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我爱你

 それから三日間。玄奘は沙羅の元に通い続けた。


「もーいやだ! もー我慢ならねえ! もう諦めましょう、おっしょさん!」


 李昌の執務室で悟空がキーキー叫びながら、頭や胴体に巻かれた色鮮やかな布をむしる様に取ってはポイポイと四方八方に投げ捨てる。

 これらは全て、カトゥーの娘沙羅から悟空への贈り物(プレゼント)だった。

当然ながら、カトゥーの沙羅は悟空を知らない。故に、『端切れができたから、巻いてあげるわね』と頭にワッカがついた可愛い白猿を、親切心一つで飾り立ててくれるのだ。


 この三日間、ずっとそれである。


 悟空はもう、カトゥー族の織物も南国の果物を乾燥させた食べ物も、大嫌いになっていた。


「あの女、猿だからって乾燥香蕉(バナナ)ばっか口に突っ込んできやがって! 口ん中がイガイガするわ!」


 緊箍児(きんこじゅ)以外の物をキレイさっぱり脱ぎ捨てた悟空は、執務机の上に飛び乗って、苛立ち顕わにぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。


芒果(まんごー)はいくらでも食べられるよ」


 悟空とお揃いのごとく、カトゥー族の織物の端切れを体に巻きつけた八戒が、床に寝そべりながら満足げに深い息を吐いた。


「お前太ったんじゃないか?」


 李昌が八戒の腹周りを見て顔をしかめた。無理も無い。玄奘達は沙羅を訪問するたびに、糖度の高い乾燥果物(ドライフルーツ)を馳走になっているのである。贅肉がつかない方がおかしかった。


「しかし困りましたな。休憩時間を狙って訊ね会話を重ねても、沙羅を引っぱりだす手立てが掴めぬとは」


 悟浄が淹れたての茶を、皆に配りながらため息をつく。

 悟浄はこの三日間、玄奘が悟空と八戒を連れて沙羅を訪問している間ずっと李昌の執務室で雑用係として働いていた。主にはお茶くみや掃除、書類の整理であるが、これが、なかなか仕事が丁寧で役に立つと、李昌は喜んでいる。


「玄奘殿。そろそろ何とかせんと、これではまるで動物を餌に若い娘を落としに行っている生臭坊主だぞ」


 茶を飲みながら李昌が、歯に衣着せぬ物言いで指摘する。

 確かに。

 玄奘は渋い顔を作った。


「おっしょう様。もうあの娘ごと攫っちゃえばいいんじゃない?」


 八戒が仰向けに転がりながら誘拐をそそのかす。


「そんな無茶苦茶な事はできません」


 玄奘の顔の皺が更に深くなる。


 沙羅がなぜあの娘に取り込まれてしまったのか、玄奘には、見当がついていた。しかし、どう助け出せばいいのかが分らないのである。

 悟空の時のように、『おっしょさんのピンチ』がこちらの自分から抜け出る底力を作るとは限らない。悟空の『おっしょさん』に対する執着は、群を抜いているからだ。


「何か、沙羅の心を大きく動かせるものがあればいいのですが……」


 玄奘が呟くと、悟空が茶をすすりながら「ありますよ」と言った。

 そこにいる全員が、はじかれたように悟空を見る。


「教えて下さい!」


 玄奘が悟空に詰め寄った。

 悟空は茶のおかわりを自分で注ぐと、ちびちび飲みながら不機嫌そうに言う。


「あいつはおっしょさんに惚れてるんでね。おっしょさんが『我爱你あいしてる』って言ってやれば、飛び出てくるんじゃないですか?」


 八戒が「ああ、なるほどねぇ~」と豚頭を何度も上下に動かして納得の意を表す。

 しかし、当の玄奘は青ざめて硬直していた。


「言えそうか? 玄奘殿」


 李昌が気づかわしげに訊ねる。


 玄奘は悟空の前で顔を青くしたままゆっくりと俯くと、


「嘘は言えません」


 と呻くように答えた。


「嘘って、あぁた……」


 八戒が唖然とした様子で大きな口をぱかりと開く。


「悟空よ、これは師父には少々酷だ」


「ああ。玄奘殿だしな。これは無理だ」


 悟浄が太い眉をハの字に下げ、玄奘を擁護する。李昌も悟浄に強く同意した。


 悟空はぶすっとした顔で黙って茶をすすっていたが、やがて湯飲みを置くと、気合を入れるようにパシンと自分の膝を叩く。


「分りました! オイラに良い考えがあります!」


 悟空は李昌に、紙と筆をよこすよう言った。


次話はまた来週木曜日に投稿いたします!

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