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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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いつか咲く君に SIDE B  13

 お見合いの席ではあの人生相談番組のせいで僕はずっと魔界彗星のことばかり考え、お相手との会話などろくすっぽ憶えていない体たらく。もちろん、丁重にお断りいただくものと思ってたけどどういうわけか話はトントン拍子に進み、ご両親への挨拶の段まで進んでいた。もう間もなく、僕の青春もモラトリアムも終わりを告げる。つい一年足らずの前のことなのに、雑誌の投稿者として一喜一憂していた日々がはるか昔日のように思える。戻りたい。でももう戻れない。戻れる場所もないし、魔界彗星ももういない。投稿を辞めてからの僕は生きる屍のように日々を無為に過ごした。


 無為に過ごしてはいるものの、僕は今までの人生で最大の充実期に差し掛かっている。仕事がやたら軌道に乗り始め、会社の規模拡大のプロジェクトが始まり多忙を極め、僕の縁談も順調に進んでいる。雑誌が休刊しなくても、遅かれ早かれ僕は引退せざるを得ない運命だったのかもしれない。それでも心の中にはポッカリと穴が空いたような空虚な毎日だった。


 未練を断ち切れない僕は未練がましくも、なくなった雑誌と同ジャンルの雑誌を買い読者コーナーを確認。前の雑誌でやってた常連さんを何人か発見できた。が、魔界彗星はもちろんいない。そりゃそうだ。彼はプロでサクラで、投稿者じゃないんだから。

 そして彼のイラストもまた見つけられなかった。いろんな雑誌を探してみたけど彼はどこにもいなかった。プロならどこかの雑誌でやってるはずなのだろうけど。しかし僕が彼を知ってるのは投稿してた雑誌と会社で購入したトラベル誌のみ。その2誌を出版していた会社もなくなってたらしい。彼も仕事を失ったのかもしれない。あれほど絵が上手いというのに。プロとはかくも厳しい世界なのか。そんな当たり前のことさえ分かってなかった。


 それからさらに数カ月が過ぎ年も変わって、会社の規模拡大を機にデジタル化計画が進められた。とか言うと大げさだけど、アナログ業務に一部デジタル導入してネット整備しましょってな程度のもの。いちおうそのへんの知識のある僕がその計画を主導することになった。とはいえ、仕事に使えそうなマシンを数台導入するだけのことですけどね。しかし手探りではお話にならない。それ関連の雑誌を数冊購入。サイバー犯罪に備えるためアングラ系雑誌もまとめて買った。


 仕事と結婚準備に追われる日々、つい後回しにしていたその雑誌の一部に目を通した時、図らずも僕は彼の絵を見つけた。いかがわしいチャットサービスの広告ページに、大きく掲載された魅力的な女のコ。しかもその絵には見覚えがある。セーラー服の女のコがあぐらをかいてこちらを見上げている構図。これは僕が最後に投稿したものとほぼ同じだった。

 イラストレーターはE.耕志郎。いや、そんなもん確認するまでもなくすぐに分かった。これは間違いなく彼の仕事だ。凡庸な、見るべきところもなかった僕の絵を、彼は素晴らしい作品として完成させてくれていた。


 その絵を見て、涙が溢れた。彼は僕の存在に気付いてくれていた。見てくれていた。僕が嫌ってた事実を知りもせず、プロの厳しさなんかお首にも出さず、「プロっていうのはこういうものなんだよ」と、優しく諭された気がした。彼は僕を認めてくれていたのだ。


 僕はそのページを開いたまま、嬉しさのあまり嗚咽した。

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