第11話 勇者アスティ、魔王と戦う
次の日になった。
アスティが魔王との決戦に挑む日だ。
彼女はもう、魔王のもとへ到着してるだろうか。
なにせ、魔王城の食糧庫から出発だからな。到着はさぞ早いだろう。
僕は、アスティが心配で仕方なかった。
小説の中のキャラクターのはずなのに、そうは思えない不思議なキミ。
心配すぎて、高校の授業も完全に上の空だった。
その日、アスティの小説が更新されることはなかった。
いや、まだ分からない。
アスティは、魔王は強いって言っていた。
まだ戦っているだけかもしれない。
あるいは、勝利したけれど、疲れて眠っているだけかもしれない。
そう信じて、僕はアスティを待った。
彼女が負けたかもしれないとは、まだ他の読者たちには伝えない。
次の日も。
次の日も。
また次の日も。
そのまた次の日も。
さらにそのまた次の日も。
アスティの作品は、更新されなかった。
他の読者たちは気楽なもので「きっとラストバトルに相応しい展開を考えているんだろう」とか、「ちょっとリアルの仕事がこのタイミングで忙しくなっているんじゃないか」とか、そんな感じの憶測を並べている。
こんなにアスティのことを心配しているのは、僕だけ。
あの日の夜、彼女とのメッセージのやり取りで、彼女が本当に死地へと向かうかのような決意を見た、僕だけだ。
そして、アスティの作品が更新されなくなって、一週間が経過した。
もう、ダメなのかもしれない。
彼女は、魔王に負けてしまったのかもしれない。
今日は休日だが、何をする気にもなれない。
昼食を食べ終えた僕は、もはや日課のようにパソコンの前へ。
もしも。
もしも今日、彼女の作品が更新されなかったら。
僕は、作品の終わりを読者の皆に伝えるつもりだ。
約束通り、彼女の代わりに。
祈るような気持ちで、僕は彼女の作品の更新通知を見る。
焦るな、落ち着け、僕。
もしここがダメでも、まだ今日はあと半分くらい残ってる。
夕方や夜に更新してくれれば無問題だ……!
彼女の作品が、更新されていた!
喜び、興奮、安堵、緊張。
諸々の感情で、僕の手はものすごく震えていた。
その震える手をゆっくり動かして、僕はアスティの作品の最新話を開いた。
『みんなー! 心配かけてゴメンー! ちょっと遅れちゃったけれど、私、勇者アスティは、無事に魔王を討伐したことを、ここに報告しまーす!』
か、勝った! アスティが勝った!!
僕はもう満面の笑みで、両手でガッツポーズをとっていた。
作品の本文によると、アスティは最初の一日目でちゃんと魔王を倒していたらしい。しかし彼女もまたひどく消耗し、疲れ果てた身体で近くの町へ。その町の宿で、今日に至るまでぐっすり眠っていたのだという。寝すぎぃ。
そして今日、ようやく目覚めたアスティは、当然ながらとてもお腹が空いていた。なにせ一週間ほど何も食べていなかったのだから。それで、朝から今の時間まで、ずっと大好物のお魚を食べていたらしい。食べすぎぃ。
また、その後は、魔王との戦いについても記録されていた。
ラストバトルまで事後報告というのは、まぁこの作品らしいというか。
アスティの話によると、彼女の世界の魔王もまた、アスティと同じように「ノベり。」に自分の能力を接続していたらしい。
そして、この魔王は、「ノベり。」に渦巻くマイナスの感情を自分の力にできるそうだ。たとえば「どうして自分の作品は人気が出ないのか?」とか、「テンプレばっかり流行っててつまらない」とか、「コンテストに落選した。死にたい」とか、そういった類の感情を。
魔王さん、絶対強い奴やん……。
ネット小説投稿サイトって、負の感情の坩堝みたいなところがあるからな……。
魔王が使うスキルもまた、アスティと同レベルで凄まじかった。どんな即死耐性をも貫通する即死の呪言に、一億年経たないと出られない異次元への追放。アスティと同じく相手のレベルやスキルを封印できる能力持ちで、魔王自身はその封印を無効化できるとかいう超チート。
しかし、チートにはチートをぶつけるんだよと言わんばかりに、アスティも規格外のスキル群でこれに対抗した。僕たちの応援ポイントで習得したスキルを駆使して。
魔王が使用する即死の呪言に対して、アスティはこの呪言の即死耐性貫通さえ無効化する『絶対即死無効』を用意するという、子供の喧嘩みたいな理論で対策。
異次元への追放に対しては『世界加速』のスキルを使用。異次元内の時間だけを何億倍にも速めて、ちゃんと一億年経ってから出てきた。進んだのは時間だけなので、アスティはまだ16歳だと本人が言ってた。
レベルやスキルの封印については、アスティも魔王と同じ無効化スキルを習得していた。両者ともに相手のあらゆる搦め手を無効化したので、ついには真正面から殴り合ったという。
最後は、魔王はアスティに向かって、トドメの太陽系破壊光線を撃ち出し、世界もろともアスティを消そうとしたそうだが、アスティはこれを『究極反射壁』の魔法で逸らし、光線を宇宙へ追放。その隙に魔王の懐に潜り込み、戦いの中で編み出した究極の剣技『抹消剣』でトドメを刺したのだという。
この『抹消剣』というスキルだが、この剣技スキルで斬られた者は、作品から存在ごと削除されるのだという。
つまり、魔王は、アスティたちの住む世界から「いなかった」ことにされて、倒されたというワケだ。
一つ聞いていいかな。
なんだこのスケール。
僕はいつからインド神話を読んでたんだ。
これは、アスティが最後まで、魔王に勝てるか不安になっていたワケだよ……。
さて、そんなこんなで、無事に魔王を討伐したアスティだが、ちょうど今、気づいたことがあるのだという。
曰く、評価スキルの一覧に、今までなかったはずの新しいスキルがいくつか追加されているのだという。
このスキルの性能を試したいのと、もう少しゆっくりして疲れを癒したいとのことで、今日のお話はここで終わっていた。
しかし、やれやれ。アスティが無事だったから良かったものの、戦いは一日で終わっていて、残り六日間はずっと寝てたのか。まさにアスティ。心配しっぱなしだった僕の一週間を返してくれ。
……と、その時だった。
椅子に座って机の上のパソコンに向かっていた僕。
その背後で、まるで雷でも鳴ったかのような、強烈な光と音が発生した。
「うぇ!? 何事ぉ!?」
驚きのあまり、僕はそんな感じの声が出ていた。
肩が外れるんじゃないかってくらいに、大きく跳ね上がった。
そして、恐る恐る背後を振り向いてみると。
僕の後ろ、部屋の隅に、誰かが経っていた。
その人物は、華奢で小柄な女の子で。
比較的軽そうで動きやすそうな鎧を装備している。
下はミニスカートに黒のスパッツ。靴は茶色の短めなブーツ。
髪はしっとり栗色のツインテールに、金色のサークレットのような兜をかぶっている。そして、あどけなさが残る顔つきに、ぱっちりと開いた両目は、とても元気そうな性格の持ち主であることを窺わせる。
その少女の全体像は、絵に描いたような、少女勇者。
僕は、彼女を知っている。
間違いなく初対面だけど、知っている。
僕は、彼女に声をかけた。
彼女も、僕の声に反応した。
「もしかして……アスティ……?」
「え、この感じは……もしかしてオールドくん!?」