どうやら夢だったらしい
「ちょっと聞いてる?」
じろりと音がしそうな視線で僕を睨む天使。
やめてそんな目で見ないで、癖になりそう。
「聞いてる、うん聞いてる」
顔をそらして適当に返事をする僕の言葉を、天使は全く信じなかった。
「ウソね。絶対聞いてないわねこれ」
そして大きなため息とともに、額に手を当てて続けた。
「しょうがないわね、もう一度説明してあげる。あのね、人間にはいろんな力があるの。霊力、気力、体力、精神力、免疫力、総エネルギー量、生命力、魔力、もうほんと色々。それで、そういうののどれかが減り過ぎると、動けなくなったり死にたくなったり、病気になったりするのよ」
「うん、うん、そうだね」
「信じてないでしょ」
いや信じるほうがどうかしてると思うよ。
僕が口にはせずにそんな事を考えていると、道の先から数人の話し声が聞こえてきた。
多分、下校中の生徒だろう。
すると天使は、僕の手を掴んでふわりと飛び上がった。
飛び上がった!?
「えええ!?」
「うるさいわよ静かにして。ちょっと場所を移すから」
次の瞬間、ぐら、っと視界が揺れて、正常に戻ったと思ったら、僕は巨大な木の巨大な枝の上に立っていた。
って、ええええええ!?
「こっちよ、木の幹にわたしの家があるの。お茶でも飲みながら話しましょ」
天使のおうちにお呼ばれ、プライスレス。
なるほど夢か。
やけにリアルな感触の夢だなあ、と思いながら、僕は天使に手を引かれてついていく。
枝の元、木の幹には扉があって、その中へ入るとキッチンのある可愛らしい部屋になっていた。
イスに座って、天使がお茶を淹れてくれるのを待つ。
その間にも天使は喋り続けた。
「力はね、自分のために使ったり、人のために使ったり、ひどいと奪われたりもするの。使い過ぎると消耗してダメージを受けたり、死にたくなったりするんだけど、あなたの場合はそれなのよね」
「力の使い過ぎってこと? 魔力切れとかそんな感じ?」
「そうそう、でも魔力は普通、人間は持ってないから今回は除外していいわね」
魔力じゃないのか。
ちょっと残念。
「ちなみに魔力切れは二日酔いに似てて辛いらしいわよ。魔力が少ないうちは、常に使い過ぎてる状態だから、永遠に治らない二日酔いで死にたくなるらしいわ」
前言撤回。
それ絶対まずいヤツ。
なんで未成年の僕が二日酔いの辛さを知ってるかって?
もちろん実体験ではない。身近のダメな大人をたくさん見ているのだ。
二日酔い……。
あれはヤバいらしい。本当にヤバいらしい。全ての酒好きをして「もう飲みません」と言わせる究極の懲罰兵器、二日酔い。
まあでも治ったら辛さの記憶も一緒に消えるのでまた同じことを繰り返すんだけどね。
あれ多分、脳へのダメージがすごくて記憶が無くなっちゃうくらい辛いってことなんだろうなって思う。
「あなたは霊力とか気力とか、そっちじゃなくてどうも生命力を使ってるみたいなのよね」
「生命力?」
「そう。このままだと、自殺しなくても簡単に病気になって死んじゃうわよ?」
「え、それはやだ」
「そうよねえ。あのね、普通はね、人間って生命力使ったりとかしないのよ。生き物にとって生命力って重要だから。安全装置がかかってて、奪われることはあっても問題解決のために使ったりはできないの。でもあなたは使えちゃう。これってね、すっごく珍しいのよ?」
「珍しいってどれくらい?」
「50万人に1人くらい」
「それすっごい珍しいね」
100万都市でも2人しかいない計算だ。
「そうなの。通常、使ってもすぐに回復するはずなのに、あなたは回復する間もないほど使いまくってる。それで生命力が減り過ぎて死にたくなってるっていうわけなの」
「使ってるって、一体何に使ったら死ぬとこまで行っちゃうわけ?」
「そうね……ちょっと待って」
天使は僕をしばらくじっと見つめて、それからさらりと告げた。
「お父さんね」
「親父!?」
何してくれてんのあの人! 息子殺す気!?」
「お父さんが奪ったわけじゃなくて、あなたが自分であげちゃってるのよ?」
おっと冤罪。
「死にたいって思うようになったのって最近でしょ?」
「うん」
「お父さんのお仕事、最近変わったわよね」
「変わった」
僕は大きくうなずく。
うちの父は正社員だったけど、ついこの間その会社の社長さんが高齢のため後継者なしで解散した。
次の仕事を探しているとき、うちの父より数年先に退職して会社を立ち上げていた先輩が、「うちに来ないか」と誘ってくれたんだそうだ。
拾ってくれたんだからと、父は朝早くから出かけて夜遅くまで働いている。
確かに大変そうではあったが、前の会社も似たようなものだったのに……。
「その会社の社長がね、人を支配して色々奪うタイプの人なのよ。モノだと犯罪になるけど、生命力やエネルギーって、法律上奪っても問題ないじゃない? 日本ではそんなもの存在しないことになってるわけだから」
「確かに」
「でも、そうするとお父さんが病気になったり死んじゃったりしちゃうでしょ? だからそれをあなたが補ってる、というわけなのよ」
「え、でもそれ僕死ぬよね?」
「回復するからすぐには死なないけど、そのうちね。実際死にたかったでしょ?」
「……死にたかった……」
「あとは病気で死ぬか自殺して死ぬかの違いだけど、生命力を使うタイプの人ってなかなか死なないから、長く苦しんじゃうのよね」
絶望的な気分でうつむく僕に、天使はハーブティーを淹れてくれた。
「他の力の使い過ぎでも死にたくなったりするけど、生命力の使い過ぎは死に直結するからね。ほんと気をつけてよ?」
「でもどうすればいいんだろう。何か方法はある?」
天使はカップを両手で持って手を温めながら僕を見た。
だからその上目遣いやめて、ヘンな気分になるから。
「お父さんに今の会社を辞めてもらう事」
「それ以外で」
「それが一番の問題なんだけどなあ。まあでも、あなたみたいな人ってすぐに生命力使って解決しようとするから、ちゃんと方法覚えたほうがいいのかもね」
命で解決って、そんな聞こえが悪い言い方しなくても。
泣きそうな気分の僕に構わず、天使はテーブルにカップを置くと立ち上がった。
「じゃあ訓練するわよ!」