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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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空のゆりかご

掌編。


 世界から国家という概念が消えた時代、人は遺伝子を残す競争社会を生きねばならなかった。


 その社会はシステムによって支えられ、人はシステムを構成する部品に過ぎない。それでも人々はその世界を良しとしていた。それほどその時代のシステムは完成されていた。だが、人々に安寧はなかった。


 その社会では有用性の認められない人間には命を繋ぐことが許されなかった。この世に生を受けてから一生を終えるまで、社会に有用と認められなければ子を為すことが許されない。遺伝子を残すことが許されない。


 人類にとって有益な者。高い知能を持つ者、大きな功績のある者、高い身体能力を持つ者、芸術的技能を持つ者、高い能力はなくても道徳を備えた勤勉な者、とにかく、人類にとって有益と認められた者には遺伝子を残す権利、遺伝子パスが与えられ、やはり有用と判断されたパートナーと子供を作ることが許される。


 が、その条件を満たせない者は遺伝子パスを得られず、婚姻は認められてはいるものの、その代で遺伝子は淘汰される。勝手に子供を作るのも、精子、卵子を無許可で保存するのも重罪とされ、即、断種処置がなされた。

 人々はそんな競争社会を生きていた。しかし不満の声はない。それこそが種の保存のルールに則った、人口爆発もない、貧困も食糧危機も戦争もない、理想的なシステムと認識されていたから。それでもなぜか、一定数の犯罪者、社会不適合者はいた。それでもやがては遺伝子的に淘汰されるので、大きな問題になることもなくシステムは正常に機能していた。


 だが、そのシステムにエラーが起こった。


 突如パンデミックが発生し、未知の感染症に社会システムが機能不全に陥った。その当時の高度な技術力を持ってしても、未知の感染症を封じることができなかった。

 それでも、まだ社会は平静を保っていた。いずれ時が来ればパンデミックも落ち着き、システムはまた正常に機能するだろうと誰もが考えていた。そんな状態が二年、三年と続き、四年目にしてある事実が発覚した。


 遺伝子パスが発行されていない、ある犯罪者の遺伝子に感染症への抵抗性があることが発見された。この事実が公表されると議論が起こった。

 人類に有用と判断されていない人間、しかも犯罪者の遺伝子を残すべきか。特例として遺伝子パスを発行するべきか。いや、そんな劣った遺伝子を特殊な性質を持つというだけで残すのはルール違反ではないか、倫理に反するのではないか。

 それとも犯罪者の遺伝子配列を解析し、感染症への抵抗性が認められる部分だけを抽出。ワクチンとして投与すべきか。いや、それも犯罪者の遺伝子を残す事になりはしないか。


 人々は感染症の恐怖より、劣った遺伝子を残すことに恐れを抱くようになっていた。


 結局、議論は解決を見ることなく、犯罪者の遺伝子を保管するという先送りがなされた。だがこれが人々に疑心暗鬼をもたらす。

 社会システムに関わるエリート層のみがその抵抗性遺伝子を使って感染症を克服しているのではないか? ではそいつらは遺伝子的に劣っているのではないか?

 特殊というだけで遺伝子の保存が許されるのなら遺伝子パスというシステム自体がおかしいのではないか?

 遺伝子パスが発行された人間は本当に優秀な遺伝子の持ち主なのか?

 そもそもパンデミックが起きたのは遺伝子の多様性が失われたからではないのか?


 そんな疑心暗鬼が社会不安を呼び、ついに紛争が勃発。遺伝子パスを持つエリート層と平民層、そして遺伝子を残すことが許されない劣等層の三つ巴の戦いとなった。


 結局、最も人口が多い、遺伝子パスを持たない劣等層が勝利を収めた。 



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