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02.殿下、それは麦茶です



「慣れれば結構イケるな」


 ふんふんと頷きながら麦茶を飲む白タイツ男を見つめる。彼は三杯目の麦茶を飲み干して、ようやくコップを机に置いた。


「あの、そろそろ夜も遅いですし…」

「そうだな。城まで案内してくれ」

「はい?」

「ここが何処だか知らないが、シルヴェイユ王国の領土からは出ていないはずだ。使用人たちが心配していると思うから、急いで帰った方がいいだろう」


 開いた口が塞がらない。

 本気で彼の頭を心配しながら、どう返すべきか考える。


 その一、コスプレをして自分を王子だと思い込んでいる痛い男

 その二、関わると危険な本当に頭がおかしい男

 その三、誰かが雇った新手のドッキリ


 その一とその二は似ているようで大きく異なる。自室に上げてしまっている以上、危険性の有無はこの場合非常に重要視されるから。その三である可能性はおそらく低い。ドッキリを私に仕掛けるメリットなんて無に等しいし、仕掛けカメラも見当たらない。


「あの…ここは日本という国で、貴方の言う王国ではないんですが」

「何を言っているんだ?」


 真実を伝えただけなのに、白けた顔で見られると困る。

 胡散臭い人間を見るような目で私を見つめる男に対して、丁寧に現在地と日付を教えてあげた。


「トウキョウ……レイワ…」


 情報を処理しているであろう男の頭からはプシューと音が出そうだ。迷い込んだ異国の王子のフリにしては上手すぎるし、仮に彼が俳優であれば、その迫真の演技で主演男優賞は確実だろう。


「貴方の名前は?」

「人に名を尋ねるなら自分から名乗れ」

「……私は森永メイです」

「俺はロイ・グーテンベルク。由緒正しきシルヴェイユ王国の皇太子だ」


 どうしよう、めちゃくちゃ心配になってきた。

 誰かにこの場のマネジメントを頼みたい。一時間につき千円ぐらいなら本気で考える。


「ロイ…さん、もしかしてタイムスリップでもしちゃったんじゃないですか?」


 冗談で言った私の言葉に、ロイはふむと顎に手を当てて考え始めた。タイムスリップなんてそんなファンタジーなこと有り得るはずもないので、私は「いやいや冗談ですよ」と慌てて付け足す。


 ロイは顔を上げて、その青い瞳をこちらに向ける。


「昔、史実で読んだことがある。ある思想家の男が異世界に飛ばされて経験した体験談について」

「………異世界?」

「どうやらここは異世界のようだな。そうと分かれば話は早い。俺は客人だ、精一杯もてなせよ」

「は?」


 何を勝手な、自己中心的にも程があるだろう。

 唖然とする私を他所にロイは台所へ回り込み、麦茶のボトルを掴んで戻って来た。改めてお伝えするが、ここは私の家だ。


 踏ん反り返って椅子に座るロイの言葉を信じると、どうやら彼は異世界から来たらしい。シルヴェイユ王国なんて国、歴史上でも聞いたことがないし、確かに彼の着た服をよくよく見てみればコスプレにしては“本物”感がすごい。


 時計を確認した。

 今は午後7時を回ったところ。


 貴重な平日の仕事終わりの時間を他人のために使うことに抵抗を覚えたが、このまま彼を警察に連れて行ったところで変質者として連行されるだけだろう。つい先ほど会ったばかりとはいえ、さすがに可哀想な気もする。


 しかし、これから何か手を打つにはもう時間も遅い。とりあえず害は無さそうだし、今日は家に泊めてあげようか。いやもちろん、枕元に防犯のための包丁は備えておくとして。


 捨て猫に掛けてあげるぐらいの情けを彼にも与えてみることにした。



「留守番できますか?」

「留守番?」

「私は少し出掛けます。テレビを付けておくので、すきな番組を見ていてください」


 スイッチを付けてリモコンを渡すと、ロイは画面の中で動く漫才師を見て飛び上がらんばかりに驚いた。


「何者だ!いつの間に部屋に入った!?」

「………あ、そうか…」


 ざっくりとテレビの説明をする。ロイにとってすべての電子機器は未知との遭遇なのだ。彼がテレビに頭突きして画面を割ってしまわないように、中に人はいないということを強調しておいた。


「とにかく、私が戻るまではこの場所にいてください。家を絶対に出ないで」

「別にいいが、もうすぐ茶がなくなる。新しく作れ」

「……帰ったら用意しますから」


 本当に何様なんだ。

 皇太子だかなんだか知らないけれど、この白タイツコスプレ男の態度を私は叩き直したい。


 腕組みをしたまま、厳しい眼差しで画面を見つめる姿を一瞥して、こっそり溜め息を吐いた。財布と携帯だけ小さなショルダーバッグに詰めて鍵を手に取る。



「行って来ますね」

「おう」


 偉そうな客人に見送られて、外へ出た。

 蒸すような暑さに包まれながら駅までの道を走る。



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