体はもう勘弁かな」
ルリは近接の代表とも言えるほどリーチの短い【素手】を取り、ボクシングを習っているだけあって好戦的だ。
私はやる気を漲らせるルリに苦笑した。
そのまま2人と2匹で3回ほど戦ったけれど、2体同時に襲われることもなく安定して倒せた。スキルレベルも上がったので多少ハプニングが起きてもカバーできるだろう。
私たちは顔を見合わせて笑った。
「大丈夫そうだね。シオンの解体用ナイフがどんどん曲がってるのが気になるけど、耐久度は大丈夫? すぐに壊れそう?」
戦闘を重ねるごとに曲がっていく解体用ナイフは私も不安だった。正規の使い方をしていないのでどこまで持つのか分からない。一応、耐久度はまだまだ残っていた。
「あと2本あるから何とかなるでしょ」
2本のうちのもう1本も曲がっていたけれど、今使っている解体用ナイフ程は曲がっていない。2本折れてしまったら流石に引き上げたいが、まだ余裕があった。
そう告げるとルリも頷く。
「無理そうだったら言ってね。今ならシルバーウルフが2体現れてもそっちには行かせないから」
「期待してる」
それはそれで複雑だけれど、スキルがどんどん上昇して自信がでたらしい。ルリは技もパンチの次のアッパーが使えるようになっているように見える。もう私の【解体】がなくても大丈夫そうだ。
「そういえばムービーで荷馬車の男が何かを投げてたけど、あれってなんだったんだろう」
思い返してみると何かを示唆しているような内容だった。気になってものが投げられた場所を探す。
「あー、そういえば何か投げてたね。でもあれって、あの中央の方だよね」
ルリが言いながらシルバーウルフの押し寄せてきている辺りを見る。ムービー通りならそこらへんに何かを投げていた。
「投げたものを破壊したらイベント終了かな」
もしそうなら誰も壊さないだろう。
投げたものがありそうな辺りで戦っている人たちが行動を起こさないのもイベント終了を恐れてなのかもしれない。あの辺は最もプレイヤーが多いので、壊さないように気を使っている可能性がある。
「どうだろ? 時間でイベント終了とかもありそうだけど」
ルリも興味が出てきたのか投げたものを探すようにシルバーウルフの多い方向を見ている。
「ムービーといえばもう一つ。荷馬車も出てたよね」
あまり長くない映像だ。出てきたものは少ない。その中でも印象に残っていた荷馬車は私たちのすぐ近くにあった。
映像で必死に逃げていた馬は既になく、少し壊れた荷馬車だけが横転した状態で残っている。
「あー、あの荷馬車があれか! ちょっと見てみよ!」
近くにある荷馬車に気づいたルリが指をさす。
もう何もなさそうだったけれど、ムービーに出ていたものだ。何もなくても記念に触ってみたい。
シルバーウルフも荷馬車付近にポップしていないようだから危険もなさそうだ。
あれもイベントの伏線ってことは……流石にないか。
荷馬車に近づいても変わったところはない。シルバーウルフがポップしないせいか、プレイヤーもこの辺りにはいなかった。
「この荷馬車、触れるんだ」
ここにあると見せかけているだけかもしれないと思っていたけれど、荷馬車はちゃんと実在している。上に上ることも出来そうだ。
ぐいぐい荷馬車を押すと、影になっている辺りから声が聞こえてきた。
「おい! それ以上押すんじゃねぇ!!」
不審な声にルリと顔を見合わせ、荷馬車の裏を覗き込む。そこにはムービーに出ていたおじさんがいた。横転した荷馬車に乗っていたせいかボロボロだ。
「……誰?」
ルリはピンと来なかったようで、首をかしげている。ガラが悪そうなNPCを忘れていることがすごい。
「多分、ムービーに出てた人。ほら、シルバーウルフに向かって何かを投げつけてた」
「ああ! こんな顔だった気がしてきた」
手をポンと打ってルリが頷く。
ようやく柄の悪い男性が誰か思い至ったようだ。
「でも、どうしてここに?」
ここら辺はシルバーウルフが沸いていない。逃げようと思えばいくらでも逃げられるはずだ。
ルリもそのことに気づいているようで不思議そうに男性を見ている。
「ここってそんなに怖い?」
確かにシルバーウルフは強敵だ。私一人ではとても倒せないだろう。
でも、男性のいる場所からならシルバーウルフを避けながら街まで行けそうだ。ここに留まる理由が分からない。
答えを求めるように男性を見ていると、男性が背を向けて走り出した。
「あ! 逃げた!」
何かやましいことでもあるのかもしれない。
雪がすぐに水魔法で攻撃する。
それでも男性は足を止めなかった。仕方がないのでルリが追いかけてお腹にパンチを決める。その一撃で男性は崩れ落ちた。
「反射的に気絶させちゃったけど大丈夫かな?」
ルリが荷物をおろすように男性をおろす。
男性は完全に気絶しているようだ。
「どうしよう。とりあえず街に連れてく?」
なぜ逃げ出したのも分からなければ、こんなところに居続けた理由も分からない。
私たちではどうすればいいか判断できなかったので、男性を街に連れて行くことにした。
「あーあ、もっと戦いたかったな」
男性がいると流石にシルバーウルフと戦うことはできない。安全のため、シルバーウルフのいない場所を通りながら街へ向かう。
それでもシルバーウルフがポップした時のため、男性は私が背負っていた。
重い……。男性を背負うのなんて初めてだ。想像以上の重さにすぐギブアップしたくなる。けれど気絶した男性をこのままにしておく事もできず、一歩一歩足を進めた。
ラテはルリの肩に乗っかっている。
「街にとうちゃーく!」
安全な街に入るとルリが男性を背負う。そうした方が歩みが早かった。
誰に話しかければ対応してくれるのか分からなかったけれど、詰め所に向かう前に兵士が話しかけてきてくれた。
「その男は何ですか?」
街を守る壁の上で弓を引いていたらしい兵士が男性に注目する。プレイヤーの出入りは制限されていなかったけれど、NPCの出入りは管理されているようだ。
厳しい目を男性に向けている。
「荷馬車のところに居た人なんだ。気絶させちゃったんだけど、大丈夫?」
ルリが男性の顔を見えるように調整してくれたので、兵士に説明をする。これで私たちが捕まることはないよね?
よく考えれば一般市民を殴って気絶させたことになる。男性が私たちから逃げようとしたとは言え、恐慌状態だっただけかもしれない。
少し不安に思ったけれど、兵士はハッとした表情を浮かべると男性をルリから引き取った。
「この男は指名手配されている闇商人の……!」
手荒く男性の顔を確認した兵士が増援を呼ぶ。
どうやら指名手配犯だったらしい。集まった兵士たちが男性を縄でぐるぐる巻きにし、そのまま何処かへ連れて行った。
「ご協力、感謝します!」
最初に対応してくれた兵士が敬礼をし、私とルリに1000Gを渡してくれた。
「ありがとう?」
1000Gをとりあえず受け取ってお礼を告げる。指名手配犯を確保すると報酬が出るのかな。
あまり良く分からなかったけれど、ルリは喜んでいる。
まあ良いかと思い直し、またシルバーウルフを倒しに戻るかと考えた時、再びムービーが始まった。




