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厠倶楽部  作者: 厠 達三
82/120

6 試合

 ボクシングの試合は選手の実力を勘案し、勝てそうな、それでいてランクの近い選手に対戦を申し込む。相手がその申し出を受けてくれれば試合の運びとなる。そうして極力負けないよう、少しずつランクと実力アップに繋げてゆく。勝てばランキングが僅かに上がり、順調に星を重ねればいずれはトップランカーに名を連ねる。が、逆に負ければ大きく後退する。試合間隔が長く、マッチメイクすら困難な場合もあるプロボクシングでは1敗が重いと言われる所以でもある。

 相手は奥野と同程度のランキング。だが向こうは勝てると踏んで指名したわけである。しかも引退していてもおかしくない年齢のベテラン。向こうの事情も大方察しはつくというものだ。

 それでも負けられない戦いであることに変わりはない。そうなれば動画投稿どころではない。試合は約一ヶ月後。それまでにコンディションを試合に向けてピークに持っていかねばならない。日々のトレーニングも試合モードに切り替わる。

 自身を絞り上げるのと同時に相手の研究も怠らない。ジムのツテを頼って相手のビデオを入手し研究するのはもう常識。それは相手も同じ。そうしてお互いが対戦相手の情報を丸裸にした上で試合に臨む。その上で勝つのがいかに至難か、それは経験者なら誰もが知っている。奥野とてそれは例外ではなく、久し振りの試合となれば入れ込むなと言う方が無理な相談だった。

 元々真面目な性格なだけに試合モードに入った時の奥野の貪欲さは鬼気迫るものがある。それだけに平岩は不安を抱かずにはいられない。

 奥野が自慢のパンチ力を失ったのも、そこに原因があったと言えなくもない。


 そんな平岩の心配をよそに奥野はロードワーク中、長船と再び出会った。

「こんにちは、奥野さん。今日も会えましたねえ」

 長船がにこやかに言った。わざわざ自分に会いに来てくれたのかと思うと光栄な事この上ないが、今の奥野はそれどころではない。その気配は長船にも伝わったらしく、穏やかだった空気がすぐに緊張を帯びた。

「なにか、以前とは雰囲気が違いますねえ。もしかして、試合が近いんですか?」

 不安げに聞く長船。それとは対照的に、自分にも気迫のようなものが備わっているのかと思うと奥野は少し嬉しくなった。

「ええ、そんなとこです。一ヶ月後にね、試合があるんすよ。で、いま調整の真っ最中なんす」

 足は止めていても体が勝手にシャドーをしてしまう。興奮のあまり、つい笑みがこぼれてしまう。殺気を孕んだ笑みだが。

「そうなんですか。では、お邪魔はしない方がいいですね。試合、頑張って下さい」

 長船はそそくさと立ち去った。やはり気を遣わせてしまったか。試合が終わったらまた語り合いたい。そのためにも勝ちたい。今の奥野はどんなことでも勝利に繋げることしか考えられない。それはきっと対戦相手も同様なのだろう、と思った。


 やがて一ヶ月は瞬く間に過ぎ、前日の計量も無難にパス。試合当日がやってきた。



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