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アデルが母親を亡くしたのは、一歳になったばかりの頃だった。
深く悲しむランベール侯爵は、この国へ移り住んだばかりだという同世代の子爵から妹を紹介された。
彼女の名前はイルダ。
美しいブロンドを持ち、穏やかで落ち着いた女性だった。
まだ幼い娘の将来を思い、そして自らの胸に生じた空白を埋めるために、ランベール侯爵は再婚を決意した。
それから一年後、アデルに妹が生まれた。
母に似たブロンドと、父譲りの緑の瞳を持った愛らしい子だった。
継母イルダは、実の娘のマリエルばかりを可愛がったが、アデルをひどく扱うことはなく、ただ無干渉であった。
アデルは抱きしめられることも褒められることもなく、「いないもの」として扱われていた。
それでも、年が近い姉妹は仲が良く、静かに日々は過ぎていた。
アデルが七歳、マリエルが五歳を過ぎた頃。
ふと、マリエルが母に尋ねた。
「ねえ、どうしてあたしの瞳は緑色で、おねえさまは紫なの? 髪の色だって違う。あたしもおねえさまと一緒が良かった!」と。
その何気ない質問が、姉妹の関係を歪ませる始まりとなった。
「いいマリエル、アデルの母親は死んでしまっていないの。私たちは貴族だけど、あの子の母親は平民だったの。だから違うのよ」
嫌悪をあらわにする継母の言葉を、アデルは偶然耳にしてしまう。
その瞬間、自分が愛されていないのだと確信した。
亡き母に似た薄紫の瞳も、父譲りの胡桃色の髪も、アデルにとっては大切なものだった。
継母の言葉は、幼い少女の心に深い傷をつけた。
それから数週間後。
あのパーティでマリエルの口から「平民の血」という言葉が飛び出した。
その日を境に、マリエルの態度は目に見えて変わっていく。
アデルが奉仕活動に熱心だと知ると、
「早くこの家を出て修道女にでもなればいいんだわ」と言い
親戚が婚約したという話を聞くと、
「平民の血が入ってるんだもの、お姉さまには縁談なんて来ないわよ」と笑うようになった。
マリエルがそんな言葉を口にするのは、決まって父のいない時だった。
父が自分たち二人を平等に愛していることは、アデルもよくわかっていた。
だからこそ、妹の暴言を告げて悲しませることは出来なかった。
そんなアデルの唯一の安らぎが、亡き母の思い出が残る教会だった。
12歳で奉仕活動を始めた頃から、母のことを知る人たちが思い出を聞かせてくれた。
その中で、特に母と親しかった女性の名前を何度も耳にした。
それがジョセフィーヌという人だった。
しかし、彼女は忙しく、教会に顔を見せることができない。
代わりに通ってきていたのが、彼女の息子のリオンだった。
15歳のリオンは、子どもたちと一緒に泥だらけになって遊び、時には読み書きまで教えていた。
その飾らない態度と、いつも明るく優しい笑顔に、アデルは次第に心惹かれていった。
そんな平和な日々の中、マリエルが一度だけ奉仕活動に参加したことがあった。
子どもたちの簡単な質問にも答えず、遊びを「汚い!」と嫌がったかと思うと、いつの間にか姿を消してしまっていた。
アデルが帰宅すると、マリエルはすでに違うドレスに着替え、サロンでお茶を飲んでいた。
「マリエル! どうして何も言わずに帰ったの?」
アデルの問いかけに、マリエルは肩をあげて口を歪ませる。
「わたしは貴族よ。どうして平民なんかに合わせなきゃいけないの? みーんな変な服着て、変な形のお菓子食べて……あんなとこにいられないっ!」
「お菓子はみんなで作ったものよ、とても美味しいわ。それに貴族だからって特別なの? 何も変わらないわ」
「ふんっ、それは姉さまに『平民の血』が流れてるから言えるのよ。お父様は社会見学だと言ってたけど、わたし二度と行かないからっ!」
マリエルは大げさに首を振り、たくさんのフリルが付いたドレスを翻して部屋に戻っていった。
サロンに残された侍女たちは、困惑した顔で目を見合わせる。
アデルはそんな彼女たちに、妹の言葉を気にしないようにと笑顔で伝え、小さくため息を吐いた。




