エピローグ
マリエルと継母のいない生活が始まり、アデルは平穏な日常を取り戻していた。
結婚式までの間、できる限り教会へ通いたいと思い、いつものように足を運ぶ。
聖堂に足を踏み入れると、数日ぶりなのにとても懐かしく感じられた。
「アデル、婚約おめでとう」
司祭たちがアデルを笑顔で出迎えた。
彼らはかつて、母セレスティーヌを守り、その後も娘であるアデルを見守ってくれた人たち。
父からその話を聞き、アデルはずっとお礼が言いたいと思っていた。
一歩下がり、深々とカーテシーをする。
「これまで母を、そして私を見守ってくださって、本当にありがとうございました」
司祭たちは目を細め、穏やかに頷いた。
「とんでもない。アデルの幸せが私たちの望みだ。きっとセレスティーヌも喜んでいるよ」
「ありがとうございます」
幼い頃からこの場所は、アデルにとって心の支えだった。
そこに、本当の家族のように見守ってくれる人たちがいたなんて。
アデルは胸の奥が暖かくなるのを感じていた。
司祭たちへの挨拶を終えると、アデルはいつものように図書室へ向かった。
誰もいない図書室で本の整理をしていると、ふと手が止まる。
アデルは、ここでリオンと初めて出会った日のことを思い出していた。
細くて小柄だった少年の姿を思い浮かべ、自然に微笑んでしまう。
「なに、にやけてるんだい?」
「えっ」
不意に声をかけられ、アデルは驚いて顔を上げる。
そこには、いつもと同じ白いシャツを着たリオンが立っていた。
「びっくりしたわ、どうして教会にいるの?」
「君がいるだろうなと思ってね」
リオンは軽く肩をすくめ、アデルの隣に腰を下ろした。
ふたりは顔を見合わせ、自然と笑いあう。
「さっきは何を思い出して笑ってたの?」
「リオンと初めて会った頃のことよ。身長が同じくらいで、女の子みたいに華奢だったなって」
「もう、華奢なんかじゃないよ」
「ふふっ、そうね。でも、あの頃のあなたは本当に可愛らしかった」
その言葉にリオンは少し照れたように笑い、ふわりとアデルを抱きしめた。
身体越しに伝わるリオンの鼓動が、自分の心臓の音と重なって聞こえる。
顔を上げると、目の前に青い瞳があった。
二人は息を呑み、どちらからともなくわずかに距離が縮まる。
「アデル」
名前を呼ぶ声が、優しく震えていた。
アデルは目を閉じる。
ゆっくりと、二人の唇が重なった。
アデルの心臓は跳ねあがり、どうやって息をしたらいいかわからなくなってしまう。
――その時。
「うわー、ふたりがキスしてるーー!」
「司祭様に言わなきゃーー!」
「きゃーーー」
勢いよく飛び込んできた子どもたちに、二人は顔を真っ赤にして離れた。
高い窓から差し込む陽の光が、図書室を金色に照らしている。
子どもたちを追いかけるふたりの笑い声が、聖堂に響いていた。
完
無事に最終回を迎えました。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この作品は、前回の短編『婚約破棄も存外悪くない~』の執筆中に思いつきました。
短編のほうにも“厄介な妹”ฅ(`ꈊ´ฅ)が出てきますので、もしよければ読んでみてください。
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また別の作品でもお会いできたら嬉しいです。
ありがとうございました。
群青こちか




