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それから、数日が過ぎたある日の教会。
「家の仕事が増えて……しばらく教会には来られそうにないんだ」
『結婚式ごっこ』以来に会ったリオンの言葉に、アデルの胸がちくりと痛んだ。
リオンはもうすぐ二十歳になると聞いていた。
もしかしたら、婚約が決まったのかもしれない。
あ……私、リオンのことが好きだ。
その瞬間、アデルの心臓が跳ね上がる。
今この気持ちを口にすれば、すべてが壊れてしまう。
アデルは自分の気持ちを、静かに抑え込んだ。
「子どもたちが、寂しがるわね」
やっとのことでそう告げたアデルは、そのまま黙り込んでしまう。
俯きながら、自分の指先がどんどん冷たくなっていくのを感じていた。
ふいに、リオンの手がアデルの肩に触れた。
驚いて顔を上げると、まっすぐにこちらを見つめるリオンの顔があった。
「来なくなるわけじゃないから」
「うん……わかってる」
「司祭さんたちにも伝えてくるよ」
「うん……じゃあね」
「うん、またねアデル」
そう言って手を振るリオンの後ろ姿を、アデルはただ見つめることしかできなかった。
胸が苦しくて、呼吸が浅くなっている。
教会の門をくぐり、屋敷に戻る足もいつもより重く感じられた。
家に戻ったアデルは、これからリオンに会えない日々を考え、思わず立ちすくむ。
別れの余韻が胸を締めつけ、息がうまく吸えない。
その時、廊下の向こうからマリエルが歩いてくるのが見えた。
「まあお姉さま、何その恰好。もう少し綺麗な服を着たらどう?」
「……教会に行くのに華美な服装は必要ないの」
「ふうん。ねえ、やっぱり修道女になるの? ふふっ。平民の血が流れてるから、それくらいしかないかー」
マリエルは薄笑いを浮かべた。
長い睫毛を伏せて目を細め、アデルの顔を覗き込む。
「だってまだ縁談の話ないんでしょ? わたしなんてもう問い合わせがたっくさん来てるのに! ああ、可哀想なお姉さま」
口ではそう言いながら、マリエルの顔は楽しそうだ。
アデルは無意識にため息をつく。
たしかに自分に縁談の話はないが、そんなことどうでも良い。
早く一人になりたい……。
そう思った途端、心の中にリオンの笑顔が浮かんだ。
アデルはもう一度ため息をつき、自分の部屋へと戻っていった。
部屋に入ると、静けさがアデルを包んだ。
扉を閉め、鍵がかかる音にようやく体の力が抜ける。
アデルはキャビネットに近づき、ゆっくりと宝石箱の蓋を開けた。
そこには、『結婚式ごっこ』の時に渡された、シロツメクサの指輪が入っていた。
掌に乗せると、すっかり乾いてしまった花弁がカサリと音を立てる。
その指輪を両手で包みこみ、アデルは祈るように目を閉じた。




