第6話 勇者アスティの失踪
アスティは順調に読者を獲得し、良い感じにポイントを入手していた。
合計ポイントで言えば、そろそろ700は行っていると思う。
アスティは強くなった。
相変わらず魚を食べ続け、どんどんパワーアップしている。
魔法は無詠唱で使えるようになったし、パワーも打たれ強さも人間とは思えないくらいになった。巨人と正面切って殴り合えるくらいだ。
スピードはもちろん、凄まじく速い。
キラーチーターと鬼ごっこができるほど。
知力も高いので、使う魔法も超高威力だ。
まぁ、アホの子は相変わらずなのだけれど。
知力の数値が高いからと言って、頭が良くなるわけではないらしい。
知力とはいったい……うごごご。
ちなみに、あれからアスティは冒険の途中で、精霊の加護が宿った強力な鎧を手に入れたので、晴れてビキニアーマーや聖なるキャミソールはお役御免となった。感想欄では落胆の声が上がっていた。お前らなぁ。
そして、応援ポイントスキルも、ユニークなものをいくつか習得していた。
その一つが、『異次元化』。
魔法の一種で、指定した空間を異次元の領域にできる。
異次元化させた空間は、自由に広さや高さを設定できる。
小さな部屋を体育館並みの広さに変えることも可能だ。
ちなみに、この『異次元化』は、僕が感想でアスティに提案して習得させたスキルだ。もしかしたら、『アレ』ができるのではないかと思って。
そして俺の予想通り、このスキルを麻袋に使って、袋の中を異次元化させたら、ネット小説でおなじみの四次元アイテムボックスに大変身だ。これで彼女の旅も少しは快適になるだろう。
あとは、『絶対記憶』とかいうスキルも取ってたっけ。
これは文字通り、一度記憶したことは絶対に忘れないというスキル。
物忘れが激しいアスティにはもってこいのスキルだ。
村人たちの重要な話を頭の中に刻み込めるのはもちろん、敵の技も確実に記憶して、解析し、その攻撃への対処法を閃くことができる。上手くいけば、その敵の技を自分の技として習得することもできる。
どこぞの異世界主人公のメインスキルになりそうなスキルさえ、今のアスティにとっては所有スキルの一つに過ぎない。彼女は着実に最強勇者への道を歩みつつある。
アスティは、安価な応援ポイントで習得できるスキルはおおよそコンプリートしてきた。これからはいよいよ数百~数千のポイントを貯めて、強力かつ特別なスキルを習得していく段階である。
しかし、どんどん強くなっていくアスティを警戒して、魔族も戦力を強化してきた。
アスティに襲い掛かってくる魔物の強さが、見るからに上がった。
たとえば、無詠唱で高威力の魔法を乱発する暗黒魔導士。
どこぞの異世界賢者かと思うほど、その魔法の火力と連射力は凄まじかった。
たとえば、身体に百個の石化の魔眼を持つ悪魔。
しかもこの魔眼、自由に飛ばして自由に操ることができる。
たとえば、受けた物理攻撃をそのまま反射してくる、一つ目の像。
よく見ろ、エレファントじゃなくてスタチューのほうだ。
何のネタか分からない? それは残念。
アスティの作品は、その日の終わりにつける日記のようなスタイルなので、魔物との戦いのシーンそのものが書かれることはない。ただ、今日はこんな魔物と戦い、こんな攻撃をしてきて、こんなふうにやっつけたと、事後報告していくだけだ。
アスティの作品は文章も言葉選びも粗削りで、お世辞にも質の良い小説とは言い難いが、不思議なリアリティがあった。まるで本当に、この世のどこかでアスティが旅をしながら、この日記を書いているかのように。
アスティの中の人、なかなかやるじゃないか。
こんなに夢中になれるネット小説は久しぶりだぞ。
毎日投稿してくれるから、学校から帰れば最新作が読める。
安心して楽しめる。
そして次の日。
アスティの作品は、更新されなかった。
次の日も。その次の日も。
アスティの作品は更新されなかった。
次の日も。
次の日も。
そのまた次の日も。
僕は、気が気ではなかった。
アスティの中の人、何があったんだろう。
用事か? それとも身体を悪くしてしまったか?
まさか、どこかで事故に遭って、帰らぬ人になったのでは……。
それとも、もうこの作品に飽きてしまったのか……。
もしかして。
僕はもう二度と、この作品の続きを読めないのでは……。
そんな考えを抱きながら、次の日。
なんと、アスティの作品が更新されていた!
最新話の冒頭には、こんなことが書かれていた。
『みんな! 心配かけちゃってごめんっ! この間の旅の途中、魔族たちの不意打ちを受けて、やられて拘束されちゃって、近くの砦に閉じ込められてたの。作品を書くための魔法のノートも取り上げられてて、更新したくてもできなかったんだ』
彼女は魔族に捕まった後、あらゆるスキルを封印する特製の結界の中に閉じ込められ、何もできずにいたという。
ロクな食事も与えられず、このままでは長らく魚を食べていないことで発症する禁断症状により、アスティの肉体が干からびて死に至るかと思われたが、勇者を救出するために近くの王国軍が騎士団を派遣し、この砦を襲撃。無事にアスティは救われたというワケだ。
はぁー……安心した……。
想像以上に本格的だったよ、中の人のなりきりごっこ。しばらく更新しなかったのは、このストーリーの演出のためか。それとも、更新できなかった事情がリアルで発生したけど、こういう風に物語を進めることでリカバリーしたのだろうか。どちらにせよ、やるじゃないか。
もうアスティには、こんな危険な目にはあってほしくない。
けれど、彼女は人々の平和のために頑張っている。
僕の独りよがりで、旅をやめてほしいなんてことは言えない。
ネット小説のキャラクターにそんな大げさな、と思われるかもしれない。
でも、居ても立っても居られなかったんだ。
せめて、ほんの少しでも彼女の力になりたい。
だけど、僕のお気に入り登録とポイントは、とうの昔に彼女にあげた。
これ以上、僕に何ができる……?
そうだ、オススメレビューだ。
オススメレビューとは、他の不特定多数のユーザーに向けて、気に入った作品の紹介をするためのい一文を投稿できる機能のこと。
僕のオススメレビューで、新規の読者をこの作品に呼び込めれば。
アスティにさらなる評価ポイントが入って、彼女はさらに強くなれる。
彼女が強くなれば、もうこんな目に合わずに済むかもしれない。
どんな不意打ちだって跳ね返せるくらいに強くなれれば。
そして、ただの読み専だった僕は衝動のままに。
生まれて初めて、レビューなるものを書いた。