12 謀反
帰宅してからもずっと長船の言葉が耳朶に残る。ただの幻聴だったのか。いや、確かに右の破壊力が戻るというようなことを言った。まさか整体で骨折癖が治るとも思えない。怪しい勧誘と思えなくもない。
しかし奥野自身、古流の魔力に囚われつつあるのも事実だ。フラッシャー城との試合では相手の動き、パンチがよく見えた。自分のパンチもよく当たった。
長船との組手ではまるでパンチを当てられる気がしなかった。なにしろ相手は和装のうえ戦ったこともない流派。リーチも読めなければ筋肉の動きも見えない。加えて屈指流の掴みどころのない技の数々。初見で当てるのは困難である、と分析していた。それに引き換えボクシングの試合では相手はトランクス一枚。しかもビデオで研究済み。動きが読みやすいのは必然と言える。
それがいい結果を生んだと考えればある程度の説明はつく。が、それが全てとも思っていない。たまたま自分の調子が良かっただけかもしれず、相手がロートルだったことも考慮しなくてはいけない。
検索しても屈指流の名は見つからなかったが古流の情報はある程度入手できた。それによると独特な打撃技を持つ流派もあるようだ。
ボクシングのように背筋と腕力で打つのではなく、脚で地面を蹴り、その力を胴体で増幅させつつ拳に伝えて放出する、などという説明だけではよく分からない打撃法もあるらしい。あるいは踏み込みと同時に全体重を拳に乗せてぶつける技もある、らしい。
これならパンチ力のない人間でも威力を出せるかもしれない。興味深いが骨折癖の明確な解決にはなりそうもない。路上の喧嘩で相手に一撃加えて逃げるくらいなら役には立ちそうだが。
ボクシングの試合ではグローブで拳を覆う。防御の技術も確立されているので地面を蹴ってその威力を伝えて、などとやってたらまず当たらない。打った後の防御も必須である。
古流の実践性を否定はしないが、近代スポーツには応用できない、という定説に奥野もまた同意だった。それでも長船の言葉に囚われてしまうのは、やはり藁をも掴みたい気持ちからなのだろう、と結論付け、床についた。
…… …… …… ……
神社のような場所に幟が立ち並び、幔幕が張られ、リングが設営され、大勢の観衆でひしめき合う。高座には平安時代の貴族や僧侶のような人間や、戦国武将のような面々が座っている。これが御前試合というものなのだな、と思いつつ奥野はいつもの試合用のグローブ、トランクス姿で出番を待つ。
太鼓の音に促されて奥野がリングに上がる。続いて屈強な対戦相手が登場。激闘の末、奥野が勝利。奥野は米1俵を賜った。
次に現れた対戦者もなぎ倒し、土地の証文が与えられた。
次の対戦にも勝利し、屋敷が与えられた。
次々と対戦に勝利し続け、奥野にはその都度豪華な褒美が贈られる。
そうして最後の対戦相手も倒し、優勝した奥野には一国一城が授けられた。
天守閣の最上階から城下を見下ろす。全て拳ひとつで手に入れた自分の国。俺は天下最強だ。奥野が感極まってそう叫ぼうとした刹那、火矢が飛んできて天守はたちまち火に包まれた。
どこからか激が聞こえる。奥野の首を上げた強者にはこの国をそっくり譲り渡す、と。
鬨の声があがり刀槍で武装した足軽が奥野の首を目指して殺到してくる。もう奥野は逃げることしか頭にない。集団の暴力の前では個人の戦闘力など意味を為さない。
しかし逃げようにも天守の頂では逃げ道もない。とうとう奥野の部屋に足軽衆が踏み込んできた。ただ見苦しく狼狽えるしかできない奥野に無数の穂先と殺意が向けられる。
そこで目が覚めた。




