12.殿下、それはカフェです
気のせいではない、そう確信したのは昼ごはんを食べるために適当なカフェに入った直後だった。
チラチラとこちらを盗み見る視線を感じる。
それも一人ではなく複数人から。
「メイ、俺はこの茄子と挽き肉のアラビアータにする」
「……分かりました。じゃあ私はシーフードグラタンで」
「俺のを分けるからお前も俺に寄越せ」
「嫌ですよ、シェアするの好きじゃないです」
ショックを受けるロイの後ろから、あからさまなヒソヒソ声が聞こえて来る。首を伸ばして確認すると、若い女の二人組がこちらを見ながら顔を寄せ合って話していた。
水を持ってきたウェイトレスの子も、私をガン無視してロイに話し掛けていたし、もしかしなくてもこの男はモテているのでは。異世界から来た白タイツ王子に無難な服を着せることで、こうも世間の反応は変わるのだろうか。
(……うーん、やっぱり人は見た目が九割)
何かの本だかセミナーだかで耳にした言葉を思い出した。
どんなに中身を磨いて善人度を上げても、隣に美人もしくは美男が現れたら、人はそっちに注目する。ファーストインプレッションも見た目で決まるなんて言うし、なんて残酷な世界なんだろう。
私の憂鬱なんて知りもしないロイは、呑気に「如何に自分が自転車を上手く乗りこなしているか」について私に熱弁を振るっていた。電動アシストが付いているので、どちらかというとロイの実力というよりもアシストのパワーが大きいのだけれど、水を差すようなことは言わないに尽きる。
やがて、調理された美味しそうな料理たちがテーブルの上に運び込まれた。ほかほかと湯気を上げるグラタンはきっとスプーン差し込むとチーズが伸びるのだろう。
「美味しそう…!」
ふと視線を上げると、嬉々として写真を撮る私の顔を、ロイは不思議そうに見つめていた。
「どうしました?」
「いや…お前もそういう顔をするんだなと思って」
「どういう意味ですか」
「いつも家ではムスッとしてるだろう?」
クルクルと器用にスプーンの上でパスタを巻きながら、ロイは何でもないようにそう言った。そんなつもりはなかったので、私はドキッとする。
「そんなに怖い顔してました?」
「おう。俺に説教する時なんて鬼ババみたいな顔で…」
「ここのお会計、私持ちなんですけど」
「……!」
慌てて皿を囲い込むから笑ってしまった。
確かにロイと出会ってからというもの、異世界から来た彼に対しては色々と厳しく接していたかもしれない。すべてが未知である彼に一から考えて説明するのは随分と骨の折れる仕事だった。
加えて、生き甲斐である終業後の乙女ゲームが最近はまったくプレイ出来ていない。それもロイがテレビをほぼ独占しているからなのだけど、仮にどうぞお好きにと言われても、彼の前で成人指定の入ったシナリオを垂れ流すわけにもいかないのだ。
「もういいです。食べましょう」
「そっちもちょっとくれ」
懲りずに要望を伝えて来る皇太子に溜め息を吐きつつ、通り掛かったウェイトレスに小皿を頼んだ。子供のように喜ぶロイを見ていると、ついつい彼のペースに合わせてしまう。
◇◇◇
「なんですか、それ?」
お手洗いと会計を済ませて、店の外で待たせていたロイの元に戻ると、両手に溢れ落ちんばかりのカードを抱えていた。よく見るとそれらは全て誰かの名刺。中には見知った芸能事務所の名前が書かれたものもあった。
「タダでもらったんだが、これはカードゲームで使えるのか?」
「んん……新しいゲームが生み出せそうな可能性はありますけど、失礼なのでそういったもので遊ぶのはどうかと…」
「じゃあゴミだな」
止める間もなく、道端に設置されたゴミ箱に捨てに行くロイの背中を目で追った。
もしかしてスカウトされたのではないか。私自身にそんな経験はないけれど、よく芸能人のインタビューで繁華街でスカウトされてデビューなんていう秘話は耳にする。
「次はどこへ行くんだ?」
「……あ、近くの神社に」
「じんじゃ!良い響きだな、楽しみだ」
呆然と立ち尽くす私の手を取って、ロイは無邪気な笑顔を見せた。ギュッと縮こまる心臓を叱責しながら、私は彼と並んで歩き出す。
来たことのある店も、通ったことのある道も、ロイと一緒に居ると何故かいつもより輝いて見えた。