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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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18 謝敷

 ほぼ前座戦だが客席はほぼ満杯。未来のチャンプ、謝敷に注目するファンは多い。その足跡になるであろう派手なKO劇を誰もが期待し、既に熱気が充満している。


「よーう、がんばれよ〜、動画ボクサー」


 そんな野次もチラホラ聞こえる。奥野がピエロ扱いなのは容易に想像できる。が、奥野のメンタルには露ほども影響しない。対角線に立つ謝敷が全ての雑念を打ち消してくれる。同じ階級とは思えない厚みのある体、絞られた筋肉、年下とは思えない風格、現役王者と言っても通りそうな面構え。テッペン獲る男というのはこういう奴なんだろうな、と素直に感じた。


「いいかあ健斗! 狼狽えるなよ。呑まれたら負けだ。いつものお前でいい。今までやってきたことを忠実にこなせりゃ必ず突破口は開ける。それまでひたすら辛抱だ」


 発破をかける平岩の方が狼狽えているようでつい、可笑しくなる。突破口は開けるとは言っても勝てるとは言わない。それが平岩の心情を物語っている。いい感じで肩の力が抜けたと、前向きに捉えることができた。

 観客席に目を遣る。ぐるりを眺めてみると観客の顔、表情がよく分かる。緊張はしていないらしい。だが、長船の姿は見つけられなかった。


 時間となり、ゴングが鳴る。第1R。


 いきなり謝敷が奥野めがけて突進。低い姿勢から挨拶代わりの右ストレート。一瞬面食らったがスウェーで難なく回避。フットワークを活かして即座に距離を取る。さすがは連勝街道驀進中の怪童。試合運びもふてぶてしい。観客席からもどよめきが起こる。奥野も嬉しくなってくる。


 アウトレンジから様子見のジャブを浴びせる奥野。かたやインファイターらしいガードポジションから攻撃の糸口を探る謝敷。

 僅かでも距離が詰まれば謝敷がプレッシャーをかける。即座に射程圏から離れつつ牽制のパンチをバラ撒く。数発当てたが左のうえガードも固いのでさほどのダメージは与えていない。それでもポイントにはなる。いつもの奥野のパターン。コーナーから平岩がそれでいいと叫んでいる。

 それでも謝敷、委細構わず距離を詰めにくる。それに合わせては弧を描いて逃げる奥野。そんな膠着もラウンド終了10秒前の拍子木が鳴った時に動く。奥野の背後にロープが迫った一瞬を見逃さず謝敷ラッシュ。さすがに全ては捌ききれず何発かはガード。それでも一発が重い。まともに貰えばダウン不可避の破壊力。その一瞬の隙を突いて奥野もカウンターの右ストレート。謝敷の顔面にクリーンヒット。ここでゴング。


 クリーンヒットし、さすがに謝敷は一瞬フラついたものの、ゴングが鳴るとスタスタと自陣に戻った。その際、両手のグローブを叩いて悔しさを滲ませていた。どうやら1Rで仕留めるつもりだったらしい。

 奥野も自陣に戻り椅子に腰を下ろす。と、一気に疲労が襲ってきた。10秒足らずの攻防でスタミナをごっそり削られていた。

「よ〜しよし、いいぞ健斗。最高の立ち上がりだ。確実にこのラウンドは獲ってる。この調子で最終Rまで凌ぎ切れりゃ間違いなく勝てる。当たらず当てろだ。今の集中力をキープしろ」

 平岩も余程テンパっているのか、無理難題とも言える気休めを言ってくれる。こんな調子で最終Rまで走り切れる訳がないというのが奥野の正直な気持ちだった。数秒ラッシュをかけられただけで逃げ切るのが精一杯。しかもこちらに武器はない。最終Rまで一発も貰わないなど奇跡でも起きない限り望むべくもない。


 一方、対陣に座る謝敷は余裕の表情。セコンドも何かアドバイスをしている。こちらの右は貰っても問題なしとの確信を得たようだ。そうなるともう様子見はない。2Rめで確実に決めにくる。

 とても出し惜しみのできる相手ではない。隠し持った凶器の封印を解くのに、もう躊躇いはなかった。



挿絵(By みてみん)

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