いつか咲く君に SIDE B 最終
いつの間にか並木道の桜が芽吹く季節になっていた。彼もこの空の下、どこかでこの蕾を眺めているのだろうか。いや、彼のところに桜前線が伸びるのはまだ先かな。
あれから僕は例のIT雑誌を毎号購入してるが彼の仕事は小さなもの。毎号掲載はされてるんだけど、見開きカラーで大きく掲載されるような仕事ではない。あれだけ絵の上手い人が小さな仕事しか与えられないとは、プロはやっぱり厳しい。僕はなんにも分かっちゃいなかった。
きっと彼は今の画力を身に付けるために、今まで気の遠くなるような努力をし続け、多くの代償も支払ってきたのだろう。凡人に真似できなくて当然だ。もちろん、資質も違うのだろうけど。でも、資質だけでもあるまい。きっと彼は仕事のないときでも、一人黙々と絵を描き続けているのだろう。誰の目にも触れない絵を描き続けて、片時も休むことなど許されないのだろう。そうでなければクオリティの維持と向上などできるわけがない。それは彼に限った話でなく、プロはみんなやってるのだろう。僕のように適当に描いて、妥協して、編集部に送りつけて、掲載されて喜ぶのとはワケが違う。そこは楽しみも喜びもない、厳しい世界なのだろう。
でも彼はそういう世界に自ら飛び込んだ。そしてそこにはもっと凄い実力持ったプロがウヨウヨいて、そんな世界で生き抜いていかなければならない。生き抜くだけでも大変なことなのだろう。
そんなプロが素人に扮して、読者コーナーに絵を提供するのがどれほどの苦痛か、僕は分かっていなかった。プロなのに、一番上手いのに、最後のページにひっそりと掲載される冷遇を受けても、彼は手抜きも妥協もせず、腐ることなくプロとしての矜持を全うしていた。そういう世界だった。
帰宅してから半年ぶりにしまっていた投稿用の画材を引っ張り出す。例のIT雑誌にも幸いなことに読者ページはある。イラストは全くないけど。でもいい。僕はここ数ヶ月絵を描いてない。画力はきっとガタ落ちになってることだろう。でも、それくらいで丁度いい。彼にエールを送るのが目的なんだから。絵なんか下手で構わない。プロじゃないんだから。
と、思ったけど意外と画力は落ちてなかった。むしろ以前よりアップしてるような気もする。いや、手前味噌だろうな。
ペンネームは何にしようかな。「出戻り八兵衛」とでもしておくか。きっと彼ならイラストだけで僕だと気付いてくれるだろう。でも、あの恥ずかしいペンネームが今では僕のイメージにぴったり合う気がするんだから不思議だ。
僕の結婚も近いけど、月に1枚くらいの投稿ならたぶんできるだろう。彼がこの雑誌で仕事している限り、僕も続けよう。彼がこの先苦しい時も、心が折れそうになった時も、伴走してエールを送り続けよう。プロとしていつか咲く、君のために。




