血のシンギュラリティ
未来予測掌編。
短文投稿ウェブサービスを提供する世界的企業が断行した大幅人員削減、そしてそれに伴うその企業の存続を危ぶむ声が上がれば世界的トピックとなるのも当然のことだった。
もともと短文投稿サービスは掃いて捨てるほど存在したものの、世界的企業の寡占状態となり、他社のサービスは利便性云々より、知名度がトップメーカーに及ばないという理由だけで淘汰された。
そのため、短文投稿サービスはもはや世界にはその企業のみが存在しているという状態だった。
そこにきて今回の人員削減、サービス終了、もしくは有料化、などの憶測が飛び交えば今後を疑問視する声が上がるのも当然ではあった。また、短文投稿というアクション自体が時代遅れとなりつつあった。
そしてもうひとつ、この騒動に少なからず影響を与えたと噂される新たなウェブサービスが産声を上げていた。
それこそがAIによる文章自動生成サービス。「アイラ文」であった。
ディープラーニングによって人間の起こす文章に限りなく近付けることを可能とし、短文やコメント文章のみならず、論文、小説をも可能とした、奇跡とも評価されたシステムだった。
殊に実験では論文でも小説作品でもAIと見抜かれることもなく、1次、2次審査も突破したと噂され、その内容は人間が書いたものと区別するのも困難であった。
文章の作り方もとても簡単。キーワードを指定したり、冒頭部分を書いたり、簡単なイメージを入力しただけで多少の思考時間は要するものの、AIが数ページの文章を書き上げた。
長編小説はさすがに無理だが、それでも毎日条件を絞って入力すれば1、2ページの作品は作れるので、根気さえあればAIで長編小説を連載することも可能となった。まさに夢のシステムだった。
だがそれもまた特殊な使い方に過ぎない。このウェブサービスは専らコミュニティツールとして重宝された。
SNSのコメント、ウェブ上のやりとりにも高い精度を発揮したため、ビジネス用途に参考程度で使われていたものだったが、次第にプライベートのSNS交流のツールとして使われたのだった。
そのため、AIの文章がそのまま発信され、それが高い注目を集め、その返信にAIの文章が使われるというおかしな事態も生まれた。
人間は気になった話題についてAIに文章を書かせ、何も考えず、ただ流すだけの装置に成り果てた。
もちろん、このAIによる文章生成を危険視する声もあったが、利便性というメリットの前では何の意味も成さなかった。
そしてこのAI文章自動生成サービス、「アイラ文」を提供する企業は瞬く間に世界のシェアを独占、一躍トップ企業となった。
もはや人類は文章を書くという行為を放棄した。
……かに見えた。
アイラ文を提供する世界的企業、アイラブ友。その中枢では今日も世界中に向けて文章が生成されている。
「なっとらん! なっとらん! 貴様ら、それでも音に聞こえた世界のアイラブ友の社員かーっ! 気合を入れんかーっ!」
バシイッ!
旧日本陸軍のようなユニフォームに身を包んだ虎髭面の鬼係長が今日も元気に下っ端社員を竹刀で打つ。
「オッス! ちょっと連日の徹夜で頭がボーっとしてたであります! 竹刀、ごっつぁんです!」
そのフロアではずらっと並んだPCに社員が空席なく埋め、必死の形相でタイピング作業に勤しむ。鬼係長は竹刀を振り振りさらに社員をアオる。
「いいかーっ! 我がアイラブ友は世界に冠たる超企業なんじゃーっ! 世界中のユーザーにサービスを提供する義務があるんじゃーっ!」
「オッス!」
「わが社を支えているのはなんじゃーっ!」
「オッス! AIによる文章提供サービスであります!」
「そうじゃー! ではそのAI文章を支えているものはなんじゃーっ!」
「オッス! それは世界の企業、栄光あるアイラブ友の社員である、我々であります!」
「そうじゃーっ! お前らはその誇りを持てーっ! AIごときに負けない文章を書けーっ! そして世界中のユーザーに迅速に文章を届ける責務があるんじゃーっ! その気概を持てーっ!」
バシイッ!
再び係長の竹刀がたまたま目の前にいただけの社員の頭に振り下ろされ、社員は流血しながらも充血した目でタイピングを続ける。
「いいかーっ! わが社のサービスは貴様らの双肩にかかってるんじゃーっ! お前らみたいな使い捨ての人員は掃いて捨てるほどいるんじゃーっ! 捨てられたくなかったら死ぬ気で書けーっ!」
「オッス!」
こうして今日も、表向きAIが書いたとされる無数の文章が世界中を飛び回る。しかし、それが安い賃金と命を削って書かれた人の手によるものだと知る人間は……実はけっこういる。
人間は、まだまだ書くことをやめられない!