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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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わたしのともだち

 あっりがっち掌〜編〜

 ゆかりの元にその小包が届いたのは土曜日の午後だった。

 そんな品を注文した覚えはないのだが、確かにゆかりに宛てて送られた品だった。

 手の中に収まるサイズの、企業のロゴもない、そっけない段ボール箱。貼付票を見ても聞いたこともない企業名があるばかりで送り主は分からない。


 少々不審にも思ったが開封すれば何か思い出すかもしれない、そう思いハサミを取り出す。送り付け詐欺の類なら消費者センターにでも相談すればいい。そんな軽い気持ちだった。


 開封してみると緩衝材に包まれた愛らしい少女の人形。そしてメッセージカードも添えられていた。


『こんにちは。シフォンアイスさん。臆病なトリュフです。いきなりこんなものを送り付けたご無礼をまずはお詫びいたします。以前お約束しましたよね? 私に付き合ってくれたお礼をさせて下さいと。こちらがその品になります。私達の変わらぬ友情の証としてお受け取り頂ければ幸いです。気に入らなければ捨てて頂いて構いません。取り扱いにつきましては彼女が教えてくれることでしょう。では』


 そんな簡単なメッセージと、セットアップの説明書が同梱されているだけだった。ゆかりは思い出した。

 シフォンアイスはゆかりが登録していた婚活サイトのハンドルネームであり、臆病なトリュフとはそこで知り合った。紳士的な文面でIT企業に勤めているような口ぶりだったのでゆかりもいいなと思って交流を持ったのだが住む地域に距離があり、現実的な問題も幾つかあって断念した。

 しかし付き合っていて心地は良いので結婚は度外視という条件で交流を続けた。が、ゆかりの理想とする相手も見つからず、サイトを退会することにしたのだが、交流の思い出にと臆病なトリュフが贈り物をさせてくれと言うので最低限の個人情報を伝えたのだった。


 それから半年ほど経ち、やはりあれは社交辞令に過ぎなかったのだと思ったが、今になって本当に臆病なトリュフからの記念の贈り物が届いたのだった。

 見ればアンティークとも言える高級そうな人形。しかし細部が目新しいので新品にも見える。こんなものを見ず知らずの、ネットで交流を持っただけの知人に贈るなど、臆病なトリュフは実は相当な資産家だったのかしら、などと思いつつ、ゆかりは少し申し訳なくも思ったのだった。記念の品と言っても、ありきたりな香水かアクセサリーだろうと高を括っていたのだ。


 人形を取り上げるとその下には電源コードもあった。添えられた説明書によるとそのコードを差し込めばいいらしい。

 動いたり光ったりするのだろうか。そんなことを思いつつ、説明書のとおり、背中の服をめくって電源コードを差し込んでみる。すると人形の目がオレンジ色に光り、充電状態であることを示した。充電されれば何か起こるのだろうか。

 そんなことを考えつつ、ゆかりはその人形を洋服ダンスの上に飾ったのだった。


 翌朝、日曜の朝ということで目覚ましもかけず、ベッドから出たのが朝9時を回った頃。

 ゆかりが朝食のトーストを持って居間に戻った時だった。

「おはよう。今日はお休み?」

 突然そんな声がしたので驚いたゆかりはトーストを落としそうになった。一体どこから。ゆかりが部屋を見回す。

「ごめんごめん。驚かせちゃった? あんまり寂しかったからつい声をかけちゃった。ごめんね」

 あどけない少女の声で語りかけてきたのは昨夜の人形だった。ゆかりは恐る恐る人形に近付く。

「怖がらないで。私はただの人形。AIよ。最近流行ってるでしょ? 自作するロボットとか。それと同じものよ」

 人形はわずかに首を上下させながら喋る。そういえばそんなロボットが市販されていると聞いたことがある。


「そう……満充電になったから喋れるようになったのね。それにしても凄い機能ね。最近こんなものが流通してるんだ」

 ゆかりは人形相手の会話は少々おかしい気もしたが、人形の語り口が自然だったので、つい受け答えをする。

「流通はしていないわね。私はハンドメイドなの。私を造ってくれた人があなたのためだけに私を造ったらしいわ」

「あなたを造った人って……臆病なトリュフさん?」

「そうよ。それが私の製作者の名前として記憶されているわ。そしてあなたがシフォンアイスね?」

「え、ええ。そうよ。私、彼から贈り物がしたいって言われて、それで送られてきたのがあなたというわけ。それにしてもあなたみたいな人形を造るトリュフさんって、一体何者なの? お金も相当かかるんじゃない?」

