グレーナックル(全21話) 1 長船
映画「ロッキー」「ザ・ハリケーン」等を意識したヒューマンです。
『はい! 奥野健斗の拳闘道場破りチャンネルにようこそ! ご視聴、ありがとうございます! イエ〜ッ! 今回はここ、古流武術、柔剛屈指流さんの道場を破りにきました! 今回こそぶっ倒して、ボクシング最強を証明しますよ!』
ここでチャンネルタイトルが入り、動画スタートという段取りである。
『あ、どうもどうも、初めまして。いちおうプロボクサーやってる奥野です。屈指流の館長、長船さんですね。今回は挑戦を受けていただきありがとうございます。よろしくお願いしまっす! いや、しかしお若いですね〜。古流武術の道場主っていうからもっとご年配の方を想像していました』
奥野に振られて20代後半に見える長船が自己紹介。
『ははは……そう若くもないですよ。もう30になります。でも、道場主としては若いのかな? いや、実は去年までは師範だったんですけど親父が他界しまして、急遽私が継ぐことになったんです。そんなもんでまだまだひよっこです。お手柔らかにお願いします』
合気道に似た袴姿の長船が低い物腰で頭を下げる。その柔らかな所作に奥野は心の奥底で得体のしれないものを微かに感じた。
『そうだったんですか〜。なんか、大変なときに無茶なオファーして申し訳ありませんでした。俺が言うのもなんですけど、大丈夫ですか?』
『いえいえ、お気遣いなく。ご覧の通り、門下生もいないような小さい町道場ですからね。むしろ挑戦されて光栄っていうか』
長船が照れくさそうに頭を掻く。その仕草はカメラ慣れしていない、純朴な若者にしか見えない。
続いて撮影は序盤の解説コーナーに移る。板張りの道場にマットを敷き、奥野が長船から屈指流のレクチャーを受ける。
『……なので、相手の拳が来れば、こう、引き込みつつ、掴んだ手首を返して……』
長船の動作に合わせて奥野の体がパタンとマットに倒れる。
『すっげ〜っ! なんて言うか、魔法? なんか、見えない力に押されたっていうか、投げられなきゃいけない、みたいな、上手く説明できない!』
多少盛ってはいるものの、古流武術の神秘性に驚きを隠せないのは事実だった。長船にしても奥野のオーバーアクションに少々困惑している。
序盤の解説コーナーも無難に終わり、撮影はメインの組手コーナーへと移行。とはいえあくまで組手なので最大限、安全には注意を払う。両者ボクシングのヘッドギアを装着。ボクサーの奥野は厚めの14オンスグローブ。古流の長船はオープンフィンガーグローブで臨む。とはいえプロの異種格闘技戦ではなく、素人の投稿動画なのでルールはかなりアバウト。道場破りというタイトルなので相手側のルールに則った組手となる。だから奥野は勝てた試しがない、というより、企画自体負けを交渉材料にオファーしているので奥野の負けは最初から決まっている。
勝敗は決まっているが手は抜けない。多少心得のある者が見れば手抜きはすぐに看破される。プロでありながら八百長まがいのことをやっている後ろめたさはあるものの、そこだけは譲れないプライドがあった。
奥野が自らゴングを鳴らし、いざ組手開始。と、対峙する長船の姿に奥野は一瞬呑まれた。




