第9話 勇者アスティからのメッセージ
勇者アスティの快進撃は続き、いよいよ今日は魔王との決戦、その前夜だ。
そのためアスティは、魔王城から最も近い町の宿屋で一番良い部屋を取り、明日の最終決戦に向けて英気を養っている。
……と思いきや。
アスティは現在、なぜか魔王城にいるらしい。
いやいや、なんでさ。
決戦前夜なんだから、町で大人しく休んでおきなさいよキミ。
なぜアスティが魔王城にいるかというと、そこには彼女のこんな考えが絡んでいたからである。
『魔王と戦いに行く前にさ、道中に魔王の手下が出てくるでしょ? そしたらさ、その手下を倒すために戦わないといけないでしょ? 戦ったら疲れるでしょ? 町から魔王城まで遠いから、たくさん手下と戦わないといけないでしょ? だからさ、魔王がいる場所から少しでも近いところで隠れながら寝泊まりすれば、次の日に魔王のところへ行くのに、あまり手下と戦わずに済むんじゃないかなーって』
そう考えた結果、アスティは現在、魔王城の食糧庫の中に隠れているらしい。ここで一夜を明かし、明日の朝いちばんに魔王の玉座へ殴り込みに行くという計画だそうだ。
さすがアスティ!
僕たちにできない事を平然とやってのける!
そこにシビれる! あこがれるゥ!
でも真似したいとは思わない! 不思議!
そして現在、アスティは食糧庫の中に隠れつつ、ユーザーの皆からの応援の感想に返信をしているところだった。
でも、いまやアスティを応援するユーザーはものすごく多い。このままじゃ、彼女は魔王との決戦が控えているにもかかわらず、一晩中ユーザーへの返信に追われることになるのではなかろうか。アスティなら普通にやりかねない。
だから僕は、彼女に送る感想の「一声」の欄に、「読者の皆へのサービスも大事だけど、明日の決戦に響かないようにほどほどにね」と付け加えておいた。
彼女からの返信は、まさに現在進行形で感想返信を行なっているからか、すぐに届いた。『気遣ってくれてありがとー!』といった感じの内容だった。
さて、感想も送り終わったし、今日はもうログアウトしちゃおうか。
そう思いながら、ふと僕のユーザーページを見ると、『新着メッセージが1件あるで』の通知が来ていた。
はて? 作品への感想返信の通知だろうか?
アスティの作品への感想返信は、ついさっき届いたはず。
アスティの作品以外に、何かの作品に感想書いてたっけ?
そう思いながら、僕はメッセージ箱を開く。
届いていたメッセージは、なんと勇者アスティから直接、僕に宛てたものだった。
僕は驚いた。
彼女とは長い付き合いになったけれど、直接メッセージが届くのは今回が初めてだ。
彼女からのメッセージは、まずこんなふうに始まっていた。
『オールドくん! こんばんわー! アスティです! いきなりごめんね! 実はちょっとお話を聞いてもらいたくて、メッセージを送らせてもらいました! ちゃんと送れてるかな?』
送れてるよー。
アスティからのメッセージは続く。
『実は私、ちょっと不安なんだ。明日の戦い、無事に勝てるかなって。確かに私はものすごく強くなったけれど、それでもちゃんと魔王に勝てるかは分からない。みんなの感想に返信している間も、この胸のモヤモヤが止まらなくて、私の気持ちを誰かに聞いてほしかった。そこで思いついたのが、私の冒険の最初のころからずっと、私のことを応援してくれたオールドくんだったの』
なるほど……。
しかし、魔王城の食糧庫に寝泊まりする勇気はあるのに、それでも魔王は怖いのか。どんだけ強いんだ、アスティの世界の魔王は。
それにしても、と僕は思う。
そもそも、個人でのメッセージのやり取りなんて、完全に作品の外のことだ。なのにどうしてアスティは、さも明日、本当に魔王と戦いに行くかのようなメッセージを送ってきたんだ? これはネット小説なんだから、本当に魔王と戦うワケじゃないんだろう? 僕にメッセージを送っても、彼女の作品に反映されるわけじゃないのに。
そして、アスティのメッセージは、こんな風に締めくくられていた。
『ねぇ、オールドくん。もし良かったらだけど、キミがどんな人か教えてほしいの。私のことをずっと応援してくれた、心優しいキミ。キミのことを知ることができれば、明日、魔王と戦う私はきっと、ひとりぼっちじゃなくなると思うから』
僕のことを、教える……。
えーと……それって、ネットプライバシー的には大問題なのでは……。
も、もしかして、この作品って、全ては僕を嵌めるための罠だったりしない? この日、この瞬間、僕から個人情報を聞き出すために……。それならば、彼女がわざわざメッセージという形で僕に接触してきた理由にも説明がつくのでは……。
い、いやでも、さすがにそれは大それ過ぎではなかろうか!
アスティは本当に、純粋な不安から僕のことを知りたがっているかもしれないだろ!
ええい! 仮にも好きになってしまった女の子がこう言ってるのに、個人情報の一つや二つくらい教えてあげられなくてどうする! もしこれが罠だったとしても、その時はその時だ! なるようになれーっ!!
そう決意して、僕はアスティに、リアルの自分のことについて教えた。
一応……罠だった時のことを考えて、当たり障りのない程度に。
たとえば、僕は日本の高校生であること。
たとえば、僕はネット小説を読むことを趣味としていること。
あとは、好きな食べ物とかスポーツとか、アスティの作品を知ったきっかけは単なる偶然だとか、そんな感じの無難な情報をメッセージにしたためて、送信した。
さぁ、どうなる!?
彼女は本当に、ただ純粋に僕のことを知りたがっただけなのか!?
それとも、僕は個人情報だけ盗られて哀れに捨てられるのか!?
祈るような気持ちで、僕はアスティからの返信を待った。