君の名は
そうして僕は、また以前のような日常に戻った。
あれからしばらくして、父親の会社は倒産した。
父を誘った社長が逮捕されたらしい。
会社経営も他人の気持ちをかえりみない酷いものだったが、どうやらプライベートでも色々と問題のある人だったようだ。
正直、ざまぁみろとしか思えない。
あの「死にたい」という追い詰められた感覚は、実際に経験した者以外、誰にも分からない。
そして僕は今日も、パワー全開で友人たちの相手をする。
また、彼女のあの声が聞きたいと願いながら。
「なあ、今度の日曜、みんなで映画観に行かないか」
「いいね」
僕は満面の笑みで答えた。
「ねえ、進路もう決めた?」
「まだちょっと悩み中」
僕は進路調査の紙をひらひらさせながら笑った。
「あ〜〜、試験かったりぃ──」
「過去問あるよ、見る?」
椅子に座ったまま、後ろを振り向きながら機嫌良く話す。
「なんか最近、調子悪いんだよね」
「良くないなあ。熱とか平気? あ、栄養ドリンク、昨日3本セットのやつ買ったんだ。飲む?」
僕は笑って渡そうとして、頬が引き攣るのを感じた。
死にたい。
あれ、と思い色々やってみるがどうにもならない。
ただ、死にたいという思いが胸を騒がせ、理由もないのにまたひと言。
死にたい。
僕はギョッとして首を振った。
どうなってるんだろう。
死にたい、死にたいと頭の中で繰り返す声。
胸が苦しい。
死にたい。
頭が痛い。
気持ち悪い。
生きていたくない。
死にたい。
ダメだ、回復しない。
頭が痛い。吐きそうで吐けない。気持ち悪い。
どうしよう、死にたい。
と、パニックになりかけた次の瞬間。
「うるっさいんじゃボケェ!!」
ぐら、っと足元が揺れた。
気がつくと、僕はまたあの天使の家のある巨木の枝の上に立っていた。
背後から衝撃を受け、僕は倒れた。
懐かしい痛み。
振り向くと彼女がいた。
「ふざけんなボケ! 魔力生えてきてんじゃねえかクソが!! 苦労が水の泡だちくしょう!! ほんといい加減にしろよおまえ!!」
彼女は僕の襟首を掴むとガタガタと揺すった。
どうしよう、笑いが込み上げてくる。
笑顔のまま揺すられていると、彼女は気持ち悪そうに顔をしかめた。
「なんなのあんた、マゾなの!?」
僕は決してマゾじゃない。
でもとりあえず、僕が最初に口にする言葉は決まっている。
「約束だよ、ねえ、名前教えてよ」
彼女は僕を揺するのをやめ、ぽかんと口を開けた。
その顔も可愛いと言ったら、なんと言うだろうか。
そんなことを考えながら、僕は晴れ晴れとした気持ちで笑顔になったのだった。
〜了〜