9.イベント始動
轟音を立てながら疾走する1台の荷馬車。荷台はガタガタと揺れ、車輪が壊れそうな音を立てている。
「走れ!! もっと早く!!」
焦る荷馬車の後ろから狼に似たモンスターが大量に追いかけて来る。限界を超えて走る荷馬車に今にも噛み付こうとするモンスター。それを見た荷馬車の男は舌打ちをして何かを遠くへ放り投げた。
「「「ガウ! ガルルルゥ」」」
モンスターは荷馬車から離れ、投げられた何かに向かって走り始める。
荷馬車に乗る男がそれを見て安心したのも束の間、荷馬車は石に乗り上げて横転してしまった。
「敵襲! 敵襲!!」
一連の様子を見ていた街の衛兵が避難用の鐘を鳴らす。その音に合わせて街の人は家に篭もり、兵士たちが集まってきた。
中には武装した冒険者の姿も見える。
「戦える者は北門に集まれ! シルバーウルフの大群だ!!」
鐘を鳴らしながら兵士が叫ぶ。その音に反応したシルバーウルフが門を守る兵士や冒険者に向かって牙を剥いた。
◇
「モンスターの襲撃?」
釣りをやめてルリがこちらを向く。
街の様子もムービーが始まる前とは様変わりしていた。
「良く分からないけど、とりあえず北門へ向かうかな」
ムービーの左上にイベントと書いてあったし、モンスターの襲撃イベントなのだろう。
私は釣った魚をしめて【空間収納】へしまう。持ち歩く手段がなさそうだったのでルリの分も収納した。
「ありがとう。テイムモンスターも1匹ずつだし、パーティを組も!」
「えっ、私は戦えないよ?」
せっかくのイベントなので行かない選択肢はない。けれどルリとパーティを組むとルリの足を引っ張ってしまいそうだ。
北門から様子を探って、無理そうだったら参加しないつもりだったけど……。
リルモからもらった卵はまだ変化がないし、ラテは戦えない。
始まったイベントにわくわくすると同時にどこか諦めてもいた。
「戦えなくても良いよ! 参加すると私もソロになっちゃうし、使えそうなスキルが全くない訳じゃないんでしょ?」
「……【歌】と【テイム】の鼓舞くらいしか使えないかな。【観察】もモンター名しか分からないし」
「思った以上に偏ってる!? でも、鼓舞はパーティ全員のテイムモンスターに効くからできることはあるかな。歌って癒しの技もあったっけ?」
ルリが顎に手を当てて少し考え込む。
スキルに関する知識はルリも結構持っていそうだ。スキルゲーではあるけれど取っていないスキルを話せるのは凄い。
「癒しはないみたい。レベル1だから全員のATKを上げるアタックソングが限界かな」
「ATKが上がるの?」
テイマーはテイムしたモンスターに戦ってもらい、自身は後方支援をするのが基本だ。雪も魔法職っぽいからATKは上げても仕方がないだろう。
私は少ししょんぼりした。
「ATKしか上がらない」
「それならそのアタックソング?を私に使って! 私【素手】もってるから」
「【素手】!?」
聞き間違いかと思ったけれどルリはレーザーナックルを装着しながらうんうんと頷いている。
どうやらテイムモンスと一緒に戦うスタイルらしい。
「リアルでボクシングを習ってるから取ってみたんだ。格好良いでしょ」
拳を前に突き出すルリは確かに堂に入った動きをしている。足元にいる雪もヒレをぺちぺちしていて可愛らしい。
「凄いね。アタックソングは任せて」
ルリから飛んできたパーティ申請を承認し、2人で北門へ向かう。
少しタイミングが遅れたからか、それ程北門に向かうプレイヤーは多くなかった。
「うわっ、すごい人」
「モンスターの数も多いけど、これは中々……」
フィールドを埋め尽くすプレイヤーの数に思わず唖然とする。
戦うスペースが足りてなさそう。ぶつかってる人もいるし、明らかにキャパオーバーな程プレイヤーが居る。モンスターの取り合いはわかるけれど、戦闘中にぶつかっているのは初めて見た。
隣を見ると、ルリも驚いたのか、ぽかんと口を開けっ放しにしている。ルリだから可愛らしいが、私は自分が口を閉じていることを確認した。
「どうする? あの中に突っ込む?」
満員電車ほど人が多いわけじゃないから中に入っていくことは出来そうだ。それでもルリに聞く程度には尻込みしてしまった。
ルリも口元が引きつっている。
「いやぁ……」
「端っこの方で戦ってみる?」
