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マリエルとランベール夫人は、侯爵家が狩猟の時期に使用する山間近くの別荘にいた。
最低限の家具と食料、そしてわずかな使用人。
お気に入りの靴を忘れたとふてくされているマリエルに夫人は頭を抱えた。
まさかこんなことになるなんて……。
最初はほんの気まぐれでついた嘘だった。
おしゃべりになってきた幼いマリエルが、「どうしてアデルの髪や瞳はあんなに綺麗なの? わたしも同じ色が良かった」と言ったとき、ほんの少し意地悪を言いたくなっただけだった。
他国から後妻として嫁いだものの、使用人たちには受け入れられず、前夫人に似ているというアデルを見るたび、胸がモヤモヤしていた。
自分が幼い頃、突然、父が子爵になったと言って家に戻ってきた。
それまでも、平民ではあるが裕福に暮らしていると思っていたが、貴族はまるで別世界だった。
はじめての社交界、劣等感を感じた。
いくらお金があっても、この人たちとは違うんだ、そう思い知らされた。
その時のことを思い出し、ついアデルのことを「平民」の生まれだと、嘘をついてしまった。
それがここまで大事になるとは、思ってもみなかった。
「ねえお母様、お茶の時間はいつなの?」
椅子に座って足をばたばたさせている娘に、夫人は深くため息をつく。
社交界ではパーティの噂が広まり、婚約の申し込みも絶えてしまうだろう。
マリエルはまだ15歳、それに美しい。
今のうちに実家のミュラー子爵家へ援助を求めれば、どうにかなるかもしれない。
そう考えた夫人は、荷物の中から便箋を取り出しペンを走らせた。
数日後。
ミュラー家から届いたのは、冷たい断りの返事だった。
兄ヴィクトルが放蕩の末に財産を失い、ミュラー家は破産寸前だという。
しかも、ベレリア国で自分のことを子爵だと偽っていたことが発覚し、入国を禁じられたと書かれていた。
「なんてこと……」
「どうしたのお母様? ねえ、わたし達いつまでこの別荘にいるの?」
父からの手紙を読んで崩れ落ちる母に、マリエルは無邪気に問いかける。
テーブルの上には食べかけのお菓子が散らばっていた。
マリエルは、現在の状況が一時的な謹慎に過ぎないと思っているようだった。
しかし、夫人はわかっていた。
侯爵夫人としての地位も、贅沢な暮らしも、もう戻らない。
この別邸への移動が、事実上の追放であると確信していた。
「ここは寒いから早く帰りたい。それにしても、お父様はどうしてあんなに怒ったのかしら、だって、本当のことを知らされてなかったんだもん。嘘をつかれて可哀相なのはわたしとお母様でしょ」
マリエルはクッキーを頬張りながら、文句を言っている。
夫人の胸に、後悔が押し寄せていた。
自分のついた小さな嘘が、娘をこのように育ててしまった。
ここにいる十五歳の娘は、自分が馬鹿にしていた『平民』のような暮らしが待っていることに、いつ気づくのだろう……。
夫人は、娘の顔を見つめたまま動けなかった。
窓の外は、鉛色の空が山を包み込み、部屋の中が急に暗くなっていく。
まるで闇に沈んでいくようだと感じていた。
私は何も悪くないのに……。