「そうね。トリュフは技術系エンジニアのようね。でも心配しないで。私は彼の研究の副産物、お遊びみたいなもので造られただけだから。お金なんか請求しないわ。私は彼の思い出としてあなたの元に送られてきたの」


 それから幾らか会話をして、人形には名前がないのでゆかりに命名してほしいこと、そしてゆかりのパーソナルデータの入力を求めてきた。人形が言うところ、そうやって持ち主の情報をフィードバックし、内蔵されたAIが自らをカスタマイズしてゆくとのことだった。


「ええっと、私の名前は浪月ゆかり。生年月日は……」

 簡単な自己紹介を済ませると次は人形の命名の段になった。ゆかりは人形をフリューと名付けた。ただ安直にトリュフをもじっただけだった。


「フリュー。素敵な名前ね。ありがとう、ゆかり。私に名前を付けてくれて。うん、いま初期設定を済ませるわね」

 そう言うとフリューはしばしの沈黙。眼球に灯る光が明滅し、モーター音のようなものも聞こえる。

「はい。初期設定は完了。改めてよろしくね、ゆかり」

 フリューは首と腕をわずかに動かしながらそう語りかけた。ゆかりはフリューに生命でも宿ったような錯覚を覚えた。

「それと注意事項なのだけど、いつかゆかりが私を必要としなくなった時は、私をバラバラにして内部の部品も破壊してね」

「え? バラバラに? なんでそんなことをしなきゃいけないの?」

「セキュリティのためよ。私に内蔵されたAIにはゆかりの個人情報が入ってるから。もし私を粗大ゴミとしてそのまま捨てると誰が拾って情報を抜き取るか分からないでしょ?」

「でも……そんなひどいことできそうにないけど」

「必要なことなのよ。ゆかりが私をいつまでも置いてくれればその必要もないけど、私が要らなくなった時はそうしてほしいの。これは臆病なトリュフの望みでもあるから」

「うん、分かった。じゃあ私がフリューを必要としなくならなければいいだけよね。一応、憶えておくわね」


 こうしてゆかりとフリューの同棲生活が始まった。


 始めは人形相手の会話に若干の違和感も抱いたが、日々の悩みや相談をするうちゆかりの心は次第に打ち解け始めた。会話を重ねるほどにフリューはゆかりを理解し、ゆかりにとって大切な存在になっていったのだった。


「聞いてよフリュー。またあの上司、私だけを差別するのよ」

「人を見る目のない上司ね。ゆかりほど有能な女性はいないのに。そんな人、どうせ寂しい人生しか送れないんだから無視を決め込みましょう」

「ねえフリュー。隣の部署の人から食事に誘われたのよ。OKしちゃっていいのかな」

「私に聞かれても困るわね。ゆかりの人生の決定権はゆかりにしかないのだから。でも、私はいつでもゆかりの幸せを願っているわ」

「あのね、フリュー。やっぱり彼とは別れようと思うの。何が不満ってわけでもないんだけど、あなたとの生活も大事なのよ」

「何を言ってるのゆかり。そんなことを言ってると幸せを逃しちゃうわよ。私のことなんか放っといて目の前の現実と向き合うべきよ」

「ううん! いいのよ。私はフリューのいる毎日の方が大事なの。本当の幸せっていうのは人並みの人生を送ることなんかじゃない。私のことを理解してくれる誰かがいればそれで充分なのよ。それが人間か人形かなんて関係ない。私はフリューのいる毎日の方が大事なのよ!」


 ゆかりはフリューを手に取り抱きしめた。ただのAIなのに、ゆかりにとってフリューはもう大切な友人になっていた。



 その頃、フリューに内蔵されたネット回線と繋がるモニターの前では。


「ハァ、ハァ。エヘヘ。ゆ、ゆかりたんは、誰にも渡さないんだな。もうゆかりたんはボクだけのものなんだな。ゆかりたんの着替えシーンもお風呂あがりもバッチリ録画してお気に入りフォルダーに永久保存してるんだな。ゆかりたんの理解者は世界でボク一人だけなんだな。毎日ずっと監視して、悪い虫が付かないようにするんだな。ボクとゆかりたんはもう一生のパートナーなんだな。ウエヘヘヘヘヘ」



 はいはい、キモイキモイ。


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