15 修練
結局あれから奥野は長船に協力を懇願。屈指流の秘伝、突貫の習得に励むこととなった。
『まず指を鍛えるのが屈指流の基本です。突貫の威力を高めるには指の力も必須なのです。指立て伏せは既にやっておられるかもしれませんが、まずは指の基礎を固めます。握力を高めるトレーニングも併せて行います』
長船に言われた通りの指立て伏せセットメニュー、握力強化メニューをこなす。
『当然突貫には第二関節の強化が不可欠です。まず畳や布団のような柔らかい物に押し付けて徐々に骨密度を上げていきます。叩いてはいけません。焦って強い衝撃を与えないように。最初は痛くて我慢できないかもしれませんが頑張って下さい』
長船は軽く言ったが確かに痛い。これなら骨折癖があっても拳の方がまだいいような気にもなったが言われた通り、打撃面の強化に努める。
突貫を作ると同時に長船の道場にも出向き古流の技術も学んだ。フラッシャー城との試合で相手の動きがよく見えたように、古流の知識を持つことは試合勘の向上にも繋がると考えたからだ。仕事でもないのに長船は快く応じてくれた。実践に繋がるかは分からなかったが、それだけでも楽しかった。
メニューをこなしつつ、今までろくに見なかったルールブックを開いてみる。突貫は致命的な反則になるのか。しかし第二関節の使用にまでは言及していない。唯一、拳の正面で相手を叩く、という部分が引っ掛かりそうだが、それもグローブを付けていれば発覚は免れそうである。関節がコブ状になっていてもバンテージで隠れる。
つまり、突貫はルール違反としても完全犯罪にできる可能性は高い。あとは選手の倫理観の問題くらいか。どうしても使いたくなければ使わなければいい。グローブの中で突貫を突き出すか、折り畳むか、ただそれだけの違いなのだから。
普段の練習に加え突貫の修練も併せて行う。が、それも物のついでのようなものなのでさほどの労苦はない。最初は畳に関節を押し付けるのも苦痛だったが、三ヶ月もすれば皮膚がコブ状になり、すぐに次のステップへと移行。これには長船も感心した。
今度は鉄、石で鍛錬を行う。みるみる突貫が完成してゆき、楽しささえ覚える。試しに自分の肘を軽く打ったが、充分肘を破壊するだけの威力も備わってきた。
普段の練習に突貫を取り入れるとすぐにグローブが痛むので廃棄寸前のグローブを修繕したり、バンテージを厚めに巻いたりと工夫もする。なお、平岩とのミット打ちでは突貫は封印。試したい誘惑に駆られもしたが、怪しまれては一大事である。
奥野は長船以外の誰にも知られない所で、このグレーな拳を鍛え上げていった。そして1年も経たぬうちに奥野の突貫はほぼ完成された。
「いや、驚きました。一年足らずでここまで仕上げるとは。これならもう十分拳の代替になりますよ。やはり真面目に取り組んだ奥野さんの執念のなせる技ですかねえ」
長船も奥野の突貫を見て感心していた。確かに、壊れた右の威力を取り戻したい一心で修練に励んだのが大きかったのかもしれない。そして奥野自身、自らの突貫は壊れる前の拳を上回る威力があると実感していた。試合で使えるかは全くの未知数だったが。
そんな折、突貫を実戦で使うチャンスが早速舞い込んできた。