17 背水
「そんなに凄いんですか? その〜、謝敷さんって人は。沖縄の方?」
突貫で片手腕立てに打ち込む奥野に長船が質問する。なお、場所はいつもの堤防。
「ええ、あっちでは学生の頃から頭角を顕わしてたらしいっすけど、凄いなんてもんじゃないっすよ。防御は甘いとこあるけど、強打を活かした突進力でKOの山を築くインファイター。パンチ力のない俺とは真逆のタイプっすね」
「ご謙遜を。奥野さんだって怪我以前はハードパンチャーだったそうじゃないですか。しかし……それほどの相手の挑戦をよく受けましたねえ。何か勝算でも?」
「ははは……それが、全く。冷静に分析して俺が謝敷に勝ってるとこっつったらディフェンスくらいで、パワーも、スピードも、スタミナも、素質も、全部向こうが上いってますわ。会長も完全に投げやりムードっすよ」
深刻な話をしているのに奥野に暗さはない。
「経験と情熱を忘れてますよ。奥野さんだって負けてません」
「う〜ん、ボクシングじゃ経験なんか、勢いのある相手にはあんま意味ないんですわ。情熱は、どうだろうなあ〜。俺も負けたくはないけど」
「で……それはそうと、次の試合、使うのですか? 突貫」
長船が真剣な声音で聞いてきたので奥野も腕立てを中断。
「さあ……試合でモノになるかもよく分かんないし、使っても勝てる相手かどうかも分かんないんで」
「そうですか。使わずに勝てるに越したことはありませんからね。しかしルールの方は大丈夫なのですか?」
「それもよく分かんねっす。ルールブックには拳の平面で殴れって書いてるから限りなく黒に近いグレーですかね。バレたら、ライセンス剥奪かなあ〜」
「随分軽く言いますね。ライセンス剥奪なんて、実質引退みたいなもんでしょう? いちおう協会に確認くらいは取っておいた方がいいのでは?」
奥野が神妙な面持ちになる。
「長船さん……俺ね、次の試合、負けたら引退しようって思ってるんす」
奥野は長船に聞かせるより、自身に言い聞かせるように言った。長船は何も言わない。
「突貫がどうのじゃなくって、いつまでも下位で燻ってる俺みたいな奴に、将来のチャンプかもしれない相手とのカードが巡ってきたんですよ。これ見送ったら男じゃないっしょ。それほどの相手に全力出しきってぶつかって、それでも勝てなかったら真っ白に完全燃焼できると思いません? あしたのジョーみたいに」
「あしたのジョー……ですか。つまり、奥野さんは幕引きにふさわしい相手をずっと待っていたと、そういうことでしょうか?」
「そういうことですかねえ〜。俺にもよく分かんねえけど。ただ、会長も薄々勘付いてるっぽいかな。俺ももういい齢だし。とにかく今は試合に全力尽くすしか考えてないっていうか」
「分かりました。では、勝てば問題ありませんね。及ばずながら私も応援に行きますよ」
「ぜひ来て下さい。長船さんが見ていてくれれば勇気百倍っすよ!」
それから俊日、奥野、謝敷戦当日がやってきた。




