最終話 勇者アスティのニューゲーム
僕の部屋に突如として現れた女の子は、今まで作品の中でやり取りしていた勇者アスティその人だった。
どうしてネット小説の登場人物であるアスティが、僕の目の前に……?
いやそもそも、どうやってここに? さっきの音と光は何?
以上の質問を僕がアスティに投げかけると、彼女は僕のイメージ通りの表情と仕草で答えてくれた。
「えっとねー、私、魔王を倒した後に、なんかスキル一覧表に新しいスキルが解放されたんだよね」
「あー、作品の中でそう言ってたね」
「それで一つ習得したのが、『次元跳躍』だったの。次元を超えて好きなところにワープできるって効果だったから、本当に好きなところならオールドくんのところに行ってみたいなーって思ったら……」
「ここに来た……ってこと?」
「そーいうことー! 10万ポイントくらい必要なスキルだったんだけどね、ギリギリ足りた!」
なんてこった。
この勇者は、とうとう次元の壁まで超えるようになってしまったのか。
というか……やっぱり、もしかして。
これまでのアスティの作品って、まさか本当に、アスティが冒険しながら書いてたの……?
「そーだよー! 最初からあらすじにそう書いてたでしょー?」
なんてこった。
アスティの中の人は、最初からアスティ本人だったのだ。
彼女が住む世界は、僕たちが住む世界とは別の時空に実在していたのだ。
い、いやでも、まだいろいろと信じられない部分は多いというか……。
たとえば、アスティは異世界の住人だ。それがどうやって、こっちの世界のインターネットに小説を投稿してたのだろうか。
「それはねー、これを使うんだよー!」
そう言ってアスティが取り出したのは、一冊のすっごく分厚くて大きな本。綺麗な茶色の装丁が印象的だ。
僕は、その本のことも知っていた。
アスティの作品の中で、何度か登場していたアイテムだ。
「それって……もしかして、魔法のノート?」
「せいかいー! これに文章を書くと、この世界の……えーと、いんたーねっと? に文章を送ってくれるんだよー! 冒険に出る前に、私の初期スキルの効果『応援ポイントスキルシステム』を見た王様の奥さんがくれたんだー! この王様の奥さんっていうのがすごい腕前の魔女さんでねー、色々なマジックアイテムを持っててー」
「は、はぁ、さいですか……。でもそれじゃあ、投稿サイトのユーザーページ機能とか、感想返信とか、ああいうのはどうしてたの? それも魔法のノートで?」
「うん! ほら、このページがユーザーページ用のページで、こっちが活動メモで、感想欄はここ」
そう言って、アスティは魔法のノートのページをパラパラとめくってみせる。なるほど確かに、こっちのサイトで表示されるユーザーページや活動メモ欄によく似たデザインのページが載っている。
アクセス解析のページまで載っており、僕が見ている最中でも、数値やグラフがリアルタイムで変動していた。こんなの見せられたら、もはや何の疑いようもなく魔法のアイテムである。
また、この魔法のノートは、ページ一枚一枚が魔力そのもので出来ており、アスティがお話をたくさん書いてページが足りなくなってくると、魔力で新しいページを生み出して自動的に追加するらしい。最初はそれこそ自由帳くらいの薄さだったのが、今では広辞苑みたいな厚さになってしまっている。
「ほら、このページ。この間オールドくんとやり取りしたメッセージも載ってるよ」
「うわぁ、本当だ……」
彼女が開いた魔法のノートのページに、僕が彼女に送信したメッセージや、それに対するアスティからの返信がビッシリと記載されていた。自分が送ったメッセージを相手から見せつけられるって、なんかちょっと恥ずかしいなこれ。
超常現象の数々を目の当たりにして、僕はすっかり固まっていた。
というか……冷静に考えると、いま僕の部屋の中には、太陽系を破壊できる魔王をも倒せる究極の最強勇者がいるってことなんだよな……。途端にアスティが危険物か何かに見えてきた……。なんかこう、部屋の中にダイナマイトを仕掛けられたかのような緊張感が走る。丁重に扱わねば……。
そして、一人で勝手に緊張していた僕に、アスティがひしっと抱き着いてきた。
「わ、あ、アスティ!?」
突然のハグ。
僕は驚き、声を上げてしまった。
ま、まさか、このまま絞められて背骨をやられる……!?
