プロローグ
「おねえさまは 『平民の血』が流れてるから、味がわからないの?」
咳き込むアデルに、マリエルは目を丸くして声をあげた。
ランベール家の庭で開かれた小さなパーティ。
7歳のアデルは、5歳の妹が差し出したクッキーを口にしたその直後、あまりの辛さに思わず吐き出してしまう。
周囲の大人たちが騒然とする中、聞こえてきたのはマリエルの無邪気な笑い声だった。
「みんな美味しいって言ってるのよ? おねえさまだけへーんなのっ」
きょとんとした顔でそう言うマリエルに、アデルは口の中が痺れて言葉が出てこない。
幼い妹の発言に場が凍りついたが、マリエルの母であるランベール侯爵夫人は「まあまあ、この子ったら」と、笑いながら髪を撫でている。
近くにいた子爵が何か言いかけるのを見て、「子どもですから、意味も分からずに……ごめんなさいね」と、夫人は取り繕うように微笑む。
そのやりとりを黙って見ていた伯爵夫人が、そっとアデルを椅子に座らせ、温かい紅茶を手渡した。
さらに別の夫人が、乳白色のヌガーをぽんっと口に放り込む。
蜂蜜とナッツの香りが口の中いっぱいに広がり、アデルの肩から力が抜けた。
「はぁ……」
あれから十年。
アデルは17歳になっていた。
教会へ行く支度をしながら、テーブルの上に置かれたクッキーを見つめる。
あの頃のことが思い出され、胸の奥がかすかに重くなる。
母は違うが、小さな姉妹の間に大きな問題はなかった。
二歳下の妹は幼く、わがままを言うことも多かったが、それも子どもらしいものと受けとめていた。
しかし、あのパーティを境にマリエルの態度はどんどんおかしくなっていった。




