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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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4 斜陽

 ランニングから戻った奥野を平岩がリングの上で出迎える。インターバルを置いてミット打ちのトレーニングに入る。とはいえ平岩ももう齢が齢なのでミット打ちなどなかなか付き合えないのだが。

 奥野がグローブを付けてリングに上がる。ミットを構える平岩と相対。奥野のファイティングポーズに平岩は惚れ惚れする。日本の上位ランカーと言っても通じる迫力がある。だが哀しいかな、奥野にはボクサーとして致命的な欠陥があった。


 小気味いい音を響かせ奥野が平岩のミットを的確に打つ。基礎練習は充分出来ているのでスタミナに文句はない。むしろ平岩の方が着いていけない。傍目には充実したミット打ちに見えるだろうが、小気味いい音を出しているようではダメなのだ。


「よーしよし、いいぞ。これぐらいで終わりにしようや。もう俺のスタミナが持たねえや」

 先に音を上げ腰を下ろしたのは平岩の方だった。それでもまだ奥野は動き足りないのか、黙々とシャドーにふける。

 スタミナも技術も申し分ない。条件さえ揃えば日本チャンプも夢ではなかったのではないかと平岩は思う。それは奥野自身、もっと切実に感じているのかもしれない。

 ミット打ちにスタミナ切れで降参したのは平岩だったが、まだまだ両の手は使える。まだ数十発のパンチを受け止める自信がある。それほど奥野のパンチは軽い。

 デビューしたての頃はミット打ちの相手を務めるのも大変なハードパンチャーだった。3分もパンチを受け止めていれば両手に激痛が走るほどの破壊力があった。それが今ではこの有り様である。もはや奥野にはプロボクサーとしての武器がない。それは全てトレーナーである自分の至らなさにあったと、平岩は自分を責めずにはいられない。


 練習メニューも消化し、2人はジム内でしばしの歓談。

「はあ、入門する奴もいねえなあ。いよいよこのジムも閉めなきゃなんないかなあ」

 平岩が冗談交じりに言うが、唯一の所属選手である奥野が引退すればそれもいよいよ現実味が増す。

「大丈夫だよ。俺が伯父さんに代わってこのジム継ぐから。んでもって、どっかから金の卵スカウトして日本ランカーくらいには育てるから」

 奥野も冗談めかしては言ったものの半分は本気だった。ジムの経営が芳しくないのも不甲斐ない自分にあると、奥野もまた日頃から負い目に感じていた。だから動画投稿で宣伝をと思いもしたが現実は甘くない。

「そうだな〜。じゃあそんときは名前もいっそ変えちまうか。健斗ジムにした方が締まりそうだ。やっぱり健康ジムじゃ拳闘志す不良も近付かねえよなあ」


 2人して他愛ない軽口を言い合い、平岩の名を冠した健康ボクシングジムも消灯。奥野と平岩、それぞれに家路についた。



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