モンスターがいっぱい居る辺りの競争は激しそうだ。けれど、端ならある程度戦う場所も確保もできそうだった。
「そうしてみる?」
いつまでも門のところに立っていても邪魔なので、私たちは襲撃してくるシルバーウルフの端っこの方へ向かった。
「シオン! そこポップする!」
前方からシルバーウルフが次々と現れているが、それとは別にポップもしているようだ。
ルリの言葉通り私の横に青い光が集まっている。
「…………あぶなっ!」
慌ててそこから距離を取り、ルリにアタックソングをかける。雪へも鼓舞を使った。
「ぷぅぷぅ」
非戦闘要員のラテを離れたところにおろすと、ラテが不満そうに鳴く。
いつモンスターが沸くか分からないところに一人で居るのが嫌らしい。仕方がないので私の足元へ連れてくる。
「ジャブ! ジャブ!」
本当にそんな技名なのか分からないけれど、シルバーウルフにルリがパンチを放つ。足の運びといい本物のボクシングを見ているようだ。
避け方が上手いなぁ。何かスキルでも取ってるのかな。
プレイヤースキルが高ければスキルを取らなくてもよけられるらしい。とは言えルリの動きは羽が生えたように軽かった。
シルバーウルフの噛み付きを横にずれることでかわす。そのまま左手でフックを仕掛け、シルバーウルフのお腹に当てていた。
怒ったシルバーウルフが再度噛み付こうと迫ると、鼻先を拳で殴る。
これがクリティカル判定だったのかシルバーウルフは倒れた。
「すごっ」
【歌】のアタックソングと【テイム】の鼓舞は切らさないようにしていたけれど、雪の出番さえなかった。
「まだ倒れてないよ」
ルリが注意を促しながらシルバーウルフの頭を殴る。よく見るとシルバーウルフのHPバーはまだ残っていた。
クリティカルをくらって怯んだだけだったらしい。ルリのパンチを受けてシルバーウルフは更にHPを減らしていた。
もう一発ジャブを放つと今度こそシルバーウルフのHPが0になる。
「よし!」
HPバーがなくなったシルバーウルフにルリがガッツポーズをした。
何というか凄い。あれだけリアルなシルバーウルフに拳で挑む勇気は私にない。
咄嗟に言葉が出なかったけれど、驚いていることは伝わったようだ。ルリが誇らしそうな表情を浮かべてこちらに来る。
「倒せたよ! ちょっと苦戦したけど」
「あれで苦戦? 完封してたよ」
シルバーウルフの攻撃は一撃もくらっていない。雪も何もしていなかったので、完全にルリが一人で倒してしまった。
「1対1だったからね。群れてたら危なかったよ。シオンのアタックソングもちゃんと効いてたしね」
「効果あった?」
私の目には違いが分からなかった。
アタックソングをかけていないルリを見ていないからかもしれないけれど、なくてもルリなら倒せそうな気がする。
「攻撃力が強くなってた。多分1.25倍くらい?」
「……それって微妙じゃない?」
1.25倍と言われても大したことがないように感じる。4発殴ると1発分くらいの差だろうか。
そこまで考えると少しは役になっているような気もしてくる。
「全然微妙じゃない! 戦う時間が短くて済むからとっても楽だよ。普段の私ならシルバーウルフなんて倒せないし」
嬉しそうに笑うルリに嘘はなさそうだ。
となるとシルバーウルフは意外と強敵だったのだろう。
イベントだからある程度強いモンスターにしたのかな。
狩場でモンスターの取り合いを起こさない為のイベントだと思っていたけれど、始めたての人とある程度やった人で狩場を分ける効果もあったらしい。
私は出来ることがあってホッとした。
「それならあのシルバーウルフも【空間収納】に入れちゃうね。放置してると粒子になっちゃうし」
倒したモンスターは一定時間以内に解体用ナイフを刺さないと消えてしまう。その際にドロップ品を落とすので、解体しない人はわざと消すようだ。
許可を取ってから解体用ナイフを刺す。解体用ナイフは生産総合所で買っておいたものだ。
「シオンは【解体】を持ってるの?」
【解体】はあまり人気のないスキルだ。無駄なく素材を活かせる代わりに知識が要る。今は知識を得る方法もない為、持っていることが意外だったのだろう。
「【解体】は後々化けそうだからね」
倒したモンスターは解体用ナイフを使わないと消えてしまう。逆に言えば解体用ナイフを使えば倒したモンスターは消えないのだ。
