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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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救いのない物語

 なろう系掌編。


 俺は小説を書いている。とはいえプロ作家ってわけじゃない。ほとんど読まれることのない長編小説を小説投稿サイトに細々と投稿してるだけの素人。無職の俺が人生一発逆転するには書籍化作家になるくらいしかない。だがもちろんそんな旨い話などあるはずもなく、俺の小説など読むやつなんかほとんどいない。たまにくるのは誤字誤用の指摘と底辺いじめの誹謗中傷。ウザいと思ってブロックしてる内にとうとうそれすらなくなった。それでも執筆をやめないのは今の人生を逆転したいから。だから誰も読まない小説でも執筆をやめることができない。

 読むやつなんかいなくても、いつか大手出版社の目に止まって書籍化、アニメ化、ゲーム化で人生逆転、なんて夢を捨てきれない。ありえないと分かっていながら、そんなありえない夢にずっと縋っている。


 むしろ執筆より変動しない自作の評価だけをチェックする毎日。どうやらリアルの底辺はネットでも底辺らしい。ポイントたくさん貰ってランキングの常連にでもなれば毎日楽しくっていくらでも書けるんだろうな。読まれなければモチベが上がるはずもない。

 そんなある日、メッセージがあった。小説の評価ではなく宗教の勧誘だった。それも名前だけは誰でも聞いたことある有名な団体。最近は投稿サイトでまで勧誘活動をするのか、いや、それくらいやってるから大きな団体に成長するんだろうな、と、半ば感心さえした。


 とはいえそんなもんに関わるのは御免なのでもちろん削除だ。しかし適当に流し読んでいると気になる内容があった。

 特に入信する必要はない、私共は貴方の作品に感銘を受け、団体としてバックアップしていきたい。御作品には我々の教義と一致する部分もあるので是非書籍化させたいのだ、というようなもの。もしバックアップをお望みなら下記のURLにご返信を、と付け加えて。


 バカバカしいとは思いつつ、つい削除にためらった。もうその時点で勝負はついてたのかもしれない。

 それから数日、あのメッセージが頭からずっと離れずURLに返信するのにそう時間はかからなかった。

 詳しく聞けば教団の信者にサイトに登録させ、俺の作品にポイントを大量投下してくれるらしい。我々の組織力があれば書籍化なんてすぐですよ、と説明された。さすがに即答は差し控えた。


 それってルール違反どころか犯罪にすらなるんじゃないか? 大して実力もないやつがそんな不正で書籍化なんかしてしまっていいのか? そんな良心の呵責を覚える。

 いやいや、でも向こうは俺の作品に感銘受けてるって言ってんだし、ファンが票をかき集めてくれるのならなんら問題はないはず。それにランキングの常連にいるやつらだって大なり小なり不正はやってるだろ。だったら俺程度の底辺が多少不正したって構わないじゃないか。いや、本気で書籍化目指すんならその程度の不正、不正のうちにも入るもんか。書籍化しちまえばそっからは実力だ。世に出てから売れることだってあるだろ。そんな言い訳を自分にしつつ、俺は少しの間を置いてお願いしますのメッセを送った。


 効果は程なく現れた。今まで見向きもされなかった俺の作品にポイントとレビューがドカドカ入り始め、日間、週間、月間、そして書籍化も狙える総合ランキングにまで食い込んだ。

 感想もアホみたいにくる。最初は嬉しくって真面目に返信してたがすぐ面倒になって「執筆に専念します」の一言で済ませた。どうせ相手は宗教団体。まともに返すのもアホらしい。執筆のモチベも俄然上がった。バイトから帰宅すればすぐ自作のチェック、休日は一日中アクセスとランキングの変動をチェック。もうPCから目を離せない日々が何日も続いた。

 俺は社会の構造に触れた気がした。世の中の抜け道を知る者だけが勝ち上がれる、そんな真理を手に入れた気がした。これが数の力、組織の威力。どうりで共同体やら宗教団体やら人は群れたがるわけだ。マンパワーより数の力の方がアテになるに決まってるからな。寄らば大樹の陰だ。この組織力をバックに俺は書籍化作家に成り上がる。


 だがある時を境に自作の評価が伸び悩み始めた。いよいよ組織のタマも尽きてきたのか? そのままフェードアウトする恐怖に耐えかねURLにメッセージを送った。一体どういうことなんだと。

 そいつが言うにはもう信者がひととおりポイントを入れてしまったのでこれ以上伸びることはないときた。ふざけんなよ! ここまで上っといてそりゃないだろ。ポイントなくてもレビューとか宣伝とか、なんなら複垢使っての偽装工作とかやれることはあるだろ。そこまでやるのがバックアップ、つーもんだろうがよ。なんとかならないかと俺はさらに催促した。

 すると向こうは現金を振り込んでくれればなんとか、ときやがった。ほーら、やっぱりそういうカラクリか。ここまでのはお試しプレイで、満足いったら課金してねってわけか。ここまで来て勝負を降りられるか。どうせ10万ぽっちのカネ、払ってやるよ。書籍化できれば安いもんだ。


 たちまちは現金パワーの効果もあってランキングは維持できたがまたすぐ頭打ちになる。その度に俺は現金パワーを投入。額も最初の10万から30万、50万と徐々にランクアップしていった。もちろん拒否などできず、知人友人、親にも頼んで借金し、ついには消費者金融にまで手を出した。書籍化できればペイできると自分に言い聞かせて。


 だがそんな借金もすぐにできなくなってゲームオーバー。後は落ちてゆく自作のランクをただ眺めるばかり。やがて圏外になるともうPCを開くのも嫌になった。

 手に負えなくなった借金は親に頼んでどうにか返済の工面をしてもらったが、結局は金銭的なダメージだけが残った。


 それから一年後、久々に投稿サイトを開いてみるともう全くついていけないほど様変わりしていた。俺のホームはすっかり寂れていたがまだ残っていた。そこから例のURLにアクセスしてみたものの、案の定閉鎖されていた。

 一体あの日々は何だったのだろう? ポイントに、ランキングに一喜一憂し、画面にかじりつき、適当に執筆したものを必死になって投稿してたあの狂騒は。


 ふと見ると感想が入っていた。もう長いことチェックもしてなかったが、確認してみるとつい最近入っている感想だった。時期を考えるとこれは宗教団体からの感想ではないだろう。いや、感想なんかランキングに関係ないからもうやめてくれ、って頼んだのでこれは一般の読者からの感想のはずだ。俺は恐る恐るその感想を開いた。


『こんにちは。以前からランキング常連作品ということで気になってました。最近は感想欄も落ち着いてきたようなので今般読ませていただきました。


長めのプロローグでちょっと戸惑いましたが、シリアスあり、バトルあり、コメディありで中盤からは俄然楽しくなりました。でも最近は更新が滞ってるんですね。せっかく盛り上がっているのに、非常にもったいないと思います。ランキング落ちしたのもそのせいでしょうか。


リアルは色々と大変だと思いますが、是非完結目指して頑張って下さい。すぐにまたランクインできると思います。待ってます』




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