もちろん、そんなことはなく。
アスティは、僕に抱き着きながら、声を発した。
「えへへ、嬉しいんだ」
「う、嬉しい?」
「うん。ずっと私を助けてくれたオールドくんと、こうやって本当に出会うことができて、私はとっても嬉しい。私もずっと頑張ってたから、神様が最後にちょっとだけご褒美をくれたのかな、なんて」
「アスティ……」
「大変なこともたくさんあった旅だったけれど、オールドくんや読者のみんなのおかげで、本当に楽しい旅だったよ。これだけは胸を張って言える!」
僕は、アスティをぎゅっと抱きしめ返した。
アスティは小さくて、華奢で、けれど暖かかった。
そして、今度は僕から、アスティに声をかける。
彼女を抱きしめたまま。
「ねぇ、アスティ」
「なぁに?」
「この間のメッセージ、最後にアスティが送ってきたメッセージに、アスティは僕のことを『大好きだよ』って書いてくれてたよね」
「うん! 書いたよ!」
「それじゃあ、僕からも返事。僕も、アスティのことが好きなんだ」
伝えた。
伝えた。
ついに伝えちゃったぞ。
アスティに、僕の気持ちを伝えてしまった。
アスティは、きょとんとしたまま、返事をした。
「……すし?」
「え?」
「すし……あ、スシ! オールドくんが言ってた、この世界のすごく美味しいお魚料理!」
「え、あ、いや、寿司じゃなくって、僕はキミが好……」
「食べたい! 私、スシ食べてみたい! 行こう行こうオールドくん! あ、そうだ、お店で食べるのもいいけれど、どうせなら私がお魚を釣り上げて、私がスシを作ってあげるよ! 作り方さえ教えてくれたら一発で作れるから!」
た、大変だ。僕の想いが伝わらなかったうえに、アスティのやる気スイッチが入ってしまった。こうなると彼女は止まらない。間違いも勘違いも気づかないまま突き進む。
「そうだ! せっかくこっちの世界に来たんだから、みんなにもお礼を言っていかないとね!」
「お、お礼? それに、みんなって?」
「もちろん、オールドくん以外の読者のみんなだよ! みんなこの世界にいるんだよね?」
「ま、まぁうん、いると思うけど、ブックマークだけで何万人いると思ってるの?」
「15万1994人だよ!」
「よ、よく覚えていらっしゃいますね?」
「『絶対記憶』のスキルがあるからねー」
「あ、そうだった……」
「もちろん、私を一番助けてくれた仲間として、オールドくんも来るんだよ?」
「は、え、はいぃぃぃ!? なんで僕も!? いやそれ以前に、15万人に一人ひとり挨拶とか、絶対終わらないって!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ! 『世界遅延』の能力でこの世界の時間を遅らせるから、今日一日でも十分に間に合うよ!」
「サラリとめちゃくちゃなこと言ってるよこの勇者!」
「うわぁー! それより窓の外を見てよ! 私の世界と全く景色が違うー!」
「そりゃそうでしょうよ! 文明レベルからして違うんだもん!」
「よーし、決めた! あいさつ回りの前に、まずはこの世界を冒険しちゃおう! もちろん二人で!」
「ちょおおお!? 誰かこの子を止めてくれぇぇぇ!!」
勇者アスティは、僕の部屋の窓を開けた。
そして、窓の縁に足をかけ、そこから元気よく外へと飛び出した。
まだ見ぬ世界へ羽ばたくように。
こうして、勇者アスティの、新しい仲間を一人加えたニューゲームが始まってしまうワケだが、それはまた別のお話である。
「新しい世界が待っている! 私の冒険は、これからだー!!」
「それ冒険が終わっちゃう奴だから! あー、えーと……。
ご、ご愛読、ありがとうございましたーっ!!」
これにて、ポイントで強くなる勇者アスティの物語は完結となります。
この作品が少しでも、皆様の日常の潤いになれたのなら、それ以上の喜びはありません。
ご読了、ありがとうございました!