解体用ナイフは【解体】を持っていないと装備できないので、モンスターをフルで活用したければ【解体】が必要だった。
「そこまで考えてるんだ。私は使えるスキルだけにしちゃった。スキル枠に余裕もないし」
「普通そうだよね。欲張った結果、私は戦えなくなってるからルリが正しいと思う」
今のところ【醸造】や【栽培】、【解体】は使っていない。【醸造】は道具と材料さえ揃えればできそうだけれど、【栽培】は拠点を持つまで難しそうだ。【解体】もモンスターの解体方法をどこかで学ぶ必要がある。
【解体】は今初めて役にたったけど、狼の解体方法なんて知らないなぁ。wokiでも調べるか。
ログアウトしている間に情報まとめサイトを漁ることは確定だ。それでも日本で狼が確認されたのなんて遥か昔だから載っている気がしない。
知りたいのが生態じゃなくて解体だからなぁ……。
ダメ元で数少ないフレンドに聞いてみようと思いながら、許可を得てシルバーウルフを【空間収納】にしまう。これだけシルバーウルフが狩られているのだから何かしら方法はありそうだ。
「次、あそこでシルバーウルフがポップするね」
近くに青い光が集まっている場所がある。けれどそこに駆け寄るプレイヤーを見て、私たちは別のシルバーウルフを探すことにした。
「これだけ人が多いとモンスターを探すだけで大変だ」
襲撃イベントという割にシルバーウルフを狩れなくてルリが口を尖らせる。
ルリはこの機会に【素手】のスキルを上げたいようだ。
「あー、あそこはどう?」
近い位置に青い光が集まっている場所がある。あそこなら私たちが一番早そうだ。他のプレイヤーを牽制しながらポップ場所へ向かう。
その場所に到着するとシルバーウルフも姿を現した。
「やるぞやるぞ!」
気合十分のルリにアタックソングをかけ、雪を鼓舞する。今度は雪も参戦するようで、口から水鉄砲を発射していた。
攻撃方法が予想外過ぎる!
水魔法を使うことは想定していたけれど、まさか口から出すとは思わなかった。これが運営の考える可愛らしさなのだろうか。
若干引いているうちに戦闘が始まった。
「ガルルル!」
雪の発射する水を避けきれなかったシルバーウルフが雪に向かおうとする。けれど視線が逸れた瞬間、ルリがヘイトを取り直した。
「よそ見しないでくれる? 君の相手は私なんだから!」
ジャブというよりはストレートと言ったほうが正しいようなパンチをルリが繰り出す。それががっつり体に当たり、シルバーウルフの視線はルリに固定された。
「ーー♪」
フィールドで歌うのは恥ずかしいけれど聞こえてる範囲のパーティメンバーにバフをかけるのが【歌】だ。聞こえなければバフがかからないので、ある程度大きい声でアタックソングの1小節を歌う必要があった。
「雪を鼓舞」
鼓舞もアタックソングもスキルレベルが低いせいか持続時間が短い。効果が切れる前にバフを付け直す必要がある。
私は戦うルリと雪を見ながら技を使っていた。
「……ジャブ。ジャブ!」
途中でもう1匹ポップしてしまったのでルリが必死に2匹のヘイトを稼ぐ。アタックソングを使っているとは言え、倒しきるのは大変そうだった。
片方のシルバーウルフを殴って攻撃をしたと思ったら、もう一匹が死角から噛み付こうとしてくる。
シルバーウルフは序盤のモンスターだからか爪を使っていない。噛み付く攻撃だけだから何とかなっているけれど、少しでもルリの集中が切れたら崩れそうな程戦況に余裕がない。
私も何かできたら良いんだけど……。
ただルリと雪にバフをかけているだけだと申し訳ない。
緊迫した状況の中何もできないことが非常に歯がゆく、悔しかった。
やきもきしながらバフをかけている間もルリはギリギリのタイミングでシルバーウルフの攻撃をかわす。今、一番シルバーウルフを削っているのは雪だった。けれど雪は火力が低い。
鼓舞してINTが上がってるはずなのにルリのパンチより一撃が軽かった。シルバーウルフに魔法攻撃が効きにくいのか、雪のスキルレベルが低いのか……。
もっと強いバフをかけたいけれどスキルレベル2では限界がある。
このままだと負けそうな戦況の中、ルリの方からシルバーウルフが一匹、私に向かって走ってきた。
「シオン、危ない!!」