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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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或る小説家

 まったく、これだから文学青年てやつは始末が悪い。親の教育が行き届いてないのが容易に分かる。ただの学生ごときが偉ぶって大人を論破するのが偉いと勘違いしてやがる。多くの本を読んでりゃ偉いものと錯覚してやがる。そんなわけあるか、バカ。セイガクごときが偉いわけないだろ。ましてや小説読むくらいしか能もない頭でっかちに世の中の何が分かる。何ができる。多少弁が立ったところで世の中ではそんなもん通じやしないんだよ。俺がいい見本だ。


 そりゃあ世の中何があるのかは分からない。口先だけの頭でっかち文学青年の書いた小説がもてはやされることも万にひとつくらいはあるかもしれねえよ。でもそんなもんはただのメッキなんだよ。実力でも何でもないんだ。たまたま世の中の流行に乗っかれたか否かなんだ。逆に言えばどんな名作だって流行に乗れてなけりゃ見向きもされない。俺がいい見本だ。


 あのクソ生意気なくちばし黄色いだけの文学青年も嫌ってほどその現実を思い知るだろうぜ。小説家なんてそんなおいしい商売じゃない。華やかでもない。小説ポンポン書けるほど人間便利にもできちゃいない。100本書いて1本受けりゃ御の字だ。

 作品書き上げる、次は投稿、次は入賞、次は出版、次は何かの賞、次は大長編、また何かの賞、うまく行ってもそんな無意味な目標が次々出てくる無間地獄だ。しかもその根拠なんか甚だ心許ない。無名の作家が血反吐はいて書き上げた力作が見向きもされない一方で、ペンクラブと飲み会ばっかりしてる奴が師匠に頼んで半分書いてもらったような小説が受賞したりもする。現実なんてそんなもんだ。世の中それで回ってるんだ。あの文学青年は果たしてどっち側に付くのかな? 前者なら大したもんだが、だいたい後者がお定まり。俺には関係ないが。


 だいたい文学ってな何だ。お前らそれ分かってて文学文学と金科玉条のごとくありがたがってるのか。誰が読んでもクソ面白くもない小理屈小説を誉めちぎる材料がないから文学的とか言って誤魔化してるだけだろ。つまらなくても文学だから。意味が分からなくても文学だから。内容なんかなくっても文学だから。その一言で解決する。文学なんかクソ喰らえだ。


 しかし思い出すのも腹立たしい。人の家に図々しく押しかけて来たかと思えば「私は貴方が嫌いです」ときやがった。一体何しに来たんだ。俺を不快にしに来たのか。わざわざそんなことのために来るんじゃねえよ。結局お前のひとりよがりじゃねえか。

 そりゃこっちも大人だ。セイガクごときに本気で怒るほど落ちぶれちゃいないしそんな躾もなってねえガキに説教垂れるほど暇じゃない。どうせそんなガキ、真面目に説教するだけ時間の無駄だ。親の教育もできてないのに赤の他人の言うことなんか聞くわけがない。


 くそ、思い出すと芋づる式に腹が立ってきた。こっちは大人として「それは君が俺のことを好きなんだ」と通り一遍の返答で丸く収めてやったってのに、あの野郎、また同じことを繰り返しやがった。それで俺にどうしろってんだ。

 仕方がないから「いや、好きなんだ」で堂々巡り。同行してた大人がとりなして事なきを得たが。あんなガキを連れてくるな。大人しくサイン下さいとかねだってくる子供の方がよっぽど知性が感じられる。さぞかしあのセイガクは俺をやり込んだと勘違いしていい気分だろうよ。頭悪い同輩に武勇伝を吹聴するんだろう。事実じゃないだけに余計腹立たしい。


 どうせあいつは俺の小説読んで勝手に俺を嫌ってるんだろう。現実と小説をごっちゃにするな。小説で俺を決めつけるな。俺だって誰かに好かれたくて書いてるわけじゃない。俺だって自分の書いた小説が無邪気に好きなわけじゃない。ちょっと考えりゃ分かるだろうが。あんなもん好きで書くわけねえだろ。こっちは商売なんだ。文学青年気取るんならそれくらい察しろよ。いや、文学青年だからこそ、ああいう態度とって俺は世間とは違うんですよってとこを見せたいんだろうな。だから文学青年ってやつは嫌いだ。知性の欠片も感じられない。


 どうせ俺が自殺でもすりゃあいつも少しは目が覚めるんだろ。上等じゃねえか、やってやるよ。自殺は小説家の十八番だ。小説家ってもんがどれほど割に合わない、惨めで因果な商売か、小説じゃない現実ってやつを見せてやるよ。果たしてあいつはその時どう思うかな?


 あいつが嫌いですとまで言った俺が先んじて自殺でもすりゃ、あいつは小説なんて読むのも恥ずかしくなるのかな。あるいはムキになって小説家でも志すかな。ま、いいとこのボンボンなら小説家くらいにはなれるだろうよ。

 が、その後どうするかはきちんと考えてるか? どうせメッキはすぐに剥げる。自分の書いた文章や吐いた言葉に自分自身が殺されるって事実はちゃんと知ってるか?

 知ってるなら小説家なんぞ目指さんだろうな。目指すようなら何も知らないバカか何も考えてないバカかのどっちかだろうよ。まあどっちも大差ないバカなんだが。俺がいい見本だ。


 もしあいつが小説家になったら、俺と同じ思いをする時がきっとくる。小説をろくすっぽ読みもせずバカにして嗤う頭の悪い連中が間違いなく現れる。あいつと同じような頭の悪い文学青年かぶれが必ず現れる。あいつが俺に言ったように、世間知らずの甘ったれのくせにすました顔で「私は貴方が嫌いです」なんて言いに来る奴が必ず現れる。その時どう返答するか今のうちに考えておけ。君は俺が好きなんだ、はもう使えないぜ。


 俺ができた人間なら小説家なんか目指すなって忠告するんだろうな。でも俺はそんな真人間じゃない。目指すんなら勝手に目指せ。どうなろうが知ったことか。

 いや、大体は分かってるさ。自分のやってきた、言ってきた、書いてきたことが全て恥ずかしくなって自ら命を断つしかなくなるってな。それもただの自殺じゃダメだ。できうる限り、世間の憶測を招くような死に方じゃなければな。図星を指されるほど恐ろしいこともない。せいぜい頑張って派手な死に様して世間様の目を欺きな。


 俺がいい見本だ。


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